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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
42/79

42 復活の文士

昭和2年夏

自殺を図った芥川君は、いや今は竜田川涼と名を変えた通称竜さんは、我が女神の庭にある離れで静養中だった。


歴史では彼の睡眠薬による自殺が発見されたのは7月24日の朝だったが、私はその前日の夜に久米君を説き伏せて共に彼の家に行き、私の未来の知識を教える事は出来ないがそれとなく死を思い止まるように話はした。

だが我々の思いも虚しく夜遅くなり家を辞さざるを得ず、仕方なく私と久米君は近所から彼の部屋の窓明りを伺う事にした。

やがて明りが消え一時間ほどすると呻き声が聞こえ出し、我々は一切構わず扉を叩き大声で奥さんを呼び緊急事態を告げた。

私は事前に医師から聞いていた対処法で嘔吐薬と大量の水を無理矢理飲ませて胃の中の物を吐かせ、救急の医者が駆けつけた頃には何とか命を取り留めた。

その後二週間ほど入院の後に我が女神の庭で療養させる事にしたのだ。

そしてシスタークリスが紹介してくれた英国人医師により当時の日本ではあまり知られていなかった重度の鬱病と診断され、以前の生活を断ち切り鎌倉でカウンセリングを受けながら規則正しく健康な生活を取り戻している所だ。


この事は彼の家族とごく親しい友人にしか知れされず世間では芥川龍之介は死去した事になり、久米君や菊池寛君の協力で葬儀も行われた。

私と英国人医師がこれまでの生活を続けると再び自害しかねないと家族を説得し、強引に生まれ変わらせたのだ。

彼の鬱病の兆候は私には一年以上前からわかっていてそれなりの助言もしていたのだが、なかなか会う機会も減りまた彼の家族の問題にまでは口を挟む訳にも行かなかった。

また昨年結婚して鎌倉に越して来た久米君も私以上に心配していたが、肝心の当人が当時の厨二病のように流行していた「現代人の苦悩」の文学に嵌り、苦悩する事が小説家の義務とまで思い込んでいて如何ともし難かったのだ。

せめて彼も会っていた釈宗演老師の言葉を思い出せば、そんな物は古来から幾らでもある凡俗達の煩悩に過ぎないとわかったはずだ。

きっと老師の獅子吼の一喝でも喰らえば、もっと早く目が醒めただろうに………。


いずれにしろ起こってしまった事を悔やんでも仕方ない。

しばらくはそっとしておくのが一番なので、彼の日常の世話は道雄君に頼み私はあまり長い話はしないようにしていた。

処方された弱めの睡眠薬も医師の指示で道雄君が管理していて、例えそれで眠れなくても次の日の昼にでも寝れば何の支障も無いと説明してある。

私は未来の知識で鬱病の治療は少なくとも半年は掛かると知っているので焦りは無い。

まずは食事運動睡眠などの基本的な生活がある程度規則正しく出来るようになるのが先決だ。

嫌いだった風呂もシスタークリスに睡眠に良い効果があると説得されて入るようになった。

女神の加護があるこの庵なら、やがては必ず完治できるはずだ。

竜さんも玉ノ井で顔を洗う時にたまに女神像に手を合わせていた。

さらにここなら夏の暑さも秋の残暑も東京ほど酷くはない。

特に今年の東京は数十年に一度と言う酷暑だったようだから、そのストレスも彼には大きかったに違いない。

清水の湧き出す玉依姫のやぐらの周辺は、夏でもひんやりした清浄な空気が漂っているのだ。

ここ以上に良い静養地はなかなか無いだろう。


鎌倉に日々秋風が吹き渡り、茶画詩庵恒例の中秋の宴の日が来た。

久米君大佛君に透音さんやクリス達が来て、庭の秋草と薄の辺りの縁台で茶菓を楽しんでいる所に、あえて無理には呼んでいなかった竜さんが出て来た。

「やあ皆んな。」

まだ元気な声とまでは行かないが、彼が自らの意思で挨拶に出て来ただけで大きな進歩だ。

以前クリスが皆に鬱病の事を説明してくれていたので、一同喜びながらも静かに挨拶を交わしている。

文士仲間達も過去を思い出させないように、しばらくお見舞いは遠慮していたのだ。

しかも驚いた事に彼が今日詠んだと言う句を句会に出して来た。

[縁台に背中合わせや風は秋]

数カ月前までの難渋さがすっかり取れて、素直さや清々しさが感じられる句だ。

「風は秋」は普通なら「秋の風」とするのを、入れ替えた技には気力も戻っている気がする。

久米君もそれを感じ取ったのだろう、ちょっと涙ぐみながらも「背中合わせ」が上手い上手いと褒めちぎっていた。

今暮れなんとする紫紺の空の端には丁度満月が顔を出し、夕空の隅々まで風が澄み渡るように吹いている。

竜さんは皆の心遣いを感じてか静かに微笑みを浮かべながら、天に満ちゆく月光を眺めていた。


季節は静かに過ぎ行き暦の上では立冬を過ぎたが、温暖な鎌倉では今からが最も晩秋の風情を味わえる時期だ。

茶画詩庵もすっかり地元の知る人ぞ知る茶屋として軌道に乗っていた。

猫八幡も折々の茶事や土産には欠かせないほど親しまれている。

今は秋の散策に丁度良い時期で観光客も多いが、我が庵は路地の奥にあるのでさほど混み合う事も無く、地元の常連さん達が主な客なので閑寂さは守られている。

女神の庭の季節の花々や折々に飾る詩書画を楽しみに来る人も増えた。

竜さんはその後も順調に回復している様子で、最近では食欲も旺盛でガリガリだった体重もようやく増加して来た。

散歩がてらの運動も習慣となり、夜も薬無しで熟睡できるようになったようだ。

今日は草紅葉の中に吾亦紅や晩菊の咲く庭で、彼にも見えるようになった花の精達とのんびりしている。

その傍らの縁台に道雄君が茶菓を運んで行った。

「竜さん、お茶をどうぞ。」

「やあ、有難う。君の英国浪漫派の研究は進んでいるかい?」

「アイルランドのケルトの伝説が良くわからなくて………」

「アイルランドなら僕のお得意なんだ。昔イエーツにのめり込んでいてね。あの頃は楽しかったな。」

「イエーツなら妖精物語の詩が良いですよね。」

「そう。あれは名作だよ。」

ああ、竜さんが抵抗無く文芸の話が出来るようになった!

我々は過去を思い返さないように文芸の話題は避けていたのだが、あの様子だと道雄君とは少し前から浪漫派の話をしていたようだ。

彼は文芸以外に取り柄が無い人だから、芸術への脅迫概念に追われ返って書けなくなった事を乗り越えられれば、今後はまた執筆活動に戻るのが一番好ましい。

今度機会があったら私も茶話ついでに詩歌の話でもしてみよう。


鎌倉の紅葉の見頃は遅く、十一月中旬から十二月初旬だ。

茶画詩庵の裏山が秋色に染まり、黄金に輝く落葉が女神の庭に降り注ぐ。

そんな晩秋の静かな午後に久米君が二人の客を連れて来た。

芥川君とは盟友だった室生犀星と萩原朔太郎だ。

「やあ、良く来てくれたね。」

「芥川君、じゃなくてもう竜田川君だな。良かった、本当に良かったよ!」

「ああ、心配かけたね。久米君とこの朝比奈君のおかげだよ。」

「お二人ともようこそ!朝比奈です。」

「噂の蒲原先生唯一のお弟子さんか!羨ましいよ。」

「萩原です、宜しく。」

例によって久米君が二人を玉依姫のやぐらへ案内する。

「どうだい、この女神様の元ならどんな病も治る気がするだろう!」

「ああ、こんな俺でも浄められた気がする。」

「この庭は良いね!まさに聞いていた通りの女神の庭だ。気に入ったよ。」

室生君は庭作りの本を出すほどの庭園好きなのだ。


彼等は座敷には上がらず、庭の縁台でしばらく近況などを語って帰って行った。

今日は病人を気遣って長居を遠慮したのだろうが、年が明けたら以前やっていた鎌倉文士の四季の句会をまたやろうと言う事になり、その時はゆっくり鎌倉の正月を楽しんで行くそうだ。

特に室生君は何冊も句集を出すほどの俳句好きで、竜さんともよく旅吟に行っていた。

竜さんも句会は楽しみだと笑顔で言っていたから、鬱病の方ももう大丈夫だと思う。

私もそんな冬が楽しみになって来た。

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