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第五章 エピローグ

 無事如月に帰って来た彼らは、疲れを取るために一時間仮眠を取った後、それぞれの仕事に取りかかった。

 勇輝と零華はメインとなる料理を作り、癒慰はデザートを作る。厨房は戦場の如き忙しさだ。

 秀斗は酒蔵を二三個開け、出す酒と茶を吟味する。

 錬魔は任務完了を本部に報告をしに行き、弥生は部屋で月契の手入れをしていた。

 適応適所。見事にそれが体現されていた。

 酒だると茶がどんどん部屋に運ばれ、セッティングされたテーブルに料理が並んでいく。

 暇を持て余した弥生は秀斗の酒選びを手伝い、厨房でアップルパイを作っていた癒慰の隣でりんごのつまみ食いをする。

 弥生がしゃくしゃくと二個目のりんごを食べ始めた時、厨房組はまだ昼食も食べていないことに気がついた。時刻は三時。

 そして食糧庫でパンとハムをつまみ食いしている秀斗を見つけた。厨房を覗いたが鬼のような形相で動く三人を見て声がかけられなかったらしい。

 錬魔が本部からぐったりして帰ってきたのが五時。宴まであと二時間に迫っていた。

 厨房組はラストスパートをかけ、出来た料理を残る三人が運ぶ。これらのつまみ食いは許されない。見つかれば包丁が飛んでくる。



 そして、ホールの時計が七時をさした時、会場となった部屋では皆が杯を持っていた。

 勇輝の見たことが無い、初めて入る部屋だ。ソファーや椅子とテーブルがところどころに置いてあり、部屋の中央に料理と飲み物が置いてある。

 たくさんの料理は明りの中とてもおいしそうで、作った本人も涎が出てくる。

 秀斗が杯をかかげ、全員の顔を見まわした。

 勇輝は音頭を取るのがリーダーではないことに、らしさを感じて頬が緩む。

 そのリーダーは秀斗の隣で早く飲みたそうに杯の中を見ていた。

「じゃぁ、俺たち如月の勝利を祝って、乾杯!」

 秀斗が高々と杯を揚げ、皆も高く上げ一気に飲み干した。

 喉がかっとなる強めの酒を飲みほした勇輝は、さっそく皿を取って料理へと向かう。すでに秀斗は皿に山盛り料理を取っていた。

 和、洋、中華、その他エスニック系の料理と幅広く作り、デザートは冷たいムース系からケーキまである。弥生専用リンゴバーもあった。リンゴ丸かじり、うさぎリンゴ、ムースとゼリー、パイまでりんご尽くしだ。

 勇輝は秀斗と料理を食べ、酒を飲みながら今日戦った敵について興奮冷めやらぬ様子で語る。

 目を輝かせて話す勇輝を可愛いなと思いながら秀斗はどんどん強い酒を注いでいった。

 勇輝の頬がほんのり上気していく。


「そういや、レガーシアの前は誰と戦ったんだ?」


 秀斗のその一言で勇輝の表情が固まった。

 勇輝の顔はみるみるうちに半泣きになって訴えるように話しだす。

 秀斗がちょっと前についだ酒瓶に目をやるとウォッカ、アルコール度数五十。適当に取って来たが、今回一番度数の強いのを当ててしまったらしい。

 秀斗は勇輝の悪夢を最初のうちは神妙な顔で聞いていたが、すぐに笑いがこみあげてきた。必死に押し殺そうとして変な顔になり、勇輝がじとっとした眼差しを向ける。

 酔いのためかいつもよりも目が据わっている。


「秀斗……聞いてる?」


 そしてまたウォッカをぐいっと飲み干した。


「聞いてる聞いてる。ほんとお前は可愛いなぁ。俺たちがそう簡単に死ぬわけねぇじゃん」


 そう言って勇輝の頭をぽんぽんと叩くと、鳩尾に拳が入った。


「ぐげっ」


 秀斗は胃の中のものが逆流するのを寸前で抑え、両手を挙げる。


「可愛いだってぇ?」


 りんごのような真っ赤な頬をした勇輝は誰が見ても可愛いのだが、今はたちの悪い酔っぱらいだ。


「あ、いや……それは……」


 地雷を踏んだと気づくが時すでに遅し。


「まぁ……飲めや」


 秀斗は奥の手、ガンガン飲ませて潰すを選択した。

 勇輝は秀斗にからみながら、いやに自分が強いかを語りだした。不良としての武勇伝を聞きながら、秀斗は酒を注いでいく。

 五杯目に突入したころ、勇輝のまぶたが落ち始め、体が揺れ出す。

 その頃には話が武勇伝から悲愴伝に変わり、悪夢の文化祭や幼少期アルバム事件など勇輝の黒歴史がぼろぼろ出てきた。

 秀斗は笑いたいが笑えない。これはこれで拷問だ。

 七杯目にかかり、癒慰からの寝込み襲撃や追いはぎ&着せかえの被害へと話が移ったころに勇輝はころんと眠りに落ちた。

 秀斗は勇輝をソファーに寝かし、ふぅと一息つく。

 そして部屋を見回すと、癒慰と零華が楽しそうにおしゃべりとしており、弥生と錬魔は机の上に茶を並べて酒効きならぬ茶効きをしているようだ。

 秀斗は酔い潰れた勇輝に目をやり、酒瓶を持って軽く上げた。


「俺たちの光に、乾杯」


 秀斗は微笑を浮かべ、酒を一気に飲み干した。何十年と熟成された酒は、ふくよかな香りが鼻に抜け、甘みが舌を喜ばす。

 秀斗は茶効きを観戦しようと、二人へと近づいて行った……。





 風が頬を撫でる感覚に、勇輝は目を覚ました。薄暗くてあまり見えない。

 横たわっている感触は、いつものベッドとは違う。


(えっと、俺何してたんだっけ)


 勇輝はゆっくり体を起こすと、辺りを見回した。すぐ向かいのソファーで秀斗が寝ており、傍には酒瓶が転がっているのが見える。


(あ、宴でそのまま寝ちゃったのか)


 勇輝は重い頭を引きずりながら、酒の中からお茶を見つけて飲む。なぜか水はなかった。

 少し離れたソファーに錬魔が寝ており、女の子三人の姿は見えない。


(あ~、頭ががんがんする。二日酔いだな)


 しかも酒を飲み始めてしばらくしてからの記憶が無い。服がそのままで乱れてもいないことから、精神的ショックは免れたようだが何だか怖い。

 だが聞くのももう一つ怖い。

 勇輝がポケットから携帯電話を取りだして時刻を確認すると朝の五時。ストラップごとポケットにねじ込んで、勇輝は首を回す。


(なんか目が覚めたな)


 勇輝はぐっと伸びをして、体をほぐしているとバルコニーへと続く窓があいていることに気がついた。


(あれ、あんなとこにバルコニーあったんだ)


 昨日は気づかなかった。というか、この如月に来て初めてバルコニーを見た。

 風に当たろうと勇輝はバルコニーに出る。

 外の空気を肺いっぱいに吸い込もうとした瞬間、先客がいて心臓が跳びはねた。


「勇輝……起きたのか」


 弥生がバルコニーの柵の上に座って、酒を飲んでいた。傍のテーブルに酒瓶とコップがある。


「びっくりした……」


 勇輝はバクバクいっている心臓を宥めながら、弥生の隣に立ち外へと視線をやった。

 山の向こうから太陽の光が漏れ、やんわりと空が紫色に染まっている。


「綺麗だなぁ」


 勇輝は柵に寄りかかってぼうっと景色を眺めていた。こうしていると、昨日の闘いが夢のように思える。


「そうだな、いい景色だ」


 弥生は杯の中の酒を一口飲み、勇輝の横顔へ視線をやった。ふと彼が寝ていた時にしていた会話を思い出す。


“もし勇輝がいなかったら、どうなってたんだろうな”


 そう言ったのは秀斗だった。

 その言葉に皆の顔に苦笑が浮かぶ。


“勝てなかったかもしれませんね”


 零華が言葉を繋ぎ、寝ている勇輝へと視線をやった。


“もし勝てたとしても、俺たちのうち誰かは闇に落ちていた”


 そうなってもおかしくない敵だったのだ。過去の因縁。親の仇、祖国の仇。

 全員が程度の差はあれ、レガーシアと再会した時に憎しみの念が心のうちに起こった。

 錬魔は濃い茶を飲みながら、宙に視線を飛ばす。

 彼らだけであったなら、魔術を行使してレガーシアを探し出し攻め込んだだろう。そして祖国に帰れない悲しみや怒りが闇を呼び覚ます可能性もあった。

 それにブレーキをかけたのが勇輝の存在だった。


“必死な勇輝君を見てたら、しっかりしないとって思ったのよね”


 癒慰が照れ笑いを浮かべて、言葉を続ける。


“私たちだけなら、感情に任せて行動もできるけど。これ以上勇輝君を危険な目に会わせたくないし”


 だから彼らは勇輝が朧月夜で修行していた二週間の間に魔術を練り上げた。勇輝の命と彼らの命を守るために。


(かけがえのない、仲間……か)


 弥生が妙にくすぐったい言葉に表情を和らげた時、勇輝の間が抜けた声がした。


「あ~あ、俺修行したのに全然役に立てなかったなぁ」


 勇輝は布団のようにしなだれ、ぼそぼそとしょげた表情で続ける。


「悪夢で気が狂いそうになるし、触手は防ぐのでせいいっぱい。魔術が飛び交う中じゃ、まだ戦えない……」


「前にも言っただろう。私たちはお前に戦って欲しいわけではないと」


「それじゃ、俺が嫌なんだよ。俺もお前たちと戦いたいんだ」


 勇輝は身を起こして、弥生と目を合わせる。


「俺はいつか弥生に勝つよ」


 剣を初めて握った時から変わらない目標。

 今はまだ教えられる側で、ライバルとも程遠いけれどいつかはと思う。


「私に勝つ、か。百年ほど修行すればできるかもな」


 弥生は微笑を浮かべてそう返す。


「百年って……俺死んでるよ」


 勇輝は遠い目をして明後日の方角を見る。


 人間、人生八十年。


「そうか、お前は人間だったな……」


 弥生は杯の中に視線を落とし、一気に飲み干した。

 柵から降りると、傍のテーブルにあったコップと自分の杯に茶を注いだ。コップを勇輝へ渡す。勇輝は重みのあるコップを受け取り、弥生と視線を交差させた。


「私たちの勝利に」


 弥生が口角をあげ、少し杯を上げた。


「乾杯!」


 勇輝はにっと笑ってコップを打ち鳴らす。

 二人は笑顔が映った酒を飲みほした。


 暑い夏の日はまだ続いていく。







 時は遡り、彼らが如月へと到着した頃、戦場となった空間に動く者がいた。


「……ちっ。あの……餓鬼ども」


 動かない片足を引きずりながら、レガーシアは必死の形相で歩いていた。肩口から血が流れており、上着は赤く染まっている。

 爆発と同時に闇の力を振り絞って転移をしたはいいが、枯渇しかけている力では遠くへ飛べはしない。忌々しい魔術のせいで不老不死のエネルギーは消え、傷も塞がらなかった。


(陛下の、もとに帰れば……)


 藁にもすがる思いでレガーシアは足を進める。心の中にあるのは、彼らへの恨み、憎しみ。その感情と呼応するように闇が立ち昇っている。


(必ず、復讐をしてやる)


 レガーシアは出口へと続く部屋に足を踏み入れると、そこに見知った顔を見て足を留めた。安堵の表情を浮かべて彼へと近づく。


「阿修羅……来てくれ、たの」


「あぁ」


 阿修羅は無感情な瞳を彼女へと向けた。彼は左手に水晶を持ち、近づいてくる。


「私を陛下のところへ……天つ人に復讐を……」


 レガーシアは目をぎらつかせて阿修羅を見上げたが、彼の瞳を見た瞬間ぞわっと恐怖が全身を包んだ。


「うっ……」


 恐怖が先だったか、痛みが先だったか。

 レガーシアは驚愕に顔を引きつらせて、ゆるゆると視線を胸元へ下ろした。揺らぐ視界には、黒い闇が胸から伸びている。そこに紅い血が伝って床を濡らしていた。


「何……を」


 レガーシアは崩れ落ちそうになるのを堪え、胸へと刺さっている闇を右手で抑え込んだ。


「これは……反逆、よ?」


「これは陛下の意思だ。お前は闇に帰れ」


 そう阿修羅が告げるとレガーシアの瞳が大きく開かれ、みるみるうちに絶望の色に変わっていく。


「そ、そんな……私は、レガーシア。二の頭……なのよ?」


 レガーシアは血を吐きながら、とぎれとぎれにそう言った。それを阿修羅は冷酷な表情で見下ろしている。


「私は、陛下に……愛され、ていたのに」


 レガーシアの視界がかすみ、阿修羅の声が遠くなっていく。それでも意識を手放すまいとレガーシアはあがく。


「あなたのことも…愛そうとしたのに」


「母上は死んだ。偽物になど用はない」


 阿修羅はレガーシアの体内で触手を広げ、内臓を掴み、貫いた。一つ一つ臓器を潰していく。潰すたびにレガーシアは悲鳴を上げ、血を吐いた。


「これは母を侮辱した分」


阿修羅は触手をレガーシアの肺へと伸ばす。すぐに死なれては困るので、片方だけだ。


「これは、妹を奪った分だ」


肺が潰れ、レガーシアは浅い呼吸を繰り返す。


「い、もう、と……なん、の……こと?」


それに阿修羅が答えることはなく、触手を心臓へと伸ばしていく。レガーシアは、次が何か分かったのか、短くやめてと繰り返していた。


「闇に戻り、陛下のお力に変われ」


 阿修羅が触手を収縮させると、レガーシアはがくりと崩れ落ちた。触手についた血を振り払うと、闇を収める。

 そして左手に持っていた水晶をレガーシアにかざすと、彼女の体から闇が立ち昇り闇に溶けていく。

 水晶はその闇を吸って黒く染まり、禍々しい気を発していた。

 回収が終わると、阿修羅はもう用はないと言わんばかりに踵を返し部屋を後にする。

 部屋にはただ血だまりが残るだけだった……。





 そしてそれから一時間が経った頃。


「うっわぁ、派手にやりやがったな」


 青年の声が部屋に響いた。この部屋は壁が崩れ、木も薙ぎ倒されている。

 弥生と月花夢幻が戦った部屋だった。


「お、あったあった」


 彼は転がったままの偽月契を拾い上げ、にたりと企んだような笑みを浮かべた。それを手で弄んで、じっと剣を見る。


「俺とも遊んでくれよなぁ? 弥生」


 自分の顔を刀身に映し、サクリスは残虐に笑うのだった……。



 やっと終わったよ。五章

 400字づめ原稿用紙で804枚……。最長記録更新。

 ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました~。

 次回六章は好きにコメディーでわいわい騒ぎます。たまに横やりが入りますが、息抜きも大事ですよね。

 では、作者はしばらく見直し期間に入ります。

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