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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
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48 大詩人の帰還

48 大詩人の帰還


開店後のカフェ浪漫主義の客の入りは上々で、昼も夜も空席がほとんど無いほどだった。

価格が銀座あたりの高級洋食店と比べれば半額程度だから、一般客も入り易いのだ。

宴会の予約も殺到し、こちらの予定には無かった二階の部屋も早々に使う事にした。

パーティに来てくれた名士達が宣伝してくれたのだろうから、宴客を断る訳には行かない。

急遽従業員も募集して木暮さんの伝手で厨房に一人、ホールも朝子さんの友人に臨時で手伝って貰う事になった。

その辺の手腕の臨機応変さを見ると、木暮店長はなかなか優秀じゃないか。

私としては今あまり繁盛してしまうと恐慌の時の反動が怖いのだが、茶画詩庵のように身内だけで細々と出来る店でも無い。

私と道雄君も茶屋を閉めた後に夜だけ手伝いに行く時もあったが、新入りの従業員もすぐ慣れて来てひと月程で店の運営も軌道に乗った。

吉井さんなどは、鎌倉でのカフェ浪漫主義の名声はすでに揺るぎ無い物だとまで言っている。

自分の歌額が飾ってあるから、あちこちで宣伝してくれているのだろう。

久米君や他の知人達に聞いても評判は良く、オーナーとしては肩の荷が下りた思いだ。

そんなこんなで春はあっという間に過ぎて行く。


我が庵の方では玉依姫と木花咲耶姫の祭礼が済んだ頃にでも、俳句と短歌で対決しようと言う話が持ち上がっていた。

パーティの時の虚子先生と吉井さんが句歌の比較で盛り上がり、それを受けて秋桜子君らが企画したようだ。

吉井さんがまた張り切っていて、知り合いの歌人も連れて来ると言う。

歌人対俳人の対決なら私の出番は無いだろうから、今回は会場を提供するだけで高みの見物を楽しませて貰おう。

そうするうちに四月に入り遅桜も散り出した晩春の、句歌決戦の前日に一通の電報が来た。

蒲原先生からで、

「明日午前に鎌倉着、乞御出迎。」

まさか蒲原先生が突然来られるとは、嬉しい驚きだった。

急いで大佛君と透音さんにも知らせて、当日皆で鎌倉駅に先生を出迎えた。


「おお、皆元気そうで何よりじゃ!」

「先生!!!」

手紙ではしばらく体調を崩して伏せっていたと聞いたが、もうすっかり回復してお元気そうだった。

「吉井君から何度も手紙で選者に来てくれと言われていたんじゃが、丁度東京へ用事で出るついでがあっての。」

今回の俳句対短歌の対決は吉井さんと秋桜子君が企画し手配もやってくれたので、私はほとんど何も知らず会場の運営だけで良いと思っていたのだ。

句歌の対戦なら選者は詩人にやって貰うのが公平と言う事らしい。

「わざわざ有難う御座います!新しいカフェも開店したのでまずは是非そちらで昼食を!」

「おお、カフェ浪漫主義とは良い名じゃよ!その店も見たかった。」

さっそく大佛君が先生の荷物を持ち店へ向かった。

「ほう、庭も入口も洒落ておる。鎌倉にこんなカフェレストランが出来るとは思わなんだよ。」

「鎌倉文士の皆や虚子先生も協力してくれて、計画よりずっと良い店になりました。」

扉を開けて中に入ると先生は流石にご存知だった。

「壁画はラングのフェアリーブックスか!本の中の世界に入ったようで(まさ)しく浪漫主義じゃな!!」

この演出がわかる人はなかなか居ない。

特にこの大詩人に喜んで貰えれば私もやった甲斐があった。

料理は定番の唐揚げとポテトに軽くビールにした。

「うん、これも吉井君が言っていた通りビールとよく合っとるよ!」

「吉井さんにはカフェにぴったりの歌を書いて貰いました。」

「彼もすっかり一流歌人じゃ。店に飾るのに向いた歌は少ないから、あの歌額も立派に見える!」

食後の珈琲で皆の近況を話し、先生の電車の疲れが取れた頃にゆっくり茶画詩庵へ向かった。


庵に着くや否や先生は玉依姫のやぐらへ向かい、手荷物から御神酒の小瓶を取り出して御供えした。

「静岡の銘酒を是非にも姫神に献上したくての!」

「これはこれは。きっと玉依姫も喜んでくれます!」

「向こうに居てもこの御神体を忘れた事は無い。わしも久しぶりに参拝できて嬉しいよ。」

玄関では道雄君がお出迎えだ。

「蒲原先生!初めまして!!」

「おお、君が道雄君か。イエーツの訳は良く出来とったよ。」

「もうお目通し頂きましたか!あっ、有難う御座います!!」

「朝比奈君の弟子ならわしの孫弟子じゃ。出て早々に読んで整った韻律に感心したよ。」

「ロセッティを訳された先生の[天津郎女]に感銘して、私も英詩の訳を始めたんです。」

「私もあの[天津郎女]は翻訳詩の金字塔だと思います。こちらの文士詩人達も口々に褒めていますよ。」

「ああ、あれが出来たのも朝比奈君に貰ったロセッティ詩画集のお陰じゃ。」

あの名作が後世に及んでも雑誌でしか見られないのは、返す返すも残念で仕方ない。

そして竜さんも挨拶に出て来た。

「おお芥川く……ではなく竜田川君じゃったな。良かった良かった!」

「蒲原先生!お会いしたかったです!」

竜さんも若い時からの熱烈な有明ファンだった。

「君の『妖精物語』も読んどるよ。いやあ、本家の英国物より良いくらいじゃないか!」

「有難う御座います!ここの女神達のお陰です。」

「本当にここで神や精霊と共に暮らせる君らが羨ましいよ。」

蒲原先生は以前も良く女神像に参拝に来ていたから、鎌倉を離れて少し寂しいのかもしれない。

「では皆が揃うまでしばらく茶室の方でお休みください。」

「おお、そうさせて貰うよ。」

先生のお世話は透音さんと道雄君に任せて、私と大佛君は会場の準備だ。


準備と言っても席はもう整っているので客の出迎係だ。

会は三時からなのに二時前に吉井さんが誰かを伴ってやって来た。

うわっ、あれは与謝野晶子だ!

この二人は明治時代の初期明星の頃からの良き歌友だから、一緒に来てもちっとも不思議では無い。

「鎌倉はよく来ているのに、こんな素敵なお茶屋さんがあるなんて存じませんでしたね。」

「何度か誘ったのに晶子先生が香風園が良いと言うから!」

「あら吉井さんは意地悪ね!」

親しげに話しながら歌壇の巨星二人が入って来た。

「初めまして、朝比奈です。」

「与謝野です。姫神様の御神域内の庵なんて、知っていたら何年も前から通っていたのに!」

「今与謝野さんに玉依姫と木花咲耶姫をご紹介して来たよ。この聖域が大変お気に召したようだな。」

「吉井さん、蒲原先生をお呼びしたのを私に黙っているとは!」

「あっはっは!いや私もつい先日まで諦めていたんだが何とか来てくださったよ。」

「蒲原先生って、有明さん?」

「そう、この朝比奈君の師匠が蒲原有明先生なんだよ。」

「うわー、私の憧れの君よ!もうおいでなの?」

「はい、あちらの茶室に居られます。」

「では早速ご挨拶に!」

幻の大詩人である蒲原先生には皆なかなか会えないから人気殺到だ。


次いでやって来たのは詩人で竜さんの友人の萩原朔太郎と室生犀星に日夏耿之介だ。

彼らも蒲原先生に会えるのを喜んで茶室の方へ行こうとした所、蒲原先生始め一同が母屋の座敷へ移って来た。

「皆さんが詰めかけるので、こちらにお移り頂きました。」

透音さんが気を利かせてくれたようだ。

その後は顔の広い久米君が声をかけたらしく、文士仲間を四五人連れて来た。

中にはあの堀口大学とその親友の佐藤春夫もいる。

皆慌てて蒲原先生と与謝野晶子さんに挨拶している。

堀口大学君は蒲原先生と道雄君と、訳詩家同士で良き仲間となれるだろう。

そして最後に虚子先生と秋桜子君が来た。

「皆さんもうお揃いで、遅くなりました。」

「いえ、皆さん早すぎるんですよ。さあこちらへ。」

虚子先生は蒲原先生や与謝野さんとも旧知の仲だから笑顔で挨拶しただけだったが、秋桜子くんは何だかかなり緊張している様子だった。


一同所定の座に着き、観客席も賑わっている。

選者は蒲原先生と萩原君、日夏君の三名。

俳句側に虚子先生、秋桜子君。

短歌側に吉井さん、与謝野さん。

ここで観戦記係の大佛君が進み出て蒲原先生に何か言っている。

「今大佛君から要請があっての、これまで続けてきた雑誌の観戦記の都合上鎌倉文士も参加させて欲しいそうじゃ。このホトトギス対明星の対決も良いが、わしもこの女神の神域でやるなら地元鎌倉文士が加わるべきじゃと思う。高浜さん与謝野さん、どうじゃろうね?」

「その通りですな。」

「私もホトトギスと明星だけより良いと思いますよ。」

「では朝比奈君と………そうじゃ、竜さん、どうじゃね?」

「それは良い考えですね!鎌倉の新進ファンタジー作家の対戦記デビューにふさわしい機会ですよ!」

………最後は大佛君が決めてしまった。

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