23 式神と花冠
そろそろ閉店時間で門の提灯を仕舞おうかと外に出ると、折よく大佛君と透音さんが揃ってやって来た。
二人を座敷に招き入れ、暖かい珈琲を出す。
白妙には畳み鰯だ。
「朝比奈さん、出来ましたよ新技!」
「例の式神?もう出来たの!」
「式神って陰陽師のですか?」
「そうそう。見ててね。」
大佛君は懐からお札のような紙片を取り出した。
何やら墨の字で書いてある。
それに、
「呪!」
と息を吹きかけて飛ばした。
すると紙片は空中でふわりと姿を変え、小さな童子となった。
「ほう!」
「大佛さん凄いです!」
「市で見つけた古文書にはまだ他の術らしき記述もあるのですが、焼けたり滲んだりして解読出来ないんですよ。でもこの術だけはすぐ出来ちゃいました。」
大佛君は嬉しそうにもう一人式神を出した。
「君は大した物だよ!いや驚いた。」
「この式神には何か命令出来るんですか?」
「うん。簡単な命令なら練習すれば出来るようになるんだ。」
もうそんな練習までしたのか。
「行くよー、でんぐり返し!」
式神の一人が畳の上で前転した。
もう一人はぼぉーっと立ったままだったが。
「うわぁー、凄い凄い!」
「まだ練習不足で、命令を聞くのは一人だけですがね。」
白妙が寄って来て式神を捕まえじゃれていた。
「大佛君と白妙にぴったりの術だね。」
「白妙も喜んでて良かったです!」
透音さんにもこの古文書を見付けた我楽多市の事を話した。
「ええっ、何で誘ってくれないんですか!」
「我楽多だからねえ……良家の子女にはふさわしく無い気がしてね。」
「そんな事ありません。次は絶対に誘ってくださいね!」
「ああ、次からはお誘いしよう。で………君にはこれを買って来た。」
彼女に花冠を渡すと手に取り、声もなくじっと見入っている。
「朝比奈さん、虫眼鏡をお借り出来ますか?」
「はい、これ。」
彼女は冠の小さな模様をじっと見ていた。
「これは………皇女の花冠ですよ!斎宮の皇女様です!!」
彼女の手が震えて冠を落としそうだ。
「この小さな花形の刻印を本の写真で見た覚えがあります。実際は皇女様だけで無くお公卿の姫巫女も使ったようですが………凄い神気ですね!」
「それは良かった。じゃあ今度から使ってみて。」
「ええっ!皇室のお姫様の冠なんて私恐れ多くて。」
「公卿の姫巫女も使ったんだろ?なら君にもぴったりだ。」
「………良いんですか?こんな貴重な物を頂いて。」
「良いよ良いよ。仲間の戦力が上がれば私の為にもなる。」
「わぁ!こんな素敵な………有難う御座います!!有難う御座います!!!」
彼女の話を聞くまで、そんな凄い物とは思わなかった。
それにこんなに喜んでくれて、私も大佛くんも皆して笑顔になった。
「最近弱い敵ばかりでつまんないですねえ。」
「……大佛君、ついこの前大百足とやったばっかりじゃないか。」
彼と白妙は新技を試したくて仕方ないのだろう。
白妙は式神と楽しそうにじゃれている。
我々二人と一匹は小春日和の茶画詩庵の縁側でのんびりしていた。
初冬の陽射しの縁先へ裏山からの枯葉が舞い落ちて来る。
[地の神を鎮めて木葉散る谷戸の 流れは〜〜〜]
私は今浮かんだ句歌の草稿を忘れぬうちにと手帳に書いた。
そこに門から透音さんが入って来た。
今日は土曜日で彼女の唯一の定休日だと最近知った。
神社の日曜日は婚礼その他で忙しく、また例祭などの行事は曜日がまちまちで、定期的な休日が決め難いそうだ。
よって巫女仲間で順繰りに休日を取るのだそうだ。
因みに文士は不定期に忙しく不定期に暇だ。
ただ大佛君は来年からの『鞍馬天狗』の連載で大人気作家となるので、精々今の内に白妙共々のんびりすると良い。
私は週五日の四五時間労働だからまあ暇人だが、文人たるや閑寂に過ごす事自体が仕事とも言えるので、その意味では常に忙しくもある。
ああ、立冬からは茶画詩庵の営業時間は午後一時から五時にずらしてある。
冬の日没後の鎌倉はほとんど人が歩いていないのだ。
で………
「あのぉ………巨福呂坂の方にちょっと良さ…じゃないちょっと濃い瘴気が出たので皆さん行きますか?私一人でも良いんですが………」
「あっ、行くよ!行く行く!」
白妙はもう先に立って歩き出していた。
私も鉢金と源氏丸を持って透音さんの後に続いた。
旧道の方の巨福呂坂を登って行くと坂の向こうに真昼間から瘴気が立っているのが見える。
大佛君が、
「僕と白妙で露払いしておきます!」
と走って行ってしまった。
私が少し遅れて瘴気の前に着くと大佛君が
「白妙待て。呪!」
と、お札に息を吹き掛け三人の式神を出現させた。
「式神達、“紙吹雪”!」
三人のちいさな式神が舞い散るように次々と瘴気を襲う。
それと同時に私の後方で物凄い神気が湧き上がり、透音さんが花冠を被ったのがわかった。
そして………
「“神楽舞”!」
シャ……………
神霊がちょっと鳴っただけで瘴気は消え去ってしまった。
「透音さん、力入れ過ぎ!せっかく出た瘴気が、もう終わっちゃたよ。」
「あっ、御免なさい。つい………」
君らねえ…………
「でも大佛君の式神もだいぶ実力を付けたじゃないか。」
「三人まで操れるようになりましたよ。あはは………」
「透音さんも随分な進歩だよ。」
「はい………」
我々はまるで敗残者のようにとぼとぼと庵に帰った。
「しかしどうして歯応えのある瘴気が出なくなったんでしょうか?」
「まあ倒壊した石造物も粗方直したし、何より鎌倉の人心も落ち着いて来たのだろうね。良い事だよ。」
「うーん、これじゃあ良い小説が書けませんよ。」
技や武器を使わずに瘴気を祓うのが上級者だと言うのに、それでは小説にならないのだろう。
若者達はどうしても大きな邪鬼と大袈裟な技で戦いたいようだ。
白妙は庵の縁側でうとうとしている。
…………皆が沈んでいるなら新作のお茶でも試すか。
先日の市で仕入れた色絵伊万里のティーセットでアップルティーとアップルスコーンだ。
スコーンはバターが手に入ったので、洋菓子に挑戦してみたのだ。
当時電気冷蔵庫はまだ無く大きな氷を入れて冷やす冷蔵庫の時代だが、肝心の氷屋が再開出来ていなかった。
だが冬ならばバターや乳製品の保存も心配しなくて済む。
オーブンも無いのでフライパンに蓋をして焼いただけだが、細かく切って生地と混ぜた焼き林檎の水分で柔らかさは出せた。
「へえー、今度は随分とハイカラになったなあ!」
「林檎でこんなお菓子が出来るんですね。とっても美味しいです!」
「紅茶の香りも林檎だね。」
「早くお友達にも教えなきゃ!」
どうやら好評を得られた。
この調子なら茶画詩庵の冬の新商品として客を呼べそうだ。
「おーい、朝比奈君!」
そこへ久米君が現れた。
近頃は鎌倉の隣の葉山の旅館に腰を落ち着けているようだ。
連れが一人、背広姿に丸刈りのあの顔もWikiの写真で見覚えがある。
歌人の吉井勇だ。
「こちらは吉井勇さんだよ。俺と一緒に雑誌をやっていてね。」
「ご高名はかねがね伺っています。朝比奈です。」
「吉井です。久米君から良い茶屋があると聞いてね。」
「ようこそお越しくださいました。」
「ここは聞いていた通りの浄域だなあ。私のような俗人が入っちゃいけない気がするよ。」
例によって久米君が先導し、玉依姫のやぐらへ行く。
「俺の女神様を見せてあげるよ。こっちだ。」
玉依姫もすっかり久米君の女神になってしまった。
座敷に落ち着いた二人にも同じアップルティーとスコーンを卓に運ぶ。
吉井さんはその時掛かっていた井上士郎の俳画の軸に見入っていた。
士郎は江戸後期の尾張の俳人だ。
「省略が効いた良い画だな。句も面白い。」
句は雁群の竿を詠んだ、[鳥ひとつ竿の雫となりにけり]
吉井さんは宗祗芭蕉始め江戸時代の俳諧にも詳しい。
「私は一茶より士郎の方が好きでね。」
「ああ、私も同感ですね。」
大正時代を代表する歌人吉井勇は伯爵家に生まれ鎌倉で育つも、その後家族のスキャンダルもあって各地を転々としやがて京都洛北に隠棲する。
彼の短歌は若い頃の恋の歌が有名だが、私は晩年隠棲後の深みを増した歌が好みだった。
今は江ノ島に近い片瀬に住んでいる。
歳は私より七つか八つ上だったと思う。
「吉井先生!いつぞやご指導頂いた飛鳥井です。ご無沙汰しております。」
「やあこれは飛鳥井さんの所の!叔父上はお元気かね?」
「はい。ただ御所の方も震災で大変なようでして………」
「ああ、そうだろうね。しかし見違えたよ、こんな美人になるとはね!」
「まあ、先生は昔から女性には褒め上手ですから!」
「あははは、いやお世辞じゃ無いんだがね。」
吉井さんと透音さんはすでに旧知の仲だったようだ。




