49.ロイヤルウルフ
久須男達が潜った赤ダンジョンとはまた別の赤色のダンジョン。その最上階でひとりの筋肉質の男が数名の魔物を前に静かに言う。
「これが出口だ」
「はっ、譲二様」
その筋肉質でスキンヘッドの男。全身が褐色の肌で染められ、体からは周りを圧倒するような強い邪気を放つ。引きつれている魔物はすべて上級魔物達。魔物がつぶやく。
「この先に我らが嘱望する楽園が……」
譲二が言う。
「ああ『楽園』がある。素晴らしくてクソな楽園がな。じゃあ行くぞ」
「御意」
そしてダンジョンの出口を開く譲二。ところが後に続いた魔物が言う。
「譲二様。この扉、強力な力を持つ者でないと我ら魔物は通過できないようです……」
譲二が振り返って尋ねる。
「そうなのか? どのくらい行けそうだ?」
「ここにいる者では二体ほど……」
「それでいい。そいつらは俺に続け。これから向かう『ダン攻室』ってのは、俺達に比べればカスばかりだ」
「はっ」
ダンジョンの出口を抜ける譲二。その後ろに上級魔物の中でも更に屈強な魔物が通過していく。
(俺を馬鹿にした奴等に鉄槌を下す!!! 楽しみに待ってろ、雑魚共が!!!!)
譲二は久しぶりに吸う地上の空気に深呼吸しながら、ダン攻室庁舎へと歩き出した。
別の赤ダンジョン。迷宮闘技場の大歓声の中、久須男達は最上段に座るダンジョンボスのヴァンパイアマスターを見ながら小声で話す。
「久須男様、本当にここで戦うのでしょうか?」
相手の陣地。三対三の団体戦と言うが何が起こるか分からない。久須男が答える。
「ああ、そのつもりだ。ここで下手に動いてこのすべての魔物を相手にするとなるとさすがにきつい」
ハーンも同意する。
「我も同じ意見です。あのヴァンパイアマスターだけでも相当危険でございます」
離れていてもひしひし感じる恐ろしい邪気。赤ダンジョンのボスの名は伊達じゃない。久須男が言う。
「じゃあ決まりだな。俺とハーンとケロンで戦う。トーコはイリアの護衛を頼む」
「分かりました」
トーコがイリアの横に移動して答える。久須男が言う。
「じゃあ、ふたりとも行こうか。決して無理はするな。危なくなったら棄権しろ。いいな?」
「御意」
「ワン!!」
ふたりが頷いて答える。
「ウオオオオオオオオオ!!!!」
突然会場が騒がしくなる。
久須男達が目をやると、最上階に座っていたヴァンパイアマスターが立ち上がり皆に向かって手を振っている。そして静かになったところで大きな声で言う。
「では、始めようか。我らの楽しき遊戯を」
更に盛り上がる観衆。ヴァンパイアマスターが言う。
「我らの先鋒は彼だ。君達は誰なのかな?」
中央階段を歩き、闘技場の傍までやって来た久須男達の前に人の倍ぐらいの背丈の獣人が立っている。全身茶色の毛、ケモノ耳に大きな尻尾。久須男の『神眼』が発動する。
【ロイヤルウルフ(特別変異種)】
「ロイヤルウルフだそうだ」
そうつぶやく久須男にハーンが答える。
「聞いたことがございます。ワーウルフの中でもロイヤルの名を冠する特別な一族。上級魔物とも遜色ない力を持つとの話でございます」
「そうか……」
そんな強い一族の『特別変異種』。間違いなく強い。
「ケロン、先鋒を頼む」
「ワン!!」
指名されたケロンが尻尾を振ってそれに応える。
「ウオオオオオオ!!!」
ケロンが闘技場に上がると観客から大きな歓声が上がる。ヴァンパイアマスターは再び玉座のような椅子に座りその戦いを観戦し始める。闘技場の上で腕を組んで待っていたロイヤルウルフがケロンを見て言う。
「へえ~、お前が相手なの?」
「グルルルル……」
牙をむいて威嚇するケロン。
「ケルベロスの幼体か。成体だったらちょっとまずかったかもしれないけど、子供が相手じゃ問題な~し!!」
両手を広げてチャラけるロイヤルウルフ。それを見て全身の毛を鋼の毛に変えてケロンが突撃する。
「ガウガウガウガウ!!!!!」
ガブッ!!!
ケロンの攻撃にロイヤルウルフが腕をわざと噛みつかせる。そして言う。
「あー、俺もさあ、毛ェぐらい硬くできっから」
ドフッ!!!
「キャイーン!!!!」
そして腕を噛んでいたケロンの腹部に拳を食らわす。闘技場の端まで吹き飛ばされたケロンがよろよろと起き上がる。
「ウオオオオオオ!!!!!」
大歓声に包まれる闘技場。娯楽に飢えた魔物達が新しい興行に酔いしれる。
「グルルルル……」
全身の毛を逆立てて威嚇するケロン。ロイヤルウルフが言う。
「ほお~、実力差を知ってもまだやるんだ~。魔物らしくないね~、いいよ! 楽に殺してやる」
「ガウガウガウガウ!!!!」
ケロンがその場から消える。幼体であってもケルベロスのスピードは超一流。久須男は一瞬で敵の背後に回ったケロンを見て目を閉じる。
ガシ!!!!
ロイヤルウルフは前を向いたまま背中に手を伸ばし、今にも噛みつこうとしていたケロンの首を掴む。
「キャン!!!」
初めて聞くケロンの驚いた鳴き声。ロイヤルウルフが言う。
「悪い作戦じゃないよ。スピードは幼体でも超一流。俺も動きにはついて行けないよ。でも、目だけならそれを上回るんだよ、俺」
ドオオオン!!!!
「キャイーン!!!!」
ロイヤルウルフの地響きのような一撃がケロンの腹部に入る。あまりの振動に闘技場全体が静まり返る。
「グウウ……、グウ……」
闘技場から落ち動かなくなるケロン。久須男が大声で言う。
「降参だ、もうやめろ!!!」
ロイヤルウルフはそれが聞こえないのか興奮した口調でケロンに突進しながら叫ぶ。
「ああ、殺してぇ~!! 殺してぇ、殺してぇ!!! カワイイ幼体を、俺が切り刻んで、ああ、殺してぇ!!!!!」
ケロンに向かって突進するロイヤルウルフ。その鋭利な爪が振り上げられた瞬間、闘技場のすべて音が止まった。
「お、お前……」
ケロンの前に腕を組んで立つ久須男。いつの間にやって来たのか分からないが、鋭い爪が顔の前まで来ているのに微動たりしない。固まったままのロイヤルウルフに向かって久須男が言う。
「降参だと言ったはずだ。それとも俺の言葉を無視してここで俺とやるか?」
静かだが相手を服従される久須男の圧。ロイヤルウルフは攻撃を止めたのではなく、止められてしまっていた。
腕をおろし頭を掻きながら闘技場へ戻って行くロイヤルウルフ。観客席からは自分達の勝利に酔いしれる大歓声が起こるも、彼の頭の中では久須男に対する怒りで一杯になっていた。
(くそっ、興行を台無しにしたらヴァンパイア様にお叱りを受ける。あー、つまらねえ!! あの人間、絶対俺の爪で引き裂いてやる!!)
闘技場に戻りながらロイヤルウルフは全身から怒りのオーラを放出する。
「我が主よ、ケロン殿はご無事か?」
倒れてブルージェルに包まれるケロンを心配してハーンが駆け付ける。
「ああ、この程度なら問題ない。ちょっと時間は掛かるが治るだろう。イリア、ケロンを頼むぞ」
「はい。久須男様」
イリアは不安であった。あの強く、一度も負けたことのないケロンがこれほどまで簡単にやられてしまった。久須男の強さは知っている。それでもやはり不安に押し潰されそうになる。
「我が主よ、次は我に行かせて欲しい」
久須男の前にやって来たハーンが頭を下げて言う。
「いや、俺が行く」
「我にも戦う機会を! 我が主には、奴の相手をお願いしたい」
そう言ってハーンは余裕の笑みを浮かべてこちらを見ているヴァンパイアマスターに目をやる。
「あやつの出番まで我がその露払いを致しましょう。我が主には万全の状態で戦って欲しい」
少し考えてから久須男が言う。
「分かった。だがあいつも強いぞ」
「御意。全力を尽くす所存です」
ハーンはそう言って再度頭を下げると、漆黒の愛馬に乗り闘技場へと上がる。
「ウオオオオオオ!!!!!!」
再び沸き起こる大歓声。真っ黒な馬に漆黒の鎧の騎士。強力な圧を発しながらロイヤルウルフに対峙するハーンに否が応でも会場は盛り上がる。
「おめえ、誰だ? デュラハンなのか?」
腕を組んでハーンの登壇を待っていたロイヤルウルフが尋ねる。混乱するロイヤルウルフ。デュラハンの一族なら首を脇に抱えているはずだが、目の前にいるのは首の繋がった黒騎士。ハーンが答える。
「その通りだ。我はデュラハーン。我が主に首の呪いを解いて貰った者ぞ」
「首の呪い? ああ、だから繋がってんか。けっ、こりゃ傑作だ!!」
そう言って笑い出すロイヤルウルフ。首を落とされその怨念で更なる強さ、魔物の中でその地位を得たデュラハン一族。首が繋がってしまっては意味がない。ハーンが剣を抜きロイヤルウルフに尋ねる。
「貴殿は至極勘違いをしているようだ。我の強さはその鍛錬によるもの。まあよい。我の名はハーン。良ければ名を聞かせてはくれぬか?」
ロイヤルウルフが爪を出してそれに答える。
「バーカ。これから死ぬ奴に何で名前を教えんだよ!!!!」
ガン!!!!!
一瞬でハーンの目の前に現れたロイヤルウルフの爪と剣が音を立ててぶつかる。
(速い!!)
そう思ったハーン。しかしそれ以上のことが起きていた。
「ヒヒーン!!!!!」
ハーンの剣と交わったロイヤルウルフの右手の爪、それとは逆の左手の爪が漆黒の愛馬の胸に深く突き刺さっていた。
「なに!?」
激痛で暴れる馬。そこから振り落とされたハーンが目の前に迫る鋭い爪に気付き、剣でそれを受け止める。
ガン!!! パキン!!!!
ハーンが受け止めた剣。それは甲高い音を立てて真っ二つに割れてしまった。
「ぐああああ!!!!」
そして響くハーンの叫び声。剣を叩き割った鋭い爪はそのままハーンの漆黒の鎧に深く食い込む。反撃をしようとしたハーンを見てロイヤルウルフが一旦後方へ引く。
「はあはあ……」
愛馬は逃げ、剣を折られ鎧には深い傷。あっと言う間の出来事だがハーンのまだ闘争心は消えていなかった。
(強い。だがこの命に代えても……)
立ち上がったハーンに後ろから声が掛かる。
「終わりだ。下がれ」
「……わ、我が主よ」
立ったまま後ろを振り向くハーン。その瞳にはゆっくりと闘技場へ上がる久須男の姿が映る。
「し、しかし……」
「十分だ。よくやった、下がってろ」
「ぎょ、御意……」
ハーンは割かれた鎧に手を当てながらゆっくりと闘技場から降りる。ロイヤルウルフが久須男に言う。
「あー、やっとおめえと戦えるわー。殺したくて殺したくて仕方ねえんだよ~!!!」
「早く来い。時間の無駄だ」
そのひと言がロイヤルウルフの闘志に火をつける。
「貴様ああ!! 下等な人間風情があああ!!!!」
爪を出し全力で久須男に突撃するロイヤルウルフ。怒りでその力が増幅されている。
(『神力』)
ドン!!!!
「グヒャ!?」
ほとんどの者が何が起きたのか分からなかった。
気が付けば闘技場の床に叩きつけられたロイヤルウルフが白目をむいて倒れている。静まり返る闘技場。久須男が言う。
「お前よお。相手に名乗られたら自分も名乗るのが礼儀だろ? まあ、死にゆく奴に名乗られても仕方ないけどな」
その言葉と同時に煙となって消えて行くロイヤルウルフ。
数百年間、闘技場の上位に名を連ねていたロイヤルウルフ。その彼が一瞬で消されてしまった。ずっと静寂のままの観客席。ただこの男だけはそんな風景を笑みを浮かべて見ていた。
「ああ、楽しくなって来たねえ。最高だよ」
真っ白な肌のヴァンパイアマスターが足を組みながら久須男の顔を見つめた。




