第4章の13 時には昔の話を
これはとある一時。流れる時の中で語られた、断片である。
その部屋を一言で表すならば、重厚という言葉がふさわしい。白を基調とした壁にはうっすらと模様が入り、床は見事に磨きあげられた大理石だ。天井には古いながらも見事なシャンデリアがぶらさがり、昼間の今は沈黙を守っている。家具はほとんどなく、部屋の中央に長机とソファーがあるだけだ。
一人掛けのソファーに、一人の男がいた。初老の男は、この部屋の主であり、この屋敷の主でもある龍牙だった。彼はひじ掛けにひじを乗せ、頬杖をついて何やら物思いに耽っていた。視線は壁一面に飾られた写真に向けられ、時折ため息が聞こえる。
龍牙が何かを思い出すように瞳を閉じた時、バタンと扉が開いた。ノックも無い、遠慮の一欠けらもない開け方に彼はその主がすぐに分かった。彼がその主を確認するよりも早く、乱入者が口を開く。
「隊長~。またこんなとこに籠って、ヒッキーですかぁ?」
わざとらしく間延びした声で入って来たのは龍牙隊夜一星、美月だった。青い髪と目を持った優男は不敵な笑みを浮かべて、龍牙に近づく。それを苦い顔で龍牙は一瞥した。
「ここには勝手に入ってくるなと言ったはずだが?」
「いいじゃないですか、一人で感傷に浸るなんてじじくさいですよ?」
満面の笑みでズケズケと言いたいことをいう美月は、龍牙の向かいにあるソファーに腰を下ろした。そして龍牙が先程まで見ていた壁の写真を見上げる。
その写真に写っているのは羽織を着た牙軍だった。小隊の長となった人物は一部を除いて全員ここに飾られているのだ。
「あ、まだ弥生は写真撮るのを拒否してるんですね」
美月は一つだけ空の額縁に目を留めた。そこには今代の四剣琅の写真が入るはずなのだ。
だが弥生は就任してから一度も写真撮影について首を縦に振らずに今に至る。
「ほんとに四剣琅は頑固だよ」
「あぁ、そういや初代の時も苦労しましたっけ」
美月の視線が隣にかかってある白髪の少女に移された。彼女は無表情で無感動な目をこちらに向けている。微笑めばさぞ美しいだろう顔は、少し不愉快そうにも見える。美月はその顔を見てくすりと笑った。
「今弥生が無茶苦茶しても何も言われないのは、初代のおかげですよね」
「幹部もあの四剣琅だからと諦めているからね。それほど、彼女の伝説は大きい」
線の細いよわよわしい印象を与える彼女は多くの伝説を残してきた。隊員間には絶世の美女で、口を開くことは少ないが夜毎に奏でる竪琴の音が聴く者の涙を誘うほどのものだとか、その美貌に酔った男が彼女に近づけばたちまち光に焼かれてしまうとか、数え上げればきりがない。
そして必ず人々が口にするのは、彼女は未来が見えているということだった。
だがこれが幹部クラスになると話は変わってくる。会話をしない、もちろん発言もしない。それどころか定例会議にも来ず、任務も自分の主義と反すれば放棄し、命令も曲げる。文字通り好き勝手をした人だったのだ。
しかも彼女は部下も仲間も作らず一人で四剣琅、明星を名乗っていた変わり者だ。その二代目である弥生が多少奇怪な行動を取っても、幹部は伝わる初代と比べてこう思うのだ。
初代に比べればまだましだ、と。
「ほんと、惜しい人をなくしましたね」
「あぁ、彼女は君でさえ視えない未来を視ていたからね」
「でもそれを告げることはしない」
「彼女の枷だったそうだ。まぁ、最後に二三の予言は残していったが」
美月はへぇと初代四剣琅の写真を眺めた。
「思えば、初代の面子が一番良かったですね。何だかんだで、初代以降全階級がそろったことはありませんし」
「まぁ、そうだな。今では吟三鉈が空くほどに衰退してしまった」
「ま、それだけ平和ってことですけど」
そして右に視線を滑らせ、自分の写真を眺める。写真の中の美月は不敵な笑みを浮かべ、力強い眼差しを向けている。
それを見て、美月はいい男だと自画自賛していた。
「こうやって写真をみるとけっこう月日が流れましたね。うちなんてもう五代目ですし」
壁には右から階級ごとに並んでおり、夜一星は五枚の写真があった。そのどれもが青い髪と青い目をしている。
「そうだね、美月は牙軍の核。歴代女性がその名を襲名していたというのに、なぜ今代は男なのか」
「何が不満なんですか? 僕、歴代で一番強い自信がありますよ?」
龍牙は重々しく溜息をついた。事実、彼は歴代の美月最強と謳われ、多くの隊員に尊敬されている。そしてそれに引き換えほとんどの牙軍に倦厭されている……。
「初代は君と違って思いやりにあふれ、細かいことにも気がついてくれたものだ」
「えぇぇ、隊長は彼女が好みなんですか? エロじじぃと呼びますよ」
「……全く、どこをどう間違えたらこんな口の悪い美月になったのか」
龍牙はこめかみを軽く揉んで、眉間にしわ寄せた。今までもところどころずれた美月もいたが、概ねまともな性格だったのだ。
それを見た美月は人をからかうような笑みを引っ込めて、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「隊長、そんなに私が好みだったならおっしゃってくれたらよかったのに。次代の美月にはおしとやか系を押しときますね」
先程までの飄々とした口調とは打って変わった優しい語りかける口調。声色も男のものから女へと変わった。
「美月……いくら二人きりだからと言って、不用意に昔の美月を出すものではないよ」
「せっかく隊長のリクエストに応えてあげたのに、僕拗ねちゃう。なによ、何十年も同じ人間じゃ不審がられるからって顔を変えるように言ったのは隊長じゃない。隊長はずっと変わらないのに。なんで僕だけ」
男の声かと思えばすぐに女の声となり、精悍な顔つきかと思えばしおらしげな少女の風貌を見せる。元が中性的な顔立ちの上に、口調まで変わるとまるで別人のようだ。
美月の隠された能力の一つ、身体形成。変装ではない、身体を最初から作り直すことができる能力だ。それを知っている人物はごく限られている。
「だが私は性別まで変えろとは言った覚えはない」
「それは愛嬌です。これでもけっこう考えてるんですよ? 初代からどういうキャラだったらおもしろく活動できるかとか、先代が姉御肌だったから、次は兄貴で行こうかとか……。僕だってずっと女は飽きますからね」
「まぁ、それで君の秘密が守られるなら構わないが……」
「あ、もうばれてます」
テヘッと可愛く笑う美月の言葉に、龍牙はあんぐりと口を開けた。悪いとも思っていない美月の顔に手持ちの資料をぶつけたくなる。
「誰にばれたんだ」
「錬魔と零華です」
龍牙は頭を痛める一方で、その二人ならありえると思った。それにその二人なら広まる心配もないだろう。
「そうか……錬魔の能力」
「いやぁ、さすがに姿と性別は変えられても、力の本質までは変えられませんから。彼に言わせると同じ色だそうです」
「それで、零華には何故ばれたんだ?」
美月はくもった顔のままの龍牙からすいっと視線を逸らした。わかりやすいその反応に、龍牙ははぁと大きく溜息をついた。
「自分でばらしたんだね」
「だって! 零華は僕に対して冷たいんですよ? 先代の時は僕の片腕として一緒にいたのに……さみしいじゃないかぁ!」
龍牙の私室に美月の叫び声が響く。なぜかエコーがかかり、美月は胸に手を当てて悲劇のヒロインだ。
「どうせばらしたところで態度は変わらなかっただろう……」
「いいえ。暴露する前よりさらに冷たくなりました!」
美月はぐっと拳を握り、龍牙へとその胸を引き裂かれるような辛さを力説する。
「せっかく男になったのだから零華といろいろとやりたいのに~」
「零華からの抗議がよく来る。セクハラだと言っていたよ」
美月は唇を尖らせて、鼻をふんと鳴らした。
「零華は綺麗だし、愛でたくなるのもあたり前じゃないか。あふれんばかりの美貌を持つ僕に愛されるなんて幸せ以外の何ものでもないはずなのに……」
いたって真剣な表情の美月に、龍牙は零華の不憫さを感じるのであった。次に会った時は気にせず殺すつもりで撃退するようにと言うことに決めた。
「あぁぁ、零華に会いたくなってきた。今から行っちゃおうかな。あの柔らかな藍色の髪に頬を埋めたい」
恍惚とした顔で自分の肩を抱く美月に、隊長である龍牙も引き気味だ。本当にどこで間違えたらこのような性格になるのか。礼儀正しかった初代とは雲泥の差である。
「美月……そのうち零華に殺されるよ」
「零華に愛されつつ死ぬ。それもまたいいですね。彼女の膝の上で死ぬ僕、いい絵になるよ」
冗談か本気か分からない口調で美月は話す。そんな美月に頭痛を感じた龍牙はそっと額に手をやった。
「なぜ今代の牙軍はこんなに問題児がそろっているのか」
消え入りそうな小さな声で龍牙は呟く。
「隊長~。じゃ、僕は零華と愛を育んで来ますね」
そう言うなり美月は立ち上がり颯爽とドアの向こうへ消えていった。
「嫌悪感を増幅させる、の間違いだろう」
当然、龍牙の呟きが美月の耳に届くことはなかった。龍牙はこの先の零華の運命を思って、重い溜息をつくのだった……。
三章を手直ししました。特に内容は変わっていません。誤字を直して、あいまいな文章を直して、矛盾をただす。
ただ書くよりも疲れますね。あ~、まだ二章と一章が残ってますね。
そのうちやりましょう。
そして、ストックが切れました。完全に手直しに時間を取られていたせい。
よって、次回予告がありません。ではまた次回~。




