53 川端康成見参
我が朝比奈家にも無事に跡継ぎの男子が生まれた。
未来の令和の晃介にとっては祖父に当たる誠之介だ。
母子共に元気で家が一気に賑やかになった。
知人達も次々と茶画詩庵を訪れて祝ってくれる。
そして新しく入ってくれた源蔵さんの手による和菓子「弁財天」が大評判になっていた。
ようやく栽培可能になった新種の苺を中に入れた、未来では大人気だった苺大福だ。
白地の餅皮に薄紅の羽衣を巻いた優美な姿で、これで我が茶画詩庵自慢のフルーツ大福が杏梅、桃、葡萄、苺と四季揃えられた。
「弁財天」は発想こそ私だが源蔵さんの熟練のプロの手際は流石で、私より遥かに手早く美しく見事に揃った整形だった。
すでに鎌倉名物の誉れ高き猫八幡と四季のフルーツ大福、これで我が茶画詩庵は磐石の構えとなったのだ。
そんな我が庵に珍しく菊池君が一人で、いや後ろに小柄な青年を連れてやって来た。
「彼は酒が飲めないんでね、カフェ浪漫主義よりこっちの茶屋の方に連れて来たよ。」
うわっ、遂に真打登場だ!
このぎょろ目は間違いなく川端康成だった。
「こちら川端君だ。」
「……………」
「ようこそ、朝比奈です!どうぞお上がりください。」
彼は無口で取っ付きにくいが、実は心優しく情に厚い人なのは知っている。
そして大の古美術好きなのだ。
座敷に入ると床の間に掛かっていた池大雅の春景図をじっと眺めていた。
「彼は一高の後輩でね、帝大生の時からわしが面倒を見とるんだ。」
例によって菊池君が偉そうに紹介する。
「………」
「川端さん?」
来客の声が聞こえたのだろう、透音さんが私が買った川端康成のデビュー作『伊豆の踊子』を手にして廊下から顔を覗かせた。
彼女もこの青春小説の名作が気に入り、育児の傍らで読み耽っていたのだ。
私は厨に立ち、取っておきの古志野茶碗で茶菓を出した。
苺大福を口にした時には流石に彼の表情も緩んでいる。
そして上着から万年筆を取り出すと透音さんから本を受け取り、無言で署名を入れてくれた。
このノーベル賞作家の処女作『伊豆の踊子』初版本は発行部数も少なく、その署名入り美麗本など未来では驚く程の高額となる。
鎌倉の文芸史を語り伝えて行くには最も重要な一冊だから、透音さんも良くぞ気を利かせて持って来てくれた物だ。
そこに丁度良く竜さんが来た。
川端君は例の目付きでじいっと竜さんを見据えている。
「川端君なら教えても良いだろう。芥川龍之介だよ。」
「やあ、しばらく!」
「えっ、芥川さん???」
川端君は大先輩の芥川龍之介を大層尊敬していて、その自決を聞いた時はかなりショックを受けたのだが、今また大きな目を更に大きく見開いて驚いている。
竜さんはだいぶイメージを変えていたから、わからなくても当然だ。
菊池君が事情を話すその間にも彼の目は潤んでいた。
「今はここに住むファンタジー作家で俳人の竜田川涼だ。今後とも宜しく!」
「良かった、良かったです!」
彼は竜さんの手を取って、涙ながらに喜んでいた。
そこにまた来客の声がして、透音さんが迎えに出た。
「遅くなってすまん!」
久米君だった。
「やっと来たか。まあここに座れや!」
菊池君が呼んでいたのだろう久米君も座に加わり、一高の先輩後輩である文士達が目出たく鎌倉で再会を果たした。
川端君も数年後には鎌倉に居を移すから、私の認識ではすでに鎌倉文士の雄となっている。
しかもあの蒲原先生の旧居の貸家に入るのだからね。
「………ではあの『妖精物語』は芥川さ、じゃなく竜さんがこの庵の暮しを元に書いた……」
「ああ、この女神の庭が題材だ。うちの子供達もすぐにここの精霊に馴染んでね………」
「……君にも後で俺の女神様に紹介してやるよ。」
皆旧知の仲なのでもうすっかり打ち解けていた。
お人好しの久米君も後輩の前ではちょと偉そうに見える。
「そうだ、少し待ってて!」
竜さんが席を立ち、やがて道雄君を連れて戻って来た。
「彼が今や堀口大学と並び立つ、あのワーズワースの訳詩集を書いた菅原道雄君だ。」
「この歳でブリティッシュカウンシルの御墨付きだぞ!」
「菅原です。若輩者ですがよろしくお願いします。!」
「………こんな若い………」
川端君はいろいろ驚き過ぎてまた寡黙な人に戻ったようだ。
相変わらず目だけはぎょろつかせて道雄君を見つめていた。
「そしてここに座す方こそ誰あろう蒲原有明唯一の弟子にして、あの与謝野女史に神々に愛でられし歌人と言わしめた、我が命の恩人でもある朝比奈君だよ!」
竜さん、それは持ち上げ過ぎだ。
「何と言ってもこの女神の楽園の主人だからね!」
「鳳凰を呼び寄せた奴だ!」
「………………」
私は皆の茶菓を取りに席を逃れ、今度は煎茶と猫八幡を運んで来た。
その間に座敷では先年の俳句短歌対決の話題となり、竜さんの俳句が恐るべき進化を遂げ虚子先生に認められた場面を、久米君が我が事のように楽しそうに語っている。
竜さんはその後もホトトギスで秋桜子君と肩を並べて活躍し、堂々たる俳人となっているのだ。
秋桜子君の句集『葛飾』は出た途端にその新鮮な句風が俳壇の注目の的となり、俳句界の次代を担うべき新鋭として知られるようになった。
虚子庵の句会は昭和恐慌のさ中だろうがびくともせずに続き、私もその後何度も呼ばれて彼らと句座を共にしている。
やがて話は川端君の最新作の『抒情歌』に移り、竜さんがそれを盛んに褒めている。
芥川時代から竜さんの文芸批評眼は文壇からも一目置かれていたので、皆興味深く聞き入っていた。
旧友達の話題は尽きないが、どうやら菊池君が仕事で帰らなければならないそうだ。
「川端君は君とうまが合いそうだと思って連れてきてやったんだ!」
菊池君はいつでも偉そうだが、本当に面倒見の良い親分肌の人なのだ。
「ああ、良い人を紹介してくれて有難う!」
残った人達はこの後食事を共にしようと、カフェ浪漫主義へ繰り出した。
「道雄君も一緒に来れば良いよ。今日は堀口君も来る日だろう?」
「はい、ではご一緒させて頂きます!」
私は行かずに目を覚まして泣き出した赤ん坊の世話をしている透音さんに変わり、夕食の準備をしないとね。
恐慌も終わり、またこの女神の楽園で新しい出会いがあった。
特に川端君は戦後も日本の美に拘った小説で頑張ってくれる貴重な人材だから、わざわざ紹介しに来てくれた菊池君には大いに感謝したい。
それから恐慌時に底値で買った株でかなり、と言うより大儲けしてしまった。
銘柄を乗り換えながら数回の売買で得た利益は、何とカフェ浪漫主義に注ぎ込んだ資金の数倍にもなっていたのだ。
未来を知っているからもっと儲けようと思えば出来ない事もないが、今回ほど美味しい機会はそうそう無い。
株式投資は一旦この辺で終わるとしよう。
これからしばらくはインフレが続き、その後は軍国主義下の統制経済となって行く。
その時代に備えてこれから何をすべきか、落ち着いて良く考える必要がある。
幸い茶画詩庵もカフェ浪漫主義も優秀な人達が来てくれたお陰で、恐慌前の良かった時に比べても倍近い利益が出ている。
この資金を上手く生かして行けば、日本文化にとって最も困難な戦中戦後の時代を耐え忍ぶ事も出来るだろう。
昭和十二年の日中戦争から徐々に統制経済に移行し、十六年からの日米開戦以後はあらゆる物資が軍事優先となる。
それまでに珈琲砂糖を中心に食材などの備蓄を始めなければならない。
長期保存で多少品質が劣化しようとも、無いよりはましなのだ。
そして最も厄介なのは軍国主義下の言論統制と高まる国粋主義に対する、我々文筆業の姿勢だろう。
軍部に睨まれる事も無く、国粋主義に染まる事も無くやり過ごすべきなのだ。
そして戦後に来る日本の伝統文化の否定や、戦争とは無関係だった古来からの自然信仰まで排斥される事を少しでも和らげておきたい。
神聖なる物を失った戦後の日本人に残るのは、誇りも何も無い拝金主義だけだろう。
幸いここ鎌倉には戦火は及ばない。
我が女神の楽園を古き良き鎌倉の生活文化を子々孫々にまで伝えるのが、この時代に移転して来た私の使命だろう。




