表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
65/79

65 カフェ浪漫主義の再興

私が鎌倉に帰ると木暮さんが茶画詩庵で待っていた。

彼は浪漫亭の閉店中にたびたび地方に旅に出て、各地の料理や食材を研究していたのだ。

「朝比奈さん、店の再開の目処が立って来ましたよ!」

「うーん、食材の仕入れはまだ難しいだろう?」

「物によりますね、鎌倉近隣の沿岸漁業は敗戦後も通常通り、いや戦時中より盛んにやっていますよ。遠海物は燃料不足で全く駄目ですがね。」

「養鶏場の方はどうだい?」

「戦時中よりはやや上向きらしいですが、あちらも飼料の確保がまだ難しいので安定供給にはもう少しかかりますね。ただ卵と少量の肉なら取引を再開したいと言っています。」

「ほう、養鶏場も元気に動き出してくれたか!食糧増産は全国民の為にもなるし嬉しいね!」

取り立てて凶作でも無かった日本で食糧不足が起こったのは、戦時中は軍部による接収だが戦後は流通の混乱が主因だった。

その上に激しいインフレと闇業者による買い占めが横行し、大都市圏では配給制の元でも深刻な食糧不足が続いている。

しかし農村部ではそれ程の食糧難は無かった。

農村部が混乱するのは昭和二十二年以降の農地開放による有産階級の没落の方が大きい。

当時の鎌倉周辺はまだまだ農村地域だったから、比較的早い時期に食材確保も安定するはずだった。

「知り合いの漁師の奥さんをうちの臨時の従業員と言う事にすれば、店の分は自分で獲った物として市場に出さず安定確保して行けそうです。先方の了承は得ています。」

「今は仕入れで少し高く付いても安定して仕入れられるならその方が良いだろう。よし、木暮さんが行けると言うなら来月からカフェ浪漫主義を再開しよう!」

「輸入ワインはまだ無理ですが、地ビールは細々ながら生産を再開したそうです。ポテトと魚介類のフライ中心に予約客だけにはビールも出せるでしょう。」

「問題はどんどん進むインフレ下での価格設定だな。」

「そちらは仕入れ価格と共に毎月見直しながらやるしか無いでしょう。」

とにかくあの建物を下手に遊ばせておくと、いつ米軍に接収されるかわからない。

多少の赤字は覚悟しても、店の再開は出来るだけ早い方が良いだろう。

幸い以前からの従業員は皆元気で店の再開を待ち望んでいる。

「では木暮さんは明日から食材の調達と従業員の手配を頼む。私は建物と内装の手直しだ。」

「はい!店員達もきっと大喜びですよ!早速伝えて来ましょう。」


また京都に行く前に聞いていた道雄君の進駐軍の通訳の話も決まったそうだ。

ダンカンさんと言うそのアイルランド系の将校はやはりかなりの教養人だそうで、日本文化も知りたいから今度茶画詩庵にも来ると言っていた。

その時にはカフェ浪漫主義にも招待して日本風のフライドチキンの味に驚いて貰おう。

何せ未来では世界一美味いと評判になっていた日本の唐揚げだ!

そして十一月に入りいよいよ[季刊明星]の原稿が揃ったと永井君から連絡が来た。

私はまだ見ていないがあの永井君が凄い本になると興奮しているくらいだから、きっと皆張り切って書いてくれたのだろう。

進駐軍の検閲が入るから年内に発行出来るかどうかぎりぎりらしい。

それでも彼に任せておけば安心だ。

来年再来年からは娯楽に飢えた大衆のために大出版ブームが起こる。

それに先駆けて伝統文化の良さを呼び掛け、失意に沈んでいる日本の知識層の自信を回復させてやりたい。

その為にも敏腕編集者を貸してくれた菊池君にも大いに感謝しておこう。


また終戦の少し前から久米君や川端君達が彼等の蔵書を持ち寄り八幡宮前で細々とやっていた貸本屋の鎌倉文庫が発展し、鎌倉文士を中心に新たに出版社を起こし文芸雑誌[人間]を出す事になった。

大佛君、小林君、林君、永井君に里見淳や新たに鎌倉在住作家となった吉屋信子も加わり、かの三島由紀夫も新鋭作家としてここからデビューするのだ。

その発刊祝賀パーティが再興したカフェ浪漫主義で盛大に開かれた。

今は亡き池田信方君の描いた壁画と漢字で偽装していた題字も私が修復し、かつての輝きを取り戻している。

いや、激変の時代を潜って来た分、さらに大正浪漫風の輝きは増したと言うべきだろう。

往時を知っている文士達は皆感慨深そうに、復活した「CAFFE ROMNTISUM」の金文字を眺めていた。

古びたアンティークの書棚にも元通り英国浪漫主義の洋書コレクションが並び、窓際に並んだ竹久夢二の額絵が平和だった時代へのノスタルジーを誘う。

久々に文芸界の多士済々が集い文化復興の意気込みを語り合う、自由で開放感に満ちた会となった。

鎌倉文士達の表情も皆明るく希望に溢れている。

少なくともここ鎌倉では日本文化衰退の気配は見えない。

虚子先生はまだ疎開先から帰っていないので、代わりに蒲原先生が祝辞を述べ菊池君が乾杯の音頭を取った。


今日は鳥の唐揚げこそ無いものの魚貝類のフライは多種用意され、また新しく木暮さんが開発したカルパッチョには皆舌鼓を打っている。

再生産が始まった地ビールに加えて残り少ない秘匿ワインも惜しみなく提供し、鎌倉文士達の新しい門出を祝った。

数年ぶりの本心から祝える酒宴に、皆はようやく戦争が終わった明るさを取り戻してくれたようだ。

酒肴が行き渡り一同が寛いだ頃に、川端君が小柄な青年を連れて来て私に引き合わせた。

「朝比奈さん、こちらは三島由紀夫君です。」

「ああ、これは川端君御推奨の有望新人が来てくれたね。朝比奈です、よろしく!」

「三島です。噂に聞いていた姫神達の愛でたもう幻の歌仙にお目に掛かれて光栄です!」

これがまだ学生だった三島由紀夫との初の出会いだった。

川端君はああ見えて実は後輩の面倒見も良い人物なのだ。

川端君の後押しもあって、鎌倉文士達の新しい雑誌[人間]に載る三島由紀夫君のデビュー作は大いに好評を得るはずだった。


宴もそろそろ終わる頃に永井君が私の所へやって来た。

急ぎで[季刊明星]の序文と宣伝文を誰かに頼めないかと言う。

私は明治からの明星の流れを汲んで吉井さんに書いて貰えばと思っていたのだが、永井君曰く吉井さんも幾つかは戦意高揚の歌を詠んでいるから進駐軍の心象が悪い、下手をすると発禁を喰らいかねないから別の人に頼みたいそうだ。

それならと丁度今日来ている蒲原先生にお願いしたところ、喜んで引き受けてくれた。

蒲原先生もまた旧明星には何度も詩を載せていたから、序文をお願いするには打って付けの人だろう。

永井君に他の人の原稿で検閲に引っ掛かりそうな所は無いか聞くと、他は皆日本の自然や素朴な暮しの良さを描いた物で別段問題は無さそうだ。

何より文芸作品としての質の高さには彼自身感服した、発刊を楽しみに待ってくれと胸を張って去って行った。

日本文化否定、欧米崇拝の輩が出て来るのは昭和二十二〜二十三年で、その前に世間の伝統文化に対する悲観的な風潮を払拭しておきたい。

蒲原先生にもその旨を良くお願いし、先生もまた大いにそうすべきだと張り切ってくれた。


その数日後には道雄君が通訳を勤める事になったダンカン大佐ら数人を伴い茶画詩庵にやって来た。

進駐軍には道雄君が以前英国大使館から貰った感謝状が効果絶大で、また大佐自身も彼の英国文学に対する見識の高さを評価しているようだ。

晩秋の庭は薄と小菊がそよぎ、裏山からは秋風に散る木葉がしきりに舞い降りて来る。

大佐はこの庭の静かな眺めは、母国アイルランドの秋にも通じる趣きだと喜んでいた。

座敷で茶菓を出す時には、胡座点前こそサムライの正式な作法だから正座は要らないと説明しておく。

そしてたまたま床の間に掛かっていた短冊の私の旧作

[美しく秋風まとへ袖袂]

の意味を道雄君が翻訳すると大変感銘した様子で、自分の妻君も詩が大好きで彼女が必ず気に入りそうだなポエムだと褒めてくれる。

仕方ない、後で色紙に英訳付きでプレゼントしよう。

夕刻となりカフェ浪漫主義に移り、肝心の日本風フライドチキンの後披露だ。

木暮さんには先立って準備を頼んでおいたので、乏しい鶏肉を惜しまず使い歓待してくれた。

思った通り彼等は今まで食べた事が無いほど美味いと驚いている。

ポテトやフィッシュのフライでさえアメリカではあり得ないほど手が込んでいると、次から次へ皿が追加された。

これなら毎週、いや三日に一度は来たいと言う。

その言葉に私も木暮さんもほっとした。

この分なら何とか接収を免れ、今後の進駐軍からの集客も期待出来そうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ