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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
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49 俳句短歌の対決

こうして竜さんが俳句側に私が短歌側に加えられ、俳句と短歌の大決戦が始まった。

先程は緊張の色が見えた秋桜子君も同年代の我々が入って事で、どうにか落ち着けたようだ。

彼がその初句集『葛飾』で颯爽と俳壇に登場するのはもう少し先で、この時点ではまだホトトギスの一新鋭作家でしかない。

虚子先生はともかく吉井さんに加えて与謝野晶子と対戦するのは彼に取っても大事(おおごと)だったろうが、たぶん一方の竜さんの方は心配無さそうだ。

何せ竜さんもここに暮らすようになってからは、私と同じく女神の加護も観想できるようになっている。

その女神の庭には茎立った菜の花を背にすずしろの花や春の七種が咲き乱れ、私にも竜さんにもその花の精達の楽しげな様子が見えているのだから。

「では始めよう。対戦は二回勝負で一回戦は鎌倉の当日嘱目吟じゃ。試稿時間は十分間、始め!」

当日嘱目とは今日鎌倉で見たり体験した物事を題材に句歌を詠む事だ。

今日のメンバーに取っては比較的やり易い課題だろう。

私は悠然と止観に入った。

「………残り一分!」

うわっ、呑気に人の心配をしていたら時間切れだ。

もうちょっと作り込みたかったがこれで出すしか無い。


「時間じゃ!皆提出してくれい。」

それぞれが短冊に書いた作を大佛君が清記し普通は選者に回すのだが、今日は大きな紙に張り出し観客席にも見えるように設えてあった。

もう記名が無くともこの個性的な面々なら誰の作か一目でわかってしまう。

[草間(くさあい)に光りつづける春の水] 虚子

[咲くよりも落つる椿となりにけり] 秋桜子

[ここよりは神域と花舞ひてをり] 竜

[杯(さかずき)の中のみにある春を()づ うき世の春はわが知らぬこと] 勇

[鎌倉の松の中にて盧をむすび 都の人をはた思はまし] 晶子

[歌ごころ歌のしらべを競はせて 風に放てる花鎮(はなしず)めかな] 新之助


選者の持ち点は一人三点づつの投票だが今日はその上で論評により決着を付ける事になっている。

投票結果は一点が晶子、二点が虚子、竜、勇、新之助と得点が割れた。

「皆流石に良く出来とるから、選が分かれたのう。」

「俳人対歌人の勝負とは、選者を務めるのもなかなか難しいよ。」

萩原君はこういった会には慣れていないのかもしれない。

だが萩原君も日夏君も自作の詩風とは別に古典句歌の教養は一流で、しかも二人共『有明集』を愛読する蒲原先生のファンでもある。

実は高雅で美しい詩歌が大好きなのは、彼らの詩論や随筆から見ても明らかだった。

「得点は五対四の僅差で短歌側の勝ちですが、内容はどうでしょうかね。」

「私は春の水か花鎮めの完成度が高いと思いますね。」

「僕は神域の句はこの女神の庭の清浄さが良く出ているし、花鎮めの歌は今日のこの美しき句歌の宴にふさわしい流麗な作と思います。」

「成程、そう聞けばわしも神域と花鎮めを押す。よって花鎮めが最優秀作となり短歌側の勝ちじゃ!」

その後作者の名乗りを確かめた時に、最も歓声の上がったのは竜さんの句だ。

芥川龍之介だった頃の句風とはがらっと趣きを変えて、ファンタジー作家らしくまたこの庵の住人らしく実に美しい句だった。

観客達も彼の変貌ぶりに感心したようだ。

その陰で点を(のが)した秋桜子君が再び青くなってしまった。

虚子先生は何故かご機嫌宜しく竜さんに何か話しかけている。


「では続いて二回戦は題詠じゃ。席題は………花!」

「花は今の上位二人には続けての題で不利では?」

「うむ。その方が勝負が面白くなるじゃろ!」

蒲原先生が私と竜さんに無茶な題を出して来た。

先程の身内贔屓とも取られかねない選評を、観客の前で覆えす為もあろう。

まあ仕方ない、弟子としては修行を付けて貰う身だ。

「時間は先程と同じ十分。始めい!」

今度は最初から集中して行こう。

まず止観、そして観想。

「………裏山から庭に散る花……埋まっていた玉依姫…………」

この光景はこの場所の古き由来だろうか。

よし観自在!

「………実朝亡き後………従者の若武者………後難を逃れ剃髪(ていはつ)………」

そうか、ここは謀殺された実朝の縁者が出家して()んだ庵とやぐらだったのか。

「………廃墟………蒼古………残心………」

「残り一分!」

よし出来た。

今作は例え点が取れなくとも玉依姫は喜んでくれる歌になったと思う。

「提出時間じゃ!」


出揃った作は、

[人の子も花とひとしき衣を染め 春の悩みをならひ初めてき] 晶子

[小夜(さよ)更けて十字路頭に別るれば 餓鬼の姿も花冷えのなか] 勇

[幽暝(ゆうめい)に霞む廃墟の紺青(こんじょう)の 色にも沁みよ残心の花] 新之助

[行人(ゆくひと)の落花の風を顧し] 虚子

[雨ふれば書を()み花にかかはらず] 秋桜子

[日を月を花を巡らせ武神殿] 竜


今度は一回戦の嘱目吟が前座だったと思える程の力作が揃った。

題詠即吟でこれだけ出来る今日の面々は、さすが当代における句歌の将星達と言える。

「………これでは選にも迷うだろう。」

「……また凄まじい………」

そう呟いたのは堀口大学と佐藤春夫だった。

この席の選者も観客も一般レベルを超えた人達だが、今提出された句歌の出来の良さに唸っている様子だ。

投票では二点が晶子、虚子、竜さん。

三点が新之助だった。

吉井さんの歌は芥川君の事件の時に詠まれた歌の改作で、生まれ変わったような彼の先程の句を褒めた内容だから、勝負にはやや弱いが思い遣りの込もった佳作だと思う。

秋桜子君の句は出来は良いのだが、今日は花曇りの麗らかな日だからね。


「得票は小差でまた短歌側が優勢じゃが、選評はどうかの?」

蒲原先生が両脇の若き詩人達の意見を聞く。

「行人の〜、は落花ではなく目には見えない風を顧みると言った所が、遥かなる物を思わせて上手いですね。」

「うむ、その通りじゃの。」

「人の子の〜、の歌は乙女心の成長を実に美しく詠んでいて調べも良い。」

「もう名乗りを聞かなくとも晶子さんと知れる名調子じゃよ!」

萩原君日夏君も俳句短歌を深く解釈出来ている。

「日に月に〜、はどうかね?」

「武神殿は鶴ヶ丘八幡宮ですよね。震災後ようやく再建された祈念の句として堂々たる作でしょう。」

数多(あまた)桜の咲き満ちる苑に(きざはし)高く聳える神殿を、昼は日が夜は月が巡っている。実に荘厳な景ですね。しかも武と美が見事に両立している!」

「これは先々鎌倉を代表する句になりそうじゃの。最後の、幽暝に〜、はどうじゃ?」

「残心の花、が見事としか言いようがありません。」

「前半に漢語を多用して置いて結句の残心の花へと導いて行く手腕は、我々詩人から見ても並大抵の技量ではありませんよ。」

「うむ、緊張感漲る語感が幽邃なる詩魂を支えとるわい!」

「古色蒼然たる廃墟の暮色が名残の花の薄紅色に染み込んでいる。情景喚起も見事で嫋々(じょうじょう)たる余韻を感じますね!」

日夏君は若い時から漢籍の研究に打ち込んでいて、詩にも評論にもそれを生かしている。

だから短歌に雅語(がご)ではなく漢語を使っても、すんなり受け入れてくれるのだ。

「蒲原先生も日夏君も講評の言葉まで詩人らしくて感心しますよ。僕はただ見事な歌としか言えなかったのに。」

今日の萩原君は錚々たる連衆の中で普段よりだいぶ謙虚な物言いだった。

「さてこうなると武神殿と残心の花が優勢じゃが、選評でも両者甲乙付け難しと言った所で二回戦は引き分けじゃ。よって二回総合では短歌側の勝ちとする。後は選者以外の皆の感想も伺いたい。高浜さん、どうじゃったね?」

虚子先生は勝負には負けたと言うのに何故かご機嫌だった。

「大変良い会でしたよ。何せ大活躍の竜さんがホトトギスに入会してくれる事になりましてね!」

竜さんは芥川龍之介時代から虚子先生に師事していてホトトギスにも度々寄稿しているから今更驚く事では無いが、正式に加入と言う事で皆も祝福の言葉をかけている。

「皆さん有難う。今日は望外の評価を頂きまして、虚子先生にもホトトギスに誘って貰えました。有難う御座いました。」

竜さんも嬉しそうで何よりだ。

あんなファンタジックな俳句が作れるなら、間違いなく今後の俳壇の寵児となれる。

きっと秋桜子君の良きライバルとして活躍して行くだろう。

秋桜子君はこう言う勝負の場には慣れていなかったのか経験不足を露呈してしまったが、これを糧に戦中戦後の俳壇を背負って立つ人材に育ってくれるはずだ。

「それなら朝比奈君は我が短歌界に………」

「晶子さん、それは私も前々から同人誌へも誘っているんだがねえ………彼は何よりここの姫神様の為だけに詠むのだと、俗世間をまるで相手にして居ないのだよ。」

「……そう……何て羨ましい人なの!」

「朝比奈君は俳句の方がもっと上手いよな!」

秋桜子君が突然元気を取り戻した。

「そうですな。また虚子庵の句会にもいらっしゃい。」

虚子先生は何処までも泰然としている。

「わっはっは!彼は我が弟子じゃからわしの許可なく他へ行く訳にも行かんのじゃ。」

「そうでした。まず蒲原先生を口説かないと!はっはっは!!」

先生と吉井さんが助け舟を出してくれた。

観客一同はこの巨匠達の珍しい遣り取りを面白がって見ていた。

我が庵に取っても鎌倉の文芸史の上でも、今日のこの句歌の宴は特筆すべき物となった。

花咲き競う女神達の庭に高雅な俳人歌人詩人達が集い、極上の句歌の名勝負が繰り広げられた、美しく忘れ難き春の一日だった。

大佛君はまだ忙しく観戦記の筆を走らせている。

今回の記事はきっと文芸誌上でも話題を攫う事だろう。

「大佛君、今日の句歌にふさわしい美文を期待しとるよ!」

彼の顔がさっと青ざめるのを傍に、蒲原先生のご機嫌も宜しかった。

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