第5章の2 酒は飲んでも呑まれるな
土曜日、歩が退院したと聞いて、朝から如月は転属祝いと退院祝いの準備をしていた。弥生は歩が来ると聞くと何とも言えない顔をしたが、特に反対もせずに“いい酒を用意しろ”と言い残して部屋に戻っていった。
この間黒騎の二人と飲んだ部屋を掃除し、食器などを用意していく。実行部隊はもちろん勇輝と癒慰だ。
「よし……後は料理と酒だね」
「歩君の好物とかあるの?」
「……さぁ。何でも食べる気がする」
二人は顔を見合わせて首を傾げた。
「怪我したんなら力が栄養のある料理のほうがいいかな」
「確かにね。じゃぁ歩君はお酒もほどほどにしたほうがいいかも」
「あ~、もともとあいつそんなに強くないし」
よく二人でお酒を飲むこともあったが、必ずと言っていいほど先に歩が潰れるのだ。
「みんな今日どれくらい飲むつもりかしら」
癒慰の言葉に勇輝は苦笑いを浮かべた。
「明日休みだし……」
錬魔と秀斗がお酒を選んでおり、零華も歩が飲めるようなお酒を買ってくると言って街に出ていった。
なんとなく皆が飲む雰囲気だ。
「この間もけっこう飲んだのに」
「春だし……ぽかぽかしてると飲みたくなるんじゃ……」
勇輝は途中で言葉を切り、日本人として大切なことを忘れていることに気がついた。
「春と言えば……花見じゃん! 夜桜に酒!」
急に大声をあげた勇輝に癒慰は驚いて目を丸くする。
「花見?」
「桜の木の下で宴会をするんだ。夜桜も綺麗でさ!」
癒慰はへぇと興味深げに夜桜かと呟いた。
「じゃぁ夜桜にしよっか~」
せっかく掃除をしたが、その労力よりも興味が勝る。
「決まり! 俺いいところ知ってるんだ。それと料理も詰めれるやつにしないと」
「あ、そっか持っていくのね……ここにたくさん入るお弁当箱なんてないわよ?」
厨房の食器棚には人数分のお弁当箱しかない。だが花見は重箱だ。
「ん~たぶん俺の家にあるから持ってくる」
「おっけ~。じゃぁ私は零華ちゃんと料理を考えてるね」
急きょ予定を変更し、勇輝は自分の部屋に戻った。もちろんそこから自分の家に帰るためだ。
だんろの隠し扉から自室のクローゼットに抜け階段を下りる。
(あ……歩に場所が変わったことメールしとかないと)
退院と同時に電話も復活し、連絡もとれるようになったのだ。
携帯を開けると新着メールがあった。
(歩からじゃん)
その文面は“助けてくれ。早く帰ってこい”に怒りの絵文字がついている。
勇輝は内心首を傾げてリビングのドアを開けた。
「……え?」
予想外の光景にしばし思考が停止する。
「あら勇輝お帰り」
リビングのソファーに座る母暁美はにっこりとほほ笑んだ。
そしてその向かいに座る黒髪に白メッシュの客人がすごい勢いで振りむいた。
「勇輝!」
「歩なんでお前がこっ……」
驚く勇輝に歩は早足で近づき、勇輝の首を腕で捕らえてそのまま廊下に押しやった。丁寧な礼を取ってドアを閉める。
「おいどーしたんだよ」
むっとする勇輝に歩は鬼気迫る顔で振り返って詰め寄った。
「俺はお前の母親が幹部の暁美さんだなんて聞いてねぇぜ?」
小さいながらも怒気がこもった声で問い詰められ、勇輝はえ? と声をあげる。
「言ったはずだけど? 半年くらい前だったけ?」
「そんな日常会話忘れたわ! お前に分かるか。何気なく友だちの家に行ったらその母親が仕事先の幹部でしかもお茶をどうぞなんて言われて談笑という名の尋問を受ける俺の気持ちが……!」
早口でまくし立てる歩は半泣きでよほどの緊張だったのだろうと察せられた。
「ありえねぇよ。なんで幹部がバイトの諜報員の顔を知ってんだよ……」
「うん……俺が悪かった」
思えば歩は如月に最初に来た時も、そして今日如月で宴会をすると言った時もかなり動揺と緊張に襲われていた。まして幹部となればその上をいくのだろう。
(そんなにあいつらや幹部って怖れられてんの?)
勇輝はそんなことを思いながら、精神疲労でげっそりしている歩の肩を叩くのだった。
「歩く~ん、勇輝~お茶を淹れたから飲みにおいで~」
ドア越しに暁美の声が聞こえた途端、歩の肩がぴくっと震える。
「歩……」
表情を固める歩を勇輝は心配そうに見上げる。
「だ、大丈夫。覚悟は決めた……ごめんな勇輝」
「いや、別にいいけど……」
そして二人はリビングに入り、暁美と向かい合ってソファーに座った。
勇輝は隣の友人を気遣いながらお茶を飲み、歩は硬い表情で少しずつ口をつける。
「ねえ勇輝。あんた学校の一の不良なんだって?」
突然からかうような口調で浴びせられた言葉に勇輝は盛大にむせた。隣の歩がびくっと肩を震わせる。
「な、なんでそれを……」
言葉の途中ですぐにその情報源が歩ということに気がついて、風のたつ勢いで歩を見る。
歩は申し訳なさそうな顔で目を伏せた。
“悪ぃ、逆らえなかった……”
顔にはそう書いてあるように見える。どうやら先程の謝罪はこれに対してらしい。
「しかも色々楽しいこともやって来たらしいじゃない」
「あ……うん」
「それで今日はあの子たちと宴会? いいわね~若いって」
朗らかな談笑なのに、こちらの精神力が削られていく。
「……えっと、それで花見をやるから重箱を取りに来たんだけど」
無理やり勇輝は話を変えた。
「あら花見?」
「え、花見?」
「春ってことで……夜桜見物に」
暁美はわかったわと立ち上がり、キッチンの戸棚をあけて物色し始めた。
「重箱はたしかここに……」
重箱を探す暁美から歩は視線を外して勇輝に向けた。
「……で、夜桜見物ってどこ行くんだよ」
「ほら、俺らがよく飲みに行ったところ」
「あ~、あそこね」
「あったわよ」
歩の声に被さって暁美の声がした。
勇輝が立ち上がって、キッチンへと向かう。
「ありがとう母さん」
勇輝は重箱を受け取るとさっそく如月に行こうと身体を反転させた。
「あ、ちょっと待って」
暁美は思い出したように勇輝を呼び止めると、冷凍庫から何かを取りだした。
「これも持って行ってあげて……あと」
勇輝に手渡されたのは缶。ラベルに抹茶と書かれている。
「……抹茶」
なぜ家にこんなものがあるのかと疑問がわく。まだ未開封のようで最近買われたものらしい。
「あとこれね」
そう言って戸棚の奥から茶碗と茶筅を取りだした。
「なんでうちにこんなんがあるの?」
勇輝の人生において日本の文化など全く縁が無かったのだが……。
「お母さんが昔やってたのよ」
初耳だ。
「茶杓はどっかいったみたいね。まあスプーンでも使って」
さすがに勇輝は持ち切れないので歩が手招きされて茶碗と茶筅を持つ。
「それを持っていったらきっとあの子たち喜ぶわ」
そう茶目っけたっぷりに言われて、二人は如月へと向かったのだった……。
夜。月明かりとはさすがにいかず、街灯に照らされた桜の下で彼らは酒宴を始めた。
場所は住宅地から少し外れた公園。そこに大きな桜の木があり、いい感じの芝生もある。
なかなか緊張がとれなかった歩も、なんとか肩の力が抜けて来た。
シートを広げて重箱を開ける。風に吹かれて桜の花びらが舞い、シート上にはらりと落ちた。
「桜ってきれいね」
癒慰は真上に広がる桜を見上げて感嘆した。
「こういう中で酒を飲むってのもいいもんだよな」
秀斗はそう言いながらビール瓶の蓋を開けて歩のグラスに注ぐ。
「だろ?」
歩はにっと笑って秀斗に注ぎ返す。
全員に飲み物が回ったところで、勇輝がグラスを高く上げた。
「でわ、歩の如月付きと退院を祝ってカンパーイ!」
「乾杯!」
勇輝の音頭に合わせて皆がグラスを高く上げて鳴らしあう。
「料理もたくさん食べてね~」
癒慰、零華、勇輝が腕を奮った料理は色とりどりでどれもおいしそうだ。
ぬかりなくデザートも用意してある。
「うまい!」
歩はせっせと箸を動かし、酒が無くなればすぐに秀斗に注がれていた。
「秀斗……あまり飲ませるなよ?」
ガンガン飲ませる秀斗に、医者としての意識が働くのか錬魔がそう言葉をかけた。
「分かってるって! 歩、まだまだいけるよな!」
「おぉ……いけるいける~」
けらけらと笑う歩は少し酔っているようだ。
秀斗もともにビールを飲んでいるが魔術師にアルコールは効かないので全く酔っていない。
「ほっておけ。死にはしない」
錬魔の隣に座る弥生はそう言うとコーヒーを飲みほした。
錬魔と弥生の周りには瓶が集中して置いてあり、空になった瓶も数本ある。
「二人も飲みすぎないでよ?」
日本酒をちびちびと飲んでいる勇輝がそれを見て呆れた表情をした。
「たまにはお酒を飲んで騒ぐというのも楽しいことです」
「たくさんおもしろい話も聞けるしね~」
癒慰と零華の二人は紅茶を飲みながら話に花を咲かせているらしく、頬が少し赤い。
「勇輝~」
顔を赤くした歩が絡んで来た。ぎゅっと抱きつくと同時に腕で首を絞めている。
「く、苦しい……」
歩は悪い悪いと首から腕を離し、わしゃわしゃと勇輝の頭を撫でた。
「うん。勇輝は可愛いな~、彼女にしてぇ」
爆弾発言投下。しかもそれは自爆弾である。
「こんの……酔っ払いがぁぁ!」
勇輝の拳が歩の顎に決まった。歩はよろけたがすぐに体勢を持ちなおす。
「ひ、ひでぇ……勇輝が暴力振るった。これが流行りのDVか?」
「違うわ! 正当防衛だ!」
その様子を見て秀斗が爆笑する。
「もう少し俺に優しくしてくれてもいいじゃん」
ビールをあおって歩はぼそぼそとぼやき始める。
「あ~始まった」
勇輝はやれやれと聞き手にまわる。歩は酔うとつらつらと愚痴り始めるのだ。そしてそれを聞かないと拗ねる。
「リーダーは怖いしさ……急に如月との連絡係やれとか言い出すしさ……ていうかあの変装能力反則じゃねぇ?」
まだ勇輝が龍牙隊に所属する前は学校のことや不良生活の不満が話の中心だったが、今回は龍牙隊のことが中心だった。
「まぁ、たしかに」
ひとまず肯定。長いつきあいで酔った歩の扱いは心得ていた。
「しかもリーダーは独自の情報網持ってるくせに、わざわざ調べさすし……」
「やっちまえ、なんなら協力するぜ?」
秀斗が茶々を入れて来た。
「できたら苦労しねえよ……リーダーには秀斗をやっちまえとか言われたし」
ぽろりと失言。
「あん? あの鳥野郎そんなこと言いやがったのか?」
「やるなら勝手にやれっての……俺を巻き込むな」
切なる願い。
「お前もけっこう苦労してるよな……」
勇輝はこぽこぽと歩のコップに氷と焼酎を入れた。早いところ酔いつぶして寝かせようと言う作戦だ。
そして酔っている歩はそれに気付かない。
「にゃろう。次に会ったら勝負つけてやる」
「そういえば、実際はどっちが強いの?」
勇輝はふと浮かんだ疑問を口にする。
「んなもん俺に決まってるだろ」
「うそうそ~。前負けたくせに~」
突然癒慰が茶々を入れて来た。いつも以上に陽気だ。
「負けたの?」
「あれは俺のせいじゃねぇ。弥生のせいだ!」
「お前が弱かっただけだろ。私のせいにするな」
弥生に飛び火した。
弥生と錬魔の周りにはさらに空き瓶が増えており、弥生の目が据わっている。
「お前がいなかったら俺が勝ってた」
「そんなの知るか」
「根に持つ男は嫌われるよ~」
また癒慰が茶々を入れて来た。
「嫌われてなんかねえ! なあ弥生」
強く同意を求める秀斗を完全に無視して弥生は手酌で紅茶を飲んだ。
「嫌われてやんの~」
歩はひとしきり笑って、焼酎を飲んだ。
「弥生ひでぇ……なあ勇輝~お前は俺のこと嫌ったりしねぇよなぁ!」
今度は勇輝に絡んで来た。
「秀斗……酔ってないよね」
つい確かめたくなる。
「酔ってませーん!」
「そいつは常に酔っているようなものだろ」
「錬魔まで!?」
ひでぇひでぇと騒ぐ秀斗。
そして歩がこくりこくりと船をこぎ始めた。
それに気付いた勇輝が歩の手からコップを抜き取る。
「歩、眠いなら寝たら?」
と言いつつ歩の身体を倒す。しっかり眠りへと誘導していた。
「う~。回る」
「はは……二日酔い決定」
歩はとろんとした目で勇輝を見上げた。
「……魔術師って、けっこう楽しい奴らだな」
「何だよ、今さら?」
くすりと笑って、歩は眠りに落ちた。
宴の主役は眠ったが、終わるはずがない。むしろここからが、大変だった……。
事の始まりは抹茶。勇輝が持って来た抹茶を預かっていた錬魔が点て始めたのだ。
抹茶を一番喜んだのは彼だった。
なんでも抹茶は彼らで言う酒の中でもかなり度数が強いらしく、とても美味しいらしい。
「ずいぶん前に暁美さんに点ててもらったきりだ」
錬魔はきれいに泡をつくると、満足そうに茶筅を置いた。
「錬魔とお茶ってけっこう絵になるね」
「私も飲む」
弥生も違う茶碗に抹茶を入れてお湯を注いだ。シャカシャカとなかなかきれいに点てている。
「俺も飲んでみようかな~」
勇輝も人生初抹茶にうきうきしながら順番を待つ。茶碗は三つ茶筅は一つ。
すでに錬魔と弥生は飲んでいた。作法など知らないので各々好きに飲んでいる。
「うん……旨い。さすがに強いな、喉が焼けるようだ」
「……苦い」
少し眉間にしわを寄せながらも、弥生は全部飲んだ。
錬魔は二服目を点て、弥生の茶碗は癒慰に渡り、抹茶が入れられる。
「うっ……苦い」
勇輝は一口飲むなり思わず呻いた。顔をおもいっきりしかめている。
「大人の味よ」
癒慰は見せつけるように抹茶を飲んだ。半分飲んで零華に渡す。負けじと勇輝は全部飲みほした。
(甘いものがほしい!)
甘党の勇輝にとって、かなりの拷問だった……。
「胃の辺りが熱くなりますね」
零華は少しむせて、茶碗を弥生に返した。弥生はまた次を点てる。心なしか楽しそうだ。
その隣で錬魔は三服目を点てている。
勇輝は我慢できずにチョコレートを食べだした。
(チョコうめぇ~)
「飲め飲め!」
秀斗も点てる側に加わり、零華に飲ませていた。
錬魔が五服めを飲んでいるころには女の子三人はすっかり酔いが回っていた。
「うぅ……いつも私が事務仕事をして……美月さんにつきまとわれて……」
急にほろほろと零華は泣きだし、恨みつらみを重ねていく。
(零華って泣き上戸なんだ……)
ワタワタしながらも勇輝は零華の話に相槌を打った。
「ひどいと思いません?」
「思う思う」
「勇輝く~ん」
癒慰は勇輝のそばにつつっと寄ると、その頬をつーと撫でた。目が獲物をキャッチした目になっている。
「このほっぺの柔らかさ、なんて可愛いの~。食べちゃいたい」
危機。勇輝の背中に悪寒が走った。
抱きつこうとする癒慰をさっとよけて淡々と飲んでいる弥生と錬魔のところへ逃げる。
「こんなに酔ってる癒慰と零華始めて見た」
「なかなか面倒だろ」
錬魔が勇輝に杯を渡して手近な瓶から注ぎ入れる。だが注いだものはコーヒーで、どうやら彼も酔っているらしい。
それなのにまだ抹茶を飲もうとしている。
「錬魔~そろそろやめにした方が……」
勇輝はやんわりと止めに入ったが、急に頬をつままれ、驚いて相手を見る。
「や、弥生……?」
勇輝は激しく動揺した。その行動にではない、彼女の顔に浮かぶ無邪気な笑顔に。
まるで子どものようにあどけなく、普段の凛とした雰囲気が全く感じられない。
(酔ったらすごく可愛くなるんだ……)
だがその考えはすぐに覆される。
弥生はにこにこ笑ってすっと小さな瓶の蓋を開けた。
「勇輝……女の子にしたい」
隣でそう囁かれて、あやうく勇輝は盃を落としそうになった。その盃に弥生はその薬を入れようとする。
「や、弥生!? 何言ってんの!」
「錬魔にもらったんだ」
勇輝は弥生の腕を掴んで阻止し、風のたつ勢いで錬魔を見た。
「安心しろ……ちゃんと配合してある。失敗することはない」
「ちっとも安心できるか!」
飲んだ時点で人生終了だ。
「勇輝~楽しいぞ~」
「恐怖でしかないよ!」
しだれかかる弥生を押し返して、なんとか勇輝は難を逃れようとする。だが弥生は逆に勇輝の腕を掴み返し、離れない。何が何でも薬を飲ませようとしていた。
「ちょっと錬魔助けて!」
なかなか離れようとしない弥生がすっと離れて、勇輝はほっとしてそちらを見てから、あっと声をあげる。
「弥生、俺以外の男に絡むんじゃねぇよ」
弥生を引き離してくれたのは唯一素面の秀斗だった。だがこの場合一番危険な男でもある……。
「弥生、可愛い」
秀斗は弥生の頭を撫で、その頬を撫でた。弥生はくすくすと笑っている。
その様子に勇輝は青ざめた。止めに入ろうと立ち上がろうとすると視界が回る。
(やべぇ……酔いが来てる)
目の前では秀斗が弥生の肩を抱き、にこりと笑った。
「キス……しよ」
弥生の頬に手を当てて、すっと上を向かせる。弥生は吸い込まれるように秀斗の目を見つめていた。
徐々に二人の距離が近くなり、弥生の口が小さく開かれる。
「月花夢幻」
秀斗が目を閉じるその前に、弥生の瞳が怪しく光った。秀斗は短く呻いてぱたりと倒れる。
弥生が自分で編み出した相手に悪夢を見させる技だ。
「ひどいよ弥生……ほっぺで我慢しようと思ってたのに……」
「一生目を覚ますな」
弥生の非情な言葉にとどめをさされ、秀斗は意識を失った。
そして弥生は勇輝を振りかえり、にこりと笑う。次はお前の番だと言わんばかりに……。
勇輝が座ったままずりずりと後ずさると、誰かに行き当たった。後ろからがしっと捕獲される。
「勇輝君~捕ま~えた~」
癒慰だ。勇輝の心臓が跳びはねる。
「勇輝君、聞いてください。さっきから癒慰ちゃんが……」
零華が横から泣きついてくる。
そして正面にはあどけない笑顔を向ける弥生が……。
「れ、錬魔ぁ」
勇輝は一人抹茶を飲む錬魔に助けの視線を送った、が。
「よかったな勇輝、女の子三人に囲まれて。そういうのをお前たちはハーレムと言うんだろ?」
我関せずと錬魔はウイスキーを呷った。さすがにもう抹茶を飲むつもりはないらしい。
「いやいやよく見て! 俺愛されてないよ危ないよ!?」
「ドキドキするだろ?」
「違う意味でね!」
勇輝は恨めしい目で錬魔を睨むが錬魔は涼しい顔をしている。
「歩起きろ! 頼れるのはお前しか……ぎやぁ! 癒慰何す……弥生もその瓶捨てろぉぉ!」
勇輝の叫び声が桜舞う夜空に吸い込まれていく。
この外から見れば天国本人地獄絵図は錬魔と勇輝の記憶にだけ残ったのだった……。
記念でもなんでもありませんが通算131話目です。
今回はみんなを酔わせたくてこういう展開になりました。みんな可愛い。
神名でハーレムやっても主人公が恐怖するだけだということがわかりましたね。ヒロインたちがしたたかだ(笑)