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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
72/79

72 邪念の徒

新年の[新明星]は大々的に日本美の再発見を打ち出す号となった。

要は新しそうな雰囲気さえあれば何でも良いのだ。

内容を読めば日本の四季の美しさは敗戦でも変わる事は無い、日本人は自信と誇りを持って美しい暮しを営んで行けば良いのだと、ごく当たり前の事を言っているに過ぎない。

それを詩歌や評論、随筆等で繰り返し述べるようにした。

文芸界の名だたる詩歌人が揃って言う言葉には世の知識人達も皆励まされ、新興の西洋風文化の攻勢も堂々と受けて立つ気概が見えて来た。

今年には戦中戦後しばらく途絶えていた句集歌集の出版も増えると聞く。

これで私としては打てる手は打ち、後は例の[第二芸術論]が出るのを待つばかりだった。


その正月明けに永井君と三好君が茶画詩庵にやって来た。

新しい詩誌の[荒地]の発足パーティーに呼ばれたので、私も一緒にどうかと言う誘いだった。

[荒地]は戦後にTSエリオットらのモダニズム詩に共鳴し、進駐軍の尻馬にも乗って影響力を増した口語自由詩の同人誌だ。

私はこの[荒地]自体には何ら含む物は無いのだが、その取巻きの愚かな輩が日本の伝統美を否定する論を派手に展開するのだ。

三好君によると彼の同級生である例のK氏も参加するようなので、私にとっても良い機会だ。

是非一緒に行くと約束し、その後は[新明星]の話題に移った。

永井君からは売行きも好調でまたそれ以上に内容が高く評価され、本家[明星]の名を継ぐにふさわしいとの各界からの評判だった。

今号は特に京都関西方面に加え地方都市からの注文が多く、戦災が酷かった地域はまだ需要が思ったほど回復していない。

だが東京始め復興の速度はだいぶ上がって来ており、返ってそちらの復興後の需要増が楽しみだった。

反省点は頁数が少なく安っぽい本に見られがちな所で、月刊になったなら他の月刊誌と比べて不利だと言う。

そこは私も小説に対して活字の量が少ない詩歌は、他の何かで頁数を稼ぐ必要がある。

永井君と相談の結果、道雄君に時間の余裕があれば十枚ほどの口絵挿絵を描いて貰うのと、三島君の[幽玄の皇子]の連載を早めて貰えるか頼んで見る事になった。


立春が過ぎ[荒地]のパーティーの日となった。

会場は東京の山の手の焼失を免れた洋風のホテルで行われる。

若い雑誌にしては張り切ったパーティーにしたようだ。

噂では新興企業のスポンサーも付いたらしい。

主要メンバーの田村隆一は鎌倉在住で、未来での私は彼の訳本で海外ミステリーを随分楽しませて貰った覚えがあるから、出来れば敵にしたくは無いのだが。

早速挨拶に立った彼を見ると、瘴気も邪念も感じられなかった。

純粋にエリオットやモダニズムが好きな若者なのだろう。

だが会場の中央付近を占める中年の集団と壁際にいる若者達からはは強い邪念が滲み出ている。

それとなく周りに聞いてみた所、中央の集団はスポンサー関係らしい。

取り巻きには今勢力を増しているプロレタリアートと共産党関係者までいる。

モダニズムだけで無くそちら方面も含め、政治経済が絡んで来ると対処が難しくなる。

どうすべきか思案していると、三好君と共に件のK氏がやって来た。

以前も見たがK氏の瘴気は今し方の集団に比べれば可愛い物で、彼はただ少し愚かなだけの小物に見える。

彼にはまた軽く神気を当てる程度で、邪気に呑み込まれなければもう放って置くしかないだろう。

今なら伝統文化に対する[第二芸術論]が出たとしても、自信を取り戻しつつある日本の知識人達がそれで打ちのめされる事も無いと思いたい。

それより問題は先程のスポンサーの集団に加わり、盛んに気炎を上げ始めた青年だ。

永井君があれがO氏だと教えてくれた。

彼こそがこの先[奴隷の韻律]や[短歌的抒情の否定]その他でしつこく伝統詩歌を攻撃する、我が不倶戴天の敵だったのだ!

それが戦後の混乱に乗じてのし上がって来た悪徳商人と組もうとしている。

誰がどんな詩を書こうとも自由だが、敗戦に乗じて日本の伝統文化を葬り去ろうとする輩とは断固として戦わなくてはならない。

未来の日本では伝統派がその気概を失い、日本全体が欧米文化全能に傾いて行き、挙げ句の果てに哲学も宗教も持たない拝金主義の国となったのだ。

奴は案の定どす黒い瘴気を纏い、相当な邪気に取り込まれている。

彼の詩論は子供並みの愚かな感情論に過ぎない物だが、その奔り出る罵詈雑言の流れるような展開はそれ自体が一種の詩と言えるほど凄まじい。

天性の扇動者と言えよう。

現状の社会に不満を持つ若者達がそこにカタルシスを覚えたとしても頷ける。

O氏はどう見ても闇屋の親玉にしか見えないその中年男と、傍若無人に高笑いしながら握手を交わしていた。


私は意を決して祝詞を唱えた。

「末の世の(よろず)磐根(いわね)の暗がりに〜〜〜!」

天津(あまつ)光の鳳凰(おおとり)()れよ〜〜〜!!!」

………………


彼ら二人を残し全ての人々や建物が消え、虚空に白鳳が現れた。

瘴気はたちまち祓われ、跡には醜く貧弱な邪気が二匹蠢いている。

「滅却ぅ!!!」

私は錦の袋から源氏伝来の小刀髭断ちを抜き、二太刀の下に小邪鬼を切り捨てた!

邪鬼は黒い煙となり地の底へ吸い込まれて行った。

………

………


やがて白鵬の光も消え、景は元のパーティー会場に戻った。

彼等二人も他の人々も元のまま、誰も何かが起こった事さえわからなかっただろう。

しかし騒がしく盛り上がっていた異様な熱気は収まり、会場の皆も憑き物が取れたような顔付きになっていた。


ただ一人三好君だけには見えていたようだ。

「あっ、朝比奈さん!一体何が………???」

「ああ、君にも見えたか。君の師匠の萩原君も神気を見分けていたからね。」

「あれが噂には聞いていた神気の………。で、あれは鳳凰ですよね?」

「うん、そうだね。」

「虚子先生が言っていた通り、本当に鳳凰を召喚するとは!!!」

「彼らが新しい詩を作るのは全然構わないが、邪念で若者達を扇動するのは許さない。少し荒療治だったが瘴気は放っておくと周囲を巻き込んで肥大するからね。」

「そうでしたか。あの闇商人は私も胡散臭いと思っていたんですよ。」

パーティー自体は盛況のうちに終わり、私は念の為最後に会場全体に神気を放ち他の人々の瘴気の芽を摘んでおいた。

東京や日本全体ではまだ至る所に小さな瘴気が発生している状況で、その全てを祓うのは不可能だ。

だからこそ私は鎌倉だけは、また日本の教養高き人々だけは清澄であって欲しかった。

そして日本人が哲学宗教を失くした今、その役に立てるのは文芸や諸芸術の高貴さだけなのだ。


本格的に春が訪れ鎌倉のあちこちで梅が咲き、我が女神の庭にも鳥達が嬉しげに囀る陽気となった。

茶画詩庵は変わらず清浄な気で満たされ、常連客達も戦後の春を楽しむ余裕が出て来た。

戦中からしばらく限定生産だった特製の鶯餅も沢山作れるようになり、源蔵さんの機嫌も良い。

最近は久米君と永井君の俳句熱がだいぶ上がっていて、竜さんの所へ来ては吟行会をやっている。

永井君は顔が広いからメンバーもどんどん増えそうで楽しみだ。

しかしこの年の心配事の一つであった菊池君らの戦争協力者としての公職追放が決まったようだ。

公式の発表はまだだったが、菊池君はかなり気落ちしていた。

戦時中の日本人の常識としては、お国の戦争に協力しないのは有り得なかったのだ。

大体が政府や軍部からして思考停止に近い状況で戦争に突き進んだのだから、一般常識人が国に物申せる機会は全く無かった。

だが戦勝国側としては見せしめが必要だし、日本国民の不満を逸らす為にも民間からも生贄を差し出さざるを得ないだろう。

文芸報国会の会長だった菊池君の事は、その会員でもあった久米君大佛君や他の文士らも、自分達の責の分まで背負って彼が一身に罰を受けたと悲しんだ。

ただ同じく公職追放を受けた保田君と永井君は案外平気だった。

公職追放と言っても個人でやる仕事を規制される訳では無い。

こう言う事態には個人事業主である作家は強かった。

永井君に至ってはこれを切っ掛けに会社を辞め作家活動に専念し、のちの文化勲章受賞作家にまで成長する。

まあしばらくの間は彼らの作品を載せるのに躊躇する雑誌や出版社は多いだろうが、我が[新明星]はびくともせず決して悪びれず、世間に向けて堂々と彼らの良い作品を出して行くだけだ。

さらに私は未来の炎上商法のやり方も知っているので、どこかが論争を挑んで来てくれないかと期待する程だった。

また小林君や三島君に[新明星]としての理論武装の原案もすでに頼んであるので、戦いの準備はすっかり整っているのだ。

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