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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
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47 大正浪漫の殿堂

昭和三年の暮れにはカフェの建物も完成し、厨房の設備も整った。

冷蔵庫こそまだ大型の氷を入れて使う旧型の物だが、火力は当時ようやく始まったプロパンガスを導入した。

客席は一階のホールで三十六席と二階の個室で十二席分の椅子卓も確保してあるのだが、恐慌を乗切るまでは一階のホールで二十四席だけの営業に絞る。

従業員も最低限の人数で、その分週休は茶画詩庵と同じ二日取る事にした。

また女給達の制服は懲りに凝った和洋折衷のデザインで、その服が大いに気に入った透音さんの後輩が三人来てくれる事になり、これで常勤二人を三人で回せる。

大正袴と革靴に加え季節替わりの小花模様のエプロンとカチューシャと言う、いかにも当時のハイカラを象徴する可憐な姿だった。


料理の方は原材料の調達の都合もありまずは鳥料理中心で行く他は無いのだが、唐揚げは日本ではまだ珍しかったので木暮さんも張り切っていた。

二階のテラスガーデンで鉢植えのハーブ類を栽培して使うつもりで、ハーブ自体は去年から庭の片隅に育ててある。

木暮さんはそのハーブと各種香辛料の組合せを試すのに熱中している。

鶏肉は近郊に最近出来た養鶏場と契約して安定供給を確保したが、牛肉豚肉はまだまだ高価過ぎて少なくとも恐慌が終わるまでは見合わせたかった。

昼食用のツナサンドは横浜の輸入業者からツナ缶は仕入れられたものの、国産の安価な物が出るのは数年後なのでそれまでは大量には使えず、当面は別の材料で作る軽食も考えておこう。


結局この年の暮正月はカフェの準備で休み無しだった。

別に急いで開店する必要も無いのだが、仕上げの目処が付かないと落ち着かないのだ。

私個人では仲春までに開店すれば良いと思っているのだが、従業員達は早く仕事を始めたいだろう。

植達さんも同じ落ち着かない気分だったようで、急遽正月休み返上で銀杏と窓際の薔薇を中心とした庭回りの一部に赤レンガの塀を作り表門の重厚感を上げる事になった。

外壁は暗緑色に柱と窓枠は焦茶、入口扉は黄土色でその上に赤黒地に金色で「カフェ浪漫主義」の看板。

さらに看板の上に真鍮製の大きめのオイルランタンを対で掛けた。

入口の石段の両脇は浮彫り模様の植木鉢に季節の花を置く。

騎士像の浮彫りの扉を入った正面の壁画は檜材の壁板に直接描いてもらい、すでに完成して乾燥させている所だ。

紫群青の地に緻密な金線描でドラゴンと妖精女王を描き花鳥の模様で縁取り、上部には同じ金色の装飾文字で「CAFFE ROMANTICISM」と大書してある。

入って来た客の目を一瞬で奪う迫力があった。

正面両脇下には和洋の浪漫主義文芸の名作を集めた、大正風の硝子扉付きの本棚を並べた。

左右の壁は窓を大きく取って、間に例の竹久夢二の額絵を二枚づつ計四枚飾った。

四面の壁の上部にはオイルランタンを三つづつ掛け、各卓上にも一つづつ置く。

また今はまだ調達していないがオルガンくらいは置いてみたい。

普段の奏者のいない時には蓄音機でも良い。

もうそろそろ国産のレコードも出回る頃なので、何かしら音楽は欠かさず用意したい

そして入口を入った左右には吉井さんの名作の直筆歌額。

「珈琲の香にむせびたるゆふべより 夢みるひととなりにけらしな」

「この胸の鼓のひびきとうたらり とうとうたらり酔へば楽しき」

後世ではかなり有名になる歌なので、それを掲げたカフェは人気が出ると思う。

ついでに扉の両側に短冊入れで他の鎌倉文士達の句歌も季節毎に入れ替えて掛けよう。


我ながら大正浪漫の文化の雰囲気は十分に出せたと思える出来栄えだった。

周囲の協力もあり思っていたよりも内装は充実し、しかも費用は結構抑えられた。

デフレで物も人件費も安いうちに建てられて良かった。

これで恐慌が過ぎるまでは儲からなくとも赤字さえ垂れ流さなければ上出来だ。

料理の試作もだいぶ完成して来て、問題だった昼の軽食は結局材料費を考えてタルタルソースのアジフライサンドに決めた。

ついでに今度他の魚肉類のフライも試して行こう。

唐揚げチキンとフライドポテトは昼夜どちらも欠かせない看板メニューだ。

あまり油っこく無いメニューとして鶏団子とチキンサラダも加えてある。

ハムソーセージ類は戦後にならないと高価過ぎて使えない。

ビールは最近出来た地元湘南産の物が調達出来て、後々の統制経済の時になっても地元産なら細々とでも仕入れられるだろう。

ワインは横浜の業者が美味くて安いイタリア産のルート開拓に成功したと知らせて来た。

当時のフランス製はどれも高すぎてとても手が出なかったのだ。

開店は二月一日にして、その前の週に身内知人と地元名士を招いた開店パーティーを開催する。

今回は宣伝ビラもちゃんと印刷所に頼んである。

準備万端整ったと言えよう。


店の試運転を兼ねた身内と知人を招いてのパーティの日が来た。

身内と木暮さんの知人達、植達さん一家や建設に関わった人達だ。

文士らは地元名士達の回に出て貰うので今日は竜さんと奥さんだけで、あとは透音さん朝子さんの友人後輩達とご近所さんだった。

厨房は木暮さん夫妻と手伝いに私、ホールの給仕は透音さんの女学校の後輩さんと道雄君。

客は皆同じように浮彫り扉とランタンの雰囲気に感心し、中に入って正面の壁画に目を奪われている。

このようなデザインの店など当時は誰も見た事がないはずだ。

建築もインテリアもデザインと言う言葉さえまだ無かった時代なのだ。

皆が集まった所で一応私が挨拶に立った。

「皆さん、お陰様で立派なカフェが完成しました。今日はどうかこの鎌倉の文化の雰囲気を存分に味わって頂ければと思います!」

祝杯の音頭は木暮さんの御尊父、先の木暮男爵だ。

「ではこの開店を祝って、乾杯!」

「乾杯!!!」

彼も放蕩息子が結婚し、ハイカラなカフェレストランの店長に就任して意外な程に喜んでいた。


大正袴に揃いのエプロンとカチューシャを付けた女給姿も好評だ。

特注の益子焼の皿とビアマグで料理と酒が次々と運ばれる。

やはり鶏の唐揚げには皆ご満悦だった。

多分ここが日本初の唐揚げ料理の店ではないだろうか。

厨房から客の反応を伺っていた木暮さん夫妻も、皆の笑顔を見て一安心だろう。

「朝比奈さん!みんなお料理にもお店の雰囲気にも大感激ですよ!」

透音さんがわざわざ席を立って私に教えに来てくれた。

彼女は料理の試作にも付き合ってくれて完成前の店に何度も来ているので、我が事のように喜んでくれている。

また友人達も良家の子女が多く高級店にも行き慣れているだろうから、彼女達が合格点以上に満足してくれた事は従業員達にも自信になる。

もっとも店長の木暮さん自身が落魄れたとは言え男爵なのだから、料理や盛り付けや給仕作法の監督などは全く心配していなかった。

朝子さんも元々良い所のお嬢様でセンスも教養も高いのだ。

この二人に店の運営を任せておけば私も安心だった。

パーティの最後に店長の木暮さんに挨拶して貰った。

「ああ………皆さん……あ…有り難う!有り難う!!」

いやあ、挨拶を言う前に彼は感極まって涙ぐんでしまった。

朝子さんが駆け寄って夫婦抱き合っている。

そして客全員がスタンディングオベーションで拍手の嵐となった。


一日置いて名士達を招待したパーティの日だ。

一昨日と違うのはホールの真ん中に寒紅梅の大枝が飾られた事だ。

何と実は地元の大物であった田端さんが畑の畦に咲いたのを伐って来たのだ!

それに加えて元の鎌倉市長とその長男の議員さんまで呼んでくれた。

また彼お気に入りの猫八幡の菓子折を届けなくては。

そして私は田端さんにお礼と共にこっそりと聞いた。

「ご挨拶頂く方の順序はどうすれば?」

「そりゃあ、鎌倉ならまず誰を置いても大虚子先生だろう。市長は元だから後で良い。」

で、その虚子先生にスピーチをお願いしに行くと。

「朝比奈君、あれは吉井君の歌ですね?」

しまった!

先生の軸は茶画詩庵の方には掛けてあるが、ここには無い。

「いかんねえ。短冊と筆墨はありますか?」

「ははっ!今すぐに」

来客の文士が書いてくれるかもしれないので、料紙や筆硯などは二階に用意してある。

虚子先生の卓にそれを置くと、先生は躊躇なく四季四枚の句を書いてくれた。

[東から春は来たると植ゑし梅]

四枚の中のこの春の句を早速短冊入に飾った。

もうこの一角は虚子先生の句を四季入れ替えで永久に展示する場にしよう。

「先生!これで店の格調もぐっと上がります。有り難う御座います!!」

「いえいえ、この鎌倉で俳句が短歌に負けている訳には行きませんからね!あっはっは!」

ああ、吉井さんと張り合ったのではなくて、短歌との争いだったのか。


他の文士詩人は吉井さん始め久米君夫妻に大佛君夫妻、虚子先生のお供も兼ねて秋桜子君も来ている。

勿論日夏君、萩原君、室生君にもこの祝宴に参加している。

地元の顔見知りの商店主数人に茶画詩庵のお得意様、店の取引先の社長達も来てくれた。

皆先日の客達と同じようにまず扉の前と正面壁画に感心し、次いで夢二の絵や句歌の書を眺めてから指定の席に着いている。

酒盃が配られ、虚子先生に祝賀の言葉を頂き、元市長に乾杯の音頭を取って貰った。

「鎌倉には和風の良い店は幾つもあるが高級な洋食店は無かったから、ここは間違いなく流行るよ。商店街の寄合にも丁度良い場所だしね」

駅前商店街の町会長が褒めてくれる。

「私はこの唐揚げが気に入ったよ。ビールにぴったりだ!」

「うん、これは美味しいね!市庁の連中にも宣伝しておこう。」

元市長と息子の議員さんがマグを手にしながら満足気に頷き合っている。

文士連中は唐揚げとポテトをお代わりし、ビールもワインもごちゃごちゃに飲み食いに勤しんでいた。

吉井さんと虚子秋桜子の師弟はゆっくり料理を味わいながら、短歌と俳句を語っている。

皆満足してくれたようだ。

これで二月一日の一般客向けの開店日も安心して迎えられるだろう。

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