35 俳句対決
いよいよ俳句対決の日が来た。
今朝はしっかり玉依姫と木花咲耶姫はもとより、田の神にも御神酒を供えお参りしておいた。
蒲原有明の弟子としてホームグラウンドで負ける訳には行かない。
会場となる座敷の掛軸は蕉門十哲の杉山杉風の句
[春雨や鷽這入る石灯籠]
その下には素朴な古丹波の鶴首徳利に薮椿を一輪活けて、俳味の強い床飾りになっている。
庭の正面には散り出した紅白の梅に代わり、遅咲きの薄紅梅が咲いていた。
席を整え終わると真っ先に大佛君が来て、自分で観戦席を作り小机を運んで座った。
続いて久米君を先頭に芥川くんと日夏君が揃ってやって来る。
待つ間もなく門の方から笑い声が聞こえ、玄関に出迎えると吉井さんと………何と高浜虚子が来ていた。
「やあ、選者が私だけだと不満が出そうだから、専門の高浜さんに来て貰ったよ。」
「ようこそお越しくださいました。朝比奈です。」
「君が朝比奈君ですか。蒲原さんのお弟子だそうで、吉井さんがしきりに褒めていらした。」
「恐れ入ります。さあこちらへ。」
座敷では皆起立してお迎えだ。
芥川君は以前何度かこの大俳人に俳句の指導を受けていて、最敬礼で挨拶している。
鎌倉における高浜虚子の名はそれほど響き渡っているのだ。
二人が選者席に着き我々も着席する。
「では始めようか。歌合わせと同じ要領で良いね。」
進行は吉井さんがやってくれる。
組分けは日夏芥川組と久米朝比奈組、まず一対一の対決だ。
出句は春の句ならなんでも良い。
専門結社の句会だと当日嘱目とか題詠とかのルールもあるが、文士の句会だからそこは大雑把だった。
二回戦終わって同点なら四人いっぺんの決勝戦となる。
一回戦は芥川君対久米君だ。
芥川君の句は
[霜どけの葉を垂らしたり大八つ手]
対して久米君。
[鶯に縞の羽織を着たりけり]
うーん、これは両者甲乙付け難い。
芥川君のはしっかりと出来た写生句で、久米君も春先の風情が良く出ている。
ただ縞模様には鶯より百千鳥とした方が合う気がする。
選の結果は芥川君に二点入って、彼の勝ちとなった。
二回戦は日夏君対私。
日夏君の句は
[紫さむる峰に春光かぎろひけり]
私は
[眩しくて見えぬ辺りで囀れり]
日夏君はわざわざ高浜虚子のライバル碧梧桐ばりの破調で来たが、破調の上に季重なりでは………
結果は私に二点。
これで四人一緒の決戦に持ち込まれた。
決勝戦の投句は芥川君が
[荒あらし 霞の中の山の襞]
霞の柔らかさと岩壁の硬さの対比が効果的だ。
久米君は
[岨の空瑠璃極まりて梅に翳]
これは玲瓏たる空の青さが白梅の影にも青味を感じさせて見事な句だ。
日夏君
[はたなかに案山子囁めく春の宵]
日夏君は案山子が秋の季語と知っているとは思うが、囁くの読ませ方もねえ………
私の句は
[宗演のむかし獅子吼の山笑ふ]
私の句はちょっと狡いが、選者二人と親しかった今は亡き円覚寺稀代の名僧の釈宗演を詠んでいる。
獅子吼とは禅僧の大音声の一喝の事だ。
選者は一人あたり二句選ぶ。
結果は私が二点、久米君と芥川君が一点。
今日の選者二人には日夏君の手の内は見透かされた様子だ。
彼もさすがに虚子大先生の前で負け惜しみは言わないが、その黙し俯く姿からは怒気と言うより妖気が漂っていた。
句会が終わって皆に茶菓を運ぶ。
鶯餅は良いとして、虚子先生には抹茶は極上品でないと出し難い。
我が庵の茶葉は中の上程度なので、ここは抹茶奥麗にしておいた。
「今日は文士諸君の遊俳と聞いて来ましたが、皆さん俳句の方も大した物ですね。」
「朝比奈君は短歌の方も一流でね、蒲原先生仕込みの雅語や倭詞の使い方も上手いよ。」
「朝比奈君、今度うちの句会にもいらっしゃいよ。芥川君も以前来ていたんだし、皆もどうぞお出でなさい。」
「有難う御座います!是非折をみて伺います。」
鎌倉の虚子庵の句会には一度行ってみたかったのだ。
「それにしても鎌倉にこんな良いお茶屋さんが出来たなんて、また立子でも連れて寄らして貰いましょう。」
星野立子さんは虚子先生の娘さんで、女流俳人の草分けの一人だ。
こうして鎌倉一の大物、高浜虚子との御目見えが無事叶った。
点が入った芥川君も久米君も上機嫌だ。
日夏君は………まあ仕方ない。
彼も他の二人も後々立派な句集を出すほど俳句好きなのだ。
大佛君はまだ忙しく観戦記を書いている。
どこかの雑誌に売れれば良いけれど。
俳句対決から数日経った日の夕方、私は思い立って駅前の本屋に行った。
日夏君の『黒衣聖母』の注文と一緒に、大正浪漫物を中心にこの時代の名作を一挙に仕入れようと企んだのだ。
まだまだ新刊本扱いだから取り寄せて貰えるだろう。
店主に聞くと日数は掛かるが大抵の本は取り寄せ可能だと言うので、手始めに竹久夢二の詩画集の初版本を出来る限り揃えて貰うように頼んで来た。
書庫にも詩句歌関係は結構揃っているが小説類は少なく、特に大正浪漫風の挿絵本は無かったのだ。
庵に帰ってからも記憶にある限りの、未来では高額過ぎて買えなかった本のリストを作った。
まず明治後期の尾崎紅葉、泉鏡花始め硯友社の豪華口絵木版画入りの小説。
そして大正からは夢二を筆頭に蕗谷虹児、加藤まさを等の挿絵画家の作品。
また過去の新之助の趣味には合わず買っていなかった北原白秋や佐藤春夫、室生犀星や西條八十らの初期散文詩の詩集。
勿論芥川君始め鎌倉文士達の小説の初版本は真っ先に揃えよう。
翌日また本屋へ行き、書き出した五十冊ほどのリストを渡しながら少し詳しい話を聞いた。
それによると震災で倉庫ごと焼けてしまった出版社や社が倒産して倉庫ごと在庫処分している所もあるが、私のリストにある所は大概生き延びているそうで、もし出版元に在庫が切れていても知り合いの書店に問い合わせてくれると言う。
私はその場合は多少の送料と手間賃を上乗せすると約束し、週に一度は顔を出すからと茶画詩庵の住所を書いて渡すと、
「あれっ、茶菓詩庵さん?」
「ご存知?」
「うちの女房が近所の寄合で良く使ってるんだ。良い店だと言ってるよ。」
駅前商店街はまだほとんどが仮店舗だから、会合などにまともな部屋を提供出来る店は少ないのだ。
その会話をきっかけに店主と打ち解けて、しばらく話し込んだ。
店主はこれからは震災後の耐乏生活で活字に飢えていた人達が本を求め、大出版ブームが来ると張り切っていた。
震災後の数年で私の周りの鎌倉文士達も皆売れっ子になって行き、やがて売れれば売れるほど己れが売文の徒へと墮して行くのを嘆く事になる。
そんな芥川龍之介に谷崎潤一郎が「芸術をやりたいなら短歌や俳句でやれ!」と助言するのはもう少し後だ。
翌日その芥川君が茶画詩庵に来て、来月一緒に虚子庵へ行こうと言う。
久米君は俳句初学の頃に河東碧梧桐の門に居たので、虚子庵はちょっと敷居が高く遠慮したいそうだ。
私が先日の久米君の梅の句は良かったと褒めると芥川君も同意して、奴は良い人過ぎてどうも気が弱い、と笑った。
彼はしばらく棚の洋書を捲っていたが、この後出版社の人に会う用事があると出て行った。
そうだ!注文した彼等の初版本が来たら署名と共に一句書いてもらおう。
ああ、吉井さんの歌集はもう何冊もあったのだが、サインを入れて貰うのは忘れていた。
未来に鎌倉文士物のサイン入り初版本のコレクションを残すのだ。
そして後世の鎌倉の若人達がそれを自由に手に取り、詩歌文芸を語り合えるような茶屋にしたい。




