第5章の28 真夏、戦いの扉が開く
太陽がさんさんと輝く午前。蝉の鳴く声が暑さに追い打ちをかけ、入道雲は太陽の日射しを遮ることはない。
彼らは山へと続く、森の入口に立っていた。一週間前にレガーシアによって指定された場所。
全員隊員服に身を包み、険しい顔で奥へと続く道を見ている。
勇輝は額に滲む汗を拭い、注意深く辺りを見回した。戦いの前だというのにおかしいくらい気持ちは落ち着いている。不安は一欠けらもない。むしろ高揚している。楽しみで楽しみで仕方がない。
この感覚は度々味わった。喧嘩が楽しくて楽しくて仕方がない。自分よりも強い相手と闘う時の弾けるような喜び。
勇輝は深呼吸をし、神経を研ぎ澄ませる。何時どこから敵が来るかわからない。
「……で、呼ばれて来てみたけどよ。迎えもねぇってのは困ったもんだよな」
秀斗が苛立たしげに舌打ちをした。緊張感をあまり感じさせない声とその表情。
「中に入れってことなのかしら」
零華が一歩踏み入れかけた時、弥生が手でそれを制した。それと同時に目の前の空間が歪み人影が現れる。
徐々に輪郭が現れたその人物は黒い暗殺者のような服を着、オレンジと金色が左右で別れた髪が目を引く。
「おうおう、星鎧もどきじゃねぇか」
「来い」
青年は秀斗に目もくれず、踵を返して歩いて行った。秀斗のこめかみに青筋が浮く。
「おいこら、無視か? お前俺の武器じゃねぇか!」
秀斗は目を吊り上げて荒々しく森へと足を踏み入れた。それに皆も続き、全員が森へと入った瞬間風景が一転する。
まるでカードが裏返ったように一瞬で視界が変わり、豊かな緑は白い壁となった。
「やはりこうなりましたか……」
零華は周りを見回し、おもしろくなさそうな表情をした。天井が高く、四角い部屋。玄関とでも言いたいのだろうか。
「何これ、どーゆうこと?」
勇輝もきょろきょろと首を動かして、辺りを探った。
「おそらくどこかの異空間でしょう」
「見ろよ。これ見よがしに扉が六つあるぜ?」
秀斗が鼻で笑い、顎で前方をさした。六つの扉にはそれぞれ異なる紋章が彫られ、それを見た彼らは苦々しそうな顔をする。
「癇に障る奴だ。全ては脚本通りということか」
弥生が吐き捨てるように言った。何から何まで敵に決められ、盤上の駒のようで不愉快なのだ。
「……あ、如月の紋章もある」
見たことのない紋章の中に、一つだけ見覚えのある形を勇輝は発見する。
「おそらくそこがお前だろう」
「他のものは全て、それぞれの国の国章ですから」
零華は一つの扉。自分の国の国章が彫られた扉を見つめていた。
「じゃぁここからは別々ってこと?」
「そうなるわね……怖い?」
勇輝は癒慰の目をじっと見返し、ゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫。俺の修行の成果、見くびんなよ?」
一人で闘うことに不安が無いと言えば嘘になる。だが、相手がどれほど強くてもそれを超えてみせる。修行が勇輝に自信を与えていた。
「全員覚悟はできたか?」
弥生が凛とした声でそう尋ねた。彼女の視線が一人ひとりに向けられる。
「過去の因縁を断ち切り、私たちは私たちとして再び如月の下に集まる……」
「かってぇこと言うなよ。要はレガーシアを殺せばいいんだろ? 安心しろよ。お前より先にあいつを見つけるからよ」
秀斗の軽口に、弥生の表情が和らいだ。口角をあげ、好戦的な笑みを浮かべる。
「あぁ、目の前の敵は全て葬れ。如月の長として命ずる。……必ず生き残れ」
弥生の強い覚悟を持った言葉。それが勇輝の心をさらに強くする。
「言われなくとも!」
勇輝は力強く頷き、彼らも力強い表情で頷いた。
弥生も一つ頷いて踵を返し、それを合図に各々が自分の扉へと歩いて行く。
背中で仲間の無事を祈りながら、彼らは自分の戦いへと扉を開けた。
扉の先はまた白い部屋だった。さきほどよりもさらに広く、どこが壁なのかわからなくなりそうだ。その広い部屋の中に人影が一つ。
「さっきから人のこと散々無視しやがって、ちょっとは会話しやがれ!」
秀斗は星鎧の姿を見つけるなり不満を爆発させた。ヘアバンドを毟り取り、本物の星鎧を現す。
彼は秀斗の不満にも聞く耳持たず、ただ佇んでいた。
「お前はどー思うよ。あの偽物」
秀斗は額にはまる星鎧へとそう問いかける。
“わしはもっと悠然としておるわ。あのようなチャラチャラとした頭は気に食わんのう”
星鎧の渋い声が頭に響く。
“さっさと奴をひねりつぶせ”
「言われなくてもやってやるさ。じじいもちゃんと働けよ?」
“ふん。ひさしぶりのまともな戦いじゃからの。やってやるわい”
重い腰をあげるような口ぶりで星鎧は返す。弥生の剣戟を防ぐというばかばかしい遊びに付き合わされる星鎧の血も、たぎるというものだ。
「戦い。老人よりも、我が強い」
彼はすっと日本刀を抜き、腰を低く落とす。
「来るぜ」
“ひよっこには負けんよ”
秀斗が拳銃をホルダーから抜いたと同時に黒い影は消え、一拍後に視界の端に銀が煌めく。
ぐにゃりと秀斗の張る障壁に切れ込みが入り、刃が目の前に迫る。
「同じ手を喰らうかよ」
秀斗は障壁に込める力をあげ、開いた穴を閉じるとと一気に強度をあげた。刃は何かに刺さったように空中で止まり、上にも下にも動かない。
「ぬっ」
「本物はもっと老猾な奴だぜ?」
秀斗はぴたりと銃口を彼に向け、引き金を引いた。空気を切り裂く銃声とともに衝撃が腕を伝う。
星鎧は刀から手を離さずに体を横に滑らせて銃弾の軌道から体を外すと、回し蹴りを秀斗の胴に入れた。弾丸は障壁を突き抜け空へと消えていく。
「うわっ」
秀斗は痛みこそないが、横へと飛ばされた。その勢いで刀は抜け、星鎧は間合いを取る。
秀斗はすぐに起き上がると、銃を立て続けに撃った。
「障壁ごと蹴るとかまじありえねぇし!」
星鎧は俊敏な動きで銃弾を避ける。一発、二発と弾は彼の障壁をすり抜け、そして弾かれた。
何度撃っても銃弾は障壁に阻まれる。
「順応早ぇな。せっかくいつもの二倍の威力が出る銃にしたのに、嫌になるぜ」
秀斗はうんざりした顔で銃を後ろに放った。銃弾が無効になったことで、むしろ跳弾が襲いかかってくるからだ。
その間に星鎧は間を詰め上段から振りかざすが秀斗の障壁に阻まれた。
「俺だって本気じゃねぇんだぜ?」
星鎧は顔色を変えずに何度も斬りつける。その度に虚しい音が響き、逆に秀斗の笑い声が響いた。
「むだむだ」
星鎧は今までよりも大きく間合いを取ると、地面を強く踏切、体重を乗せて突きを繰り出した。
「あらら、本気になっちゃった?」
刀の切っ先が秀斗の障壁を斬り裂き、秀斗は大きく体をひねってそれを避けた。
「うっわ、あっぶね~」
彼は避けられたと分かるとすぐに体の向きを変えて第二戟を繰り出す。それを秀斗は右手で防いだ。突撃してきた彼の切っ先は、秀斗の右手の手前でぴくりとも動かない。
秀斗の右手には障壁が凝縮され、万物の盾となっていた。
「こーゆう使い方もあるって知ってたか?」
秀斗は右手をひらひらとさせ、勝ち誇った笑みを見せつける。星鎧は短く舌打ちをし、一度飛びずさると刀を構えなおした。
力が注ぎこまれた刀は淡く黄色みを帯びる。
「はっはーん。俺の盾を破ろうってわけね」
秀斗は中指を立て、くいくいと挑発する。
星鎧は縦横無尽に刀を操り連戟を重ねた。それを秀斗は右手で防いでいく。
「おわっと」
一歩踏み込んだ星鎧は横に薙ぎ払い、右手ごと斬られると直感した秀斗が飛びずさる。
「やっぱこっちが丸腰じゃやりにくいよな」
秀斗はにやっと人の悪い笑みを浮かべ、右手を前に突き出した。これから奇術を披露するマジシャンのような顔をしている。
「契約せしものよ、我が求めに応じその姿を見せろ。名は、幽珞!」
空間がゆらぎ、剣が姿を現す。秀斗の手の内に現れたのは、細身で真中に紫の筋が入った長剣だった。
「ここからがお楽しみってな」
秀斗はひゅっと風を斬ると、ゆったりと正面に構えた。弥生が貸してくれた剣。壊せば殺すと脅されたが、その言葉以上に勝てと言われた気がした。
(これを出したからには負けられねぇよな)
秀斗はしっかりと剣の柄を握る。掌にはじんわりと汗を感じていた。
「少年よ。そう気負うな」
剣から低い声が発せられる。どうやら掴むその手から緊張が伝わっていたらしい。
「はいはい」
秀斗は軽い調子でそう返す。
「無意味。剣は使えない」
「おいこら。やっとしゃべったと思えばそれかよ」
「弱さ。知っている」
星鎧は刀を正面に構え、迎撃の構えをみせた。
「まぁね。俺は弱い。それは俺がよく知ってるぜ」
秀斗は切っ先をゆらゆらと揺らし、視線は星鎧から外さない。その表情は楽しげなものから覇気を滲ませたものへと変わっていく。
そして彼を纏う空気は研ぎ澄まされ一本の刀のように存在した。
「悪ぃ。遊んでる暇はねぇんだ」
ゆらゆらと揺れていた切っ先がピタリと止まった。そして次の瞬間、秀斗の姿は星鎧の視界から消え、胸のあたりが熱くなったかと思うと痛みが弾け、全身を駆け抜ける。
「ぐっ……」
星鎧は自身から突き出ている刃を掴むと、背後をゆっくり振り返った。彼の目に映った秀斗は、何の表情も浮かべていなかった。
「この……道化師が」
秀斗は何も返さずに剣を抜き、星鎧はその場に崩れ落ちる。秀斗はヒュッと剣についた血を払うと星鎧へと視線を落とした。
彼は伏してもなお、感情のない瞳を秀斗に向けている。
「ピエロ、ね。俺にぴったりだと思うぜ」
秀斗はゆらゆらと切っ先を遊ばせながら、道化師のような笑みを浮かべた。
星鎧の瞳が静かに閉じられると、彼はゆるやかに黒に転じ、霧散した。
「な~んだ。けっこう早く終わったじゃん」
秀斗はおもしろくなさそうにそう呟くと、周りを見回した。全てが白いその部屋に、一つ黒い扉を発見する。
「やっぱりな。敵を倒したら次のダンジョンに進まねぇと」
秀斗はゆっくりとその扉へ歩きながら、幽珞へと話しかける。
「幽珞さんさぁ、このこと黙っててくれねぇかな」
ゆらゆらと切っ先が揺れ、幽珞はゆりかごのような安らぎを覚えながら言葉を返す。
「ぬしが剣を使えることか?」
「そう。あいつらには、内緒にしってからよ」
どこか悲しみを含んだ言い方に、幽閣は盛大に鼻を鳴らした。
「ふん。そんなものとっくにばれているぞ」
「はっ!?」
秀斗は不意を突かれたその言葉に驚愕の表情を浮かべ足を止めた。顔の前まで剣を持ち上げ問いただす。
「は、え? それどーゆうことだよ。俺一度も剣使ったことねぇんだぜ?」
すると剣から大仰なため息が聞こえた。もし幽珞の顔が見えていたなら、それはそれは呆れた顔だっただろう。
「剣士というのは、身のこなしで分かるものだ。まぁ、ぬしの場合、立ち居振る舞いは全くのド素人だがな」
「じゃぁなんでばれたんだよ」
「……手だ。触れれば分かる。主の手は剣士の手だ。毎日剣を振っておるのだろう。弥生もそこまで固くないぞ」
秀斗は幽閣を左手に持ち替え、黙って自身の掌を見つめた。豆はもう潰れ、豆ごと新たな皮が覆って固くなっている。
「弥生はとうの昔に気づいていた。だから私をお前に渡したのだ」
秀斗はその右手でわしゃわしゃと頭を掻き、あ~あと脱力した声を出した。
「一生隠しとくつもりだったのにな~」
「まだまだ甘い」
「うっせぇ、剣のくせに」
秀斗はこつりと切っ先を床に当てる。そして決まりの悪さを隠すように足早に扉へと近づき、開けた。
白い部屋の次は、また白い部屋。
そして……。
「…………デジャブ?」
白い部屋はどこまでが壁かわからなくなりそうなくらい広い。そして真中に黒い人影。
「おいおい。それはなしだろ」
「一人とは、言っていない」
星鎧はそれだけ言うと、秀斗へと走ってくる。右手の日本刀が鈍い輝きを放っていた。
「しゃーねぇな。何人でもやってやるぜ!」
秀斗も床を踏み切り、星鎧へと加速する。両者の間は狭まり、甲高い金属音が白い部屋に反響した……。
戦いスタート。今回は秀斗単品でしたが、次からは複数からめていこうかなと思います。