根っからの悪役令嬢番外編 100年前の占い師の話
『神々の力が弱まる100年後、魔王の魂が解き放たれる。運命の悪しき女が力を与え、世界を滅ぼすだろう』
これはラヘンディア王国に伝わる予言である。
100年前の高名な占い師が記述したもので、当時はベストセラーになったものだ。
しかし、魔王は王太子リディアンに仕え、土木や治水工事に従事する真面目な一団であり、悪しき女の存在も見つけられない。人々はなんだ眉唾物だったのだと笑い話になった。
さて、ラヘンディアに王宮魔術師という職がある。地位はなんと公爵と同等とされて土地も俸禄もうんとある。皆があこがれる地位にバフェグという中肉中背の至って普通の男がいた。彼は大陸に数人しかいない上級魔術の使い手なのだが、その希少さゆえにリディアンが専属の王宮魔術師にしたのである。拒否権などあるはずもなく、リディアンの凶悪な魔力にビビリ散らかした彼は素直に下僕となったのだった。
ある日、バフェグは王太子リディアンに呼び出されていた。
「忙しいところ悪いね。さっそくだけど頼みたいことがあるんだ」
この金髪碧眼、柔和で物腰の柔らかな美青年が王太子リディアンだ。見た目も立ち居振る舞いもおとぎ話に出てくるような王子様っぷりだが、綺麗な花にはトゲがある。この王太子は火竜を召喚してペットにし、魔王を下僕にしているほどヤバイ奴なのだ。
一体どんな恐ろしい依頼なんだろうかとバフェグは身構える。
「え、えと、命の保証はされるのでしょうか……」
恐る恐る問いかけるとリディアンは微笑む。
「あはは。大丈夫だよ。魔王からちょっと面白いものを貰ったから、お前に使ってみて欲しいだけだよ」
魔王からの貰い物というワードにバフェグは胸を撫でおろす。バフェグにとって魔王よりリディアンの方が恐怖の対象なのだ。
「それは面白そうですね。一体どういう代物なのでしょうか? 魔王が使うくらいですから魔力増強アイテムとかですかね?」
「ううん。『空間の切れ目』っていう結晶さ。魔王が言うには世界の歪みがときたま結晶になってるんだって」
「ひ、歪み? この世界は歪んでいるってことですか!? しかもそれが可視化できると?!」
バフェグが目を真ん丸して尋ねるとリディアンは頷く。
「どうもこの世界を作った存在はおっちょこちょいらしくてね。たまに世界の歪みがあってトラブルを起こすんだってさ。魔王はその歪みを魔力でコーティングして悪さができないようにしていたんだって」
「いい奴ですなあ」
バフェグは素直に感想を漏らす。
「働き者で助かってるよ。とまあ、興味があったから一つ貰って来たんだ。それがコレさ」
リディアンは黒い袋からキラキラした水晶のようなものを取り出す。虹色に光るそれはまるで宝石のようだ。
「綺麗ですねえ。魔王が作ったとは思えませんよ」
「彼の魔力が澄んでるからだろうね。彼いわく、歪みは世界の時空を超えて移動できるんだって。どこに移動するかわからないけれどね」
「へえ。さながらミステリーツアーですね。どうやって戻るんでしょう?」
「言っただろ。世界の歪みはトラブルを起こすって」
にこっとリディアンは微笑む。
「か、片道切符ですか!!!!!!?」
「何もしないとそうなるだろうね。でも飛ばすことができるなら元に戻すことも可能なんじゃない? ってことで、これを調べておいて。上手く行けば時空旅行ができるかも。エレオノーラへのサプライズだから内緒だよ」
愛する王太子妃とミステリーツアーをするのが目的だったらしい。バフェグはその日から死に物狂いで頑張った。魔王たちに話を聞き、必要なら彼の魔力を借りて色々な実験を繰り返した。そして、その実験の最中である。
バフェグは空間の歪みの力で時空を超え、なんと100年前にタイムスリップしてしまったのだ。
普通の人間ならここで絶望するところだが、バフェグは喜んだ。
「やったああああ!!!!! これで解放されるぅぅぅ!!!」
彼は24時間体制でリディアンにこき使われていた哀れな社畜……じゃない宮仕えの身だった。無茶ぶりは日常茶飯事でときたまかけられるプレッシャーは命の危険すら感じるほどだ。
いくら地位が公爵家と同等とはいえ、時間がなければ無用の長物である。
彼の親兄弟は放任主義であるし、恋人も……いない。気になる人はいるが、冴えない自分には届かない人だ。彼女にとって自分はきっと友達止まりだろう。
一抹の寂しさを覚えながらバフェグは100年前の世界を歩いた。
昔ながらの煉瓦作りの家々にバフェグはほっこりする。100年後は頑丈な石材の建築物が多くなっているため、古い街を旅行している気分になる。
「さてさて、まずは金を作らなきゃな」
バフェグは手持ちの宝飾品を質屋に持ち込み、当時の通貨に変えた。木賃宿を安息の場所とし、未来の知識で不動産と鉱山に投資した。当時の身分証はいい加減で金さえあれば誰でも投資できたのである。彼はリディアンに見つからないよう、自分とかけはなれた可愛い名前のルルと名乗り、無名の工房、小さな商会に出資していった。そしてそのどれもが大成功をおさめ、『ルル』の名前は一躍スターになった。
気を良くしたバフェグは投資の傍ら占い稼業も始めた。個人相手ではなく、書籍で販売する形式である。
従来の文字だけの本とは違い、バフェグはカラーの挿絵入りなので書店でも目を引く。ましてや投資で大もうけをしている『ルル』の本とあって性別問わず大人気となった。
バフェグは毎日笑いが絶えず、幸せに暮らしていた。
「もともとこういう生活がしたくて魔術師を志したんだよなあ。それなのに、ロクに家にも帰れず、食事もままならない生活になるとは夢にも思わなかった」
そしてあることに気づく。
「待てよ? 100年後の自分に警告を出せば、リディアン様に見つからず過ごせるかもしれない」
彼はそう思って予言書の執筆に取り掛かった。
『100年後に魔王が復活する。しかし、心配するなかれ。彼らは心あるものたちだ。注意すべきは王の血を引き、玉座に座るものだ。彼こそがすべての災厄にして魔の根源、悪しき女と結ばれて過酷な道を汝に与えるだろう。ゆめゆめ見つかることなかれ。汝が夢見た世界が滅ぼされるだろう』
メイン部分はこんな感じだ。そして気づく。
「あの有名な100年前の占い師って私の事だったのか!!!!」
時を経れば内容が改変されるのもしばしばあるものだ。バフェグの知っている予言は魔王が悪しき女となんちゃらという話だけだ。
「ふーむ。私の生家に本を預けてみようか。100年後に生まれたバフェグという子供にこれを渡して欲しいと頼もう」
そう考えたバフェグは、さっそく曽祖父バレーキの家に本を届けた。古いながらも手入れの行き届いた城に懐かしさを覚えつつ、バフェグは「占いの結果、これをあなた方に託すのが良いと思いました」と言って渡した。
「ルル殿のお噂さはかねがね。高名なあなたさまに占って頂けたのならまことのことなのでしょう。家宝に致します」
「家宝にしなくてもよいのでひ孫様にぜひお届けください」
そんな話をしてバフェグは曽祖父の城を後にした。あまり長居すると自分よりも若い実両親に会ってしまうからだ。なんとなく気恥ずかしかった。
「ふう。これでよし!! あとはこの世界で幸せに生きよう!!」
心残りは片思いのあの人だ。しかし、彼女には自分のような半端者より、もっと素敵な人が似合うだろう。女官長を務めるエルメラ……それがバフェグの思い人の名前だった。百合を思わせる美しい彼女に思いを馳せ、バフェグはちょっと目に涙を浮かべてワインを傾けた。
その瞬間、バフェグは光に包まれるや否やあっという間に見知った部屋で尻もちをついていた。
「バフェグさんっ」
泣きながら駆け寄ってきたのはエルメラ……バフェグの思い人だ。いつもは凛とした顔を涙で濡らし、バフェグの体に抱き着いている。周囲には魔王や魔物たちが目をウルウルさせてバフェグを見ていた。
「おめでとうバフェグ。実験は成功だったようだよ」
少し離れたところで爽やかな笑顔のリディアンがいる。
「わ、私は帰って来た……んですか……?」
「そうだよ? あの結晶に僕の魔力を込めていたからね。それを手繰り寄せることで召喚に成功した。でも、召喚魔法を使えるのは僕だけだから、エレオノーラとのデートに使えないな。これ、好きにしちゃっていいよ」
リディアンはそう言って結晶を机の上に置いた後、部屋から出て行った。おおかた、愛しの王太子妃エレオノーラに会いに行ったのだろう。
「バフェグさん。良かった……本当に良かったです」
エルメラは泣きながら微笑んだ。その顔に罪悪感と嬉しさがこみ上げる。あなたを諦めた自分の弱さが恨めしい。
「……エルメラさん。あ、あの……好きです」
バフェグは唐突に告白した。自分でもびっくりして目が点になる。だが、エルメラは微笑んだ。
「私もですよ。バフェグさん」
その言葉でバフェグは涙腺が緩んだ。どばっと涙が溢れておんおんと泣いた。
元の宮仕えに戻ったバフェグは相変わらずこき使われているが、リディアンは意外に恋する者に寛大である。自分もエレオノーラを溺愛しているせいもあるが、
「バフェグ。エルメラがちょうど休憩時間らしいよ。お前もいっておいで」
と時折言ってくれるようになったのだ。
こうしてバフェグは厳しい宮仕えの中、幸せを手に入れたのであった。
■
遡ること100年前。
高名な占い師から予言集を貰ったバレーキは、「こんな貴重なものを我が家だけで占有するのはもったいない。写本にして世に広めよう」と考えた。予言集はルル・バフェグ著ということもあってベストセラーになった。しかし、人々は思った。
「魔王よりも王太子を恐れよとはどういうことだろう? もしかして写本ミスかな?」
親切な人々は、色々と本に注釈を加えていった。こうして、王太子に気を付けろの文はなくなり、魔王の復活を警告する予言書となったのである。
一方、原本は後に生まれたばかりのバフェグにプレゼントされたが、よだれでベチョベチョになったため、ばっちいからと処分されてしまったのだった。
作者注:この世界を作った女神はぺーぺーの新米です……。