44 新年俳句対決
年の暮も近い日に大佛君と吉井さんがやって来て、最近の瘴気祓いの様子を知らせてくれた。
この二三年は震災直後のような大きな瘴気は出なくなって、皆それぞれ担当地域の小さな瘴気を簡単に祓うだけで済んでいたのだ。
吉井さんが江ノ島方面、大佛君は長谷、透音さんが中心部、シスタークリスが由比ヶ浜を見ていてくれる。
私は残った東方面と手分けして、時々茶画詩庵に集り報告し合っていた。
この調子で八幡宮の再建まで鎌倉を守れれば一安心だ。
しかしこの後の大恐慌や軍国主義の時代になれば、また人心の動揺から大物の邪鬼が出て来るだろうし今のうちに各自の力を上げておきたい所だ。
そこで蒲原先生と手紙で相談し、おいおい皆に止観と観想の術を伝授する事にした。
その上でより神威を籠めた言霊を短い祝詞で放てるように訓練して行けば良い。
また皆には私が用意した宋か元の時代の綾錦を仕立てた風帯を配った。
横浜の古美術店で反物のままに展示された物を見つけ、当時の王朝でも相当な物だったと思うほど高貴な神気が宿っていた。
それを人数分に裁断し裏衣を付け、首か肩に巻き付けられるようにした物だ。
嵩張らずこれだけでかなり強力な浄域を張れるので、瘴気邪念に対しての安全度はかなり高まるだろう。
吉井さんがこの風帯を早速和服の襟巻にして
「まさか宋元の錦をこの私が纏う事があるなんて、思ってもいなかったよ!朝比奈君、有難う!」
と大喜びで握手してくれた。
吉井さんにはすでにカフェ浪漫主義に飾る珈琲の歌と酒の歌を書いて貰っていたので、私も恩返し出来て嬉しい。
もっと喜んでいたのはシスタークリスタベルだった。
腕にショールのように巻いたり両肩に回して背中にひらりと流したり大はしゃぎだ。
「とても美しいデス!聖女になったようデスネ!!」
他の皆も気に入ってくれたようで、お揃いの物が一つあると一体感が生まれる。
やや高額の買物だったが、私としても作って良かったと思う。
出来れば今度小さな瘴気が出た時にでも、皆で集まって技を研き合おうと決まった。
年明け早々に菊池君が年賀に来て、ついでに竜さんと道雄君のイエーツの翻訳本の出版が決まった。
その上竜さんの短編ファンタジーの「精霊物語」も雑誌に連載される事になった。
どうやらしばらく前から竜さんは翻訳は道雄君に任せ、この精霊譚の構想を練っていたようだ。
私も初めて見せてもらったが、西洋の妖精やギリシャローマの神々の話と日本の伝説や八百万の自然神を上手く合体させ、大人も読める東洋風のファンタジーに仕上がっている。
舞台は平安か鎌倉時代のとある知られざる都となっていて、第一話は春の精霊と闇の妖の駆引きが面白く描かれていた。
謎が謎を呼ぶような次作への伏線は、私も少しアドバイスしておいた。
元々彼は今昔物語などの伝説を短編小説にするのは得意だったから、大まかなイメージさえ掴めば書くのは早い。
おまけにこの女神の庭での生活で夢幻世界を実感出来ただろうから、それを踏まえて幾らでも着想が湧いて来るはずだ。
もう以前のように俗世間の文芸論争に振り回される事なく、自分の面白いと思える物だけ書けば良いのだ。
私が知っている戦前の日本の文芸界では宮沢賢治の他はファンタジー小説は皆無だったが、竜さんなら当然偉大なファンタジー作家になれるし、英国のトールキンの「指輪物語」に先駆けた歴史浪漫の大作ファンタジーもきっと書ける。
一方の道雄君は先日話を聞いたところ、英国浪漫派の翻訳は楽しいので是非続けて行きたいと言っていた。
そこで私も良い出来だと思った数篇を蒲原先生に送って見て貰ったのだ。
蒲原先生は英国浪漫派でもロセッティ以外はあまり興味が無かったが、道雄君の訳を見てその文語韻律に感心したそうだ。
あの蒲原有明に感心されるとはねと竜さんも驚き、とても羨ましがっていた。
まあ一応道雄君の師匠は私だから、彼は蒲原有明の孫弟子となるのだ。
後世になっても英語詩の文語韻律の訳はほとんど無かったから、多分彼が英詩訳の第一人者になって行くだろう。
彼自身は当分は茶画詩庵の仕事をしながら翻訳は趣味でやって行きたいとの事で、私も先々の事は昭和恐慌を凌いでから改めて考えたいと思う。
そして鎌倉の正月の賑わいも過ぎた頃の休店日に、待ちかねた俳句対決の日が来た。
前回対決した四人に芥川君の旧友の室生君と秋桜子君が加わっている。
選者はまた吉井さんと虚子先生が来てくれた。
組合せは私と竜さん室生君の組と、久米君日夏君秋桜子君組だ。
大佛君はまた観戦記を書いて売るらしく、脇の小机に準備万端整えて待機している。
「前回の対決が我がホトトギスでも話題になりましてね、是非来たいと言う人が大勢いた中で秋桜子君が代表になったんですよ。」
虚子先生が笑いながら説明してくれた。
「秋桜子さんは専門俳人の中でもばりばりの新鋭なんだから、少し手加減してくれないと。」
と、竜さんが牽制する。
「そちら側には朝比奈さんがいるのだから、これで互角でしょう。」
秋桜子君は前の虚子庵での句会から私を高く買ってくれているようだ。
「以外と日夏君が凄い句を用意してそうだし、室生君も句歴は長いからきっと良い勝負になりそうだ。」
選者の吉井さんも期待している様子だった。
「遅れて申し訳ない!」
縁側の方の障子が開いて、萩原朔太郎が入って来た。
「やあ萩原君も来てくれたのか。」
仲の良い室生君が出迎える。
「間違って東海道線に乗ってしまったんだ。」
「君も出句するかい?」
「いや、僕は見物だ。」
「『月に吠える』の萩原朔太郎君ですね。読ませてもらいましたよ。」
虚子先生が口語自由詩を読んでいたとは意外だった。
「あ、有難う御座います!」
「だったら萩原君も選者に加われば良い。専門俳人と歌人と詩人の選者が揃えば面白いよ。」
吉井さんの薦めで萩原君も選者席に付き、両大家の傍で緊張している。
「では皆さん、出句をお願いします。」
大佛君が進行役だ。
今日は個人対決はやらず、組対決で正月と冬の雑詠で二回戦勝負だ。
選者はそれぞれ持ち点三づつ。
当句された短冊の句を大佛君が清記し、筆跡で誰の句かわからないようにして選者に配る。
一回戦の正月の句の結果はすぐに出た。
二点句が三句あった。
[何の菜のつぼみなるらむ雑煮汁]
室生君の句だ。
初参加ながら幸先良く点が入って良かった。
[籠編むや籠に去年の目今年の目]
久米君だ。
暮も正月も変わらない農家の暮らしを上手く詠んでいる。
[初日さす軒端を落ちる一雫]
竜さんだ。
初日に輝きながら落ちる霜解の水滴だろう。
美しい句だ。
三点句は
[牛頭の岩馬頭の波初明りかな]
これは私の句だ
「まだ暁闇の中にある岩と波の形を地獄の牛頭馬頭に例えて、荘厳な初日の光となっているよ。大した物だ!」
萩原君が大層感心してくれた。
しかし以外な事に秋桜子君が音無しだった。
返ってこの後が怖い気がする。
日夏君は頼みの萩原君の選にも入らなかったようだが、後世で私の知っている萩原朔太郎は蒲原先生を崇拝しているように、彼の好みは実は古典主義的なのだ。
二回戦は冬の句だ。
一点句が三つ
[鶴ヶ丘や元朝の女色らみな舞はむ]
日夏君の句だが正月の句を敢えて冬の句の回に出して来たのが彼らしい。
狙い通り萩原君が選んだようだ。
[凍る門眞一文字に開きたる]
久米君だ。
凍朝の硬質な感じが出ている。
[幾筋の煮炊の烟寒鴉]
竜さんの句。
朝の家並の上を飛ぶ鴉を詠んで、冬ざれの街の感じが良く出ている。
三点入ったのがニ句ある。
[紅椿氷の下を流れけり]
私の句。
散った寒椿が川岸近く凍った所を流れていた景だ。
「紅が印象的ですね。朝比奈君、本当にホトトギスに来ないかね!」
これは自分でも虚子先生好みの句だと思う。
三点句がもう一つ
[伊豆の海初凪せるに火桶あり]
秋桜子君の句だった。
初凪は正月の部に出しても高点句だったろうに、火桶で冬の部に回したのか。
いずれにせよ遠近の構成が見事に効いている。
さすがにホトトギスの誇る新鋭俳人だ。
勝負の結果は久米君日夏君秋桜子君の組が合計七点、私竜さん室生君の組が十一点だった。
「また面白い勝負を見せて貰いましたよ。文士詩人諸君の俳句熱にも感心しました。」
虚子先生も楽しまれたようで良かった。
「水原君は出句の手違いがあったみたいだね。」
吉井さんも気が付いていたか。
「ええ、このような句会は初めてなのでね。失敗しました。」
「いやあ、聞いてはいましたが楽しい句会ですね。今度詩の方でも出来ないかなあ。」
萩原君も少しは俳句もやるようだから、次回は出句して貰っても良いだろう。
帰り際には虚子先生が機嫌良く茶画詩庵向けに短冊を書いてくれた。
[初富士や草案を出て十歩ほど]
虚子庵を詠んだ句だ。
虚子庵もまた、この句のように俳人達の小さな楽園だ。
「先生、今日は有難う御座いました!!!」
皆整列して虚子先生のお帰りを見送る。
当然猫八幡のお土産は忘れず渡した。
「また虚子庵の句会にもいらっしゃいな。」
「はい!秋桜子君もまた是非一緒に。」
「うん、また勝負しよう!」
こうして楽しい風雅の友がまた増え、我が庵にも良い正月となった。
誤字報告をいただき、内容を修正致しました。ご報告ありがとうございました。また、ご連絡に気づかず、反映が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。




