46 霊鳥
梅雨が明けて鎌倉の海が輝く季節となった。
材木座海岸の若賀江島は鎌倉時代に築かれ宋船が投錨した湊で、今ではそのほとんどが海中に沈んでいるが、その周辺に赤潮に似た赤黒い渦が発生していると地元の噂になっていた。
一応見回りに行った透音さんやクリスの話では、どうも瘴気とは違う正体不明の渦らしい。
数日後も消えない様子なので、休日に集まった皆で見に行く事になった。
大佛君と竜さんは大物邪鬼の出現を期待しているようだが、瘴気邪鬼など出ないに越した事は無い。
出陣は久々だからか皆お揃いの風帯を纏い、何やら楽しげに語り合ううちに現地へ着いた。
噂通りそこには赤黒い渦がかなりの広さに及んでいた。
不気味な雰囲気を嫌ってか辺りには人影も無い。
早速透音さんが祝詞を始める。
シャンシャンシャン
シャンシャンシャン
「陰の戯技こは何ぞ!」
シャンシャンシャン
「小さき輩群れ寄せて!!」
「虚装ひ浅ましや!!!」
シャンシャンシャン
………………
これには驚いた!
有明体の祝詞だ!!
蒲原先生の究極詩形は七五七、五七五と続いて行く四行詩だが、これはその形を組み直した物だろう。
これなら最短の七五だけでも祝詞として神威を乗せられる。
元々強力な神気の持主だけにこの進歩は凄い。
まだ続く神鈴の音に、海中は騒めき出した。
シャンシャンシャン
「朱黒混じる肉叢曝せ〜〜〜!」
シャンシャン
すると海中から無数の粒が浮き上がり、それが集まり合体し出した。
不定形の軟体動物のように蠢いている。
やがて巨大な一体に収束した物は、雲丹か磯巾着のような多数の触手を持つ怪物だった。
ただ不思議な事にこの怪物には瘴気が感じられない。
邪鬼ではないようだ。
こちらを攻撃する気配も無い。
「さて、どうするね?」
吉井さんが私に尋ねる。
「奥義の観自在は?」
大佛君も言う通り、ここは観自在を使う所だろう。
「やって見ましょう!皆は警戒しながら待機を。」
まずは止観に入る。
目を瞑り今を忘れ、鎌倉の美しき古の海陸を想う。
八百年前の若賀江島が見えてくる。
そして観想だ。
宋からの龍頭船から降ろされているのは、大きな朱雀の彩色像だ。
その像の嘴に咥えているのが、正に今目前にいる雲丹のような物だった。
これは朱雀の獲物だったのか。
朱雀は都の南方守護の霊鳥だから鎌倉の南の海上から現れる。
そこまで観えればやる事は一つ。
私は観自在に入った。
朱雀と同じ炎属性である七片焔剣を頭上に掲げ海空を仰ぐ。
「夢の啓示、朱雀ぞ化現!!!」
剣より発した我が神気は渦巻きながら天へと昇る。
………………
全ての景が現在に戻った。
その途端海岸一帯が白光に眩み、南の太虚から巨大な霊鳥朱雀が具現した!
クゥー!と一鳴き喜びの声を上げ、ゆったりと舞い降りて来る。
その羽毛の一枚一枚に薄く虹色の浄焔を纏っている。
そして難なく優雅に獲物を両脚で攫むと、あっという間に天空の彼方に飛び去って行った。
余りに短く余りに美しく、その非現実感に皆声も出ない。
………………
「……全く君って奴は……よし!アグニの火だ!!」
しばらく霊鳥の余韻に浸っていた竜さんが得意技を何も無い海上に放つ。
「わっはっは!かにかくにぃ!!」
吉井さんもだ。
「よーし、式神!!」
大佛君も続いて、皆の術が祝賀の花火のように宙に舞った。
彼等の術も長足の進歩を遂げているようで、神気を完全に制御出来ている。
この霊鳥の吉なる兆しに我々の士気は大いに上がり、鎌倉もすっかり震災の禍いから祓われたのだった。
少し離れた所から見ていたシスタークリスの隣には、何と虚子先生も立っていた。
「我がホトトギスもあの朱雀にはとても敵いませんなあ!はっはっは!」
「ご覧でしたか。先生なら神気が見えて当然ですね。」
「美しい夢を見せて貰いましたよ。鎌倉を護ってくれて有難う!」
「日本のレジェンド、ファイアーバード!美しいデス!!」
クリスも感激してくれたようで、透音さんに抱きついている。
私に取っても久々に皆が揃って嬉しい日となった。
その帰り道に私は朝子さんが先月嫁いだ事を聞いた。
勿論初耳だし始終顔を合わせているだろう道雄君も何も言っていなかったので驚いた。
透音さんの説明ではお相手は男爵家の長男なのだが、家業の官僚の仕事に嫌気がさしアメリカに逃げ出していた人らしい。
美食趣味が高じてボストンの一流レストランで料理人の修行をしていた所を、無理矢理実家に連れ戻し嫁を宛てがい男爵家を継がせたようだ。
そんな事情なので当人達の気が変わらないうちに結婚式も内々で急いで済ませたのだろう。
ただし当人同士はお互いをいたく気に入り、満更でも無いそうだ。
これは私に取って千載一遇の天の恵みでは無いか!
カフェ浪漫主義を任せられる人材が降って湧いた!!
朝子さんが気に入った人なら多分信用出来そうだ。
透音さんに是非その人に会わせて欲しいと頼むと、彼女も一緒に行くから先方に都合を聞いて知らせてくれると言う。
透音さんなら夢のカフェレストラン実現のために、彼の説得にも加わってくれると思う。
ひと月ほど経って鎌倉の海辺にある朝子さんのお相手の木暮男爵の別荘に伺った。
震災を生き延びた建物で、補修の跡もあちこち見える。
華族と言っても落魄しているからと、本人は笑って気軽に招き入れてくれた。
話を聞いてみると相当な料理好きでフランスの高級レストランのような店をやるのが夢だったのだが、例によって大正の大不況と震災で家は没落し失意のうちにアメリカに渡りぶらぶらしていたそうだ。
父祖の代からの高級官僚には全くなる気が無く、今のところ今後の就職の予定も無いらしい。
そこで私はカフェ浪漫主義の図面を広げ構想を説明した。
浪漫溢れる店内装飾に加え、大正の文化を後世に残すために鎌倉文士達の協力も多々ある事など、ただのレストランとは全く違う所が彼の共感を得られた。
共感を得たどころか大いに乗り気になってくれて、ラングの表紙絵を壁画にするなら彼の知人に適任者がいるから是非にとも言う。
洋風料理に美術文芸の香り高いカフェレストランは彼の夢見た物以上だったようだ。
最後にはお陰で人生の張合いが出来たとまで喜んでくれた。
朝子さんも目を輝かせて自分にも手伝わせてくれと言って来た。
こちらとしては願っても無い事で、二つ返事で了承した。
今後は建物の完成に合わせて細かな打ち合わせが必要となるので、度々茶画詩庵に来て貰う。
彼等二人は早速明日にでも建設中の現場を見に行くそうだ。
建物はまだ土台と柱が出来たばかりだが、以前から植えてある回りの銀杏はだいぶ育っている。
完成図も見ているからイメージは掴めるだろう。
これで私としても最大の懸念事が解決し、一安心だった。
一緒に来てくれた透音さんも嬉しそうに微笑んでいた。
我が庵に帰って道雄君に木暮さん夫妻とカフェの事を伝えると、彼もとても喜んでいた。
来年からは茶画詩庵は道雄君、カフェ浪漫主義は木暮さん夫妻に頑張って貰うのだ。
そして昭和恐慌を乗り越えたら店員も増やし、私はもう少し詩歌に力を注いで行かないと蒲原先生に申し訳が立たない。
先生も戦後は鎌倉に帰って来る。
その頃にもまた日本の伝統文化の危機が訪れる。
それに備える意味でもカフェ浪漫主義を確固たる鎌倉の文化の殿堂にして置かねばならない。




