36 シスタークリスタベル
立春から営業時間を増やした茶菓詩庵の売上は予想以上に伸びていて、震災からの復興気分と春の陽気も合わさり、私と道雄君も明るく仕事に取り組めた。
庭では梅の花に代わり杏が咲き出している。
小鳥達は活発に庭を訪れ、鶯の鳴声も一声だけだったのが長く多彩になって来た。
だんだんと春の深まる小さな楽園に、陽は燦々と降り注いでいた。
作るのに手間が掛かるのが難点だが、茶菓詩庵の特製鶯餅は相変わらず人気がある。
ただ店で鶯餅を出せる時期は桜が咲くまでで、桜の初花からは伊予柑ジャム入りの猫八幡と普通の桜餅を木型で五弁の形にした物を出す予定だ。
洋菓子も伊予柑ママレードのスコーンに変えて陳皮の時より風味が増し、陽気も暖かくなった事もあり焼立てで出さなくとも十分だろう。
猫八幡用の金型も届き、その試作も終わっている。
また鎌倉駅周辺の商店で大抵の商品は揃うようになり、我家の食生活も改善されて来た。
道雄君は育ち盛りだから蛋白質を多めに摂らせるようにしたい。
日曜日は道雄君の英語教室だ。
彼の向学心は大変な物で、教会で配布された教科書はもうほとんど読んでしまった。
まあ英国では小学生向け程度だろう英語の初歩の本だから、基本さえわかれば辞書を引き引きどんどん読める。
彼には教会では主に発音や会話を教わるとして、自分でもう少し上の教科書を買うように言おう。
昼前に帰って来た道雄君に教室の様子を聞いてみた。
英語の講師は震災後に本国から派遣されて来たクリスタベル・シェリーと言う若いシスターだそうだ。
きっと教会を立派に建て直すために教団も力を入れて何人か増員したのだろう。
そのシスターの日本語の習得が驚く程速いそうで、それに一役買っているのが透音さん達らしい。
年齢が近いし透音さんや朝子さんも英語は得意だから、すぐに仲良くなるのも頷ける。
その日の夕方、私は買い物がてら久しぶりに由比ヶ浜の海岸に出てみた。
すっかり瓦礫も片付き、津波にも生き残った数本の松越しに遠く春の富士が夕陽に浮かんでいた。
句歌帳に幾つか浮かんだ断片を書いておく。
ふと目を移すと滑川河口の向こう側、材木座海岸の方に袴姿と修道服の娘さんがいる。
たぶん透音さんと道雄君に聞いたシスターだろうと思い、私は橋を渡り材木座側へ行ってみた。
近寄って見ているとどうやらその透音さんとシスターが、何と二人で瘴気祓いをしているではないか。
シスターも何やら神気のような物を纏っている。
キリスト教でも神気と呼んで良いかわからないが、清浄な気配は透音さんの神気と同じだった。
波打ち際には津波の時の残骸が打ち上げられていて、そこから発生していた瘴気を祓ったのだろう。
「透音さん、何かあったか?」
「ああ、朝比奈さん。海岸ではまだたまに犠牲者の遺品などが打ち上げられる事があって、それを探しに来るご遺族の方もいるんです。中には今のように怨念の晴れない物もあって………」
「それを見回っていてくれたのか。ご苦労様。」
海に流された遺体の捜索は浅瀬では一通り終わっていたが、遺品や瓦礫は未だに浜へ打ち上げられる時がある。
「海岸は私より主にこのシスタークリスタベルがやってくださっているんです。」
「それは有難う、シスター。朝比奈です。」
「クリスタベル・シェリーと言いマス。よろしくお願いしマスデス。」
「ああ、道雄君が英語教室でお世話になってる方?」
「はい、クリスと呼んでくだサイ。」
「本当に日本語がお上手だ!」
「道雄君もイングリッシュどんどん上手くなっていマス。」
彼女は白の修道服にウィンブルと呼ぶ白い頭巾を被った、すらりとした背格好の娘さんだった。
お祓いと言ってもキリスト教のエクソシストとは違う感じで、私には未来のゲームの白魔術師に見える。
「透音さんに日本のお祓い教わりマシタ。」
ええっ!キリスト教でもお祓いして良いのかなあ。
イギリス国教会では大陸のカトリックと違い、ある程度精霊や妖精も認めているから八百万の神でも良いのかもしれない。
かのラフカディオ・ハーンも日本の神々を認めていたし。
「クリスは私より神威の高い一撃が撃てるんです。」
「へえ!そりゃ凄い。」
透音さんは膨大な神気の量で広範囲を殲滅出来るが、単独の強敵に対する攻撃力はさほどでも無い。
クリスはその逆に一撃の攻撃力が高いと言う事だ。
これはまたメソヂスト教団もとんでもなく優秀な人材を送って来たな。
私は今は再建途中にある鎌倉教会の完成後の壮麗な建物を知っている。
教団もここは日本への布教の重要な拠点と考えているのだろう。
彼女自身も伝え聞いた大災害の被災者達には随分と心を痛め、志願して来日したそうだ。
そのクリスがまだ日本の茶菓を知らないと言うので二人を茶画詩庵に誘った。
私は座敷に入った彼女が正座しようとしたのを止め、武家に正座の風習は無かった事を説明し横座りにして貰う。
女性も宮中の女官は袴姿で片膝立てで座るのが普通だった。
古画の小野小町も源氏絵巻の女性達も決して正座などしていない。
席には道雄君も加わり、昨日の残り物だが鶯餅をちょっと炙り抹茶奥麗と一緒に出した。
クリスは鶯餅の可愛らしさがとてもお気に召したようだ。
道雄君にもしきりに和菓子の事を聞いている。
透音さんも炙った鶯餅は初めてで、香りはこちらの方が良いと喜んでいた。
床に飾った杏の花がひとひら音も無く散り、英語混じりの楽しいお茶会の時間は過ぎて行く。
武神の巫女と英国の修道女が仲良く茶話でくつろぐ光景は、実にこの花鳥の楽園にふさわしい物だった。
帰り際に道雄君と透音さんがクリスを玉依姫のやぐらへ案内した。
彼女も姫神の清浄さに打たれたように厳粛な表情で手を合わせていた。
一日一日春の盛りに近づくこの頃は、毎朝小さき神々に挨拶がてら庭の草木を見て回るのが楽しい。
植えた生垣の椿がしっかり根付いたようで春咲の花も咲き出した。
草花の種を蒔いた所も数ミリ程の芽が出ていて、春の庭は日々新たな発見が尽きない。
元畑の畦だった辺りにはもうすぐ土筆や蕨も生えて来て、琳派の描いた絵のようになる。
時折り鳥が山の藪椿の蜜を吸う時に花を落とし、それが下の庭まで転がって来る。
木花咲耶姫の祠の周りにも散り椿が溜まっていた。
年を経て祠の石がもっと苔むしてくれば紅緑の対比がもっと鮮やかに見えるだろう。
花の女神も神気をすっかり取り戻し、我が楽園に次々と春の花を咲かせてくれる。
この分だと三月下旬には種々の花々の盛りとなり、ここに生命感に満ち溢れた花鳥の楽土が実現するはずだ。
そして桜が咲き出す頃にはこの離俗の楽園に風雅の士達が集まって花の宴を繰り広げる。
伝説の詩にある蘭亭曲水の宴が再現され、そんな情景が文士達の心の故園となってくれればと願う。
三月に入り茶画詩庵では鶯餅に代わり猫八幡と輪花形の桜餅を売り出した。
猫八幡は持帰り用の菓子折も用意したのが大当たりで、早急に材料を買い足すはめになった。
持帰りの菓子折は店内での売上げの三倍も売れている。
猫八幡の作成は道雄君の担当になっていて、彼も自分が作った物が皆に喜ばれて感激していた。
私もそれぞれの家庭や友人達で楽しく食べて貰えるなら嬉しい。
こうして少しづつでも鎌倉の災害の傷痕が癒え、人々の暮しに笑顔が戻る一助になればと思う。
[鎌倉に猫八幡の笑顔あり 春の日永に秋の夜長に]
これは菓子折の包みに添えた宣伝用の私の戯れ歌だったが、この上の句がもう鎌倉人の間に広まって皆の笑いを誘っていた。
そして毎週日曜日の英語教室が終わった後の昼時に、透音さん朝子さんとシスタークリスタベルが庵に集まるのが恒例になってしまったようだ。
彼女達の接客は道雄君がしてくれる。
テーブル席の方で猫八幡や三色団子を頬張りながら、時には洋書を取り出して英詩の話しなどもしている。
大佛君、久米君、芥川君もちょくちょく寄って、その詩談に加わる事もあった。
皆英語も達者な人達なのでクリスもすっかり居心地が良いらしい。
朝子さんは豊島屋の鳩サブレを買って来て、これと抹茶奥麗の取合せが一番だと皆に薦めている。
庵は休店日だから皆いつまでも好きにくつろいでもらえば良い。
その後の午後、客は道雄君に任せて私は本屋を覗きに行った。
頼んでおいた本のリストの五割ほどがもう届いている。
久米君芥川君達の著作はほぼ揃っていた。
さっそく今度署名を入れてもらおう。
竹久夢二の詩画集も結構来ていたが、明治の泉鏡花らの本はもう少し待ってくれと言われた。
両手に重く大きな風呂敷包みを下げて庵まで二往復、運び終わった時には肩がぱんぱんに張っていた。
これなら人力車を頼めばよかった。
明日は筋肉痛にならなければ良いが………




