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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
79/79

79 久遠の歌

昭和二十六年の日本経済は朝鮮戦争の特需で潤い、空前の好景気に湧くようになる。

東京もすっかり戦災の傷跡も消え、近代都市に生まれ変わった。

鎌倉も人口が大幅に増えて街並みがだいぶ賑やかになっている。

我が茶画詩庵の斜め前にある長らく誰も住んでいなかった地所が遺族のトラブルでも解決したのかようやく売りに出されたので、戦後インフレを見込んでまだ残しておいた金塊を注ぎ込み買い取った。

この場所も女神の浄域に含まれているのだ。

建物は新築し一階を鎌倉文士達の墨戯や古書画の展示室として一般公開する予定だ。

後に出来る鎌倉文学館は洋風の建築だが、ここはあくまで文士達が愛した和風の暮しそのままに展示したい。

茶画詩庵からの出前で、ここで茶菓も楽しめるようにしたい。

二階には大きな書庫を作るつもりだ。

そう言う事ならと我家の古書みならず他の文士達からも、彼等の持つ希少本も共に保管してくれと頼まれた。

カフェ浪漫主義のオーナーとしての収入が安定しているので、こちらでは金にならない事業をやっても生活は大丈夫だろう。

先々は鏑木さんの紫陽花舎も美術館として公開されるので、そちらとの相乗効果も高まるはずだ。

将来近くに出来る映画の河北記念館とも合わせ、地元の鎌倉文化を色濃く残す一画として末長く親しまれるようになって欲しい。


茶画詩庵に合わせた純和風の建物は晩秋には完成し、落成式には多くの知人が祝賀に集まった。

吉井さんが揮毫してくれた扁額[明星館]を掲げた門を入ると、萩の花が零れ散る飛石径の奥に格子戸の玄関がある。

玄関脇には虚子先生がくれた[遠山に日の当たりたる枯野かな]の句軸が掛かっている。

畳敷きの展示室には鎌倉文士や我が雅友達の詩句歌の短冊が豪華に並んでいた。

この度新たに寄贈して貰った作品も沢山あり、四季に応じて掛け替えられる。

並んだ時に他の作家に負けまいと、皆して選りすぐった名作自信作を書いてくれたようだ。

展示を見終わった客達で茶画詩庵はかつて無いほどの賑わいだ。

庭の日傘付きの縁台も多めに用意しておいて良かった。

この女神の庭にこれだけ大勢が詰め掛けたのも、私と透音さんの結婚式以来だろう。

晩菊と吾亦紅の庭に心美しき人々が集い、澄んだ神気は散紅葉の山から天まで通じている。

私にはその宙に現れた小さな奏楽天達の微かな楽の音が参礼の人々に降り注ぐのが聴こえていた。


[歌苑(うたぞの)]

今日集まってくれた人達への返礼に私が書いた色紙の、その一枚目を蒲原先生に手渡した。

「おお、これは嬉しいのお!この女神の庭に集まる人々には打って付けの書じゃよ。」

何と言っても私の唯一の師匠だ。

今日はこの偉大なる詩人に真っ先に礼を言いたかった。

皆も盛大な拍手で祝ってくれた。

この色紙は清朝古墨と玉ノ井の水を使い予め三十枚ほど書いたのだが、この様子では到底足りず後でまた書き足さなければならない。

書の腕は虚子先生に遠く及ばないが、皆が喜んでくれるので良しとしよう。


茶画詩庵の後はカフェ浪漫主義での酒宴が待っていた。

今宵は木暮さんが張り切って各テーブルに七面鳥の丸焼きを用意してくれたのだ。

鎌倉文士達はこの豪勢な料理に子供のように大はしゃぎで、また自分の作品が後世にどう評価されるかなどと語り合っている。

このカフェにも皆が揮毫してくれた詩句歌の色紙短冊が飾り切れないほど集まっている。

大正浪漫の画家達の作品も年々増えて、もはや専用の収蔵庫が必要なほどだった。

建物や庭もそれなりの年月を経て貫禄が出て来た。

元々アンティーク調に揃えた家具類はますます重厚さを加え、古き良き鎌倉文化を伝える殿堂にふさわしい佇まいだ。

蒲原先生虚子先生に吉井さん鏑木さんら長老方は、金青(こんじょう)の妖精女王と竜の壁画を背に重厚な木椅子で満足そうにくつろいでいた。

[ランタンが魔法の如く灯る路地 雨に古びてカフェ浪漫主義]

この私の旧い歌は玄関脇の小さな石碑にも彫ってあり、観光客達が記念写真を撮って行く人気の場所となっている。

今日の宴には文士らは元より地元の文化を愛する一般市民たちも、次々と祝いの言葉を掛けに訪れてくれた。

あの追儺の大祓いの後は鎌倉全体に浄気が行き渡ったようで、市民達の表情も穏やかで優しい。

戦後鎌倉に移り住んで来た人々も、この文化の香り高い古風な街並みに親しんでいる。

この様子なら今後の近代化や高度経済成長期の土地開発ラッシュにも耐えて行けるだろう。

私はお礼がてら来賓達にこの先も鎌倉の文化を守ってくれるよう、一人一人に力添えをお願いして回った。


年末には[季刊明星]発刊から五周年と言う事で、与謝野さんの墓前に報告に行った。

雅影君も是非一緒に行きたいと付いて来た。

戦後の今から見れば与謝野さんの歌は典雅な調べと浪漫主義的な美意識が両立した、古き良き時代の最後の大輪の華だった。

雅影君達には何としても与謝野さんの後の古典主義浪漫主義を未来の世代にまで繋いで欲しい。

文化の大衆化と言う点では今後出て来る口語短歌やポップ短歌にも良い所は沢山ある。

江戸時代でも民衆レベルでは伝統和歌よりも川柳や狂歌の方が遥かに流行していたのだ。

しかし全ての芸術の心柱である高貴さを失っては、それこそ日本民族全体が低俗に堕ちる一方だ。

詩歌は古来あらゆる国においても文化の根源であり、日本における和歌の存在は他の諸芸術にも大きな影響がある。

その歌壇の片隅にだけでも魂の高貴さを保って行ければ、世の心ある人々は必ず共感してくれるだろう。

私は与謝野さんの墓前で雅影君に頭を下げてお願いした。

大衆文化と比べればごく少数派となるのを覚悟の上で、その道を歩んで欲しいと。

彼は私に大きく頷き、与謝野さんの墓に手を合わせ長い間祈りを捧げていた。


年が明けて虚子庵の新年句会に招待され、久しぶりに[ホトトギス]の面々と会う事が出来た。

虚子庵の玄関正面には以前虚子先生に頼まれて私が書いた昔の句

[寒濤に向かひて古都の不滅の灯]

それが立派な軸仕立で掛けられていたのには驚いた。

座敷に入るとお歴々が居並ぶ中で先生の隣に呼ばれ、仕方なくそこに座った。

「今日は皆さんに私とこの朝比奈君二人の心からの願いを聞いて貰いたくて時間を頂きました。」

あれ、私は何も聞いていないぞ。

「ただ玄関に飾った朝比奈君の句をじっくり味わって頂けば良いだけですがね。」

水原君がうんうんと頷いている。

竜さんが

「あの句軸は[第二芸術論]や世間の風潮に対しての我々の気持ちを、誰にも言えないほど壮麗な句で代弁してくれたんだよ!」

と、誇らしげに語る。

「そしてあの句の情景は正にこの由比ヶ浜の虚子庵の灯火ですからね!」

水原君が大声で賛同する。

「そうです。我々[ホトトギス]もあの句のように、格調高く伝統俳句の灯を守って行きたいのですよ。皆さんもよろしくお願いします。」

虚子先生の年頭のご教示に、我が句を使って頂いたのは光栄の極みだった。

一同揃って拍手が起き、私は言葉無くひたすら頭を垂れるしかなかった。


帰り際に虚子先生から句の短冊を頂いた。

[去年今年(こぞことし)貫く棒の如きもの]

後に小林君が評論集の中でべた褒めする句だ。

「君はあの時代にすでに昨今の伝統文化排斥の風潮を予測していたんですね。その慧眼には感服しましたよ。」

「恐れ入ります。こちらこそ先年の先生の[深は新なり]の言葉には感じ入りました。」

「あっはっは。この先もお互いに精進しましょう。」

「はい!よろしくお願いします。」

寒中の水仙が可憐に咲く虚子庵の飛石径を辞去する私の背を、老大家の慈愛に満ちた眼差が門を出るまで見送ってくれた。

心からわかり合える文雅の友はいつの世にも得難い。

同じ時代の同じ鎌倉に虚子先生や蒲原先生が居てくれた事は我が人生最大の幸運だったろう。


立春にはまだ少し間のある茶画詩庵の庭に、早梅の一枝が咲き出した。

山々はまだ冬枯の色で、鶯の初音はまだだが笹鳴きの姿はちらほら見かける。

この年の宮中歌会始めの召人を務めた吉井さんが東京への所用のついでに我が庵に寄り、その歌会始めで披露された歌の短冊をわざわざ持って来てくれたのだ。

[春来れば京の山みな絵のごとし 光悦の山宗達の山]

古来数ある国褒めの歌、言祝ぎの歌の中でも第一級の名歌だろう。

立春を詠んでこれほど大きく美しい景はなかなか無い。

日本の歴史風土の上に咲き立つ大輪の花のような歌だった。

そう言うと吉井さんも嬉しそうに頷いて

「歌会始めの時も評判が良くてね。その時は大役を務め終えた安堵でほっとするばかりだったが、こうして君に褒めて貰うと改めて心から嬉しいよ!」

咲いたばかりの梅の花に目白が来て、その羽ばたきがひと片の花を散らせる。

そんな静かな庭を二人で歩き、玉依姫のやぐらに吉井さんの短冊を献納した。

「私の歌は京都を詠んだ物だから、鎌倉の春は是非朝比奈君が詠んでくれよ!」

「この吉井さんの名作の前ではどんな歌も霞みそうですよ。」

そう思いながらもこの女神の庭の春ばかりは私が詠まなければなるまい。

玉依姫の永遠の春への祈りを、想いを込めて歌おう。

………………………


[少しづつ古庭の梅少しづつ 開きつ散りつやがて幻] 新之助


「………………あぁ………君の歌は正に小さな神々の魂までも鎮める……久遠とはこう言う想いなんだなぁ……」

私は姫神の膝元に吉井さんの短冊と並べて今の歌を献納した。

女神の庭の尽きる事無き玉ノ井の清音の中に、梅の香が幽かに漂って来る。

紫紺の宵闇が迫り、透音さんがやぐらに燭明を灯してくれた。

玉依姫の静かな微笑みが灯火に揺れる。

この小さな浄明の中、二人の献歌は夢幻の秘儀のように美しく、鎌倉の暮天には春の兆しの星々が次々とその光を現していた。

神聖鎌倉文士伝 完


ご精読ありがとうございました!


↓著者による詩歌詩歌生活のブログです。

よろしければご覧ください。


https://blog.goo.ne.jp/kousi36

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