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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
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39 浪漫のカフェ

あくる朝の玉依姫への挨拶の時に、昨日迷った二箇所の土地の事を問うてみたが何もお告げや兆しは無かった。

木花咲耶姫も同じだったが、田の神の所で何となく南が吉と聞こえたような気がした。

言うまでも無く営業や集客の面では断然ここより南の小町通りの方が良い。

山を背負った洋館のカフェも浪漫があって捨て難いのだが、山なら茶画詩庵も背負っているのでそれで十分とも言える。

玉依姫に何の反応も無かったのを考えると、あちらの山にはここのような浄域も無さそうだ。

よし、小町通りの土地に決めよう!

あそこはつい最近まで田畑だったから、田の神の気に入ったのかもしれない。

それなら田の神にあちらへご遷座頂いて、敷地の一部を店で使う菜園にしても良いだろう。

さっそく私はその午後の店を道雄君に任せ、不動産屋で手続きを済ませて来た。

これで先々の建物の建設費や諸々の店舗経費を入れれば、我が家の資産の六割は確実な物に投資し終わった。

あとは残る四割程度を現金で持っていれば、恐慌が起こるまでのデフレの間はもう動く必要も無いだろう。

旧来の新之助が恐慌で全てを失う事になったのは、多分株式証券類への投資だったろうからこれで一応安心だ。

家の没落が防げれば朝比奈家の御先祖達にも大いに面目が立つ。

転生以来の私の大きな気掛かりが解消し、私は足取りも軽く帰路についた。


茶画詩庵に帰って来ると門前で軍服を着た男が何やら怒鳴っていた。

「男のくせに軟弱な花いじりなんぞしやがって!」

庭掃除をしている道雄君に絡んでいるようだ。

道雄君は男を無視して掃除を続けている。

大した物だ。

「おい、聞こえねえのか!この餓鬼!」

「餓鬼とは我が事か!」

私は男の前に割って入り、言霊に神威を乗せて問い糺す。

「………ちっ。」

と吐き捨ててその貧相な軍人は立ち去って行った。

「お師匠さん、お帰りなさい!」

「ああ道雄君、立派な対応だったよ。」

「軍人さんだからあまり言い返さない方が良いと思って。」

「うん、どうせあの手の(やから)はこの女神の浄域には一歩も入れないからね。」

「はい!」

私は先程の軍人の邪悪そうな目付きに、今後やって来る軍国主義の時代を思い起こされた。

ここに何度か来てくれた横須賀海軍の人達のような立派な軍人もいるのだが、残念ながら時代の流れはどうしようも無いだろう。

私はせめてこの女神と文士達の楽園を護って行くだけだ。


今構想しているカフェ浪漫主義にはこの庵のような神気の結界は無いので、あのような輩の客も来るかもしれない。

カフェは茶画詩庵よりはやや俗世寄りの店になるだろうが、酒類を提供する以上それは覚悟している。

昭和に入ればだんだん軍国主義の色合いが強まって来る。

武神である鶴ヶ丘八幡宮のお膝元の店には軍人客も多い。

鎌倉在住のまともな海軍のお偉いさんあたりが常連客で来てくれれば軍人達には睨みも効くだろうから、開店の時はお隣りの山本さんにでも聞いてみよう。

しかし先々そんな暗い世相になるからこそ、この浪漫のカフェをやって行く価値があるのだ。

やがて来る暗黒時代に生き残れるだけの明るく知的な店にしなければ、あえて私がやる意味が無い。

鎌倉は第二次世界大戦でも空襲は受けず、戦後までもこの店は残る。

軍国主義以前の鎌倉にあった美しき文化を、戦後の世代にまで残し伝えるのがカフェ浪漫主義の役割だ。


夕方に植達さんが花や芽吹きの具合を見に寄ったので、新しいカフェのプランを話してみた。

彼は洋風の店舗の庭は専門では無いと言いつつ、私のイメージを聞いてやる気が出て来たようだ。

建物はまだ数年後としても、銀杏は早く植えておいた方が良いと言う。

大木になってからは移植出来ないから、今から若木を植えて数年後には少しでも大きくなっているようにするのだ。

それなら建築プランの図面に銀杏を植える位置と本数を加えて渡せば良いだろう。

あとは菜園で育てたいハーブ類の種が入手出来ないか聞くと、薔薇と一緒に横浜の輸入植物の業者に問い合わせてみると請負ってくれた。

茶画詩庵の庭の桃は山桜より少し早めに咲くそうで、三月末には菜の花や紫雲英と共に花の女神の楽園が見られる。

その頃の土曜日を花の宴にして、次の日曜日に植達さん一家を招待する事を伝えると、彼はとても喜んで応じてくれた。


植達さんが帰った後に私はカフェの見取図を書きながら、肝心の料理のプランをもう少し詰めてみた。

庭や建物の外装は昨日のイメージで作れそうだが、料理はこの時代で入手可能な材料でしか作れないのだ。

料理は唐揚げを主とした鳥料理とフライドポテトが中心だ。

魚フライのタルタルソースも今ならまだ斬新な料理になる。

味や香は自家製でハーブ類さえ育てられれば他店との競争にも勝てるだろう。

牛肉はまだ量の確保が難しく、豚肉はすでに豚カツ屋が震災前から流行っているので勝目は薄い。

酒類はビールが昭和に入るとだいぶ安くなるので店の主力にしたいが、電気冷蔵庫の普及は戦後からだから氷屋の配達が確保出来るかどうかだ。

ワインは多少高くても輸入に頼るしか無い。

昼はカフェ中心になるが、茶画詩庵とは趣きを変えて取手のあるコーヒーマグを使おうと思う。

これには当てがあって、昭和初期には瀬戸や益子の民藝釜が輸出用に陶器のコーヒーカップを作り出すはずで、料理用の洋食器も同じ窯場の陶器類で揃えたい。

色絵磁器はどうしても上品で貴族的な紅茶のイメージが強く、鎌倉の店ならもう少し武骨な感じで行きたいのだ。

ついでにビールのジョッキとワインのタンブラーも陶器で揃えてしまうのも良いだろう。

軽食用にも最低スコーン類とサンドイッチくらいは要る。

ツナ缶も昭和初期に生産が始まるからツナサンドは行けるだろう。

ハム類はまだ高過ぎて使えない。

さてこの辺までなら今の私でも作れる物だが、これ以上は腕の良い料理人が来てくれるかどうかで変わって来る。

レシピは知っていても食材や器具や、何より腕が伴わなければどうしようも無い。

店舗の建築時期は震災の復興需要が一段落しないと人手も木材も目処が立たないので、あと二三年後から昭和恐慌前年までの間としておこう。

それまで時間はたっぷりあるので、人材確保や機材とインテリアに必要な浪漫主義調の品々はじっくり集められる。

そうだ、日本の浪漫主義なら吉井さんのやっていた明星やスバルは欠かせない。

出来れば彼に頼んで創刊以来のバックナンバーを揃えられればカフェ浪漫主義の飾りに持ってこいだ。

二階を時計塔のような外観にして、中を洋館の書庫風のティールームにするのが良い。

さて、予め考えておくべき事はこんな所だろうか。

またイメージが膨らんだら付け足せるように、専用のスケッチブックに図面を張り込んでおいた。


夕食時に道雄君にも新しいカフェのプランを話した。

彼も目を輝かせて聞いている。

銀杏の木に囲まれた中の浪漫のカフェと言う所が気に入ったようだ。

いかにも英国浪漫主義の本が大好きな彼らしい。

今度の英語教室でシスタークリスタベルにも話したいと言う。

私はクリスには知恵を借りるかもしれないから話しても良いが、まだだいぶ先の事だし他には企業秘密だと言っておいた。

その時が来たら彼にもいろいろ手伝って貰わなければならない。

もう三四年すれば彼も一人前の大人だ。

そして上手く昭和恐慌を乗り切れたら彼に店を任せたいと思っている

私の使命はその後に起こる狂的な国粋主義と、その反動で起こる戦後の日本の伝統文化否定に立ち向かう事だ。

昭和の戦中戦後は今の鎌倉の瘴気どころでは無く、日本中至る所に亡者や魑魅魍魎(ちみもうりょう)跋扈(ばっこ)する時代となる。

そしてその結果私が居た21世紀の日本は全ての聖性を失い、しかもその卑俗化を気にも留めない国民性へと成り下がるのだ。

幸い戦火を免れるこの鎌倉だけには、自然神と共に生きる四季折々の美しき暮らしと聖性を残して、戦後生まれて来る世代にまで伝えてやりたい。

茶画詩庵もカフェ浪漫主義も、やがてはその為の梁山泊(りょうざんぱく)となってくれるだろう。

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