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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
61/79

61 保田與重郎

暑さの和らいだ初秋の女神の庭には桔梗や萩が咲き乱れ、真夏はやや少なく見えた花の精達も秋風の中で元気そうにふわふわ漂っている。

今日の茶画詩庵には川端君が来ていた。

日本の伝統美をテーマにした我々の雑誌に、彼も興味を抱いてくれたようだ。

「その顔触れですと小説家の出る幕はありませんかね?」

「何せ用紙の配給が心元無いから頁数の都合で小説は無理なんだよ。日本美に関する随筆を書く気があれば、君にも参加をお願いしたいんだがね。」

「日本の美については私もかねがね取組みたいと思っていたんですよ。是非やらせてください!」

「それは有難い!出来れば美術館級の物では無く、ここの床飾りのような生活に密着した美を書いて欲しいんだがどうかね?」

「そうそう、まさに私が書きたいのも暮しの中の美なんですよ。」

戦後の第二芸術論では日本の伝統美術は西洋に比べて脆弱卑小な物と虐げられ、掛軸などは精々が床の間を飾る程度で美術館や公共の施設に必要なのは重厚な大画面の油画だと貶される。

しかし私にとっては年に数回しか行かない美術館より、我が庵の床の間の方が遥かに神聖な場所だ。

歴史的にも日本の軸装画のほとんどは国家権力のためでは無く、美を愛する個人個人のために描かれて来たのだ。

川端君にはその西洋かぶれの第二芸術論に対抗するためにも、[明星]に参加してくれれば心強い。

何と言っても彼は将来「美しい日本」のテーマが評価され、ノーベル賞まで取る大作家だ。

「重陽の節句の頃に保田君が鎌倉に来るそうですから、その時にでもまた集まりましょう。」

確か川端君と保田君は戦後までも深い交友が続いた仲だ。

これでますます雑誌の内容も充実するだろう。


庭の萩桔梗が終り色とりどりの小菊が咲き出した重陽の日に、保田君が茶画詩庵にやって来た。

川端君と竜さんに虚子先生も来ている。

座敷の掛軸は保田君が好きそうな京文化を代表する田能村竹田の菊籬(きくまがき)の画讃を選んだ。

そして和菓子は取って置きの桃缶を使った我が庵自慢の桃仙娘と、古萩茶碗で抹茶奥麗を出した。

「ああ、嬉しいですね。久しぶりにこれを味わえましたよ。」

虚子先生はもうすぐ小諸に疎開してしまうので、その前の挨拶代わりに来てくれたのだ。

「この抹茶奥麗は初めての味ですが桃の大福とぴったり合って、まさに西王母の仙郷にいる気分ですよ。」

保田君も満足してくれたようだ。

「そしてこの浄気漂う庭の雰囲気は、もう僕の理想郷と言っても良い!」

彼は先程ここに到着するや否や我々への挨拶もそっちのけで、誰に聞かずとも玉依姫と木花咲耶姫の像を見つけ長々と参拝していた。

「川端君は毎週のようにここに通っているんだろ?だったらこの庵の事を随筆に書けば良い!」

「いや、実はもうそのつもりで構想は出来ているんだ。ただ朝比奈さんや皆の承諾を貰ってからじゃないとね。」

「勿論良いよ!ただ実名が出ると野次馬が集まって困るから、鎌倉のとある隠れた茶屋と言う事で大いに書いてくれ!」

「僕の[精霊物語]も半分以上この庭の出来事からヒントを得ているからね。川端君なら僕より余程古美術にも詳しいから、きっと茶画詩庵の暮しを日本人の理想の暮しとして描いてくれるよ!」

「そうですよ。我が虚子庵もここを参考にしてからは、少しは四季の暮らしに神聖さが出て来ましたからね。」

「私もいつかはここや虚子庵のような幽居を造りたいと、常々思っているんですよ。」

「いやあ、川端君ならすぐに出来るだろう。もはや鎌倉文士きっての人気作家なんだから!」

「僕はもう一生ここに住まわせて貰う事に決めているから安心だよ。」

「竜さん、それは狡いなあ!」

「あっはっは!!!」


源蔵さん文さん透音さんが庭の縁台に酒肴を用意してくれたので、夕刻からは彼等も加わり菊花の(うたげ)となった。

雑誌の企画や日本の美しい暮しの話題で一同大いに盛り上がっていた時に、門の外から大声がした。

「今のご時世に宴会とは、この非国民共め!!!」

どうやら八幡宮に参拝に来た軍人の三人連れだった。

私が対応しようと腰を浮かした所で虚子先生が

「ふぬ!」

と神気を飛ばす。

「うわっ!」

「いててっ!」

「貴様、何をした!」

三人揃って尻餅をついていた。

さらに私が強力な神威を纏って近づくと、

「あわわっ!!」

と、這いつくばりながら慌てて逃げ出してしまった。

「鎌倉には立派な軍人さんも多いのですが、外から来る輩の中にはあの類いも結構居てね。」

虚子先生が京都からの客に謝るように場を取りなしてくれた。

「いえ、話には聞いていましたが今のが神気ですか!お見事なお手並み、感服しました!!」

「ははは、私などまだまだですよ。朝比奈君は鳳凰まで具現させるんですから。」

「もっと戦い甲斐がある物の怪だったら、僕の出番だったのに!」

「竜さんは大百足退治の時の英雄だからな!」

「はっはっは!!!」


小菊の庭の上には仄かな夕月が出て、花の精達もまた姿を現した。

少し酔い加減となった保田君や川端君は、その楽園の光景にうっとりと浸っている。

やがて西空は茜に、東空は紫に色濃く染まって行く。

保田君が筆墨を所望したので短冊と一緒に渡すと、一首染筆してくれた。

[けふもまたかくて昔となりならむ 我が山河よ鎮みけるかも]

「これをどうか姫神様の御前に。」

「おお!これは今日にふさわしい絶唱だね。女神様も喜ぶよ、有難う!」

………美しかったこの日もまた悠久の時の中へと過ぎ去り、その全てを包む大地の永遠に安らかなれ………

見事な神寂(かむさ)びの歌だ。

川端君も例のぎょろ目をさらに大きく開き、書の手並も見事なその短冊をじっと見つめていた。

透音さんが献台と灯明を設えてくれ、我々も玉依姫の前に並んだ。

後ろの山からは秋の虫の音が高まり、夕闇に浮かぶ灯火に女神像が荘厳に輝く。

保田君が進み出て自ら献歌を詠み上げる。

「けふもまた〜〜〜」

詠歌は二度繰り返すのが仕来りだ。

「けふもまた〜かくて〜〜〜」

詠み終えた保田君の身体がうっすらと光っていた。

「ほう、保田君も神気を宿しましたね!」

「はい!我ながら感動しました。玉依姫さまが真に喜んでくれたのが……心に伝わって来て………ううっ…」

献吟が終り静かになった女神のやぐらで、潜んでいた鉦叩きの澄み切った鳴き声がした。


その後保田君は鎌倉在住の日本浪漫派の一員の林房雄君と川端君の所で合う約束だと言って、今の感動も冷めやらぬまま二人で帰って行った。

虚子先生とは疎開先の小諸に猫八幡を送る約束をして別れた。

先生は来年の敗戦にもびくともせずに、ホトトギスも小諸での句会も続けて行くのだから大した人だ。

そして次の日の昼前からまた川端君と保田君が林房雄君を連れてやって来た。

保田君はやぐらに林君を引っ張って行き、私より先に女神像に挨拶するのも昨日と同じだった。

戦後は林君も色々と誤解された画もあるが、実は至って真面目な人間で素直に女神に頭を下げている。

川端君がひと足先に座敷に入って来て、

「保田君が浪漫派の連中にも例の端渓硯と李朝水滴を揃えさせたいと言うんですが、ここにはまだ在庫がありましたよね。」

「はっはっは!川端君が幾つも使っているのを見て羨ましくなったんだろう。在庫はまだまだあるから好きなものを選んで行くと良い。」

「保田君はああ見えて結構書も凝っているんですよ。」

「うん。それも大事な日本の美の要素だからね。」

源蔵さんに頼んで三人に三色団子と珈琲を出してもらい、その間に私は納屋から硯と水滴を持って来た。

「うわっ、こんなにあるとはねえ!朝比奈さん、有難う御座います。」

「保田君も林君もゆっくり選ぶと良いよ。人によって使い易さは多少違うからね。」

「我儘言って押しかけて、申し訳ありません。」

「林君は近いんだから、これからはちょくちょく寄ってくれ。」

「私は京都の連中にも分けてやりたいんで、この四つほど買わせて貰います。」

川端君も保田君も後輩達には慕われていて、面倒見も良い好漢なのだ。

保田君には清朝古墨の八本入り一箱を鎌倉土産代わりに贈った。

昨日書いて女神に献納してくれた彼の歌の短冊には、十分それ以上の価値がある。

保田君の帰り際に私はこう告げた。

「昨日の君の歌は戦争よりずっと先の世まで生き残るよ。何せ玉依姫が喜んだ歌なんだからね!」

「あっ、有難う御座います!」

日本浪漫派の諸君には、戦後の日本文化を守るために大いに活躍して欲しいのだ。

彼が姫神に気に入られて私も嬉しかった。

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