55 戦時体制への準備
道雄君が抜けた茶画詩庵の仕事は達さんの奥さんの文さんが、下の子供も小学校に上がって手が空いた昼時に手伝ってくれる事になった。
また私と源蔵さんで食材入手難の時に備えて、薩摩芋を使った新作和菓子の試作を始めた。
薩摩芋ならいざとなればこの広い女神の庭の一部を畑にして自家栽培出来る。
せっかく作るなら戦時下の代用食みたいな粗末な物では無く、本格的な味わいと色形の和菓子を目指したい。
芋に少量加える他の入手可能な食材の調合が工夫のしどころだ。
十日ほど苦心した結果出来上がったのが芋菓子「こがね雀」だった。
蒸した芋を木型整形し頭と尾の部分に焦げ色を付けたシンプルで可愛い黄金色の雀で、味の秘密はその中に入れた干し葡萄だ。
源蔵さんが大満足して我が人生の最高傑作とまで言うので、命名権を彼に譲ったら一週間も悩んだ末に「こがね雀」と名付けたのだった。
干し葡萄なら保存も効くので買い溜めておける。
薩摩芋はこの和菓子に合う品種を早めに確保して、庭で試験栽培してみよう。
これまでは暇そうな顔で座っていた田の神も活躍してくれそうだ。
完成した新作和菓子はまず田の神に、そして姫神達に御供えした。
玉依姫の前に綺麗な小鳥の和菓子を置くと、それだけで平和な世界が見えて来るようだ。
このこがね雀はさっそくこの秋に売出し、特に御婦人方に可愛い美味しいと評判になった。
和三盆や餡子が配給制で不足する前に披露しておけば、先々でもそれらの代用菓子と思われる事も無いと思う。
客が喜ぶ顔を見て、源蔵さんも毎日張り合いがあると得意顔だ。
こうして私は統制経済への備えを進めつつも、世間は思っていたより呑気にこの年は暮れて行った。
正月の鎌倉は例年通りの賑わいで、戦争の暗い影はまだ見えなかった。
ただ一度だけだがまたカフェ浪漫主義の英国風の装飾にケチを付ける者が出て、私はこちらも早めに対策を練る事にした。
店長の木暮さんと相談して世間の鬼畜米英と言う風潮が過ぎ去るまで、表の看板と壁画の英語の題字を日本語の「鎌倉浪漫亭」に変える事になった。
その書き替えをこの壁画を描いた画家に再び頼もうと言うと、木暮さんは鎮痛な表情で彼は中国で戦死したと伝えて来た。
名は池田信方と言う若い日本画家で、鏑木清方のお弟子さんだった。
ああ………私の周囲でもついに戦争の犠牲者が出てしまったのか。
しかも将来有望な、鎌倉の次代の文化を担って行くべき若者だ!
残念だが仕方ない、私が何とか文字だけ書き変えるしかないだろう。
看板は今の物は戦後まで保存し新しく漢字の物に掛け替えるが、壁画の方は後で簡単に復元できるよう洗えば落ちる水彩絵具で題字の部分だけ漢字に直し偽装しておこう。
妖精女王とドラゴンは櫛名田姫と八岐大蛇だとでも強弁すれば良い。
そして壁画を書き変える前に、この若き作者を悼んで心ばかりの献灯会を開く事にした。
その告知を店に貼り出し数日後に有志が集まった。
ごく内輪でこの絵が好きな客だけの会と思ったら次から次へと献灯の客が増えて行き、蝋燭の灯は百を越え台に乗せきれない数になった。
壁のランタンは消してあり卓のランプのみの薄暗いホールの中で、壁画は眩いばかりの浄光に照されている。
紫群青と金で描かれたこの浪漫の絵がどれほど多くの人々に愛されていたか、今更ながら再確認させられた。
そのあとは皆で賑やかにこの絵の良さを語り合う宴となった。
後日カフェの看板を掛け替え壁画の題字を日本語に直し、また本棚の洋書類も和書と入れ替えた私は、木暮さんと配給制で入手難となる食材の対策を話し合った。
まず鶏肉は確実に乏しくなるので今から近港産の魚貝類のフライを開発し、また輸入に頼っているワインに代えて国産焼酎を使ったサワー類の試作にかかる事にした。
備蓄の効くツナ缶と日本酒に揚物油は大量に仕入れておき、馬鈴薯はいざとなったら浪漫亭と名を変えたここと女神の庭でも栽培する。
最悪レストランの営業が無理となった場合でもコーヒーショップとしての営業は続ける事とした。
まあ私としては敗戦後に建物と書画書籍類が残り、そして何より木暮さんや従業員さえ無事ならそれだけでも十分なのだ。
必要以上には悪足掻きせずとも大丈夫だろう。
近頃横須賀基地に勤務している道雄君がしばしば海軍の人を連れて浪漫亭に来る。
海軍なら英語の素養は必須だから案外道雄君に対する評価も高く、その道雄君は軍人達に浪漫亭を宣伝してくれているのだ。
そして今晩は一際目立つ偉丈夫が一緒だった。
道雄君が彼は海軍基地の料理長だと紹介してくれた。
どうも基地で出す鶏肉料理の評判が芳しく無く、高級将校達に鎌倉の浪漫亭に行って教わって来いと言われたらしい。
木暮さんを見るとさも満足気に頷き、料理長を厨房へ誘った。
まずは話題の唐揚げを教わりたいとの事で、漬け汁の説明から木暮さんの講義が始まった。
醤油、酒、大蒜、生姜までは料理長も知っていたが、木暮さんはそこに少量の酢を加えている。
さらに油の温度や揚げる時間を細かに教えた。
チキンサラダのタルタルソース掛けも伝授し、出来上がった料理を試食した料理長も満足気に頷き丁重に礼を述べて帰って行った。
私が木暮さんにあそこまで秘伝を教えてしまって良いのかと聞くと、彼は真の秘伝は衣に少量混ぜるハーブ類にあるのだと笑っていた。
今の鎌倉では海軍に恩を売っておくのは重要な事だ。
道雄君も木暮さんも良くやってくれた!
この調子なら戦争末期になっても軍関係とは衝突せずにやって行けそうだ。
立春を迎え茶画詩庵の梅が咲き出した頃、井上君が朝鮮半島の買い出しの旅から帰って来た。
早々に品物を見に来てくれと言うので由比ヶ浜通りの彼の店に出向いた。
幾つもの大きな木箱から、藁で包んだ李朝陶磁器が続々と出て来る。
期待通りなかなか良い物が揃っていた。
彼もほくほく顔で
「実は出発前から予約が入って来て、もうその分だけで元が取れたんですよ。」
「へえ、それは重畳!他の品も皆良さそうじゃないか。量も予想よりだいぶ多く仕入れられたようだね。」
「ええ、朝比奈さんのアドバイス通りあまり大きな物を避けて小型中型を中心に集めて来ました。」
「うん、その位の物の方が価格も手頃で駆け出しの君には売り易いと思うよ。」
「中型の白磁壺や染付の花入はもう幾つも売れています。」
「小型の方も出せばもっと売れるはずだ。」
「その前にお約束の出資分をどうぞお選びください。」
「おお!では遠慮なく。」
私の欲しかったのは染付の花入と水滴、雑器の中から茶画詩庵で使う皿と茶碗だった。
花入は分院手の秋草模様の一級品があった。
水滴は文士なら全員欲しがるに違いない良作が沢山ある。
皿碗は如何にも侘びた風情の物が揃いでならんでいる。
皆期待以上の物なので迷った挙句、選んだ物を脇に集めて
「ではこれを頂いて良いかな?」
「いやいや、そのニ倍。お好きなのを取って貰わないと出資分に届きませんよ。」
どうやら彼は販売価格では無く業者価格で出資分をくれるようだった。
「うーん、ではそちらの仏画はどうだい?」
「それを取って頂ければ有り難いです。書画はまだ勉強中で扱う自信が無いんですよ。」
「小品だがこの軸三本とも大丈夫。正真正銘の高麗仏画だよ。」
「ああ良かった。潰れたような寺から半信半疑で仕入れて来たんで不安でしたよ。」
「あっはっは。君ももうプロなんだから、そう正直に言うことは無いんだよ。」
「まあ、朝比奈さんですから!」
「いやあ、お互い大収穫だったじゃないか!立派立派!」
「この荷物は後でうちの荷車でお届けしましょう。」
「ああ助かるよ。もしそちらの客筋で売れ残ったら茶画詩庵で展示販売すると良いよ。この花瓶や水滴なら文士連中が飛び付くだろう。」
「有難う御座います。その時はお願いします。」
「これからは戦争が酷くなりそうだから、もう一度朝鮮に行くなら早い方が良い。」
「もうそうするつもりですよ。」
「はっはっは。また資金が必要なら言ってくれ。」
「はい!」
いつの時代でも目が効いて信用できる古美術商は少ない。
彼ならきっと成功するだろう。




