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レーナさんから侍女としての基本的な仕事を教わると、今後の日程についても説明された。


なんと隣国のパピノリア王国から王子が来るのは3日後だという。

その際に先方が聖女様との面会を希望しているそうだ。


聖女様に身分はないため、この国の客人という立場に近い。

団長の婚約者という立場があるので、そうそう手出しはできないだろうが気を付けるに越したことはないだろう。

侍女に紛れて護衛を配置するというのも、何かあった時の保険のようだ。囮じゃなくて良かった。


『3日後までに侍女として違和感なく動けるようになってください。』そう言われちょっと泣きそうになった。レーナさんは容赦がない。


歩き方や挨拶時のとり方、お茶の入れ方から花の生け方まで、覚えることは数多くある。

正直、全てを覚えてこなすなど到底不可能である。とりあえずは客人をもてなす際の動きに絞って練習を重ねることにした。


「ううう。お茶を入れるより剣を振るうほうがよっぽど楽だよ。」


繊細な造りの茶器は割ってしまいそうで神経を遣うし、茶葉によって蒸らす時間も湯の温度も変わるなど、もはや学問の域だと思う。


とにかく反復練習しかない、と仕事終わりに調理場から茶器一式を借り受けてきた。

木箱に入れた茶器や茶葉は地味に重い。落としてはいけないと変な力が入るのでさっきから腕が痛い。


すると、突然腕から重みが引いた。


「え?」


「大丈夫か?」


声のほうに顔を上げると、団長が木箱を取り上げるように持って立っていた。


「団長!あ、自分で持ちますので、」


慌てて木箱を取り返そうとするが団長はひょいっとそれを躱してしまう。


「貴賓室まで運ぶのかい?」


「いえ、その…寮の自室で練習を、と思いまして。」


「そうか。私も丁度、詰所に行こうとしていたんだ、大体の方向は同じだな。」


団長はそう言って木箱を持ったままスタスタと歩き出してしまう。どうやら運んでくれるらしい。


「団長、すみません。」


上司に荷物を運ばせるなんて。忙しい中だろうに手を煩わせてしまった。

そう思い謝ると団長は首を振った。


「いや、こっちこそ、騎士の君に慣れないことをお願いしてしまってすまないな。」


「いいえ。そのようなことは。」


「フォックス家の侍女殿とはうまくやれそうか?」


「はい。レーナさんは厳しいですが教え方は丁寧ですし、指示も的確なので助かっています。」


「そうか。……花音殿とは、どうだ?」


“花音殿”

団長の口から聖女様の名前が出てきたことに、ドキッと心臓が嫌な跳ね方をした。団長が親し気に女性の名前を呼んでいる、ただそれだけだ。獣性が疼きそうになり右手を強く握る。


「聖女様はとても素直で可愛らしい方です。騎士に憧れがあるようで、自分にも親しく接してくださってます。」


「そうか。少し幼い面もあるようだから、苦労するかもしれないがローゼンなら大丈夫だろう。」


その口ぶりは自分を信頼してくれているようで素直に嬉しい。


「精一杯努めます。」


今日は就寝ギリギリまでお茶入れの練習をしよう。

なんなら徹夜してもいいかもしれない。それなら明日までには習得できるだろうか。


気合いが表情に出ていたのか、団長が苦笑した。


「まぁそんなに根を詰めないように。君は無理をするところがあるから。」


「そ、そうですか?」


「………入団当初ベイルフットと決闘した時のことは忘れていないよ。」


「わ、忘れてください!もうあんなことはしません!!」


入団当初、女というだけで馬鹿にされていたシイラは喧嘩をしかけてきたベイルと決闘し、お互い鼻血を出して倒れるまで殴り合った。

おかげで周囲にも骨のある奴だと認められたが、今となっては恥ずかしい黒歴史だ。


「ははは。そういえば、……ベイルフットと付き合っているのかい?」


「はい?!」


突然の質問に声が裏返ってしまった。


「いや、突然こんなことを聞いてすまない。その……指輪を付けていたから。」


まずいことを聞いてしまったか、というように団長が目をそらす。


なるほど。“番隠し”はカップル間で流行っていたものらしいし、指輪も薬指に嵌めるタイプのものだ。

右手につけているが、恋人がいる、という印にも受け取れるだろう。

しかし、そんなことを冷静に分析しているどころではない。


“番隠し”がバレてる?!

いや、でも一見すれば普通の指輪で“番隠し”の効果があるかはわからないはず。


まさか団長から“番隠し”の指輪を指摘されるとは思わなくてしどろもどろになる。


「あ、その、これは…で、デザインが可愛いかったので!その、自分は左効きですし、邪魔になるようなものでもないかと…」


「いや、反対しているわけじゃないんだ、すまない。プライベートなことなのに無神経だったね。」


あまりにも挙動不審だったからだろうか。団長が困ったように笑った。


「いえ。無神経だなんて、そんなことは。」


「ありがとう。その…今回の任務は普段と違うことが多いだろうから、そういった物があるほうが役立つと思う。」


「それは?」


どういう意味だろう。

問いかけようとした時、大声が聞こえてきた。


「団長ー!!っと、あれ?シイラか?」


声のほうを見遣ると、ザーケルが寄宿舎の方から走ってきていた。

ウサギ獣人にナンパしたあのザーケルだ。


「侍女服なんて着てるから誰かと思ったぜ。なんだ、そういう恰好してるとお前も…」


ザーケルがしげしげと見つめてくる。女装しているとでも言いたいのだろうか?

自分でもそう思うが口に出したら締めよう。そう思っていたら団長が視界を遮るように前に出た。


「ザーケル、どうした?」


「団長、失礼しました!クロダイン副団長がお探しです!」


ザーケルが慌てて敬礼しそう伝えると、


「なるほど。……では、見なかったことにしといてくれ。」

「「え?」」


団長が酷く真面目な顔で言うので、2人とも一瞬言われた意味が分からなかった。


「実は逃げてきたんだ。いい加減、書類に追われるのに飽きてしまってね。」

「「・・・・・・」」


いたずらが見つかった子どものように笑って言う団長。シイラもザーケルが揃って閉口した。

これは間違ってもクロダイン副団長に伝えられない。


「まぁとりあえず、この荷物を運び終わったら行くからクロダインにはそう伝えてくれ。」

「ハッ!」


ザーケルが復活し、敬礼を返て再び詰所のほうへ駆けて行った。


「団長、それは私が運びますので」


「それは困る。せっかく見つけた口実なんだ。ぜひとも付き合ってもらわないと。」



そう言って団長はまた歩き出してしまう。

その背を慌てて追いながら、シイラは胸がポカポカ暖かくなるのを感じていた。


団長の冗談は時々ちょっと可愛い。そんな風に思うもの失礼だとは知りつつ、なんだか同じ仲間内に入れてもらっているようなくすぐったさを感じて、こっそり笑ってしまった。






この時、ベイルフットと交際していることを否定していなかったことにシイラは全く気付いていなかった。












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