第5章の38 呪縛より解放せよ
扉がゆっくりと開くと、そこは広間だった。
大理石の床にはまっすぐ赤いカーペットが敷かれ、そのまま視線を前にやると舞台にあるような大きな階段が見える。
シャンデリアがきらきらと輝きを放ち、この部屋は他を圧倒する雰囲気を持っていた。
彼らは慎重に辺りを伺いながら中へと入っていく。緊張感が彼らを包み、表情は戦士のそれだった。
ふいに突風が吹き、扉が音を立てて閉まった。それと同時に階段の上に闇が渦巻く。
「来たか……」
小さく錬魔が呟いた。
「ボスの登場って感じじゃねぇか」
ひゅぅっと秀斗が口笛を鳴らした。
闇は凝縮し、ぱっと霧散するとレガーシアが姿を現す。彼女は妖艶な笑みを浮かべ、彼らを見下ろしていた。
「しぶとい子どもたちね。誰か一人くらいくたばると思ってたのに」
勇輝はレガーシアの姿が目に入った途端、先程の幻覚が蘇った。目眩がしたが、なんとか踏みとどまる。
彼女はゆっくりと階段を下りてきた。勇輝と弥生は柄に手をかけ、いつでも抜けるようにしている。
一歩一歩近づく女。
レガーシアが最後の一段を降りた時、彼女の横すれすれを火球が通り過ぎた。それは階段にあたり、その部分を丸く燃やす。
それを放った本人以外は、少し驚いた顔で彼に視線をやった。
錬魔は鋭い眼光を彼女に向け、近づいて行く。
「錬魔?」
秀斗がその後を追おうと足を踏み出すと、その一歩前の床に炎が走った。錬魔と彼らを分断するように炎の壁ができる。
「おい!」
「ちょっと、錬魔くん?」
予想もしない彼の動きに、四人の顔色が変わり、弥生も眉をひそめた。
「一度、俺に任せて欲しい」
錬魔は肩越しに振り返り、そう言った。彼の瞳が、その表情があまりに苛烈で、彼らは言葉を返せない。
彼の姿はすぐに立ち昇る炎に見えなくなった。彼らは炎の壁から距離を取って、彼の覇動を探る。異変があれば、すぐにこの壁を突き抜けて助けられるように。
「久しぶりに見た……あいつの本気の怒り」
秀斗が熱気から腕で顔を守りながらそう呟く。彼らは硬い表情で炎の向こうをじっと見守るしかなかった。
炎を壁にし、錬魔はレガーシアと向き合う。彼女は動じる様子もなく、むしろ楽しんでいるようだ。
「そんなに私と二人っきりになりたかったの?」
「余計なことをしゃべるな。今すぐにでも殺したくなる」
錬魔の瞳に怒りの炎が宿る。人が殺せそうな視線を向けられてもレガーシアは不敵な笑みを崩さなかった。
「そんな怖い顔してると、カレンちゃんに怯えられるわよ。せっかく生き返ったのに。あぁ、もう死んだんだっけ?」
「その名を軽々しく呼ぶな」
地の底を這うような低い声。
炎の壁が大きくうねり熱風がレガーシアの髪を靡かせる。彼女は嗜虐的な笑みを浮かべていた。
「心外ね。私はあの子の作り手なのに。霊界で彷徨っていたあの子の魂をこの世に蘇らすの大変だったのよ?」
錬魔の眉がひそめられる。その反応をおもしろそうに見ながら、レガーシアはさらに言葉を続けた。
「愛しい人を殺しなさいって命令したのに、あっさり死んじゃうんだものつまらないわ」
「カレンはお前の支配には屈しなかった。全てが思い通りに行くなど思うな」
錬魔の瞳が赤く染まった。怒りの炎が具現化したような赤。
錬魔にはわかっていた。あれが本物のカレンの魂だったと。そして、表には出さずとも奥底では闘っていたことを。
だからこそ、怒りがおさまらない。
「その瞳で何ができるの?」
ゆらゆらとレガーシアの足元から闇が立ち上る。それは姿を変え、鋭利な刃となって錬魔へと向けられた。
「視えるさ。お前の真実が」
カチリと、錬魔の視界の色が変わる。彼の視界に映るレガーシアは、様々な色をその身に纏っていた。以前治癒の瞳で見た時よりもはっきりと視ることができる。彼らには知られたくない、神祈の瞳の力。
錬魔はすっと瞳を死渡の瞳に切り替えた。そこに、視えるものがある。
「真実? 何を言ってるの?」
蔑みが交じった表情を浮かべ、レガーシアは微笑んでいる。その瞳に狂喜を秘めながら。
「決して変えられない真実がある」
錬魔は無知な子どもを諭すようにゆっくりと言葉を紡いでいく。怒りを抑え、凝縮した言葉はたしかな重みをもっていた。
「人は必ず死ぬ。どんな魔術を持ってしても、不死は得られない」
「それは昔の話。陛下は不可能を可能にされたのよ」
「憐れだな。利用されているのがわからないのか?」
錬魔は視線を彼女の周りに浮かぶものへと動かす。それは彼女を包むように存在している。
「この瞳が、何を映すか知っているだろう」
錬魔は自らの瞳を指差した。二重に縁取られた瞳。死を映す、死渡の瞳。
「えぇ、それが?」
「お前は確かに刺されても死ななかった。だがそれは無数ある命の一つが死んだだけだ」
レガーシアは意味が分からないと言いたそうに眉をひそめる。
「お前は不死ではない。死の花が視えるのがその証拠だ。まぁ、何百、何千殺せば死ぬのかはわからないがな」
黒い花に囲まれて立つレガーシア。それが全て彼女の命。
錬魔の言葉を聞いたレガーシアの顔にわずかに動揺の色が見えたが、すぐにそれは傲慢な表情に変わる。
「だから、何? たとえそれが真実でも、あなたたちに私は殺せない。あなたたちは一度死ねば、終わりなのだから」
「そうだな。だが、一つの命でも六つ集まれば千を超える」
錬魔が唐突に炎の弾をレガーシアへと放った。それと同時に炎の壁が消える。
「このような技が私に効くはずないでしょ」
レガーシアは闇を操り火炎を弾き、風を斬る速さで鋭く尖った切っ先を錬魔へと伸ばした。十数本のやりが錬魔を狙う。
切っ先が錬魔の目前まで迫った刹那、銀色と黒が視界に割り込み、甲高い音が鼓膜をつんざくと同時に光が爆ぜた。
熱で火照った肌に氷の冷たさが伝わり、足元には蔓が蠢いている。
「待ちくたびれたんだけど」
「何をもたもたしている」
錬魔の前で剣を交差させ闇を防いだ勇輝と弥生。
「そろそろ乗りこもうかって思ってたんだぜ?」
光の弾を放って闇の触手を分断した秀斗。
「一人で突っ走る馬鹿じゃくてよかったです」
氷の壁をつくり闇を封じ込めた零華。
「ハラハラしてたんだからね!」
棘のある蔓で闇を絡め取った癒慰。
「あぁ、すまない。確信は得た。あれでいける」
錬魔は彼らの顔を一人ひとり見、不敵な笑みを見せた。彼らはそれに頷きかえす。
レガーシアは一度闇を引き、忌々しそうな表情で彼らを見まわした。
「本当は一人ひとりじわじわといたぶるのが好きなんだけど、まとめてやってあげる」
「レガーシア」
弥生が一歩前に踏み出し、月契の刃をレガーシアに向けた。
「偽りの生を終わらせてやる」
如月の宣告。
勇輝はレガーシアと弥生の背を視界にとらえながら、ぐっと剣の柄を握る手に力を込めた。そっと服の上から胸に手を当てると硬いペンダントの感触が布越しに伝わってくる。
「何がなんでも勝つ」
勇輝はすぅっと息を吐いて、切っ先をレガーシアに向けた。
両者動かず、牽制するように睨みあったまま。数秒か、数十秒か、それとも数分か……。
その静寂を破ったのはレガーシアだった。
彼女の足元で蠢いていた闇が一斉に彼らへと襲いかかる。
「ちょっとワンパターンなんじゃねぇの?」
秀斗が鼻で笑った時には全員が回避に移り、応戦する。
弥生は上体を低くして駆け、レガーシアに斬りかかる。闇に弾かれ跳びずされば、そこに氷の刃が突き刺さった。レガーシアの足元を蔓が這い、闇と縺れあう。
「灼城柱」
錬魔の声が聞こえた途端、彼らはレガーシアの傍から距離を取り、次の瞬間にはそこに火柱が上がった。レガーシアが炎に呑まれる。
秀斗が口笛を吹いて錬魔へと視線をやる。
「まずは一回目か」
錬魔は両手に炎の玉を作り出して、立ち昇る炎から目を離さない。
炎から黒の触手が突き出し、一拍後には炎が何もなかったように消されてしまった。
「私は死なないわよ。私が死ぬよりも前にあなたたちが死ぬのは分かりきったことなのに」
服に焦げた跡もなく、彼女は美しい顔に憐みの表情を浮かべた。
「ほんと、ばかね。そうやってみんなで頑張れば勝てると思ってる奴らが私は大嫌いなの」
「すぐにそんな口、効けなくなるわ。刃華乱舞!」
癒慰が花びらの刃を放つと同時に秀斗も光の玉を放って援護する。レガーシアは横に跳んで避け、一足飛びで癒慰との間合いを詰めると服の下に忍ばせていた短剣を振りかざした。
「まず一人目」
(避けられない!)
回避不可能と判断した癒慰は蔓を放つ。狙いは彼女の心臓。
レガーシアの短剣と蔓が交差した瞬間、
「偃月」
弥生の声とともに癒慰の鼻先すれすれを三日月のような光の刃が過ぎ去っていった。レガーシアが一瞬動きを止めた隙を逃さずに癒慰は退いて体勢を整える。
「ありがとうね、弥生ちゃん!」
「無茶をするな」
視線を交わした後、弥生はレガーシアへ突きを繰り出すが、短剣でいなされ距離を取る。
炎、氷、光が銃弾のようにレガーシアへと飛んでいく。レガーシアはその乱撃を闇で振り払い、弾の合間を縫って彼らを貫こうとした。
「レガーシア、懐がガラ空きだぞ」
弾幕をかいくぐり、闇を斬り捨てて弥生はレガーシアの間合いへと滑り込んだ。突き出してきた短剣を、顔を逸らして避け体を低く保ったままで斬りあげる。
レガーシアの腰から胸にかけて銀色の線が走った。ギロリとレガーシアが弥生を見下ろす。
「二回目だ」
「この……餓鬼がっ!」
レガーシアの胸から二本の刃が突き出した。
「後が空いてるわ」
「これで三つですか?」
氷と花びらの刃をレガーシアは手でへし折り、投げ捨てる。斬られようが、貫かれようが、彼女から血は出ない。
「調子に乗るんじゃないわよ!」
闇が細かく分裂し、その全てが刃となって彼らに襲いかかる。数十だったのが、百を超える数となり分裂を続ける。
「うっわ~、これが数の暴力か?」
緊張感の抜けた声で、秀斗は迫りくる闇を見ていた。闇はそれ自身に意思があるように波打ちながら秀斗へと突き進む。
鋭く研がれた切っ先。それが秀斗の一メートル手前まで迫った瞬間、何かに刺さったように動きを止めた。何もない空間に、闇は突き刺さっている。
「俺の絶対領域は破れねぇよ」
秀斗の額には星鎧が前髪の隙間から覗いていた。
「秀! 動くな」
秀斗が闇は消し飛ばそうと右手に光を集めると、声とともに弥生が飛びかかって来た。上段に月契を振りかざし、闇の触手を叩き切る。
先端を無くした闇は一度退き、二人を取り囲むように広がった。
「こら弥生! 俺の獲物を取んじゃねぇよ!」
叫ぶ秀斗を弥生は一瞥し、
「知るか。のろのろしているお前が悪い」
と言い捨てる。秀斗は仕方ないと右手の光をレガーシアへと放り投げた。闇に打ち返された玉を弥生が切り裂いた。
一呼吸置いて再び襲ってきた刃たちをいなしながら、弥生は周囲の状況を見る。仲間は触手を払いながら、レガーシアの命を削っている。
弥生がちらりと反対側へ視線をやった瞬間、左頬に鋭い痛みを感じた。刃をいなして左手で拭えば、甲に血が付いている。
(長引けばこちらの消耗を激しくなるか……)
全員ここに来るまでの闘いで魔力体力ともに消耗していた。弥生が、鋭い視線を周囲に飛ばしていると癒慰の声が鼓膜を震わす。
「きゃぁ!」
「癒慰!」
それを聞いた彼らは癒慰へと視線をやった。
癒慰は太ももを抑えて座りこんでいた。小さな平べったい刃が刺さり、血が滲んでいる。
ナイフに似た暗器に類するものだ。
仲間の負傷に殺気だった彼らの顔横を同様の暗器が通り過ぎた。
「そういえば御影は暗殺者でしたね」
瞳に怒りの炎を燻らせて零華は、両手に水柱を纏わせていた。その両腕には腕輪、妃水が嵌っている。
「名は捨てても技は捨てられなかったか」
錬魔が闘志のこもった瞳を、赤く一重に縁取られた瞳でレガーシアを視る。
「こんな傷、たいしたことないわ」
癒慰は暗器を抜くと、上着の裾を引きちぎって傷口を縛り上げた。
「癒慰」
錬魔は何か言いたげに癒慰の名を呼んだが、癒慰は素知らぬ顔で立ち上がった。
「あいつを倒すのが先でしょ。それに、準備は整ったわ」
それを聞いた彼らの口角が上がる。
「んじゃ、フィナーレを始めようぜ」
「そんなに足掻かなくても、すぐに死なせてあげるわ」
秀斗の声と同時に彼らは一斉に動き出し、レガーシアは闇を放つ。闇は弾丸となり床に穴を開けていった。
それを見た秀斗が口笛を鳴らす。
「あんなんもできんのか」
足元に開いていく穴を横眼で見ながら、秀斗はお返しにと光の弾をレガーシアに放つ。
彼らはレガーシアを取り囲むようにしながら、攻撃をしかけていた。
火柱があがり、花びらが舞い、氷が突きささる。
そして一際甲高い音が響き、弥生とレガーシアが剣を交えていた。
闇の触手をかいくぐった弥生の剣を、レガーシアが短剣で受けたのだ。
二人は刃越しに睨みあう。力は拮抗し、どちらも譲らない。
「お前、弱くなったな」
弥生は覇動を剣に纏わせて力を増幅させる。レガーシアを押し返し、突きを出すが素早く反応した彼女の短剣で流される。
「何ですって?」
「お前の能力には制限がある」
レガーシアの瞳が揺らいだ。
弥生を背後から襲おうとしていた闇が、炎に呑まれる。ビリビリと錬魔の覇動が空気を伝った。
「その証拠に、もう霊界の門番の能力は使えない」
弥生の言葉を錬魔が引き継いだ。錬魔は弥生の向こうに立っていた。
「あら、使っていないだけかもよ?」
「俺には視える」
錬魔が捉えたレガーシアの色は、以前よりも減っていた。特に、前はその身の三分の一を占めていた青色がない。
「闇の力ももう少ねぇみたいだし?」
錬魔の向かいに立っている秀斗が、挑戦的な瞳をレガーシアに向け、覇動とともに光の刃を放った。弥生は横に跳んで避け、レガーシアは闇で防ぐ。
レガーシアはすぐに秀斗へ闇の弾丸を飛ばしたが、障壁で跳ね返され舌打ちをする。
「貴女の闇は貰いもの。闇の魔術師ではない貴女は自分で闇を生み出すことは不可能」
「ずいぶん、あの人形たちを作るのに使っちゃたんじゃないの?」
レガーシアの両脇から覇動を纏い威力をあげて迫ってきた水柱と蔓を両手に闇を濃縮させて相殺する。寄り辺を無くした覇動は拡散した。
「ごちゃごちゃとうるわいわね!」
闇の覇動が怒りとともに押し寄せて来た。彼らはぐっと足に力を入れて踏みとどまる。
体内の闇の血が騒ぎ出す不快感。
そして覇動が過ぎ去った瞬間、覇動で闇が宙に浮遊したその間に小さな影が躍り出た。
「今だ!」
「今よ!」
彼らの声が背中を押す。
闇が途切れたそのわずかな隙を狙って、勇輝は右手をぐっと後ろに引いた。
視界にはレガーシアの背中を捉えている。彼女に気づかれるよりもコンマ一秒でも早く動かなければならない。
勇輝は手に持つものをしっかりと掴み、レガーシアへと突き出した。
全員の声が重なる。
「全ての魂に解放を!」
勇輝の手の中から五色の光が溢れだし、レガーシアの胸の奥へと入りこんでいくと同時に床に淡い光が灯った。光は文字となり、陣が書かれていく。
「うっ……なんだ、これは」
レガーシアは意のままにならない体を無理やり動かし、肩越しに勇輝を見下ろした。その目は殺気がこもっている。
「こ……の。人間、ふぜいが!」
「人間舐めんなよ。こっちは全然暴れ足りないんだ!」
さんざんお預けを喰らった勇輝は八つ当たり気味に叫ぶ。
「あの二週間、私たちが何もしていないと思いましたか?」
零華は不敵な笑みを浮かべ、腕に巻きついた蔓は青色に光っている。
「お前の不老不死、奪わせてもらうぜ」
秀斗の腕にも蔓が絡み、金色に光っていた。
蔓は彼ら五人の腕から床へと続いている。
床へと視線を落としたレガーシアは憎々しげに蔓を仕組んだ本人を睨みつけた。
「こざかしい……まねを」
「大変だったんだよ? ばれないように下で陣を組むの」
癒慰はしたり顔でにんまりと笑う。
そして最後に自身の力を蔓に流し込んだ。五つの力が陣に注がれ、強い光とともに魔術が完成する。
彼らの声が重なりあう。
「禁縄断栽!」
五つの魔力と六つの声が調和したと同時にレガーシアの胸から五色の光とともに白い柱が立ち昇った。
「や、やめろ! 私の命を……」
レガーシアは修羅の表情で勇輝を、そして彼ら五人を睨みつける。恨みや憎しみが闇となって足元から昇っていく。
胸から昇る光は途絶えず、白い光は天まで届くかのように続いている。
「呪わ、れた……子ども風情が、私を……屈辱、だ」
怨嗟の念。勇輝はその感情が持つ負のエネルギーに後ずさりそうになる。
どろっとした重いものが体にのしかかっているような感覚。
勇輝は額に脂汗を滲ませながらも、その手を引かせることはなかった。この魔術の要。ぐっと歯を食いしばってその重圧に耐える。
「さんざんあいつらを苦しめたのはどこの誰だ。あんな重たい顔をしてやる闘いがあるかよ!」
勇輝は目を血走らせて、レガーシアの眼光を正面から受ける。
「レガーシア」
弥生が月契の切っ先を向けながら、口を開いた。
「お前が何を視ようとも、その卑しい口で何を語ろうとも、私たちがここにいることに変わりはない。闇の王に伝えろ。その首を取りに行くと」
弥生はすっと右足を引き、腰を落として上段に構えた。弥生の瞬発力の高さを生かした 刺突の構え。
「死んでは、何も言えぬがな」
「……くっ」
レガーシアの憎悪に満ちた顔。胸から立ち昇る光の尾が切れた瞬間、弥生は踏み切った。
「道連れ二人ってのも悪くないわ」
魔術が切れ、体の動きを取り戻したレガーシアはどこからともなく手榴弾を二つ取りだした。
「マジ!?」
勇輝が血相を変えて逃げ出したのが、レガーシアが手榴弾のピンを抜くのと同時。
弥生が無理やり横に跳んで進路方向を変えたのが、レガーシアが手榴弾を床に落とすのと同時。
そして次の瞬間、赤い火の粉を飛ばして爆発音が二回。その中に紛れて衝撃音が一つ。
彼らは爆風から身を守り、ジンジンする鼓膜を抑えながら彼女が立っていた場所へと目を向けた。
黒く焦げた床。彼女がいたところは爆ぜ、何も残っていない。
「弥生!」
「勇輝君!」
彼らは血相を変えて二人の名を呼び、そこへと駆けよった。何もない、そこを見て彼らの脳裏に最悪の事態がよぎる。誰も口を開けない中、
「弥生の馬鹿!」
そんな声が聞こえた。
彼らはその声がした方へ首を巡らすと、部屋の端に座りこむ二人の姿があった。なにやらボロボロではあるが。
「弥生ちゃん!」
「勇輝!」
彼らはほっとして二人に近づくが、
「何もあんな全力で突き飛ばすことないだろ!」
「そうしなければ間に合わなかったんだ。しかたがない」
言いあいを始める二人に、声をかけられずに足を止めた。
「それでも弥生まで突っ込んでくることないじゃん! 俺はクッションか! 見てよこの血!」
勇輝が頭からだらだらと流れる血を指差す。
「急に止まれるわけがないだろう。頭が吹き飛ぶよりましだと思え」
勇輝は頭部重傷、服の一部が焦げ、弥生は目立った外傷はないが服の背中部分が焦げている。
「なんで敵じゃなくて仲間に怪我させられないといけないんだよ!」
わーわーと吼える勇輝に、仏頂面で返す弥生。二人とも顔にすすがついて、迫力がいまいちかける。
「お前らは……」
錬魔が脱力してそう呟けば、不思議とおかしさが込み上げてきた。
彼らは一人、また一人と笑い、連鎖していく。
「やっぱ勇輝はこうだよな」
秀斗が二人に近づいて、勇輝の背中をポンと叩いた。
「弥生も無茶すんなよ。ひやひやしたぜ」
ほっとした表情で抱き寄せようとしたら、月契の柄で殴られた。
「お前は死ね」
頭を押さえてもんどりを打つ秀斗をまたいで錬魔は二人の前にしゃがんだ。
勇輝の傷を診て、手をかざす。みるみるうちに血が止まり、痛みもひいた。
「さすが錬魔」
「頭の怪我は怖いからな。これ以上馬鹿になられても困る」
「ひどっ!」
勇輝が裏切られたような表情を浮かべると、錬魔は吹き出して勇輝の頭を二度軽く叩いた。
「冗談だ」
「弥生ちゃん、怪我はありませんか?」
「ほんとにびっくりしたんだからね!」
零華と癒慰は心配そうに二人の様子を見ている。
「すまなかった」
「ごめん」
二人は大人しくなり、辺りを見回す余裕が出てきた勇輝は黒焦げになっている床に目を留めた。
「レガーシアはどうなった?」
「何も残ってねぇ。まぁあの爆発じゃぁ生きてるわけねぇよ」
「もし生きていても、また追い返せばいい。もうろくに闘うことはできないからな」
秀斗と錬魔がそう答え、勇輝はそっかと何もない床を眺めた。先程まで闘っていた敵が忽然と消えていると、なんだかスッキリとしない。それでも勝ったと言われると、喜びがじんわりと染みてくる。
「何にせよ、これで片はついた」
弥生は月契を鞘に納めると、立ち上がった。
「帰ろう。如月へ」
共に闘った仲間を見回し、その誇らしげな表情に弥生は小さな笑みを浮かべる。
闘いの後の最高の気分。それを仲間全員で感じている。
「さっさと立て、置いて行くぞ」
勇輝が勝利の余韻に浸っていると、そんな声が降ってきた。そして目の前にすっと手が差し伸べられる。
銀色の髪が光を透かし、満足げなその笑みはこの世のものと思えないほどきれいで、勇輝は一瞬息を忘れた。
「あ、うん」
弥生の手を取り、体を起こす。
「さぁ、帰ったら勝利を祝して宴だぜ!」
秀斗が我先に足を進め、彼らも宴のことを口にしながら歩き出す。
闘いの扉が、音を立てて閉まった。
汗……
もうすぐで一カ月更新してないところだった。やばいやばい。
お待たせしてもうしわけありませんでした。誰か作者にやる気をください。
レガーシアとの闘いに幕が下りましたが、
勇輝が最後まで出番がなかったのは、二週間修行したけどレガーシアとやりあうには苦しかったとか、そんなんじゃないから。
修行したけど、彼らとともに戦うには怪我のリスクが高いとか、そんな理由じゃないから。
だから勇輝、戦闘中に物陰でいじけるのはやめなさい。フラストレーション溜まるのはわかるけど。
君が活躍したことにかわりはない。
しかし……なんで私レガーシアを不老不死にしたんだろう。それがこの章の最大の後悔です。
次回はやっとこさ、エピローグです。