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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
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64 戦後インフレ

私が京へ旅立つ前に横須賀の進駐軍から道雄君に通訳の依頼が来た。

最初は彼も嫌がっていたが、私が米軍だろうが日本軍だろうが良い人もいれば悪い人もいると言うと、以前の日本海軍時代と似たような物だろうと言ってそれを受けた。

横須賀に行ってみると高級将校付きの通訳を探していたようで、そのアイリッシュ系の将校がイエイツの翻訳者がいると聞いて指名してきたらしい。

イエイツの詩は全てのアイルランド人の誇りなのだ。

またうっかり忘れていたが今後は米軍将校向けに鎌倉の洋館が次々と接収されて行く。

旧華族の別荘を手始めに鎌倉は一時米軍の高級居留地となるのだ。

その際茶画詩庵は純和風なので接収は無いだろうが、浪漫亭がどうなるかは私にも見通せなかった。

だが道雄君が高級将校と親しくなれば、彼ら向けの洋食レストランとして営業を再開出来るかもしれない。

彼らに取ってもあの店を接収して住宅にするよりも、鎌倉に手頃な洋食店が有る方が好都合なはずだ。

そんな私の思惑を道雄君に話すと、彼も同意してくれた。

さらには自分もそのアイリッシュルートを辿って向こうの本を入手出来そうだと、返って張り切り出した。

戦時中は洋書も全く手に入らず、彼も少し寂しそうだったのだ。

英国に帰っていたメソヂスト教会のシスタークリスも来年には再び鎌倉に赴任して来るそうなので、そうすればまた私や竜さんも含め皆で英文学の話で盛り上がれる。

浪漫亭の看板を昔のカフェ浪漫主義に戻し、もしその将校も文芸好きだったら一緒に楽しくやれる。

そのためにも道雄君にはひと働きして貰おう。


さて、京都へ行くにも東海道線はかろうじて動いている程度なので安心は出来ない。

私は念の為に二日分の握り飯と大きな水筒を持って鎌倉を立った。

案の定京都までは二十数時間かかったが、何とか無事に辿り着き、まずは宿を確保してから古美術店を回った。

京の町は戦災にも遭わずに済んで東京ほどの瘴気も無く、昨年の春に来た時と変わらぬ佇まいで東山近辺では紅葉が始まっている。

この時代では河原町から三条辺りに書画骨董を扱う店が多かった。

私はそれぞれの店で品定めしながら、それと無く戦後の商況を聞き出して行く。

やはり家伝の物を売り払う家が多いそうだが、そう言った旧家は外聞を憚り地元京都ではなく大阪か大津の店に売っているようだった。

その辺は如何にも京都人らしい。

そして有難い事に美術品の価格は食糧衣料の価格上昇に比べればそう上がってはいない。

今はどこでも生活必需品が先決でとても書画骨董類などは売れはしないと、どの店でもぼやいていた。

結局その日は古書店で見つけた天保版の中島棕隠の漢詩集と江戸後期の歌人香川景樹の歌集を買って宿に引き上げた。

明日は八幡の松花堂で吉井さんと会う予定なので、彼の情報も聞いてみたい。


吉井さんはここ八幡町に引越して来たばかりだが、さっそく松花堂照乗が暮らしていたこの庵が気に入り、今日は私のために手配してくれたのだ。

彼の話では戦前の大歌人達が今は皆気力を無くしてしまっていると言う。

ことに神国日本を高々と(うた)っていた連中が酷い有り様で、また近親者を亡くした上に敗戦とのダブルショックで筆を折った人達もいる。

吉井さん自身や谷崎保田両氏は逆に至って意気軒昂で、日本文化は我々が守ると張り切っている。

そして古書画骨董の話に移ると、大津の馴染みの店を案内してくれるそうだ。

大阪方面はやはり空襲でだいぶやられていて、大津の方が脈があると言う。

まだ昼前だったので今から二人で行く事にした。


その店は豪農の大きな倉を改装した建物で、一階が古陶磁工芸品で二階が古書画を並べていた。

吉井さんがまず書画を見せてくれと言うと、主人が在庫のリストを持って来てくれた。

いちいち掛軸を箱から出して一枚づつ見るのはかなりの手間が掛かるので、リストになっているのは有難い。

主人の話では敗戦後の名家旧家からの放出が相次いでいるそうで、この店ではもう買取りきれない程らしい。

鎌倉時代の仏画も幾つかあるものの、さすがに高価だ。

また琳派の屏風まで持ち込まれていた。

この店は大当たりだ。

これなどは立派な文化財レベルの作品で、私では勿論手が出せない。

思っていたより評価額が低いのが江戸時代の京都の文人画だった。

池大雅、田能村竹田ら、私好みの文人画がかなりの数ある。

主人の話では昭和に入ってから徐々に人気が落ちて来て、この敗戦がそれに追い討ちがかかったと言う。

私はその内の数本を広げて見せてもらったが、みな良い家から出た一級品ばかりだった。

吉井さんもにやつきながら何やら手帳にメモしている。

私も購入候補作をメモし、予算を検討してみた。

欧米人が好きなのはまず大和絵や琳派の彩色画、柿右衛門や元禄古伊万里などの色絵磁器、そして何より金箔の施された仏画仏像だ。

それらの文化財をどうにかして日本に残したいと思うものの、私の予算では全く届かない。

戦後のインフレは今後五年で五十倍にもなるので、今手持ちの金塊も出来れば少しは取っておきたい。

ただ諸物価の値上がりに比較すれば美術品はあまり上がらない。

皆食糧ほかの生活必需品が優先するし、それを見越した投機筋も当然そちらに動く。

だとすると文人画や古筆など地味な墨描の書画購入はそれほど急がなくても良い気がする。


私がそんな懐算用をしている内に、吉井さんはもう中世和歌の古筆切を幾つか買っていた。

買ったと言っても今日は手持ちが不足していて、主人が一週間以内の支払いなら手付金で良いと言うのでそれを置いたのだ。

それを見て私も決心が付いた。

これらの明日売れてしまうかもしれない一品物は、買える時に即断すべきだ。

大雅の林和靖図と竹田の笛吹き牧童図、浦上玉堂の山水図の小品を即金で購入。

蕪村の俳句短冊があったのだが迷った末に保留にした。

明日はまた奈良の店を回るつもりなのだ。

吉井さんが今日は金策に駆け回るので早めに帰るが、明日の奈良にも同行すると言うので京都駅で別れた。

私もその夜は宿で今後の狙いと予算投入時期をじっくり考えたかった。


次の日の奈良までの車中で吉井さんに、今後のインフレと日本の伝統書画の価格低下の予想を話し、茶画詩庵が狙うべき物を相談してみた。

彼のお薦めは歌書歌学書だった。

俳句は江戸以降だから、今京都周辺で狙うべきは中世和歌の書と言うのはもっともな答えだ。

木版による印刷は江戸時代から盛んになった物で、それ以前の中世はもっぱら写本の時代だ。

先日京都の古書店には大した本は無かったが、奈良に着いたら古書店から先に回る事にした。

駅前の三条通りにある古書店でそれはすぐに見つかった。

上田秋成の安永年版雨月物語と春雨物語の文化五年版、いずれも初版の美麗本だった。

他にも和歌二十一代集や中世歌学書の幾つかの古写本初め細川幽斎の歌論耳底記や芭蕉七部集など、合わせて三十冊あまりの古書がこの店で一挙に手に入った。

吉井さんはまた和歌の古筆切などを見つけて吟味している。

彼は結局美しい琳派の装飾両紙に書かれた後水尾院とその周辺公卿達の古筆で、蒔絵箱に納められたコレクション十数枚をまとめて買うようだ。

他の店では桃山狩野派の四季水墨山水などが手に入り、帰りの列車には大荷物を抱えて乗り込む事になった。

今日の奈良行きは大収穫で、鎌倉では決して手に入らないであろう中世歌書類は貴重だった。

古書は古画に比べれば一桁安いものの、これだけ買い込めば今回の予算も尽きた。

吉井さんも思いの外低額で良い物が揃ったと、京都に着くまでずっとご機嫌だった。

彼も戦時中は古書店回りも出来ず、久しぶりの収穫だったようで、春頃にまた一緒に古書古美術店漁りをやろうと約束して別れた。

翌日の鎌倉までの車中で思い返すと、今回京都周辺の古美術店でも案外神道関係の物が出ていなかった事だ。

我々の瘴気祓いの武器装備品に良い物があるかもしれないと期待していたのだ。

始めの頃に比べれば今では各自がだいぶ進歩していて、すでに大袈裟な装備は不要となっているが、例えば大きな町全体を浄化出来るような強力な神気を宿す武器があれば、敗戦で大勢の人々に染み付いた邪念も一気に祓える。

京都ならそんな物も店に出るだろうと思っていたが、さすがに戦国時代を含め千年以上も生き延びて来た寺社達だ。

爆撃も受けずに済んだ敗戦程度では、神宝レベルの物は手放す筈も無かった。

地元鎌倉でも古寺大社は立派に生き延びていて、鶴ヶ丘八幡宮の再建後は大した邪鬼も出なくなった。

今思えばあの関東大震災後が、鎌倉が最も危機に瀕した時だった。

だが人々の心が神聖さを失って行くのはむしろこれからだ。

昭和二十一年はインフレと大都市の食糧難が一番酷くなる年なのだ。

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