67 論客
昭和二十一年正月には天皇の「人間宣言」が発表され、その後の新聞雑誌類の論調にはだいぶ西洋思想の影響が強まって来た。
そして残念ながら敗戦の反省は国の政治指導層には向かず、むしろ庶民の思想信条を正せと言う方向に誘導されて行く。
全て日本的な古い考え方が悪かったのだと言えば、一般民衆にとって最も単純でわかりやすいのだ。
たまに所用で東京横浜方面に出た時など、そういった邪念怨念に取り憑かれた人々の瘴気がちらほら見えて来る。
ただでさえ食糧不足で気が立っている所に不満の捌け口を提供すれば、大衆はそこに殺到するだろう。
来年にはK氏の悪名高き日本伝統文化に対する「第二芸術論」が、その翌年からは和歌を滅亡に導くO氏の「短歌的抒情の否定」や「奴隷の韻律」が出版され衆目を集める。
戦後の若者達が新しい事に挑むのは大いに奨励すべきだが、そのために古き良き物を否定しそれに取って代わろうとするのは余りにも愚かな事だ。
変わりゆく物と普遍なる物の区別を間違えてはいけない。
特に伝統文化が壊滅した未来から見れば、和歌こそが日本の精神文化千五百年の根幹を担っていた事がよくわかる。
未来の日本は自然も宗教も精神性も失くしただの拝金主義の国へと成り下がった挙句、その経済分野でさえやがて下流に落ち込む運命だ。
せめて一部の知識層だけでも、精神の気高さを保って欲しい。
この春に出す[季刊明星]第二号には、その辺の論陣を張れる評論家を起用したい。
本来なら小林君が適任なのだが彼は俳句短歌にはやや疎い。
また保田君も十分やってくれそうだが、彼は先々公職追放されてしまう身だ。
そこで私が思い出したのが先日川端君に紹介された、三島由紀夫君の鋭い眼差しだった。
私と川端君で三島君にしばらく日本文化を仕込めば、能力筆力は十二分に持っている若者だ。
さっそくお隣に住んでいる川端君に相談すると、彼も大賛成だった。
そして翌週から頻繁に三島君が茶画詩庵を訪れるようになった。
彼も当然和歌や俳句の古典はすでに読んでいたが、それらの直筆作品を床の間に飾り古碗で茶を点て、当季の詩歌を語り合うような高雅な会は未経験だった。
茶画詩庵の女神の浄域で私と川端君に竜さんも加わり、彼も結構レベルの高い風雅の宴を体験出来たと思う。
当人もこんな世界に憧れていたのだと喜んでいた。
その上で彼にはやがて出て来る例のK氏O氏の暴論を予想程度に話してみると、それを聞いた彼も三島由紀夫一世一代の使命が出来たと気合を込めてくれたのだった。
竜さんも彼のような若者が戦後の日本文化を担うべきだと、大きな期待を持って三島君を励ましていた。
しばらくご無沙汰だった久米君と菊池君がやって来て、出来立ての鎌倉文庫の「人間」第二号をくれた。
道雄君はその表紙絵の須田國太郎のデッサンに見入っている。
竜さんは林芙美子の短編に関心していた。
[季刊明星]がやや離俗の趣きなのに対し、[人間]は大衆向けで上手く住み分けている。
いずれも戦後の文芸復興に向かい着々と歩んでいた。
久米君が
「やっと新聞の連載も軌道に乗ってね、家族の食扶持の心配も要らなくなったよ。」
と、例の人の良い笑顔で茶菓に手を出している。
「わしは社の心配事が山積みで、全く安心出来ん!」
菊池君は苦い顔だ。
彼は公職追放の失意のうちに二年後に亡くなってしまう。
私にはどうしようも無い事だが、せめて今だけは我が庵自慢の猫八幡で英気を養って貰おう。
竜さんは「精霊物語」の収入がインフレで目減りしていた所を、価格改定で旧作の印税と共に引き上げてくれて一息つけたと笑っていた。
今はこの学生時代からの親友三人が健在なのを喜ぼう。
震災後に未来から移転して来た私の鎌倉暮しは、彼ら三人が居てくれてこそだった。
二三日して三島君が早くも書き上げた原稿を見せに茶画詩庵に来た。
今日は大佛君も来ていて川端とその原稿を読み回している。
「これは良いね!君の日本美への憧れが瑞々しく書けている。読む方もすんなり共感出来るね。」
「この文体なら若い読者にも伝統文化に親しみを持ってくれるだろう。」
「論点が明確で、しかも生活の中で味わえる美を具体的に描いているから説得力がある。」
「我々の[人間]の方へもこの調子で頼むよ!」
「有難う御座います!先日の諸先輩方の風雅の宴には感じ入りました。若輩者にも関わらず座に加えて頂いたお陰です。」
「早速預かって編集の永井君の方に回そう。」
「宜しくお願いします!」
三島君はたぶん徹夜明けであろう血走った目で、一気に書き上げた原稿を私に託した。
若々しい感動に溢れた日本文化への賛美の、これは評論と言うよりもはや長編詩だった。
彼に頼んで正解だ。
これからの若い知識層に向けて伝統文化の良さを訴えるのに、これほどの適任者は居なかったろう。
至急他の執筆陣にも知らせて喜んで貰おう。
川端君は三島君を連れてカフェ浪漫主義へ行くと言う。
目を掛けている後輩の[季刊明星]のデビュー作を祝って奢ってやるのだろう。
後に川端君に聞いた話では、私の目は一切誤魔化しが効かないから一筆一筆心を込めて書くようにと随分三島君を脅かしていたようだ。
いや、私より文芸春秋社で鬼編集長と言われた永井君の目の方が余程厳しいと思うが………
川端君達を見送って、私はその鬼の永井君の所へ出掛けた。
永井君は話もそこそこに私が渡した原稿を確認している。
しばらくして目を上げると、
「凄い新人を掘り出しましたね!さすが朝比奈さんだ。」
「いやあ、三島君を発掘したのは川端君だよ。」
「彼の小説の方は確かにその通りでしょうが、この評論は詩になっている!これは朝比奈さんの影響だと思いますよ。」
「まあ、茶画詩庵の風雅は味わって貰ったからね。ただあそこの清澄な雰囲気は玉依姫のお陰だよ。」
「いずれにしろ我々編集人に取っては夢の執筆陣が揃いましたよ。また良い本になりそうだ!」
「有難う、宜しく頼むよ。」
彼も忙しいだろうから手短に用件を済ませて帰ろうとした所に更なる来客の声がした。
「ああ三好君だ、良い所へ来た。こちらが朝比奈さんだよ。」
「はっ、三好で御座います。」
端正な所作で挨拶したのは、今日が初対面の詩人三好達治だった。
「君の事は亡き萩原君から良く聞いていたよ。文語定形に回帰してから君の詩は一段と良くなって来たね!」
「はっ、お褒めに預かり恐縮です。」
「萩原君も古典的定形詩は大好きだったんだが、自分には口語自由詩を発展させる義務があると言ってね。」
「はい、わたしにも良くその話をされていました。」
「我々の鎌倉文士句会にもたびたび来ていて、出句を誘ったんだが見ているだけで楽しいからと………」
「そうでしたか。」
「君が彼の代わりにその願望を叶えてくれた訳だ。きっと彼も喜んでいるよ!」
「有難う御座います。」
「ではまた。時間があったら後で永井君と茶画詩庵に寄ってくれ。」
彼は少し前に疎開先から東京に戻って来たようだが、今日は他の本の打合せがあるらしいから私は先にお暇する事にした。
この三好君は戦後の文語定形詩では最後の旗手になる。
だが未来で知っていた歴史とは少し違う動きが始まっていて、その先駆けとなったのが[季刊明星]創刊号に載った詩人達の定形詩の充実だった。
未来の私が知る彼等の戦後作品よりも遥かに伝統美を強く意識した良作が揃っていたのだ。
それだけでも[明星]の名を借りてまで発刊した意味があった。
また彼等の実力と知名度の高さは想像以上に世間への影響力がある。
そんな面々が[季刊明星]誌上で競い合える事を互いに誇りに思い、次号への執筆も張り切って進めている。
あの永井君までもが文芸史上に残る本だと自賛していた。
私も第二号が出る春が待ちきれない思いだった。
誤字報告をいただき、内容を修正致しました。ご報告ありがとうございました。また、ご連絡に気づかず、反映が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。




