第6章の4 あわないピース
俺が知っていることが全てじゃない。
むしろ知らないことの方が多い。
俺が今普通に過ごしている毎日も、知らないことだらけで、本当はとても大事なことを知らないままでいるのかもしれない。
そう考えると、すっげぇ不安になる。
俺は本当に、俺なのかって、そんな疑問が浮かんでくる。
今まで信じてたものが足元から揺らぐようなんだ……。
あいつらのことだっていつか知ることができたらいいって思ってきたんだ。でも、そのいつかが遅すぎたら?
俺のことも、もう遅すぎたら?
俺の親だって、本当に俺の親なのか?
なんか漠然とした不安がふとした時に襲いかかってくるんだ。
俺は、春日勇輝でいいんだよな。他の誰でもないよな? もう分かんないんだ……。
「ってことを、悩んでたら眠れなくなった」
場所は如月にある勇輝の部屋。勇輝が話している相手は電話の向こうにいる歩。
この電話の原因は、夢だった。レガーシアの言葉が反復され、目を覚ました勇輝はその言葉について延々考えることになったのだ。
「………………俺は、眠いけどな」
現在時刻、午前五時半。夜が明け始めている。もう少しすれば鳥の声が聞こえるだろう。
「なぁ、お前はどう思うんだよ。俺におかしいとこなんてないよな。生まれてきた時から春日勇輝だったよな」
「知らねぇよ……」
投げやりな歩の答えに勇輝は余裕が感じられない声で返す。
「ちゃんと考えてよ! こっちは真剣なんだから」
「……あのさぁ、なんでお前そんなこと考え出したんだ? アイデンティティーとか悩むがらじゃねぇだろ」
電話の向こうで歩が身を起こしたのがわかった。寝るのを諦めて話を聞いてくれるらしい。
「……闘った敵に言われたんだ。俺には生まれるより前の過去がないって。嘘で包まれて生きてるって」
「はぁ?」
腹の底から出したような声に勇輝は不覚にも肩を震わせた。さすが共に不良としてのしあがった友人だ。声に迫力がある。
「意味わかんねぇ。それお前を動揺させるための嘘だって」
「でも、過去を視ることができる奴でさ。それに、全く身に覚えがなかったらこんなに不安にならないと思うんだ……」
「……つまりなんだ。お前は敵に人生が偽物だって言われてうじうじしてんのかぁ?」
電話の向こうの声がどんどん険悪なものになっていく。
「……そういうことです」
怖くてつい敬語になってしまった。
「で、でも改めて考えたら、俺は今いる如月のことも龍牙隊のこともよく知らなくて……。知らないってことが怖くなったんだ」
勇輝は正直に思ったことを口にする。そうすることで、少しは楽になる気がする。
電話口から大きなため息が聞こえた。
「じゃぁ知ればいいんじゃねぇの? 秀斗にでも聞けよ。喜んで教えてくれるんじゃね?」
「それが、なんか聞き辛いっていうか。すっげぇ今さらだし」
彼らは過去に関する話をあまりしてこなかった。過去を話す彼らの顔に影がちらつくのを見ると心苦しくなる。
歩が面倒くせぇと小さく呟くのが聞こえた。
「じゃぁ本部の資料室に行けば? そこならあらかたのことは知ることができるぜ。午前中なら俺もつきあってやるからさ」
「え、ほんと?」
勇輝の表情が明るくなり、身体から力も抜ける。
「あぁ、だから寝かせろ。九時に本部の死堅牢の前にいるから出てこいよ」
それだけ言うと歩は電話を切った。
勇輝は切れた電話を下ろして、身を後ろに倒してベッドに寝転がった。
電話をかける前と比べると、ずいぶん気分が良い。勇輝は携帯の画面に浮かんでいる森本歩の名前をぼんやりと眺めた。
(歩と過ごしていた俺は、確かにいる)
覚えているのに、それすら疑ってしまう。
勇輝が携帯を閉じると、揺れるストラップが視界に入った。かわいいキャラクターのストラップ。
(彩……)
自分と彼らだけが知っている女の子。思い出しても今はあの時ほど胸は痛まない。
(あれが偽りなんてことは、絶対ない……)
勇輝は携帯をそっと枕元において、目を閉じた。うとうととすぐにまどろみが訪れる。
いい夢が見られそうだった。
勇輝は集合時間三十分前に目を覚ますと、急いで隊員服を着こみ最近覚えた言葉、ブランチを取って本部へと出た。ホールにいた秀斗と癒慰には歩と遊んでくると言ってある。
本部に来るのはこれで四回目だ。どれも濃い記憶が残っている。
相変わらず埃っぽい廊下を歩き、固く閉ざされていた扉を開けた。重い扉を押し、人一人分通れるぐらい開けると歩の姿がみえた。
「おはよ~」
「おぉ、おはよ」
ひょこっと勇輝が扉から出ると、歩は眠そうに挨拶を返した。勇輝の心がちくりと痛む。
「あんな時間に電話してほんとごめん」
「もう慣れたって」
歩は中学の時から勇輝の突拍子もない行動に振りまわされてきたのだ。
歩は行くぜと足を先に進める。
勇輝は久しぶりに見る友人の隣を歩き、その顔をまじまじと見ていた。歩も隊員服を着ており、上着には隼の紋章が入っている。
クリーム色と茶色を基調としている如月の服と違い、隼は灰色一色だった。それが灰色の髪を持つ鷺の姿を彷彿とさせる。
歩は勇輝が知らない区画へと歩いて行き、勇輝は物珍しそうにきょろきょろとさりげなく周りを見て歩いた。
すれ違う隊員は二人を見ると一瞬固まってから挨拶をする。時折聞こえる囁き声の内容は、
“あの紋章、如月よね。てことはあの可愛いのは勇輝さん?”
“灰色は隼の人よね。珍しい組み合わせね”
“うっわぁ、如月だって。ちょーレア。あの子小さいなぁ”
“あの男の子かわいい~”
というもので、禁句の乱発に歩は小声で落ちつけよと声をかけた。
いつしか足も速くなり、二人は人の目を避けるように資料庫と書かれた部屋に入りこんだ。
扉を閉めると勇輝は頬をひくつかせて、拳を握った。
「無性に何かを殴りたい」
「そこで何で俺を見る?」
歩は近くにいたら殴られると部屋の奥へと進む。部屋は真ん中に机があり、四方を戸棚に囲まれその中にはファイルがびっしりと並べられている。
奥まで進むともう一つ扉があり、その隣にパネルがあった。映画でよく見る認証システム。
「この先は階級に属するやつしか入れねぇんだ」
歩はピッピとパネルを押して、自分の名前を名乗った。感心したような顔で見ている勇輝にお前もやれと促す。
「春日勇輝です」
なんだか偉くなったみたいでどきどきする。
照合が完了したのか、すぐに扉は開いた。
「すっげぇ」
隣で目を輝かせている勇輝を見て、歩は可愛い奴と笑みを零す。間違っても口にできないので心の中で呟くのみだ。
機密情報がある部屋も先程と同じつくりで、机を囲むように棚が置かれている。ただ違うのは窓が無いこと。盗難防止かと思いながら勇輝はファイルが並ぶ棚に目を滑らせた。
「……ケネディ暗殺事件」
「有名どころの事件も一応調べてあるんだとよ。まぁそれについてはとても公表できる内容じゃねぇらしいけど」
歩は違う棚の資料を見ながらそう言った。歩も調べることがあったようで、ファイルを取りだしている。
「……で、俺はこの隊と如月について知りたいんだけどどこ見ればいいの?」
ケネディ暗殺も気になるが、まずは目的を果たそうと勇輝は歩に訊く。
「ん~、龍牙隊のことなら向こうでもありそうだけどな。一応隊関係はそこの棚」
歩が指差した棚にはびっちりファイルがつまり、細かく分類されていた。
隊全体に関わるものから、夜一星、鎌堂二と別れている。棚全体を見ると、鎌堂二のファイルが一番多い。
そして死堅牢は一番少なかった。たったの二冊しかない。
「明星と如月かぁ」
勇輝は二冊のファイルを取って椅子に座った。まずは明星と書かれたものから目を通していく。
「――へぇ、初代って女の人だったんだ」
今からざっと百年前、龍牙隊が創立されると同時にできたらしい。
写真はなく、備考に白髪の美女と書かれていた。
「エリーさん」
名前だけ書かれた女の人。
「あ、すごいエリーさんも魔術師だ」
勇輝が読み進めていくと、魔術師の文字があった。なんでも未来を予言することができたらしい。
「その人は隊の中でも有名だぜ? 一人で初代四剣琅を七十年以上勤めあげ、絶世の美女ながら笑った顔を見た者はいない。なんでも男を虜にしては殺してたとか」
歩は勇輝の前に座り、自分の資料をめくりながら補足をしてくれる。
「エリーさん……怖い」
「それに声を聞いた奴もいないって話だったな」
「へぇ」
エリーの経歴について記述は少なく、その後は任務の履歴が続いている。やけに放棄の数が多いのが気になるが……。
任務内容は時代のこともあり、戦争に関するものが多い。前線で闘うよりも後方支援の方が多かったようだ。
三ページにわたる任務履歴の最後に、亜空間の戦争において死亡と書かれていた。
「そっか、もう死んじゃってるんだ」
会ってみたかったなと勇輝は残念に思う。殺されたくはないが、四剣琅の先輩に訊いてみたいこともある。
そして次のページには歩が話してくれた伝説が事こまかに載っていた。読む分にはおもしろいが、実際にいたと思うと恐ろしい。
そんな話ばかりだった。
あらかた目を通した勇輝は、如月のファイルを開いた。秘密の扉を開けるようでドキドキする。
小隊の概略には五人の魔術師と一人の人間とで構成され、主に暗殺を請け負うと書かれていた。概略もそこそこにメンバーの経歴へと移る。
先頭はリーダーである弥生。写真はなく、記述も少ない。その後を秀斗、零華と続いて行く。
「……あれ?」
勇輝はパラパラと全員の経歴をめくった。どうも見覚えがある。
(これ、純のファイルにあったやつに似てる)
というか、様式が全く同じだった。ただ純のものの方がもっと書きこまれていたような気がするが……。
「なぁ歩。ここって階級の奴しか入れないっていったよな」
「あぁ、それが?」
「いや……」
純は確か本部直属の守護部隊だったはずだ。どうやって入ったのか……。
ファン、いやおっかけの力は恐ろしい。
「でも、あいつらの記述って少ないよな」
如月に入る前の記述はほとんどなく、あるのはもともと隊にいた錬魔と零華ぐらいだ。その二人もそう多いわけではない。
「牙軍のはトップシークレットだからな。見られるのは牙軍と幹部だけだと思うぜ」
「へぇ」
それに比べて自分のは……。
「俺のプライバシー……」
身長、体重から出身校とその成績。父親と母親の名前。不良全盛期の悪行の数々……。
なんだか胃が痛くなりそうだ。勇輝はそうそうにそのページを読み飛ばして噂のページへと移る。
彼らに関する噂話は癒慰のコスプレ好きに始まり、弥生が畏怖されていること、そしてそれぞれにファンクラブがあるなど多様だ。
そして勇輝の噂話は、小さい、かわいい、弟にしたい。破り捨てたい衝動を抑えるのに時間がかかった。
「おーい、般若の顔になってんぞ~」
その顔から何を見たのか見当がついた歩はまぁまぁと宥める。
勇輝は半笑いを浮かべて拳を顔の高さまであげた。
「うん……ムカついたからって俺に当たるのはよそうな?」
勇輝は静かに舌打ちして次のページをめくった。
「あれ、母さんがいる」
「あぁ、如月の後見人だからな」
あまりそんな気はしないが、一応幹部で偉い人なのだ。
勇輝はふ~んと母親の経歴に目を通した。
「幹部ってけっこういるの?」
勇輝は母親以外の幹部は見たことが無い。前から気になっていたのだ。
「そこそこいるぜ? ただ世界に飛び散ってるから国内にはほとんどいねぇな」
勇輝は相槌を打ちながら項目に目を通していく。母親は本部の守護部隊にいたのを幹部に抜擢されたらしい。その後は海外での活動が並んでいる。
二年から三年の間隔で活動の国が変わっていた。今の母親からは想像もできない姿だ。
「……ん?」
勇輝は何かひっかかりを覚えて目を止めた。
ざわっと不安が胸をよぎる。夢と同じ感覚。
何がひっかかったのか、勇輝は丁寧にその前後を見ていく。
(やっぱりおかしい……)
十七年前、正確には十九年前から十六年前まで暁美はアフリカにいることになっている。
その後も中東とアフリカを行ったり来たり。
だが勇輝の記憶では、母親は勇輝が八歳の時に出ていくまで一緒に過ごしていたのだ。
じわじわと不安が勇輝を絡め取るように這いあがってくる。
“全てが偽り”
レガーシアの声が耳元で聞こえた気がした。
「……勇輝?」
「大丈夫、なんでもないよ」
勇輝はそっとファイルを閉じて、はぁと息をついた。
あわないピースが見つかった。レガーシアの言葉のとおりに。
そこから真実だと思っていた絵はガラガラと崩れていってしまいそうだ。
(わからない。まだ分からないことが多すぎる……)
勇輝は気を紛らわそうと、隊の概略が書かれたファイルを開くのだった……。




