33 文学少女達
今日は庵の休日で三寒四温の温の日だった。
道雄君は例によって午前中から読書三昧だ。
一月分の給金はとっくに渡したのだが、それを休日にどこかで使う様子も無い。
うちは衣食住付きだからそれでも構わないのだが、もしかして金の使い方を全く知らないのかもしれない。
まあ何か買うとしてもどうせ本になるのだろうが………
私は昼食時に彼に話しかけてみた。
「道雄君、初めての給金で何か好きな物が買えたかい?」
「いいえ、まだ何も買っていません。」
やはり最低限の金の使い方も買い物の楽しみも知らないようだ。
「じゃあ今日はこれから一緒に出掛けて、ぶらぶら買い物でもしようよ。」
「でも何を買うのでしょう。?」
「君はまだこの世界にある物の万分の一も知らないんだ。これからそれを見に行こう。」
「はい。お願いします。」
鎌倉駅周辺の商店街も仮設やバラックの共同市場ながら、流通の復興は早く品物自体は旧に復して豊富になった。
彼に必要なのはまずは靴だ。
酉子さんに見繕って貰った洋服はたまに着ているが、履物は庵の下駄か草履だった。
共同市場にある靴屋と言うよりは履物屋だが、そこにあるズック靴を彼に選ばせてみる。
「どれが良いかわからないので、一番安いのにします。」
まあこの年齢ならそう言うだろう。
「わからないなら店員に聞くんだ。靴選びで大事なのは自分の足に合うかどうかと耐久性で、価格はその次だよ。」
彼は成長期だかし革靴は早いにしても、靴の選び方は教えておきたい。
将来何かの商いで身を立てる事もあるだろうから、色々な物の売買に慣れさせるのも重要だ。
結局彼は店員に聴きながら、中程度の価格で造りのしっかりしたズック靴を買った。
次は趣味嗜好品なのだが、市場の菓子や食べ物には見向きもしない。
茶画詩庵の菓子に慣れてしまえば、これは仕方ないだろう。
おもちゃ屋には多少興味を引かれたようだが、小学生向けの玩具がほとんどで、彼はその辺の物からは卒業している様子だ。
暇をみてトランプか将棋くらいは教えてやろう。
避難所や寿福寺にはゲーム相手になる友達もいるだろう。
彼の興味を最も惹きつけたのは、やはり本屋だった。
バラックながら雑誌類を並べるだけだった露店時よりだいぶ売場を広げ、奥の棚には通常の単行本も並んでいる。
我が書庫に如何に大量の書物があると言えども新刊本は無いから、私も新たに買いたい本は多い。
二人とも目は棚に釘付けだ。
私は後世では驚くほど高額になる名作や希少本の初版が、この時代なら容易く手に入ると言ういささか不純な猟書家の気分になって来た。
そんな目で見て行くと、泉鏡花の『日本橋』がある。
数年前の出版だが、この店にあったのは運良く小村雪岱装丁の初版本だ。
まず私はこれを買おう。
ついでに萩原朔太郎の詩集『月に吠える』と『青猫』の初版があったので、口語自由詩は好みでは無いが後世値上がりする詩集のためつい手を出してしまった。
道雄君は薄暗い店の奥の棚に上田敏の訳詩集『牧羊神』があるのを見つけた。
庵の書庫に有名な翻訳詩集『海潮音』はあったが、こちらはまだ出たばかりで買って無かったのだ。
彼は『海潮音』をかなり気に入っていて、同じ上田敏の訳詩集を買う事に決めたようだ。
十四才で上田敏に浸るとは、この時代の子達の早熟さには驚く。
先程も店頭に並んだ少年雑誌には目もくれていなかった。
蒲原先生の詩集もよく読んでいて、たびたび私にわからない古語などを聞いて来る。
彼はどうやら俳句短歌より西洋詩や新体詩の方が好みらしい。
このあと彼の私用の生活雑貨品も少し買わせて庵に帰った
座敷で一休みして、今日は抹茶奥麗でも淹れよう。
道雄君が帰るや否や開いている『牧羊神』の雰囲気にも合うだろう。
二人で買って来た本を読んでいると、透音さんが友達とやって来た。
女学校時代の文芸部仲間の朝子さんと澪さんだ。
今日は生憎と鶯餅を作っていないので、手早くオレンジスコーンを焼いて珈琲と一緒に出そう。
私がスコーンを焼いている間に彼女達が卓上の『牧羊神』を見つけ、それを読んでいた道雄君を囲んで話している。
彼の脇にはいつの間にか『海潮音』も置かれていた。
「君、もうこんなの読んでるんだ!」
「まだお師匠さんに教わりながらですが………」
お嬢さん方の中では朝子さんが西洋詩好きらしい。
透音さんはやはり短歌派で与謝野晶子の信奉者、澪さんは断然西條八十の詩がお好みだと言う。
元文芸部らしくそれぞれ贔屓の詩人歌人の話で盛り上がっていた。
袴姿の文学少女達がお茶会で詩論か。
もろに大正浪漫そのものじゃないか!
私は厨まで聞こえて来た若人達の話をちょっと羨ましく思いつつ、出来た茶菓を運んだ。
「道雄君は西洋詩が好きなら、今の内から英語を習っておくと良いわ!」
朝子さんが道雄君を西洋詩派に引き込もうとしている。
彼女はすでにキーツやシェリーの英国浪漫派を原文で読んでいる才媛だった。
我が庵の洋書類も読ませて欲しいと言うので、勿論快く許可する。
お嬢さん方のために今ある和洋折衷の部屋の小振りの本棚を大きい物に替えて、洋書類をもっと書庫から移しておこう。
「それなら由比ヶ浜のメソヂスト教会で英語塾をやっていたわね。」
「あそこは私も小学校の頃にちょっと通ったのよ。」
透音さんも澪さんもそれに乗ってしまった。
「でも僕にはお仕事があるから………」
「確か初心者教室なら教会の日曜学校の後にやっていたわよ。」
綺麗なお姉さん達に薦められて道雄君も少しは興味を持ってくれると良いが。
彼に取ってはこのまま過去の新之助のような引き篭もりになるより余程ましだろう。
「道雄君、休日は君の好きにして良いんだぞ。」
「ただ、お月謝とか高いんでしょ?」
「教会の日曜教室ならきっと高くは無いさ。それに二月から君の給金を見習いから一人前に引き上げるつもりだ。どうせ本以外に使い道が無いんだから金の心配は要らんだろう。」
「じゃあ最初は私が連れて行ってあげるわ!」
朝子さんがすっかりお姉さん役になっていた。
「有難う御座います!それなら、よろしくお願いします!」
お姉さんの最後の一押しのお陰で道雄君も決意が付いたようだ。
丁度明日は日曜なのでメソヂスト教会で待ち合わせる事になった。
今後道雄君がお世話になるだろうお姉さん方にはもう一皿、先週作ったばかりの林檎ジャムを冬の残りのアップルスコーンにたっぷり乗せてお出しした。
日曜日の朝は洋装に昨日買ったズック靴を履き教会へ行く道雄君を送り出し、私は書庫へ英語の辞書を取りに行った。
確か英英辞典や古語辞典もあったはずだ。
新之助も一通り英語は出来たが最近は祝詞や万葉集の研究で、英語方面はすっかり忘れていた。
有り余る洋書類も鎌倉文士達に供するばかりで、自分では読んでいなかったのだ。
まあこれからは我家の英文学方面は道雄君がやってくれるだろう。
昼少し前に彼が帰って来て、昼食を摂りながら話を聞いた。
鎌倉メソヂスト教会も震災で倒壊し今は仮設だが、宗教活動は被災直後から全く休みなく、返って難民救済に張り切っているそうだ。
日曜学校も英語教室も以前と変わりなくやっていて、初心者教室の月謝は基本無料の教材費だけ。
その教材費も初学の教科書と聖書は教団が布教用に世界中に無料で配っているから、副教材の絵本などの費用だけらしい。
まあその辺は朝子さんが気を利かせ教えてくれて、道雄君もちゃんと教会への喜捨はして来たそうだ。
英語教室の講師は初心者向けがシスター、一般向けは司祭自ら教えているそうだ。
幸い今日から教室に入れて貰え、来週から毎週日曜に通う事になった。
鎌倉メソヂスト教会の建物はこの後大正十四年に再建され、後世には大正時代を代表する名建築として保存されて行く。
道雄君はその再建までの人々の努力を目前に見る事が出来るだろう。
私も書庫から出した英語関連の辞書を数冊の横罫ノオトと共に彼に渡した。
英語の発音や会話は英国人に任せるとして、詩や小説の翻訳なら私でも教えられる。
いや、考えてみたら芥川君や久米君も天下の東京帝大英文科卒だったな。
大佛君も英文学の翻訳もやっているし、何より蒲原先生のロセッティの訳詩は我が国の翻訳詩の金字塔だ。
私はその蒲原有明の唯一の弟子なのだ。
たかが帝大の夏目漱石門下になんぞ負けるわけが無い!
ただ勝負するのは私ではなく道雄君だが………
さっそく蒲原先生に手紙を書く事にしよう。
私が知っている未来では、この大正後期から昭和初期にかけては西洋詩の翻訳本のブームが来る。
先程の上田敏に続き永井荷風、堀口大学、西條八十らの名訳が次々と出て来るが、彼らは皆フランス象徴派に偏っていて、私の好きな英国浪漫派の訳詩は戦後に至るまで見る影も無い。
特に戦後昭和の日本伝統文化の低下は酷いもので、英語の古典韻律を日本語の文語韻文に翻訳出来る者が蒲原先生の後はほとんど出なかった。
あのシェークスピアでさえ軽い調子の口語訳しかなくなり、原典の韻律や古語の風格は翻訳不能となって行くのだ。
英語詩の韻文訳は蒲原先生を継いで私がやろうかと思った時もあったが、この道雄君が上手く育ってくれれば彼に任せても良い。
まあ彼なら翻訳まではやらずとも、原書で読めるだけで生涯楽しめるだろう。
私もこの小楽園で美しき神々と戯れながら、気楽に俳句短歌を詠んでいたいだけだからな。




