第1章の13 族狩始動
一週間が何ということもなく過ぎ、勇輝はその間に彼らの非常識さに驚かされていた。
まず朝、屋上に上がると焚き火が出迎えてくれた。むろん即刻消火活動に奔走した。
次の日、焚き火には懲りたのかストーブを持ってきていた。しかも学校の備品。
だがこれでこれから寒くなってもなんとかしのげそうだと、手放しで喜んだ。
そして週が明けた今日、カーペットが出現していた……。
「おは……」
勇輝は教室にかばんを置き、屋上に上がって絶句する。
「あ、勇輝君だ。おはよ~」
もろくつろいでいる癒慰がいた。どこで沸かしたのか優雅にお茶をたしなんでいる。
カーペットの端に靴が固めてあり、皆靴下で移動していた。
これいつか家建つんじゃ、と思いながら勇輝は靴を脱いで揃え輪の中に入った。
「あれ、錬魔は?」
長身で寡黙、そのくせ存在感の大きい錬魔は身長という点でのみ勇輝に尊敬されていた。
「今日は休み~頭が痛いんだって」
「へ~風邪かな」
最近ますます冷え込んできたからな~と勇輝はカーペットに寝ころんで空を見上げた。
(いっそのこと炬燵がほしいな~)
本格的に冬が到来する前に、温暖設備は整えておかなければならない。
零華以外、暖かい教室で勉強するということは考えないのであった……。
そのころ、錬魔は長い廊下を歩いていた。
ヨーロッパ風でところどころ絵も掛けられている。この建物は何年たっても変わらなかった。
第二次世界大戦が終わり、冷戦が終結し、世界が仮初にも平和を歌い始めても、この組織はなくならなかった。
組織の名を龍牙隊、闇社会をまとめる組織の一つである。その歴史は古く、百年前にはすでにあったとされている。
その隊長のもとへ、錬魔は度々検診に訪れているのだ。
錬魔は廊下を歩きながらこの前ここを歩いた時のことを思い出していた……。
その日の足取りはいつもよりも早かった。一刻も早く隊長に報告しなければならない。
早足で廊下をつっきる錬魔に隊員達が次々に振り返った。
そして錬魔は重々しい扉を叩き、返事も待たずに中へ入った。
「今日はだいぶと急いでいるようだね」
正面の机の向うに初老で白髪混じりの男性が座っていた。
表では会社を経営し、裏ではこの隊をまとめる隊長、龍牙だ。
「お体にお変りはないようですね。力の減少もなく、よいことです」
余命宣告をするような深刻な顔で錬魔は状態を述べる。
敬語で話しているのにもかかわらず、威圧感と上から目線を感じるのは彼の背が高いことだけだろう
か……。
「私はいたって健康だよ。それで、何かあったのかい?」
錬魔は少し眉間にしわを寄せると重い口を開いた。
「……弥生が帰還しました」
その名はずいぶ長い間聞かなかった、かつての戦友の名だ。
「そうか、やはり……それは本人かい?」
龍牙の口元は笑っているがその目はしっかりと錬魔の表情を捉えていた。
錬魔はその目を見る度、彼の底知れなさを感じる。
「はい。それは確認しました。ですが……」
妙に歯切れの悪い錬魔に龍牙は目で続きを促す。
「十年間の記憶が全て消えています。おそらく奴らの仕業かと」
錬魔は苛立たしそうに唇を噛みしめた。
「やられたね……他に不審なことは?」
「これといっては、ただ……」
と、それきり錬魔は黙ってしまった。言うべきか否か考えあぐねいている様子だ。
龍牙が辛抱強く待っていると、やがて自分でも納得のいかない様子で口を開いた。
「よく、わからないのですが……性格が別人のように変わっています」
重々しい口調で語られた内容は少し拍子抜けするものだった。
「それは、ますますひねくれたのかい?」
溜息まじりで龍牙は問う。少し記憶を遡っても真面目に仕事に取り組んでくれた記憶はない。むしろ常に騒動の中心にいた。
「いえ、女の子らしくなりました」
「……ん?」
思わず聞き返す。今彼女に程遠い単語を聞いた気がする。
「そこらへんにいる普通の女の子になりました。しかも笑顔までみせるようになり……」
結構な言われ方だが以前の弥生を思い浮かべると納得もいく。
年に数度しか会わない自分ですらそれはないだろうと思ってしまう。
まして長年一緒にいた彼らはなおさらだろう。
「あやしい素振りは?」
龍牙の硬質な声に錬魔も身内の顔から部下の顔に切り替えた。
「今のところありません。ですが常に誰かが一緒にいるようにしています」
龍牙は満足そうに頷く。
「もし奴らとつながりがあるようだったら、処分しなさい」
「わかりました。では……」
「待ちなさい」
一礼して出ていこうとした錬魔を龍牙は呼び止めた。
引出しからファイルを取り出す。
「四剣琅、如月の復活を祝って一つ任務をあげよう」
その言葉に錬魔は眉間のしわをますます深くさせ、隊長を見返す。
「君たちの好きな族狩りだよ。獲物は最後の一匹昂乱、今は名を高村礼司と変え、ある高校に潜伏している。君たちにはそこに学生として潜入してもらう。そして、奴を消せ」
錬魔は渡されたファイルにざっと目を通す。
「どうして俺達なんですか? 上がいるでしょう」
「あの二人とは相性が悪いんだよ。両方逃げられた」
錬魔はその男の能力の欄に目を落とす。
「道理で、単独でいけば逃げられますね」
「そう、制服は癒慰を通じて渡るようになっているから明日から動いてくれ」
「承知しました」
軽く一礼して錬魔は隊長室を後にした。その頭の中には高校と制服の二文字が回っている。
(制服が必要な場所ということは軍事施設か何かだろうか……)
だが今はそんなことよりもこの面倒な任務をどう彼らに話したものか、そちらの方が問題だった……。
錬魔、三白眼に睨んできそうですね。
好みだけど友達になるまで時間がかかりそう。