第6章の1 夏といえばさ!
人生全てが偽り。
そう囁く女の声。高笑いが響いている。
女の目は冷たく、勇輝を見据えている。
彼の周りには仲間たちが彼を守るように立っていた。
勇輝は仲間へと視線を投げかけるが、彼らはピクリとも動かない。ざわざわと足元から不安がせり上がってくる。
声は出ない。女は笑い、仲間たちは崩れていく。
全てが偽り、その言葉だけが残った。
勇輝は目を開けたまま、しばらくぼうっとしていた。夢を見ていた気がしたが、それはもうおぼろげで内容が思い出せない。
ただ嫌な夢だったということは、なんとなく分かる。
(……なんか朝から気が滅入るな)
レガーシアとの攻防から一日が経った。昨日は軽い二日酔いでベッドの上だったが、今日は体が軽い。
昨日のうちに、本部での報告は全て終わったらしく零華が報酬を持って帰って来ていた。
勝手に口座を作って振り込みましたと言われたが、勇輝は怖くて通帳を開けていない。
顔を洗っても気分がすっきりせず、勇輝は気だるそうに首をならした。その時何気なくカレンダーに目をやる。
気分転換にストレッチをしながらそれを眺めていた勇輝は、突如固まった。腕の筋を伸ばす、ヒーロー変身五秒前のポーズだ。
「夏休みあと二週間しかないじゃん!」
驚愕の事実に気づいた勇輝は、慌てて部屋を飛び出したのだった。
朝食を急いで食べ、勇輝は皆がいるだろうホールへと早足で進んだ。今日はやや寝坊しているので、皆そろっているはずだった。朝食後はホールで食休みを取るのがいつの頃からか習慣になっているからである。
勇輝がホールの扉を開けると、彼らはそこにいた。好きな場所に座ってそれぞれ好きなことをしている。
零華と癒慰はお茶をしてくつろぎ、その近くにいる錬魔はコーヒーを飲んでいる。
弥生と秀斗はテレビから流れるニュースを見ているようだ。
「みんな! これは由々しき事態だ!」
そう声を張り上げて入ってきた勇輝に彼らは視線を向け、何を言い出すのかと続きを待った。
勇輝は全員が見える場所で立ち止まり、声高らかに宣言した。
「海へ行こう!」
ゆうに三秒、空白の時が流れる。
「……海?」
秀斗がはい? と首を傾げる。
「なんでまた急に……」
どこか呆れた様子の癒慰。
勇輝はいま一つノリ気ではない彼らに口泡を飛ばす。
「俺たちの夏休みはあと二週間しか残っていないんだよ! 高校生活最後の夏休み。これが何を意味するのかわかんないの!?」
ビシッと秀斗を指差し、秀斗は半目になって言葉を返す。
「俺たち高校生一年目だからわかんねぇけど?」
「甘い甘い! 友だちと夏休み中遊びまくるのが高三の夏だよ!」
世の中の半数以上の高校生は受験勉強に明け暮れているはずだが、勇輝の頭に受験の文字はない。
「それで、何で海なんですか?」
「夏と言えば山と海だから。山もいいけど、如月は山近いし自然多いから海で遊びたいと思ってさ」
勇輝はワクワク感を抑えきれず、体がうずうずしている。今すぐにでも海に飛び込みたい。
「海で何をするんだ?」
話に興味を持ったのか、弥生がそう訊いた。
「泳ぐに決まってんじゃん。魚釣りをしてもいいし、ビーチバレーもありだよな」
想像がどんどんふくらみ勇輝の頬がにやける。
「泳ぐ……水練か?」
弥生は遊ぶ趣旨を理解できなかったようだが。
「ふ~ん。まぁいいんじゃないの? たまには外に行くのも」
「そうですね。日焼け止めの準備をしませんと」
女の子二人はノリ気だ。
「水着はどうすんだ?」
「借りればいいんじゃない?」
勇輝が答えると、借りられんのかと秀斗は納得した。
「錬魔はどう?」
沈黙を続けている錬魔に勇輝が尋ねる。
錬魔はマグカップを手にしまたまま、
「別にかまわん。俺は入らないが」
と答えた。錬魔の手には包帯が巻かれており、傷が完全に癒えるにはまだ時間がかかった。
「よし、じゃぁ決まりで。俺は家に帰って水着を取ってくるから、みんなも準備しといて。出発は十時で」
いきいきとした表情で勇輝は片手をちょいっと挙げ、軽い足取りで部屋を出て行った。
「海へ行くのはいいとしても、どこの海にいくのでしょうか」
静けさが戻ったホールで、零華はふと浮かんだ疑問を口にした。
「さぁ……どっか近くにあるんじゃない?」
少し冷めたラム酒を飲む癒慰が適当に答えた。
「さきほど、ニュースでどこかの海水浴場が映っていましたが、ものすごい人でしたよ?」
「……あ」
そう言われてやっと癒慰は零華の懸念に気がついた。
良くも悪くも彼らは目立つ。しかも水着ともなれば……。
「修羅場が見えるわ~」
確実にゆっくりとはできない。ハートが浮かんだ視線にいらいらする錬魔と弥生の顔も浮かんだ。
「勇輝君は肝心なところで抜けますからね……」
二人して呆れ顔だ。
「確か隊が保有しているプライベートビーチがあったと思うので、それを借りてきますね」
「じゃぁ私は匠のとこで適当に水着を買ってくる。この間行った時に勧めてたから」
あの匠がデザインしていると考えると彼の顔面に叩きつけたくなるが……。
「ということで、私たちは本部に行ってきますね。勇輝君が帰ってきたら、今の話を伝えておいてください」
「よろしく~」
零華と癒慰は椅子から立ち上がり、残る二人にそう言い残して部屋から出て行った。
ホールにはニュースの声だけが響いていた……。
勇輝は自分の部屋から家へと帰ると、タンスの中から水着を引っ張り出し、物置からパラソルやら浮輪やらを取りだした。
それらをリュックにつめ、他に何がいるのか考えていた時、ドアがノックされると同時に開かれた。
「勇輝? 帰って来たのなら一言声を……って、何をしてるの?」
母、暁美は帰ってくるなり荷造りをしている息子を見て呆れ顔になった。
「海に行こうと思ってさ、色々取りに来た」
「海って……どこの?」
わずかに暁美の表情が険しくなった。勇輝は荷物をリュックに押し込みながら答える。
「俺がちっちゃい頃によく行ったあそこ。電車で一時間くらいだっただろ?」
「あんた……あの子たちを電車に乗せるの?」
「え?」
「その上、人がたくさんいる海水浴場に連れてってみなさいよ……」
暁美は固い声音で勇輝に忠告をする。
「――モテモテのあの子たちの傍であんた、すごくみじめな気持になるわよ?」
暁美のその言葉に、勇輝は雷に打たれたような衝撃を覚えた。
「俺、なんで気づかなかったんだ!」
「まぁ、勇輝ならそっちの趣味のお姉さんたちにキャァキャァ言われるかもね」
ひっと勇輝の顔が引きつる。
「ど、どーしよう」
海には行きたいが、みじめな思いもお姉さんたちの危ない視線もいらない。
頭を抱えて悩み始める勇輝に、暁美は吹き出しそうになるのを堪え、解決案を出した。
「隊には慰安と訓練を兼ねたプライベートビーチがあるから、そこを借りたら?」
すると、ぱっと勇輝の顔が輝きだした。
笑いだすのを我慢している口を引き結んでいる暁美の頬がひくひくと動く。笑っては勇輝がかわいそうだ。
(本当に小さいころから変わってないわ。この単純なところは誰に似たのかしら)
暁美はたくましく彼らともに闘う勇輝を柔らかい表情で眺めた。
「レガーシアとの闘い、お疲れ。怪我が無くてよかったわ」
「え……あ、ありがとう」
突然レガーシアの話をされ、勇輝は驚いたが照れくさそうに言葉を返した。
「ほんと、あの子たちといるようになってから全然家に帰ってこなくなって。これ以上心配させないでね」
暁美の口調は本当に心配していたのか疑いたくなるほどさっぱりしたものだが……。
「わかってるよ。俺だってちゃんと強くなってるんだから」
勇輝は立ち上がってひょいっとリュックを肩に担ぎ、あどけない笑顔を母親に見せた。
「じゃ、いってきます」
勇輝は暁美に手を振ると、クローゼットの中に入っていった。やがて小さな息子の姿は部屋の向こうに消えてしまう。
「……強くなんて、なってほしくなかったのに」
小さな呟きは、部屋の壁に吸い込まれていった……。
勇輝がみんなになんて言おうかと考えながら如月に着いた頃には、全ての用意が整っていた。
南の島にあるビーチを借りましたと零華が微笑み、水着もたくさんあるよと癒慰がVサインを出した。なんでも匠が嬉々として跳びあがり、あるだけ持って行って気にいったのを着ればいいと言ったそうだ。代金は後払い。
その代わり写真をお願いと言いだした匠の首を蔓で締め上げて癒慰は帰って来たらしい。
ビーチまでは秀斗と弥生が空間をつなげたという至れり尽くせりだ。
「よし、じゃぁ海へ出発!」
勇輝は行くぞと拳を上げ、秀斗と弥生が開いた空間へと足を踏み入れた。一瞬視界が真っ暗になり、もう一歩足を踏み出すとパッと眩しい光と夏の日差しが勇輝を包んだ。
「来たぞ~~海!」
出てきたのは砂浜、目の前には青い透き通った海。潮風の香りが鼻孔をくすぐり、波の音が心に打ち寄せてくる。
「きれいですね」
「早く泳ぎた~い」
つばの広い深めの帽子を被った零華が海の美しさに相好を崩した。海のお嬢さんとして男の視線を攫っていきそうだ。
一方癒慰は今にも海に飛び込みそうな勢いで目を輝かせている。
「勇輝、遠泳勝負しようぜ!」
にぃっと誘うような笑みを見せて、秀斗は勇輝に勝負をしかける。
「もちろん! 俺泳ぎは得意なんだ」
それを断るはずがない。
「……日差しが強いな」
眩しそうに目の上に手を当てて錬魔は呟いた。その強烈な日差しは祖国を思い出させる。
「これが、海」
その隣で弥生が目を瞬かせていた。
キョロキョロと首を動かし、不思議そうに匂いを嗅いでいる。
「空より濃い青色だ」
「弥生、海を見たことなかったの?」
弥生の反応に勇輝は驚いて振り返る。
「話を聞いたことはあったが、見たことはない」
「へぇ」
「じゃぁさっそく水着に着替えようよ。弥生ちゃんも可愛くしてあげる」
癒慰が弥生の腕を取ってぐいっと引っ張った。
「水着?」
怪訝そうに眉をひそめた弥生を癒慰は鼻歌を歌いながら連れて行った。その後ろを零華がついて行く。
「セクシーなの希望~」
秀斗は三人の背中にそう声をかけ、彼女たちは上の方に立てられた綺麗な小屋へと歩いて行った。
「俺らもさっさと着替えるか」
秀斗はたくさんある水着の中から適当に選んだ一つを手にとって岩陰へと歩いて行った。
勇輝もその後を追う。錬魔に声をかけたが、彼は流木の上に腰をかけ静かに手を振った。
勇輝たちは海パンをちゃちゃっと穿き、持って来たシートを広げてパラソルを立て女の子たちを待っていた。
「あ~、早く弥生の水着姿見てぇ」
秀斗はそわそわと落ち着かない様子で砂浜を歩いたり準備体操をしたりしている。
ほどよくついた筋肉、しなやかに伸びる手足は女の子の視線をくぎ付けにしそうだ。海に着てもヘアバンドを外さないのが秀斗らしい。
勇輝も細く見えてしっかりと筋肉はついており、秀斗にひけをとらない。
「三人の水着姿かぁ」
勇輝は海で遊ぶことだけを考えていたが、海の楽しさは女の子の水着姿を見ることにもある。
「水着は男のロマンだよな!」
そう豪語する秀斗の鼻先をキラリと光る何かが通り過ぎた。
「あ、見えた」
修行の成果か、勇輝の目には弾丸のように飛んできた短剣が見えた。
自分の成長になんだか嬉しくなる。
「障壁張ってねぇ時は洒落にならないんだけど!」
秀斗が顔を引きつらせて飛んできたほうに顔を向けると、三人がこちらに歩いてくるところだった。
「お待たせしました」
「早く遊ぼ~」
零華はワンピースタイプの水着に、巻きスカート。淡い水色でまとめられ、彼女の髪とよく調和していた。
癒慰はオレンジの地に花柄のビキニで、陽ざしにさらされた白い手足が男心をどきどきさせる。
普段は服の下に隠されているふくらみに、自然と目が吸い寄せられる。
(癒慰、零華、弥生……か)
勇輝は三人の水着姿に目をやり、つい心の中でそう呟いた。
弥生の目つきが少し険しくなったのは、気のせいだろう。
「うん、みんな似会ってる」
ごまかすように笑う勇輝の隣で、秀斗は悲愴な顔をしていた。
「弥生……水着は男の夢って言ったよな! 俺はお前のきゅんとした姿が見たかったのに……」
秀斗をしょんぼりさせた弥生は、水着の上に半袖のウェアを着て、不愉快そうに立っていた。水着はビキニタイプで、下に海用の短パンを穿いている。右手が自然と剣を持つ形になり、勇輝は慌てて秀斗を引っ張った。
「ほら秀斗、遠泳に行こう。勝負だろ?」
「俺は……弥生の可愛い水着姿が見たかったんだ!」
「……夢の中で見なよ」
勇輝と秀斗が防波堤まで遠泳勝負を始めると、零華と癒慰は浅瀬でその様子を見物する。
ビーチボールを抱えてぷかぷかと浮いている癒慰と、腕に妃水を嵌めて水を支配下に置き水の上に座る零華。まるでそこに板でもあるかのように腰をかけ、足を海水に浸している。海水のパラソルで紫外線をカットすることも忘れない。
「勇輝君頑張れ~」
どんどん小さくなる二人の姿。
それを砂浜で見ているのは弥生と錬魔だった。シートの上に座って海で遊ぶ四人に視線をやっている。
「弥生は行かないのか?」
さすがに暑いのか、錬魔は上着を脱いで、タンクトップ一枚になっていた。
「この暑さと風に馴れてから」
弥生は忙しなく海で遊ぶ彼らに視線を動かしていた。その様子を見て、錬魔は弥生が海を初めて見たと言っていたことを思い出す。
「そういえば、ルナクレアは暑い国ではなかったな」
「あぁ。夏はとても短い」
「俺の国とは真逆だな。一年のほとんどが夏だ」
そう返す錬魔の声は、どこか懐かしそうで、寂しさの混じったものだった。
「到底私は生きていけないな」
そう言って弥生は立ち上がり、波打ち際へと歩いて行った。
錬魔はごろりと横になり、波の音と彼らの声に耳を傾ける。
(たまには、こういう時間もいいものだ)
温かい南の風を感じながら、錬魔は目を閉じた。
一方の弥生は波が来るか来ないかのぎりぎりで立ち止まっていた。
(水が、水のくせに行ったり来たりしている)
一際大きな波が来て、弥生の足を濡らした。すーっと引いて行く波に弥生は目を丸くする。
(……おもしろい)
すぐ近くで癒慰と零華が水に浮いている。
勇輝と秀斗はこちらに向かって泳いでいた。
その様子を見ながら、冷たい海水の気持ちよさに浸る。
「もう少しですよ」
零華が水でゴールテープを作って待つ。
二人の姿はもうそこまで来ていた。勝負は肉薄しており、白い水しぶきが上がっている。
二人がゴールテープを突き抜けた瞬間、
「ゴール。勝者秀斗君」
いつの間に審判になっていた零華が結果を告げた。
「よっしゃ~勝った!」
ばしゃばしゃと水の中を砂浜へと進みながら秀斗は拳を突き上げる。
「まじで!? 俺の負け?」
悔しそうな様子で勇輝も砂浜へ上がり、二人同時に倒れ込む。
「あ~、疲れた。あそこ遠い」
「もう無理だって」
ぜぇぜぇと荒い息をする二人を見て、弥生はふわりと表情を和らげた。ほんの一時の微笑。
「馬鹿なやつらだな」
その一時を目にした二人はぽかんと口を開ける。
「お、俺。今ので死ねる……」
胸を押さえて苦しむ秀斗。
勇輝は珍しい光景に目を丸くし、ぽけーと弥生を見ていた。
(これが、ギャップ萌え)
だが弥生の表情はすぐにいつもの無表情に戻り、海へと入っていった。膝までつかり、足をゆらゆらと動かして遊んでいる。
秀斗と勇輝が砂浜で体を休めていると、女の子二人も海から上がってきた。
「喉が渇いた~」
「飲み物はクーラーボックスに入れてあるぜ」
秀斗が錬魔のいるシートを指差した。その辺もぬかりない。
癒慰と零華は飲み物を持って二人の近くに座り、海へと視線をやった。弥生は一人浅瀬を歩いている。
「なんか弥生、小さな子どもみたい」
零華が持ってきてくれたジュースを飲みながら、勇輝は小さく笑う。なんだか微笑ましかった。
「海どころか、水の中に入ったこともないのでしょう」
水のパラソルをさす零華がそう返す。
「へぇ。じゃぁ水着を着るのも初めてなんだ」
「でしょうね。そもそも向こうにはこういうものはありませんから」
海水は弥生の腰まで来、さらに奥へと進んでいく。
「だから上着を着てるの? そういう習慣ないとか」
「ん~、それは別だと思うわ」
癒慰が会話に入って来た。
「そうですね……」
「どうして?」
そう勇輝が問うと、二人は困ったように微笑んで零華が自分の胸を指差した。
「弥生ちゃんは、ここに傷があるのです」
そう言って、零華は左胸から鎖骨へと指を滑らす。
「十年は前に受けたものなんだけど、まだその跡は強く残ってね。それを見せたくないんだって」
そのせいで水着を着たくないと弥生は猛抵抗したのだ。上着を着ることでなんとか着せることに成功したと癒慰は笑った。
「そうだったんだ……」
勇輝は沈んだ声で、弥生へと視線を戻す。
弥生は首が浸かるほど深い場所を歩いており、ふっと海面から姿を消した。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
「弥生!?」
「げっ、あいつ泳いだことねぇんじゃねぇの?」
勇輝と秀斗が一目散に海へと飛び込んで弥生のところへと泳ぐ。それは先程の遠泳勝負よりもスピードがあるのではないかとさえ思える。
波打ち際で見守る女の子二人。ほどなくして金色と黒の頭が銀色を連れて浮かんできた。
「ぷはぁ!」
「こら弥生! 心臓に悪ぃわ!」
弥生を引っ張って二人は砂浜まで泳ぐ。弥生はふわりと浮き、されるがままになっていた。
砂浜に上がって来た三人に女の子二人が駆けよった。
「弥生ちゃん!」
「何をしてるんですか!」
騒ぎに目を覚ましたのか、錬魔も眠そうな顔で近づいてきた。
騒がせた諜報人は少し気まずそうな顔で砂浜に座っている。
「海の中は歩けると思って……」
「泳ぐと歩くは全然違ぇよ」
秀斗が脱力したようすで砂浜に寝転がった。
「海の中はきれいだった」
「うん、よかったね……」
勇輝もぐったりした様子で力なく笑った。
「弥生、泳ぎたいなら教えるが」
「いや、さっきのように浮いているのがいい」
「じゃぁ俺の浮輪を使う?」
「いいのか?」
弥生の表情に少し嬉しさが滲む。
「もちろん! みんなで遊ぼう!」
彼らは再び海の中へと入っていった。
勇輝は持って来ていた強力水鉄砲を取りだし、みんなにかけていく。
弥生は勇輝の浮輪で満足げに漂い、沖まで流されかけたこと数回。零華が海水の流れを作って連れ戻した。
癒慰は秀斗と一緒になって勇輝へと水をかけ、零華は小さな水の弾を作って勇輝を援護する。自分は水の壁を張ってあるので無傷だ。
「おい零華! ちょっとずるいんじゃねぇの?」
「水の魔術師を舐めてもらっては困ります」
「冷たーい!」
「秀斗の顔面に発射!」
入り乱れて遊ぶ彼らを錬魔も海水に身をつけながら見ていた。傷口は零華が水の膜をはって染みないようにしてくれたのだ。
すいすいと魚のように泳ぎ、長い髪が一本の道のように海面を進んでいく。
「……お前は魚だったのか?」
自由に水中を動く錬魔を見て、どこかつまらなさそうな表情でそう尋ねる。
「俺の国では文字より先に泳ぎを教えさせられるからな」
そうか、と呟いてぷかぷかと浮いている弥生を見て錬魔はやれやれと息をついた。
「泳げないとは、とんだ弱点だな」
弥生にすっと近づいて、浮輪の紐を掴むと引いて泳ぎ出す。
「……そういえば、小さい頃に川に落ちて死にかけたことがあったな」
水の中を進む気持ちよさを感じながら、弥生はふとそんなことを口にした。
「生きていてよかったな」
少しずつ、にぎやかな声が遠くなる。
「そうだな……」
弥生と錬魔はしばらくの間海を散策し、勇輝に昼食にしようと呼ばれて砂浜へ上がった。
「……なんだか体が重い」
弥生は砂浜を歩きながらぽつりと呟いた。
「水の中は浮力があるからな」
二人がシートのところへ着くと、すでにバーベキューセットが組み立てられていた。
「錬魔、火をお願い」
「よくこれだけのものをあの短時間で用意したな」
錬魔は呆れと感心が入り混じった声で、ぱっと炭に火をつける。
「海って言えばバーベキューじゃん」
勇輝は自慢げにぐっと親指を立てた。
「肉焼こうぜ肉」
「いいね、どんどん焼こう」
肉と野菜が焼かれ、わいわいと食べていく。
弥生は専用のりんごと、たまに野菜を食べていた。
そして昼食も終わりに近づいたころ、
「へぇ、楽しそうなことしてるじゃない」
明るい声が割り込んできたのだった。
悟った。
一週間の更新は、無理だ。