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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
26/79

26 新年の宴

その後は場を座敷に移して新年の宴だ。

皆は玉依姫の姿を見た興奮が冷めやらぬ様子で、席に着いても話が盛り上がっている。

私にしてもこんな浄らかで美しい光景は見た事がない。

今日は舞と音曲が加わった分、昨日の幻より数段美しかった。

芥川君が言う。

「皆が揃って同じ物を見たならもう幻影では無かろうね。」

「だから俺の女神様は本当にいると、前から言っているのに!」

久米君は元々疑う事を知らない好人物なのだ。

屠蘇で新年の盃を交わし重箱を開けて皆におせちを取り分ける。

酒が入り皆打ち解けて来て、この女神の楽園で今年も良い仲間達と楽しく過ごせそうだ。

そこで残念ながら今日の主役を演じてくれた透音さんがお勤めに戻る時間となってしまった。

「透音さん、今日は感激したよ。本当に有難う!」

「こちらこそ玉依姫さまのお姿を見られて感激です!有難う御座いました。」

皆の盛大な拍手に送られて透音さんは八幡宮へ帰って行った。

後から交代で巫女仲間の人達も来ると言っていたから、お屠蘇の準備くらいはしておかないと。


江戸時代までは各地の神事祭礼において巫女の果たす役割は神官より重要なほどだった。

だが江戸文化憎しに凝り固まった明治政府が打出した巫女禁断令により、神の宣託を巫女が受ける事を禁じられて以降は、世から蔑まれ身を落とす巫女達も多かった。

やがて心ある人達により巫女舞の芸術性などが見直されて今に至る。

この巫女禁断令は悪名高き廃仏毀釈令と共に薩長政権の文化度の低さを物語っている。

江戸の華だった辰巳(たつみ)芸者衆などは「薩長の芋侍は風流を解さない」と彼らの受入れを拒否したほどだった。

幸い今日ここに(つど)った人達は、そんな馬鹿げた命令は歯牙にも掛けない高雅の士達だ。

そして透音さんと入れ違いに八幡宮の巫女さん方がやって来た。

さっそく玉依姫に拝礼を済ませた彼女達にお屠蘇の盃を振舞う。

「透音さんに聞いた通り清らかなお姿で、本当にご加護の力が感じられました!」

「鎌倉に社寺は数あれど私達巫女の守り神はここだけですもの、有り難いです。」

色鮮やかな正月の巫女装束の娘さん達が並んで我が庵もしばし華やぐ。

ギリシャ神話のミューズの園もきっとこんな若く華やいだ雰囲気だったろうと思う。

「お参りならいつでもご自由にどうぞ。門は開いているからね。」

「はい、お勤めの行き帰りにでもお参りさせて頂きます。」

彼女達も初詣の掻き入れ時の寸暇を縫って来てくれたのが嬉しい。

玉依姫が巫女達の守り神であると同時に、巫女達も今後玉依姫を守って行ってくれるだろう。


座敷に戻ると先程の透音さんの舞に感激した吉井さんが、

「そうだ、我々も麗しの姫神に句歌を献納しようじゃないか!」

と言い出した。

「それは良いな。よし、皆やろう。」

他のお歴々も賛成のようだ。

句歌会はやるだろうと思っていたが、まさか皆が句歌を献納してくれるとは!

「では染筆頂いた書画は四季折々に茶画詩庵に飾って、鎌倉の人々にも見てもらいましょう!」

すかさず私もそう言い添えて、先々までの鎌倉文士の書画収集を企てる。

吉井さんは専門歌人だから別として、他の文士達の句歌は雑誌などに発表される訳ではない。

句集歌集も最晩年か遺稿集としてしか世に出される事は無く、通常はこうした座興の短冊や書簡中に残されるだけなのだ。

この時の皆の句歌は、久米君が

[山茶花や鳴らし呆けし神の鈴]

芥川君は初日(はつひ)の画と賛を描いてくれた。

[元日や手を洗ひをる夕ごころ]

彼は一時油絵を習っていたような話も聞いている。

吉井さんは短歌で

[この君はかいなでびとの言葉にも (えみ)をむくいる情あるかな]

大佛君も初心者だからと尻込みしていたが、一句書いてくれた。

[枯木立色失わぬ冬泉]

まあ、季語重なりだが綺麗な句だ。

私も昨日の

[寒濤に向かひて古都の不滅の灯]

を書いて、それぞれの短冊を玉依姫の御前へ奉納した。

戦後の伝統文化排斥時にも、この古き良き鎌倉を守る私の決意の句だ。

後世に残すべき鎌倉が楽園だった(あかし)の句歌が、こうして集まり始めたのだった。

客達も皆今日の美しき祭礼と文雅の宴には大満足している。

これは春の木花咲耶姫の典礼も楽しみだと、私は内心ほくそ笑んだ。


茶画詩庵の改装は四日から始まった。

予め決めていたのは、厨の外に納戸の増設と和洋折衷の部屋の引戸の交換。

玄関に大振りの下駄箱と簀子の設置、縁側の沓脱石脇にも小さな下駄箱。

他は当日現場で大工の棟梁と相談と言う事だった。

私の残る希望は茶室の移動だ。

これは庭師の植達さんとも相談し、新たに取得した西側に造る花園の方に移すのは決まっている。

その際ついでにもうひと間、出来れば今の茶室に合う古材を使って増築したい事を話した。

棟梁は古材なら今は震災で出た物が有り余っている、丈も低く小さな四阿(あずまや)ならすぐに出来ると言う。

今現在は新築用の材木がどこでも足りず、かと言って材木は乾燥期間が掛かるので山から伐ってすぐに使える物では無い。

しかも公共の建物が優先で、個人住宅用の材木はまだ極端に不足していた。

蒲原先生の家もそれで再建の目処が付かず、やむを得ず静岡に引っ越したのだった。

あと数ヶ月後にはその材木の目処も立つそうで、その後の鎌倉は東京からの移住者も増えるから建設ラッシュとなる。

やるなら震災の片付けが終わり、大工さん達の手がやや空いた今が好機だろう。

私は棟梁にそう伝えると、あちらもうちのような半端仕事はさっさと片付けたいから、七日八日で人数を動員してやってくれる事になった。

予算の見積もりを聞くと、これまた21世紀では考えられない程安い。

当時の人件費の安さに加え、古材を使う事で更に安くなったようだ。

後世に良くあった手抜き工事など、この人達には考えも付かない職人気質の時代だった。


その工事も終わりに近づき、あとは細部の仕上げだけとなった日に、この棟梁を紹介してくれた田端さんが庵を訪れた。

地所を一通り見回って座敷で茶菓を出す。

「良いお屋敷と庭になりそうだ。俺も安心したよ。」

「良い職人を紹介してくれた田端さんのお陰ですよ。そちらの様子は如何ですか?」

「ああ、こっちも朝比奈さんのお陰で皆立ち直る事が出来そうだ。」

「それはお互い良かったですね。」

「実は今日来たのはあんたに一つ頼みがあるんだがね………」

言いにくい話なのかな?

「うちの知り合いの農家なんだが、この震災で親を亡くした子がいてねえ。」

「はあ………」

「その子をこの店の下働きでも使ってくれないかね?」

「ああ、そう言う話でしたか。」

「歳は十四で小学校は出ている。母親を小さい頃に亡くして男手一つで育てていたのが、震災の時に隣りを助けようと火事の中に飛びこんでなあ………」

「立派な親御さんだったんですね。」

「寿福寺の小作農だったが俺より学があってな、良く寺の本を借りて読んでいたよ。」

今後は店の客も増えて行くだろうし、いずれは人を雇って営業時間も増やす気ではあった。

出来の良い子なら店番くらいは任せられそうだが………

「取り敢えず本人に会ってみましょう。それで判断させて貰います。」

「ああ、頼むよ。性格は素直で良い子なのは俺が保証する。今は寿福寺の世話になっとるから明日にでも連れて来よう。」


次の日には早くも庵の改装と茶室の移築が完成し、棟梁達は道具類を片付け辺りの掃除まで済ませてて帰って行った。

私にも満足な出来で何より玉依姫のやぐらの前が開けた事も、女神の浄域が明るくなったようで嬉しかった。


翌日田端さんに連れられてやって来たのは、痩せてはいたが目元の利発そうな男の子だった。

「菅原道雄と申します。宜しくお願いいたします。」

お辞儀もきちんと躾けられている。

「朝比奈だよ、こちらこそ宜しく。お父様は勉学が好きだったと聞いたが、君はどう?」

「はい、その………」

「はははっ、この子は小学校でも級長をやった程出来は良かったんだよ。親も出来れば上の学校へ行かせたいと言っていた。」

「でも、お寺の本は読ませて貰っています。」

「そうか、うちにも本は沢山あるから読むと良いよ。」

「おお!じゃあ雇ってくれるかね。」

「ああ、明日からでも来てくれ。」

「あっ、有難う御座います!精一杯努めます!!」

「道雄、良かったな!」

「はい、田端さんも有難う御座いました!」

それから田端さんとも相談し、給金は寝床と三食付きで見習い中は月十円、一人前になったら二十円三十円と上げて行く事で決まった。

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