第6章の13 戦いは一つじゃない
午後は各団の応援合戦から始まった。パフォーマンスを競うものだ。
しばしの休憩と勇輝はブルーシートの上でお茶を飲んでいた。
癒慰は可愛い男の子を撮るのに忙しいらしく、ギャラリーの一員になっていた。零華は涼しげな顔で読書をし、弥生は暇そうに校庭の方を見ている。
勇輝もお菓子を食べながら応援合戦を見ようと校庭に視線を向けた時、見知った姿が近づいてくるのが見えた。
「あ、歩」
彼は制服姿で驚いた表情を浮かべながらこちらにやって来ていた。
「おう勇輝。今日体育祭だったんだな」
「え、知らなかったのか?」
歩は弥生と零華に軽く挨拶をして勇輝の隣に座った。
「今知ったぜ」
そんな歩にこの日を楽しみにしていた勇輝は呆れ顔だ。
「そういや最近学校にもあんまり来てないよな。出席大丈夫?」
人のことを言えた勇輝ではないが、これでも考えて休んでいる。留年などした日には、父親の爆笑と母親の鉄拳が飛んでくるに違いない。
「それで葉月に呼び出された。ひどくね? リーダー長期潜入ばっかやらせんだぜ?」
疲れた表情で仕事の愚痴を言う歩に、勇輝は黙って冷たいお茶を差し出した。
歩はそれをぐいっと飲み干す。
「あと連絡役の仕事もあるしな」
そう言って歩は零華と弥生に向き直る。
歩は隊の情報機関である隼と如月の連絡係であり、月に一度彼らと情報を共有しなくてはいけなかった。
鷺に念を押されている、潜入よりも気の重い仕事である。
勇輝は二人に任せておこうと校庭に視線を戻した。
すると少し離れたところで話している錬魔と秀斗の姿が見えたので手を振ってみた。
秀斗が気づいて手をあげてくれたので、もう負けるかと中指を立てておく。
「あんのやろ……」
その挑発を受け取った秀斗は、ぐっと拳を握る。
「落ち着け」
それを錬魔が押さえた。秀斗はおもしろくなさそうに錬魔へと視線を戻す。
錬魔は秀斗と視線を合わせた後、それを向こう側へと飛ばした。
それを秀斗も追う。目に入ったのは勇輝と、その向こうにいる弥生。
「弥生は少し落ち着いたようだな」
「……まぁ、な。でも油断はできねぇ」
ひきこもりはなくなった。だが、まだ不安定さは残っている。今の落ち着きは嵐の前の静けさのようで、逆に怖いのだ。
「弥生にとっては、必要なことだ」
錬魔を始め、彼ら四人は弥生の危なさに気づいていた。命の価値を知らない少女は、それゆえに強く、また弱い。
「けど俺は、あいつが壊れるとこを黙って見ていることなんてできねぇ。あいつは、俺が守る」
「当然だ。医者としても見過ごせない」
秀斗は大きくなった応援の声につられてグラウンドへと視線を移した。どうやら応援合戦が始まったらしい。
「それに勇輝の方も」
「あ~、ちょっと前はひでぇ顔してたな」
そう言われて秀斗は勇輝に目を移した。
「今はもとのばか面に戻ってるけど」
錬魔は難しい顔をして二人を見ていた。
「心配なら診ればいいじゃねぇか」
「こういう問題は、医者といえどもどこまで踏み込んでいいかわからんからな」
もしそれが根深ければ、逆に苦しめることもある。
「けど次そーゆう状態になったら……」
「無理やりにでも介入するさ」
「秀斗~」
勇輝が立ち上がって秀斗の名を呼ぶ。
「もうすぐ競技が始まるってよ~」
応援合戦が終わったようで、応援団は元の場所へと戻っている。
勇輝が二人の方へと歩いて来た。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
秀斗がそう言うと、錬魔はあぁと答えて木陰へと歩いて行く。
勇輝とのすれ違いざまに何か言葉を交わしたみたいだったが、秀斗には聞こえなかった。
「次の騎馬戦、どっちが多くハチマキ取れるか勝負しよ」
そうやって勝負をふっかける勇輝に、望むところだと秀斗は口角をあげて返すのだった。
男子の騎馬戦の前に女子の騎馬戦が行われる。そしてそこには零華の姿があった。
大丈夫なのかと心配そうに尋ねる勇輝に、零華は他の組の戦いを見ながらすっと微笑んだ。それはいつもの優しい笑みではなく、強い芯のある微笑み。
零華の初陣は赤組対緑組。
先程の闘いでは白組が勝っており、これに勝ったほうが決勝に進む。
零華は上に乗り、戦いが始まるなり陣頭指揮を取っていた。赤組は零華の指示に従って緑組の騎馬を分裂させて挟みうちにしていく。
「えげつねぇ……」
勇輝の隣でその様子を見ていた秀斗がそう呟いた。
零華の戦い方は鮮やかで敵に逃げる暇を与えない。そのまま戦場でも使えるものだった。
「なんか、将軍って感じだね」
結果は赤組が大勝し、決勝でも快勝した。
女子には尊敬され、男子にはジャンヌダルクと称された。
続いて男子の騎馬戦では当然のように二人が上で、馬たちに指示しつつハチマキを奪っていった。
二人は決勝でぶつかり、先頭を切ってハチマキを奪っていく。
後半は勇輝と秀斗の一騎撃ちとなり、ぎりぎりのところで秀斗が勝った。勝敗を決めたのは手の長さ。
全体では赤組が一位で、ついで白、緑、青の順だ。
つづいては障害物競争。これには勇輝と秀斗に加え、弥生が出る。
弥生が出ると聞いて不安しかない勇輝だが、女子の方が走順は早く十分ルールを説明できなかった。
そうこうしているうちに弥生の番が迫る。
「ひとまず、今まで見たのと同じように障害物を乗り越えていって」
弥生は分かったのか分かってないのか、位置に着く。
乾いたピストルの音とともに弾丸のように飛び出す弥生。障害物走は走るのが苦手な女の子が出場することが多い。
その中を弥生は男にも引けを取らない速さで疾走し、最初の障害、マットへとさしかかる。
でんぐり返りでもなんでもいいから超えればいいマットを、弥生は片手をついて体をひねらせ空中で半回転して着地する。
どよめきが起こり、すげぇすげぇと生徒が口にする。
そして六段の跳び箱に脚力だけで乗り、音もなく着地するとまた走る。
三つ連なったハードルを無駄な動きなく跳んでいった。
ハードルを跳ぶ姿は後に鳥のようだったと体育祭の伝説として語り継がれるようになる。
障害物走とは思えない走りをし、弥生はダントツの一位を収めた。
「……なんか違うくね?」
障害物走は女の子たちがあたふたしながら障害をクリアしていくのを勇輝は見どころにしていた。
それをあんなにも軽々と越えられては……。
「まぁ弥生だしな」
「だよね……」
勇輝ですらあれほど綺麗には障害物をクリアできないだろう。傷ついた心を頑張る女の子たちの姿で癒した。
そして勇輝たちは他の生徒にぶつかられそうになったバットで目回し、通称グルグルバットからスタートした。
秀斗も勇輝もぐらぐらに目を回しながらも前に進む。
女子と同じマットで秀斗は前方宙返りを決め、勇輝は弥生と同じ前ひねりで応戦する。
ギャラリーから女子の声が巻き起こった。
跳び箱八段を秀斗は余裕で乗り超え、勇輝は脚力と腕力で這いあがる。
ハードルは両者余裕で飛び越え、最後は縄跳び連続で十回跳べばゴールまで一直線。
勇輝はさっと縄跳びをほどき、リズミカルに前跳びをする。
「何だこの紐」
だが秀斗は縄跳びを前に足止めを食らっていた。勇輝を見て跳ぶものと理解し、見よう見まねで跳んでみるが時すでに遅し。
「あ、勇輝!」
「じゃぁな!」
秀斗が素早く十回跳び終えた時には勇輝はすでにゴールしていた。
「あんなのありかよ」
続いてゴールした秀斗は放り投げられた縄跳びを指差して勇輝に食ってかかる。
「そんなの俺知らないし」
「あれになんの意味があんだよ……」
勇輝はご愁傷さまと軽く笑い、健康のためにもいいよ? と勧めてみる。
体育祭後の三日間、勇輝と秀斗の間で縄跳びが流行ったのは余談である……。
勇輝と秀斗がブルーシートに戻ると、歩の姿がなかった。
「あれ、歩は?」
勇輝が残っていた彼らに訊くと、
「葉月先生のとこに行くって」
と、癒慰が答えてくれた。
「ふ~ん」
勇輝は癒慰から冷たいお茶を貰ってほっと一息をつく。さすがに全種目に出れば疲れが出始めた。だがこれしき朧月夜での修行に比べれば軽いものだ。
「あの、次のドキドキ探し人ゲームってなんですか?」
プログラムを見ていた零華がそう勇輝に尋ねる。今までの競技とは名前からして雰囲気が違う。
「あぁそれ? それは自由参加の競技で、お題に合う人を探して制限時間内にゴールするんだ。例えば帽子を被ってる人みたいなさ」
勝敗は関係ないが意外とおもしろく、違うクラスの人とも仲良くなれるチャンスなので燃える男は多い。可愛い女の子と近づきたい。そのささやかでかつ切実な願いがこの競技が人気の理由だった。
「では私はここで観戦してますね」
出る必要がないと聞けば、零華はひらひらと手を振る。勇輝はいってくると秀斗を連れて歩いて行った。
参加者に集合を促すアナウンスが入っている。
出場者は校庭の中央に集まり、スピーカーから流れるお題を聞くのだ。
「つーか男が多くね?」
むっとする暑苦しさ。男たちは目をぎらつかせ、ちらちらと挑戦的な目を勇輝たちに向けていた。
女の子もいるが本当に数えるほどだ。
「じゃぁ、最初のお題にいくよ?」
スピーカーから楽しそうな男の声が流れる。
「んあ? これ葉月じゃね?」
聞き覚えのある声に秀斗が露骨に嫌そうな顔をした。
「ほんとだ。なんでだろ」
通常は生徒がお題を出すはずなのだが……。
「眼鏡をかけてる人!」
不思議に思っている間にも競技はスタートし、皆一斉に眼鏡をかけている女子をめがけて走り出す。
勇輝と秀斗も遅れて生徒がいる応援席へと走った。
人でごった返している中、
「お、眼鏡発見」
秀斗が二人の男の子に声をかけられていた女の子を颯爽と連れ出す。
手を引いて走る姿に嫉妬の焼けるような視線が集中した。
勇輝は無難に一年生の眼鏡男子を連れてゴールする。
ゴールには審査員がおり、ちゃんとお題にあっているか判定する。もちろん二人とも合格だった。
間もなく制限時間となり、また中央に集まる。
「は~い。可愛い眼鏡ッ子、かっこいい眼鏡男子はいたかな? 次は~、茶髪の子」
茶髪は圧倒的に男の方が多い。
所々で癒慰さ~ん! と野太い声が聞こえてくる。
秀斗と勇輝は競技に参加している茶髪の男子を引っ張ってゴール。
ゴールからグラウンドを見ると、癒慰が多数の男子に追いかけられているのが見えた。
次の瞬間男子たちは何かに躓いたようで一斉に地面に転がっていく。
「……見なかったことにしよ」
地面に突如現れた蔓は、幻と思うことにした勇輝である。
その後ショートカットの女の子や、丸刈りの男の子、頭のよさそうな子とお題が出され秀斗と勇輝は楽しそうにゴールしていった。
「続いては~。女の子に間違えそうな可愛い男の子」
「……は?」
その題が出された瞬間、皆の視線が勇輝に集まった。勇輝はお題を聞いた途端禁止ワードに反応してしまう。
「かかれ~」
だが考える暇もなく男たちが勇輝に飛びかかって来た。
「ぎゃぁ!」
勇輝は血相を変えて人の間を逃げ回る。彼らは勇輝を捕まえようと拳を握る。
「おかしいだろ! なんでそんな臨戦態勢なわけ?」
勇輝は足払いをジャンプで交わし、タックルを身を屈めて交わした。
後ろから羽交い絞めをしかけてきた男に回し蹴りを喰らわせ、横から殴りかかって来た男に足払いをかける。
(誰だよ、こんな意味不明な題を入れたのは!)
秀斗は早々と勇輝を捕獲しようとする人だかりから抜け、応援席の中からそれに合う男の子を探す。
(勇輝ほどじゃねぇけど、これもありだろ)
判定も問題なく、連れて来られた男の子はなんとも言えない顔をしていた。
「お~、勇輝逃げ回ってら」
逃げつつ襲いかかる奴には鉄拳を喰らわせ、何でもありになっている。
(あ、葉月あんなとこにいやがる)
本部テントの放送席で葉月は愉快そうに競技を見ている。机の上には紙が置かれ、それを見ながら言っているらしい。
「終了~。次いくよ~」
勇輝は最後まで逃げ切り、男たちからは舌打ちが聞こえた。
「さて、実はさっきのが最後だったんだけど僕から特別にもう一問。……銀髪の美女」
その題が出された瞬間、雰囲気が変わった。
荒ぶっていた雰囲気が、シンと静まり視線が一点に集まっていく。
校庭の隅、ブルーシートへ。
「弥生じゃねぇか」
秀斗が走り出し、それにつられて他の男たちも走る。
すると前方を数人の男に阻まれた。
「お先~」
その横を勇輝がすり抜けていく。
「あ、てめぇ!」
迫ってくる男たち。
癒慰と零華は題が出た途端にその場から退避した。巻き込まれてはたまらない。
「彼女を捕まえるのは誰かな~」
楽しそうな葉月の声。
指名された弥生は立ち上がり、彼らを待ち受ける。かかってくる者に容赦はしない。
弥生が月契を出そうと構えた時、その手をぐいっと引っ張られた。
「何をする!」
「こんなところで剣を出してどうする」
錬魔は弥生を引き寄せそのまま走り出した。男たちを避け、ゴールへと向かう。
「あ、錬魔!」
勇輝が悔しそうに追いかける。
秀斗もその後を追った。
ゴール前で待ち伏せる男たちを錬魔が交わし、弥生が地面に沈めた。
「ゴール! おめでと~」
葉月の呑気な声がグランドに響く。
その声に二人は苛立ちを覚える。
「錬魔……。葉月を殺ってきていいか?」
弥生の視線が本部にいる葉月に向けられていた。
錬魔は行って来いと言いそうになるのを喉もとで堪え、
「またの機会にしておけ」
と言って弥生をつれてシートへ戻るのだった。
そして帰った錬魔に秀斗が噛みつく。
「なんでお前が弥生を連れていくんだよ!」
俺の役目だろと秀斗が吠えた。
お題の気持ちがわかる勇輝は大変だったねと弥生にお茶を渡した。
「あぁ……」
渡してから勇輝はお茶が彼らにとって酒だったことに気がつくが、これくらいで酔う弥生ではないかと思いなおす。
弥生は一口お茶を飲むと、はっと校舎の方へ視線を向けた。表情が険しく、眼光が鋭い。
「どうかした?」
何かあるのかと勇輝も校舎をみるが、何も見えない。
「いや、なんでもない」
弥生は何事もなかったかのようにお茶を飲みほした。
(気のせいか? 先程から何度も見られている感じがしたのだが……)
「次が最後ですか?」
プログラムを見て、零華がそう訊いた。
「うん。団対抗リレー」
これには勇輝も秀斗もでていない。
現在の結果はすでに隠され、どこがトップなのかもわからない。
「もう終わりかよ。もっとやりたかったぜ」
全然足りねぇと秀斗はスポーツドリンクを飲む。
「意外と楽しかったね。学校っていいわ~」
「体育祭の後は文化祭かな」
勇輝は校庭に目を向けながらそう言った。
「文化祭?」
その単語に楽しそうな響きを感じた癒慰が目を輝かす。
「そう。クラスごとに出し物をして、毎年美少女コンテストとかやってるんだ」
勇輝が文化祭の説明をしているとリレーが始まった。一年生からバトンをつないでいく。
「へぇ……楽しそう」
癒慰は何か思い付いたのか、怪しげな笑みを浮かべた。隣で話を聞いていた零華はその笑みに気づいたが、リレーを見ている勇輝は気づかない。
癒慰の視線が勇輝に向いていることも。
(癒慰ちゃん……)
零華は何かを感じ取ったようだったが、口には出さないらしい。
「おっ、白が抜いた」
勇輝は自分のチームの応援をする。途中成績ではけっこういいところまでいっていた。
バトンは二年生につながり、三年生が待ち受ける。
順位は青、白、赤、緑の順だ。
大きく差が開いているわけではなく。いつ逆転されてもおかしくない。
「あれ、歩?」
勇輝が次の走者を見て目を丸くした。
体操服に着替え、白のハチマキを頭にしている。
「ほんとだ~」
なぜあそこにいるのかと思った時にはバトンは歩に渡っていた。
歩が走り出し、加速していく。
「へぇ、歩の奴けっこう速いじゃん」
秀斗が感心したようにそう言えば、
「スパイは足速くないとやってられないわよ」
と、癒慰が返した。
「お、赤の奴も追い上げてきたぜ」
歩の走順はアンカーの一つ手前。
赤と白が一緒になって青を猛追する。
赤と白がほぼ同時にアンカーにバトンを渡した。
青との距離は縮まっており、逆転に胸が高鳴る。
応援も過熱していった。
赤と白は競り合いながら青を追う。
アンカーはトラック一周。
「よし、白がリード!」
「まだ赤が負けたわけじゃねぇだろ」
勇輝と秀斗がやいやい言いながら自分の色を応援する。
ラスト十メートル。
青は必死に逃げ切り一位。
赤と白は最後まで競り合い、白が辛うじて二位。赤は三位となった。
少し遅れて緑がゴールし、体育祭の全種目が終わったのである。
帰り道。
勇輝は歩と見馴れた道を歩いていた。三年間何度も歩と通った道だ。
体育祭の結果は各競技で上位を取っていた赤組が優勝。二位が青組で白組は三位という結果に終わった。
「優勝したかったな~」
「すっげぇ惜しかったじゃん」
勇輝たちの白組と青組の差はわずか十点。最後のリレーが決め手となった。
「つーか、歩がリレーに出るなんて聞いてなかったんだけど」
「俺もびびったぜ。葉月のとこ行ったら、リレーに出るはずの奴が怪我したとかで代わりに走れって」
君なら出来るとサラリと言われ、出席危ないよねと言われれば逆らうことはできない。
「でもま、高校最後の体育祭だしいい思い出だと思うか」
「あ、そっか。そういやこれが最後なんだ」
歩に言われて、そのことに気がついた。そう思うとなんだか寂しい思いになる。
高校生活も残り少なくなってきた。
「後は文化祭かぁ……」
「そういやそんなもんもあったな」
歩は文化祭ねぇと呟き、にやっと意味ありげに笑った。
「中学の時みたいに特技を披露してくれんのか?」
中学の文化祭で勇輝は女装の餌食となり、その結果勇輝の拳の餌食となったものの屍で廊下が埋まった。
当時他校生だった歩が勇輝の学校の文化祭に潜入して目撃した光景だ。
「え、何? 殴られたいの?」
忘れもしない屈辱の過去。
勇輝はにこやかに拳を握り、歩の鳩尾へと叩きこんだ。
歩は言葉もなく悶えてその場にうずくまった。
「ひ、ひでぇ。訊いといて殴る奴がいるかよ」
歩は鳩尾をさすりながら歩き出す。勇輝の鉄拳は慣れているが痛いものは痛い。
ほどなくいつもの分かれ道につき、二人は違う方向へと歩き出した。
「じゃ、また学校で」
「おう」
遠ざかる背中に勇輝は学校に来いよと声をかけた。歩は分かってると手をあげて答える。
(俺も帰ろ)
母親はそろそろいいだろうと包帯を外し、前と変わらず家事をこなしていた。たまに本部にも行っているらしい。
勇輝は家に帰り、ご飯を食べることもあれば如月で食べることもある。
前に比べれば家に帰ることが多くなった。
母親を疑ってから、母親の存在を強く感じるようになったのだ。
(今日のご飯何かな~)
勇輝は体育祭でほどよい疲れを感じながら、家の玄関を開けたのだった。
「ただいま~」
体育祭が終わった学校は、シンと静まり午前中の活気が嘘のようだった。
汗のにおいがする教室では、男たちが浮かない表情で集まっていた。
「皆、今日はご苦労だった」
前に立つ男がそう皆を労った。
「結局あいつらを潰すことはできませんでした」
男の中の一人が悔しそうにそう言えば、口々に同様のことが出始めた。
「人探しゲームは奴を叩きのめす絶好の機会だったのに!」
「あの野郎。ひょいひょいと猿みてぇに逃げやがって!」
男たちは思い返して苛立ってきたのか、怒号も聞こえてきた。
「落ち着け」
騒がしくなった彼らを前に立つ男が鎮めていく。
「第一目的は失敗した。だが、忘れたのか? 俺たちの目的を」
男の言葉に彼らはやったのか? 本当に? と目を輝かせ、期待の眼差しを送る。
「写真部と有志の協力の下、俺たちは女神たちの写真を手に入れた!」
そう男が誇らしそうに言い放てば、おぉ! と割れんばかりの歓声があがる。
「写真は後日全員に配るが、ひとまずはサンプルだ」
男がそう言うと、教室の隅に控えていた気の弱そうな少年が写真の束を差し出した。
男たちは口々に最高! とかよくやったと少年を褒め称えた。
写真はたちまち男たちの中を回り、皆わいわいと盛り上がる。
「写真部の皆にはよろしく伝えてくれ」
男がそう言えば、少年ははにかんだ笑顔を見せた。
「いえいえ。いい写真が撮れたので僕たちとしても嬉しい限りです。弥生さんに何度か見つかりそうになりましたけど」
レンズ越しに目があったのではないかとさえ思った。
写真は彼女たちがブルーシートで和やかに寛いでいるものから、競技に参加しているものまで様々。
男たちの頭はパラダイスである。
「今日は祝勝会ってことで、行くぞ!」
彼らは写真を片手に意気揚々と学校を後にした。
様々な思いが交錯した体育祭は幕を下ろし、またいつもの学校生活が始まる。
「ああいう馬鹿を使うのも、おもしろくなりそうだぜ」
どことも知らぬところから、愉快そうな男の声が零れおちた……。