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第5章の4 重なる記憶とずれる現実

 それが起こったのは、最初の現象から二週間が経った時だった。

 街外れの山林で、一人の少女が殺害された。

 鋭い刃物で貫かれた跡があり、さらに目を潰されていた。その異常な死因にマスコミは騒ぎ、警察も捜査に乗り出した。

 アナウンサーが事件現場をリポートしている。それを苦虫をつぶしたような顔で弥生が見ていた。


「……やはりあいつか」


 苛立ちが混ざった声で呟かれた言葉に、勇輝は目を見開いて弥生を見た。


「心当たりがあんの?」


 よく見ると、他の魔術師たちも一様に苦々しい顔をしていた。


「私たちの能力を奪うにしろ。一度は接触しなければいけない。そして過去、私たちと闘いそして私が目をやって殺した女がいた」


「殺した……?」


「そう思っていたが、どうやら生きていたようだな」


 弥生は無意識に手を帯刀している月契に伸ばし、その鞘を強く握った。


「あの場所は、私たちが彼女を追い詰めた場所でした」


「ずいぶん昔のことになるのに……」


 蘇る闘いの記憶と、つけられた傷。その闘いを境に、彼らは真に互いを認め信じられるようになった。


「奴の目的は復讐か……」


「さしずめ、これは奴からの挑発だろう。奴は私たちを呼んでいる……おもしろい。乗ってやろう」


 弥生は口角をあげて、テレビに映るその場所をじっと見ていた。


「今晩ですね」


「あぁ……懐かしいあの場所へ」


 そこは、彼らが彼らを知った場所。

 木々の中に深い闇を見たところだった……。






 その夜。

 彼らは隊員服に身を包んで如月を出た。当然のごとく勇輝もいる。

 生温かい風が頬を撫でる。秀斗が空間の出口を山林の付近に設定し、彼らは事件現場のすぐそばまで来ていた。


「やっぱ警察官がいるね」


 物陰から山林の入り口を伺うとパトカーが数台見えた。まだ人の姿は見えない。


「眠らせるか?」


 秀斗が麻酔銃を抜いて、前を伺った。


「いや……おかしいぞ」


 火煉かれんを発現させて警察官の様子を視た錬魔が声をあげた。おもむろに物陰から出てパトカーに近づく。


「おい錬魔!」


 焦って勇輝が呼び止めるが、錬魔は気にせずにパトカーを覗き込んだ。

 そして彼らを手招きする。


「……殺されている」


 そう錬魔が告げたとたん、彼らの顔に驚きの色が映った。


「わざわざ邪魔者は排除してくれたってか?」


 馬鹿にするなと秀斗は鼻で笑い、殺された警察官を見て不愉快そうに顔をしかめた。


「よほど私たちに会いたいらしいな」


 弥生は死人には視線もやらずに一度山を見上げるとその入口へと歩き始めた。

 勇輝はちらりと警察の躯に視線をやり、手を合わせてから弥生たちの後を追う。

 ざわざわと木々は揺れ、まるで勇輝たちを誘っているかのようだった……。






 雑木林の入り口に張ってあった警察のテープを超えて、中へと足を踏み入れる。

 山へと続く車が通れるか通れないくらいの道を歩いた。明りは無く、秀斗と勇輝が持つ懐中電灯が頼りだ。


「暗ぇな」


「火の玉を飛ばそうか?」


 そう提案したのは錬魔で、それに零華と勇輝が首を振る。


「あまり目立ちすぎるとよくありません」


「俺たちが怪奇現象増やしてどーすんのさ」


 二人の言葉にそれもそうかと錬魔は掌に出していた火を引っ込めた。


「死体発見現場って、ちょっと開けた場所な……!」


 勇輝がニュースを思い出し、辺りを見回しているとぞくっと何かが身体を通り抜ける感覚がした。

 そして次の瞬間視界がぱっと明るくなって強い光に思わず目を閉じる。


「襲撃か!?」


 焦った秀斗の声が聞こえ、弥生が剣を抜く音が聞こえた。全員が外に神経を集中させ、敵の攻撃に備える。

 光は徐々に弱まり、昼間と変わらない明るさとなった。辺りの景色がよく見える。

 攻撃が飛んでくる気配もなく、彼らは警戒を緩めて辺りを注意深く見回した。

 錬魔は火煉を発現させて何か視えないか探す。


「近くにはいないな……」


 錬魔の言葉に皆は頷き、また歩き始める。


「……秀斗」


 弥生の呼びかけに、秀斗はうっとうしそうに頭をかいた。


「わ~ってるよ。これは俺の技、空間支配の一部だ……実に親切な野郎だぜ」


 秀斗は前を睨んでちっと舌打ちをする。

 前は徐々に開けてきて、目的の場所が近いことを教えてくれる。そして魔術師たちにはそこに誰がいるこかも分かっていた。だが戸惑う。

 雑多な気配。だがその中にあるよく知った感覚。

 記憶の中にあるものと、同じであり、また違う。心がかき乱され、怒りとも憎しみとも言えない黒い感情の火種が灯った。

 そしてあの時の場所に再び足を踏み入れた時、その感覚はより強固なものとなった。


「ここ……なんだ」


 山の麓。ぽっかりと木が生えていないちょっとした広場。地面には白いテープが貼られ、そこに少女が横たわっていたことを示していた。まだ黒い血痕が残っている。


「姿を見せろ。御影みかげ


 弥生の殺気の籠った低い声が辺りに響き渡った。ざわざわと木々が揺れている。


「その名前で呼ばないでくれる?」


 どこからともなく声が聞こえたかと思えば、四方から闇が集まりその中から人が出て来た。

 彼女は優美な笑みを浮かべて彼らと対峙している。距離にして十メートル。

 勇輝はその女を見た瞬間、怖いと感じた。周りは明るいのに、彼女の周囲だけは奈落の底を覗いているように暗く淀んでいる。

 優しく慈愛に満ちた顔をしているのに、そこに滲むのは血に飢え、血を欲する狂気だった。そしてその狂気すらも飼いならしたかのような余裕のある笑み。

 勇輝は一瞬で口の中がカラカラになった。

 弥生はその女が姿を現すとふっと笑みを浮かべ、重心を落として一気に距離を詰め斬りかかる。


「弥生!」


 勇輝と秀斗が声をあげる。

 弥生の剣は女の首には届かなかった。その間を隔て、剣を止めたのは闇。弥生は目を見開き、舌打ちをして飛びずさった。彼らの元まで後退して、彼女を見定める。


「相変わらず手が早いわね。もう少しで死んじゃうところだったわ」


 女の周りには闇が蠢き、彼女を守るように広がっている。

 阿修羅や鎖羅が持つ正の闇とは違う。禍々しい負の闇の気。


「貴女は本当に御影ですか?」


 彼らの心に小さく走る動揺。それは目の前の女があまりにも自分たちの記憶にある女と違ったからだ。

 その顔が、その声が、その技が。


「だからその名前を呼ばないでくれるって言ってるでしょ?」


 不愉快さを露わにした女は、覇動を彼らに放った。それに気付いた秀斗が星鎧を発動させて身を守る。


「……くっ」


 秀斗はヘアバンドをむしり取り、強引にポケットにしまいこんだ。彼の額には鈍く光る輪がはまっている。


「いい子いい子。あんまり私の闇の覇動を受けると天つ人の血が死んじゃうわよ?」


「なぜお前が闇の力を持っている……」


 錬魔が苦々しい声でそう問う。彼の一重に縁取られた瞳には、彼女の人ならざる部分が視えていた。

 だがそれゆえに、彼女が昔敵対した女と同一人物だとも分かる。


「その赤い瞳で私を視姦してるの? うふふ、照れちゃうわ」


「御影……」


「黙りなさい。私はあんな低俗な女とは違うわ。私は生まれ変わったの」


 女は祈るように胸に手を当て、聖女の笑みを浮かべた。


「私はレガーシア。陛下に命を救われ、新たな力を与えられたのよ。天つ人を殺す力をね!」


 レガーシアは聖女の笑みを悪女のそれに変え、闇を彼らに放った。闇は鋭くとがり光沢を帯びている。


「勇輝、あれに当たったら死ぬぞ」


 飛んできたうちの一つを弥生が月契で跳ね返し、彼らを貫こうとするそれを皆跳んでかわす。

 勇輝も剣を抜いて後退した。


「あら? 一人増えてるわ」


 レガーシアは勇輝に目を留め、勇輝は彼女とばちっと目を合わせてしまった。

 すぐに秀斗が勇輝をかばって前に立つ。


「あらあら大切なの? それ人間よ? 貴方たち、ずいぶん優しくなったわねぇ」


 子どもの成長を見る母親のような笑みを浮かべているのに、そこから感じられるものは寒気。

 彼女は笑いながら、闇を彼らにけしかけた。闇自身が意思を持っているかのように動き、彼らを攻める。


「ほらほら、攻められる気分はどう?」


 弥生は闇を斬り、レガーシアに斬りかかるが寸前のところで闇に阻まれる。

 秀斗も星鎧で闇を防ぐその合間にレガーシアを狙う。


薔薇砂城そうびさじょうの縛!」


 秀斗の背後で闇から逃れていた癒慰が技を発動させた。蔓が地面を這いレガーシアの足に巻きつく。


「あら」


 そして錬魔と零華は彼女が動きを止めたその一瞬を見逃さなかった。


炎鎗えんそう


氷鎗ひょうそう


 炎が前から、氷が後ろからレガーシアを貫いた。

 勇輝は襲いかかる闇を斬りはらって、その光景を見た。


(やった……?)


 だが致命傷を受けたはずの女は笑ったまま、自らの身体から飛び出している氷を掴んだ。

 パリンと氷は飛び散り、炎は彼女が触れると消え去った。

 四方に散っていた闇が彼女の下に集まる。


「痛いわね……私痛いの嫌いなの」


「全く効いていないんですか……?」


 戸惑い、訝しげに呟く零華に、レガーシアは勝ち誇った笑みを見せつけた。


「私は不死の力を手にしたのよ。ねぇ坊や、あなたには私の違いがわかるんでしょ?」


 坊や、と視線を送られた錬魔は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「そうなの? 錬魔」


 癒慰がそう尋ね、他のみんなも視線で彼に尋ねる。


「……あぁ。今はっきり確信した。あいつは以前よりも血が混ざっている。吐き気がしそうだ」


 通常なら一つしかない血の色が数色入り乱れている。そして人には必ずある印が、彼女にはない。その印は人として生まれおちた印。生きている印。


「私は陛下に作られたの」


 その言葉はあの時と同じ。


「身体を作るのは魔族の血」


 レガーシアは愛しそうに首筋を撫でる。


「瞳は過去を見通す霊界の役人」


 すっと閉じた目を開ければ、灰色の瞳は青色に変わった。その瞳に魔術師たちは無意識に身を硬くする。

 ここまでは、以前敵対した時と同じだった。女はまだ続ける。


「私の力は陛下の闇」


 禍々しい闇がレガーシアの身体を包んでいく。


「そして魂は……聖女レガーシア。優しい陛下は私に不死の能力と、相手の力を具現化する能力までくれたわ」


 レガーシアはくすくすと笑い、その姿は闇に隠れてしまった。


「もっと遊びたかったけれど残念。まだ私本調子じゃないのよね」


「逃げんのか!」


 秀斗がざっと地面を踏み締め、いつでも飛びかかれる体勢をつくる。弥生は月契を上段に構え、零華と錬魔は掌に氷と炎を出現させている。癒慰は土炯どぎょうを出してレガーシアを捕らえようとしていた。


「今日は顔を見に来ただけよ。また今度たっぷり遊んであげる。さぁ、誰が私を捕まえられるかしら?」


 本体の闇から二つの影が飛び出た。その二つの気配に弥生と秀斗が反応する。よく知る、己の覇動だ。

 一人は弥生が剣で止め、もう一人は秀斗の障壁ぎりぎりで止まった。

 闇の本体は移動を始める。


「追え! 仕留めろ!」


 新たに出現した二人に気を取られた彼らは弥生の声に弾かれるようにレガーシアの後を追った。

 足止めをしている敵を見て、秀斗は口笛を鳴らす。


「なかなかいい顔してんじゃねぇか。さすが俺の力……ただその髪はどーかと思うけどな」


 きりりと上がった眉にどこか憂いを含んだ目もと。全身を黒で固め、その服は暗殺者や忍のものに近い。そして無造作に伸びた髪は右半分が金髪で、左半分がオレンジだった。

 男は、無表情のまま刀を抜いた。日本刀がきらりと光る。


「おいおい、無口か? 無愛想無口キャラか? 俺の力ってそんなイメージなわけ?」


 軽口を叩きながらも秀斗は戦闘態勢に入る。右手にばちばちと光る弾を出現させた。

 走り出し、ちらりと横を伺うと、弥生は睨み合いの最中だった。


「……気味の悪い奴だ」


 闇の中から斬りかかって来たのは、小柄な少女だった。

 銀色の髪は首筋にかかるほどで、頭にはレースのリボンがついている。くりりとした銀色の瞳は爛々と光り、異常なほど瞬きが少なかった。少女はネグリジェを着ており、それに不似合いな剣を構えている。


「作り物が偽の月契を持つとは……滑稽だな」


「作り物でも、貴女より強い」


 人形のような笑顔を浮かべて淡々と少女は話す。

 そしてなんの構えもなく少女は斬りかかって来た。それを弥生は剣でいなす。

 弥生の視界の端を秀斗が走り去った。


(ちょろちょろと目障りな!)


 秀斗は男に弾を飛ばすが、案の定それは彼の星鎧の能力によって弾かれてしまう。


「めんどくせ~」


 相手は剣を使い、接近戦は不利。なんとしても遠距離で仕留めないといけない。


(今まで俺と闘ってきた奴ってこういう気分になったわけね)


 秀斗は連射し、男を一定距離内に入れないようにする。相手を焦らして隙を作ろうとしたのだが、男は全ての弾を剣圧で軌道を逸らした。


「マジで?」


 次の瞬間には男が眼前に迫り、刀が水平に薙ぎ払われる。

 秀斗は本能的に飛びずさり、あろうことか障壁が斬れた。


「おいおい!」


 さすが星鎧の能力を持っているだけある。星鎧の真の能力は空間支配。その能力を剣に込めれば相手の支配を解くことも可能なのだ。

 急いで体勢を立て直し、もう一度星鎧を出せるまでの時間稼ぎをしようとしたが、すでに目の前に刀が迫っていた。


(あ……まじやべ)


 刀の軌道から致命傷のエリアを避けることはできるが、確実に腕を持っていかれる。

 それを覚悟で秀斗が身体を傾かせた時、火花が散って金属音が耳をつんざいた。足元に刺さる剣。


「この大馬鹿が! 剣相手に丸腰で闘う奴があるか! それを使え!」


 秀斗は足元の剣に目を落として理解した。弥生が月契を投げて刀を止めたのだ。男は無感動な目を弥生に向けている。

 秀斗は月契を掴んで引き抜いた。確かな重さが伝わり、はっと弥生に目を向ける。


「お前はどうすんだよ!」


 弥生の手に剣は無く、少女の攻撃を軽い身のこなしで避けている。


「誰が私の剣がそれだけと言った?」


 弥生は一足飛びで少女から距離を取ると、強気な笑みを見せた。


「契約せしものよ、我が求めに応じその姿を見せよ。幽珞ゆうらく!」


 弥生が右手を前にかざすと、そこが揺らぎ空間から剣が現れた。


「聞いたことねぇよ!」


 その光景に戦闘中だということも忘れて秀斗はつっこんだ。


「この間姉様からもらった」


 弥生はブンッとその剣を一振りすると満足そうにその切っ先を少女に向けた。

 秀斗は敵を剣で牽制しつつ、弥生の剣を観察した。

 刃渡りは月契より長く、細い。刀身の真中に紫の線が入っていた。


「ふむ……敵は少女か。あまり好みではないが……まぁよかろう」


「剣がしゃべった!?」


 若い男の声がその剣から聞こえる。月契もそして星鎧も人語を操れるがそれは自身の力を具現化させた特殊な武器だからこそ。だがもう一つ人語を話すとされる武器がある……。


(おいおい……どこに妹に魔剣をやる姉がいるよ)


 弥生は魔剣、幽珞を構えて不敵に笑うのだった。





 レガーシアは細い道を通り、徐々に山へと近づいていく。

 そして山に近づくほど明かりは弱まっていった。


「勇輝君、気をつけてね」


 勇輝の隣を走る癒慰がそう言った。


「わかってるって」


 勇輝が頷いた瞬間、闇が分裂し四方に飛び散った。


「適当に分かれろ」


 錬魔の掛け声を合図に彼らは感覚を頼りに別れた。本体を探し出し仕留める。それが彼らの任務であり、義務だ。

 別れた影は三つ。勇輝が追った方向には癒慰もいる。

 二人は小さな影を追って木々の中へ分け入った。木々の影の間からその姿が見える。

 彼は急に止まると振りむいた。


「お姉ちゃんたち、遊ぼうよ」


 二人も立ち止まり、警戒しつつ敵の姿を観察する。男の子は十歳になるかならないかの容姿であどけない笑顔を振りまいている。栗色の髪は所々跳ねていた。


(まずいわ……ど真ん中)


(うわ~ちっせぇ)


 しかもそれに拍車をかける男の子の服装。


(しかも着ぐるみパジャマとかきゅんきゅんしちゃう!)


(なんか傷口抉られる……)


 だぼだぼのくまの着ぐるみパジャマを着た男の子は犬歯を覗かせた。


「僕……もっと胸の大きいほうが好みだな~」


可愛い笑顔のまま爆弾を落とした。

 癒慰の背後に怒気が立ち上り、勇輝ははっと癒慰を向く。


「ち、小さいわけじゃないと思うよ?」


 フォローを入れてみたが、ぎろりと癒慰に睨まれてすっと遠ざかる。


「この子……可愛くなぁぁい!」


 癒慰の怒号とともに戦闘が始まった。





 零華は前を走る影を追いながら、仲間の覇動を探っていた。


(戦闘が始まっていますね……皆は大丈夫でしょうか)


 薄闇にきらりと光りが見え、零華はそれをかわす。


「挨拶もなしに攻撃とは、礼儀がなっていませんね」


 そう零華が声をかければ、影はすっと横に逸れていき止まった。零華もそれを追って脇道に入る。

 零華は皆の無事を祈り、目の前の敵へと神経を集中させた。


「あはは、ごめんごめん。つい貴女を早く殺したくて」


 髪をかきあげた女は、快活に笑ってそう言った。水色の髪は短く、パンツスタイルの彼女は腰に二丁の拳銃を下げている。


「おしとやかさに欠ける方ですね」


「それ最高の褒め言葉!」


 女はホルスターから拳銃を抜き、両手に構えると引き金を引いた。パンッと乾いた音が薄闇にこだまする。


「貴女に美しい立ち居振る舞いを教えてあげましょう」


 涼やかな声で微笑する零華の右腕が、淡く光を帯びた……。





(おそらく奴が本体……)


 錬魔は前を行く闇を見てそう思った。

 レガーシアはどんどん山に近づき、辺りはだいぶ暗くなっている。

 また木々が開け、見通しがよくなった瞬間、レガーシアの闇は霧散した。薄闇と同化し、その気配も曖昧になり薄れていく。

 錬魔は立ち止まって素早く辺りを見回した。

 火煉を発動させても映るものは無く、薄闇に慣れた目でも何も捕らえられない。


「ちっ……逃がしたか」


 錬魔は苦々しげに吐き捨てて、周りの覇動を探った。仲間は全員戦闘を始めている。


(俺もどこかに加わらなくては……)


 来た道を引き返そうとした時、視界の端に何かが映りこんでそれに目を奪われた。

 呼吸が止まる。身体は緊張して動かない。

 薄闇も木の葉のざわめきも、仲間の覇動も何も感じられず、錬魔の頭には彼女の姿しかなかった。




「カレン……」




 思わず呟いたその声は震えていた。


「会いたかったよ。錬魔君」


 カレンは淡く微笑み彼へと歩いてきた。

 そして茫然とする彼の胸に頬を寄せ、幸せそうに目を閉じる。


「大きくなったね」


 そしてその胸に短剣を突き立てた。


「くっ……」


 突如として襲い来る痛み。

 錬魔は短剣に目を落とし、崩れ落ちた。目を閉じた視界に残るのはカレンの微笑。




 錬魔は意識を失うその直前に、自分の名を呼ぶ声を聞いた気がした……。


 じ、自分の首をしめそう。


 この話については多くを語らず。ただ、この第五章で好きなシーンの一つです。


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