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神聖鎌倉文士伝  作者: 探神院
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25 玉依姫の祭礼

茶画詩庵の改装予定もあって、暮正月にかけては三週間ほど休店とした。

鶴ヶ丘八幡宮の本殿が倒壊していては、初詣客も例年よりかなり少ないだろうから丁度良い。

その代わり玉依姫の新年祭を透音さんが執り行ってくれる事になっている。

私はそれらの準備を年内に終えるべく計画を立てた。


まずは店の備品や道具類を調達しに横浜まで行って来た。

丁度歳末市で露店が沢山出ていて、調理器具の他に何と青木茂のデッサンを見つけた。

小品で額はかなり汚れたままだが、デッサンその物には傷みは見られない。

海辺に羽衣のような衣装を纏った女性が簡略に描かれた鉛筆画だ。

これはデッサンでは無く、きっと大作の油絵の為の下図だろう。

画題は書かれていないが、庵の新しい和洋折衷の部屋に似合いそうな良い絵が見付かった。

ついでに三連燭台もあればと探したがそこまで都合良くは行かない。

朝早く鎌倉を出たのにまた大荷物を背負って帰り着いたのは夜になってしまった。

新装開店後の食材まではとても持ちきれず、もう一回は横浜へ行かなければならない。


次の日は鎌倉で当面の食糧と正月飾りのための素材を買い集めて来た。

門飾り用の松は山にあるが竹は無いのでどうするかと考えていたら、植達さんが気を利かせて持って来てくれた。

これで門の両脇に立派な門松が立つ。

〆縄も手作りで作れるだろう。


日取りにはまだ余裕があるので、何か年内にやっておくべき事は………と考えていて、大事な事を思い出した。

封印したままだった晃介の部屋の始末をずっと忘れていたのだ。

まだ残っている21世紀の痕跡を何とか始末しないと!

私は納屋の陰になって見えにくい裏山の斜面に、悪戦苦闘しながら半日掛かりで大穴を掘り未来の製品を埋める。

埋めた土の上にさらに落ち葉をかけて、ほっとひと息ついた。

目に付き易い物さえ始末してしまえば、万が一誰かが部屋に入っても細部は誤魔化せるだろう。

翌日も朝早くから作業を続けた。

元々は幕末明治の頃の建物だったから、残りの壁床天井の大部分はそのままで済む。

残った細かな物は庭の落葉と一緒に燃やし、その残骸も山に埋め重労働の一日が終わった。

明日はもう一度横浜へ、続く二日間で母屋の大掃除、大晦日に正月飾りと料理でぎりぎりだった。


そんなこんなで大晦日の作業も終え、私も目出たくこの災厄の年を超えられた。

転生以降は波乱の連続だったが、21世紀の平凡に漫然と生きていただけの人生に比べて遥かに充実した数カ月だった。

女神と共に暮し、友人知人も増え、生涯の目的も自覚出来た事を感謝しよう。

元日の日の出と共に玉依姫にお参りだ!

先ずは玉の井で手を浄め、〆縄を巻いた榊に御神酒と灯明を供え、柏手を打つ。

拍手の音が山に響き、差し込む初日の中に清澄な神気が溶け込んでいる。

明日の二日は透音さんが来て玉依姫の新年祭をやってくれる。

皆も明日来てくれるそうだから、今日これから八幡宮にお参りした後は一人でのんびり過ごしたい。

年末の疲れをすっかり取って、明日の祭りを迎えよう。


屠蘇と雑煮で満ちた腹で炬燵に入っていれば、やがて心地良い酔いにうとうとして来た。

………木立の中に澄んだ小さな泉が見える。

四季の花が一斉に咲いて百千鳥(ももちどり)達の可愛い声が聞こえる。

その水辺に以前にも見た十二単の貴人がふわりと現れた。

五色に煌めく玉を散りばめた冠を被り黒髪を靡かせ、何か歌っているようだがその声は聞こえない。

玉依姫だ!

私は姫神に呼びかけるが、向こうには届かない。

やがて木立に霧が立ち込め、何も見えなくなった。

………………また楽園の幻を見たようだ。


私は酔い醒ましに新年最初の抹茶を飲み、八幡宮へお参りに出掛けた。

思った通り人出は例年よりずっと少ないが、それでも普段よりはだいぶ賑わっていた。

本殿の代わりに仮の拝殿が出来ていてそこで参拝を済ませた。

お札やお神籤などの売店には列が出来ている。

臨時のアルバイトの巫女さんが数人、忙しく働いている。

透音さんの姿は見えない。

本職の巫女達はきっと神事の方に回っているのだろう。

私はお札と破魔矢を買って庵に帰った。


買って来たこの破魔矢もさすが武神の宮で、ごく僅かながら神気も感じられる。

お札を取り出して、こちらも気が付いた。

家内安全、商売繁盛では無く、武運長久のお札にするべきだった。

いや、待てよ!

これも………武神の巫女の透音さんなら、武運長久の加護や鼓舞が授けられるかも知れない。

これもいつか透音さんに聞いてみよう。

母屋にある神棚は厨の恵比寿大黒の棚だけなので、買って来た家内安全のお札はそこに祀り破魔矢は床飾りに添えておいた。

夜は静かに一人で新年の詠み始め、と言うより昨日年越しの夜に出来た句を書初めだ。

[寒濤(かんとう)に向かひて古都の不滅の灯]

新年の季語とは違うが、災厄の年を越した鎌倉人の気概は良く出せたと思う。

さあ明日は朝から祭礼や饗応の支度でまた忙しいだろう。


明けて二日は風も穏やかな冬晴れの朝だった。

長卓の炬燵をくっつければ十人まで座れる。

そこに正月の膳を並べ、品目は乏しいがおせち料理の重箱を置く。

屠蘇器は卓の脇だ。

床の間には熨斗(のし)餅を置き、江戸狩野派の蓬莱山(ほうらいさん)の軸を掛けてある。

旗本の家なので幕府御用の狩野派の画軸は四季の行事用に揃っているのだ。

厨の竈に雑煮の準備も済ませ、座敷もこれで良い。

あとはやぐらの前に舞台代わりの呉座を敷き、供え物も用意してある。

皆が来るまでまだ少し時間があるからお茶で一服しよう。


透音さんは思っていたより1時間も早くやって来た。

もう一人一緒に訪れたのは、以前茶画詩庵に来た女学校の後輩の澪さんだ。

何と澪さんは今日の透音さんの奉納舞に合わせて篳篥(ひちりき)を吹いてくれると言う。

三人で神事の打ち合わせをする。

透音さんは弁天島の瘴気祓いの御手柄で、今日午前中の半休を勝ち取ったと言っていた。

初詣客で八幡宮は忙しいだろうに有り難い。

さらには八幡宮の巫女仲間も、交代交代で取る昼休みに参拝に来るそうだ。

透音さんが同僚達に話したら、巫女の守り神なのだから是非お参りすると皆で言い出したらしい。

予定の十一時前には文士達も揃い、年賀の挨拶を交わしている。


そして玉依姫の新年の神事が始まった。

まず直垂烏帽子(ひたたれえぼし)姿の私が進み出て榊で場を清める。

灯明に御神酒と御饌(みけ)を供えて下がった。

さあ、いよいよ舞姫の登場だ。

透音さんは紫紺の巫女装束に稲穂を飾った冠を付け(ぬさ)を持った、それは華やかな姿だった。

澪さんの篳篥から舞が始まる。

舞姫はしずしずと神前に進み、幣を振り、右回り、左回り、戻って幣を掲げつつ回転。

それをもう一度身振りに変化を付けて繰り返し、最後は優美な拝礼で終わった。

その時私は姫神のやぐらの前に、昨日の酔いの中に見た幻を再び見ていた。

今度ははっきりと玉依姫が舞と篳篥に合わせて歌っているのがわかった。

皆もまた幻を見ているのだろうか、誰一人声もなかった。

私はこの時この世界がどんなに愛おしい物か、初めて知った気がした。


やがて………

「………俺の女神様が!」

「私にも見えたぞ!」

「私も玉依姫さまが共に()わしたのがわかりました。」

「私も!」

ここの皆にも感じ取れたようだ。

我々は古の神々と、今も共に生きている事を!

そしてこの小さな女神の浄域が、しっかり鎌倉文士達の心にも根付いた事を!


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