夜会(4)
大広間はいつになく賑わっていた。
なにせ今日、金獅子の“番”が正式にお披露目されるというのだ。
注目度は高く普段は王都にいない貴族たちも今日のためにわざわざ出てくる程だ。
かくゆう自分もそのひとりなのだが。
ついこの間までは王都で悠々自適に暮らしていたというのに、ある日急にダンデリオン家から辺境勤務に推薦され、否を唱える間もなく辺鄙な地へ送られた。
ダンデリオン閣下とはあの夜に変なメイドを揶揄っているところを見られたくらいだというのに、理不尽もいいところだ。
そんなわけで番の登場をあざ笑ってやろうと目論見、なんとか強硬日程で帰って来たのだ。
聞くところによると金獅子の番は平民の平騎士らしい。
女騎士など筋肉だらけの厳つい男女に決まっている。それも平民などといえばどれほど貧相なのか。
ぜひとも直接この目で見て、あざ笑ってやろう。あんなのが番なんて、金獅子も哀れだ。そう言って馬鹿にすれば少しはこの鬱憤も晴れるだろう。
そう思って待っていると、この間までつるんでいた友人に出くわす。
話を聞けば俺と似たり寄ったりの理由でここに来たらしい。もう一人は都合がつかなかったらしいが土産話を持って行ってやればいいだろう。
大広間の壇上ではすでに龍王様が番のクレアスティーネ様と並んで座っている。
お二人ともに黒とグリーンを貴重にした美しいお姿だ。
挨拶とはいえお二人の前に立たなくてはいけない平民に同情する。金獅子ならともかく平民ごときがクレアスティーネ様の前に出れば差は歴然。どんなに着飾ろうと豚に真珠だ。
と、大広間の入り口が開き、人々がにわかにざわめいた。
やっとご登場らしい。
嘲笑を込めて見やったその先の光景に、思わず口を開けて固まった。
入口から入ってきたのは金色と白で統一された美しい一組だった。
白を基調にした華々しい軍服を見事に着こなすライオネル・ダンデリオン将軍。
ともすれば軟弱な印象を抱きそうな色合いのそれも彼が着ればただ雄々しく高貴に映るのだから不思議だ。
その横に佇むのは同じく金と白の貴婦人。
美しい白髪は歩くたびにキラリと輝きを放ち、金糸の刺繍をちりばめられたドレスにその光を落としている。リボンやフリルはなくいっそシンプルともいえるドレスなのに、その刺繍の見事さと優美なラインは細くしなやかな身体を引き立てている。少しだけ覗く胸元にはその間を守るように紫の宝石が輝いていた。
将軍の腕に手をかけてゆっくりと歩くその目は少し伏せられ、睫毛まで白く長いことが見てとれる。白い頬に反して唇は赤く色づきどこか色気を感じさせる。
大勢の視線に晒されてなお、動じることなく歩を進める様は堂々としていて、まさに金獅子の番にふさわしいと言えるだろう。
ゴクリ、と思わず唾を飲み込んだ。
隣で友人も同じように絶句している。
その口が“嘘だろう”と動くのを、まったく同じ心境で見ていた。
嘘だろう。
団長の番がこんなにも、美しいなんて。
将軍ともなれば、番まで完璧なのかよ!
妬みのような思いが沸き上がってきたところで、友人に小突かれる。
「な、なあ?あれって…」
少し震えた小声で聞き取りずらい。
「なんだよ?」
こっちは妬みと僻みで忙しいんだよ。
そう思いイラつくように答えると、
「メイドじゃないか?この間の…」
そう言われ、背筋が凍った。
確かにあの白髪、そして顔立ちもなんとなく、あんな風だった気がする。
「お、俺たちまさか…!」
恐ろしい事実に気づきたくない。
番にちょっかいをかけるなど、獣人の世界では貴族、平民問わず厳禁だ。その場で殺されても文句は言えない愚か者の所業である。
まさか、それを、よりによって最強の“金獅子”の番に――――
その後の記憶はほとんど残っていない。
ただ、俺の辺境勤務は当分続くのだろうことだけは確かだ。
――――――――
団長ととも大広間に入ると大勢の人がこちらを向くのがわかった。
様々な視線が突き刺さる。
しかし、今は周りの視線を気にしているどころではない。
顔を俯かせないよう必死で持ち上げながら慎重に歩く。
そう、視線なんかよりもよっぽど大きな問題――――ヒールだ。
ハイヒールがこんなにも歩きにくいものだとは知らなかった。
もちろんダンスの練習で履いていたのでわかっているつもりだったのだが…。
ドレスを着て歩くとなると、その難易度は格段に跳ね上がるらしい。
裾を踏まないよう慎重に、かつ細い踵のバランスを崩さずに、膝を伸ばして、そんな注意事項が頭を巡る。
必死で足元に意識を集中していると、隣で団長が「ふっ」と忍び笑いを漏らした。
「歩きにくければもっと寄りかかっていい。なんなら抱いていこうか?」
小声でそう言われ、ぶわっと頬に熱が上がる。
「だ、大丈夫ですっ」
うっかり頷けば本当にやられかねない。なんなら半分くらいは本気のトーンだった。
そう思い必死に断れば、団長は「残念だ」と少し笑って、けれどもエスコートの腕をより近くに寄せてくれた。
ありがたくそれに頼りながら、どうにか龍王様達の前に到着し跪く。数段高くなった玉座とその横に座るクレアスティーネ様。
黒を基調とした龍王様の横で、新緑のような美しいドレスに黒いリボンをかけたクレアスティーネ様。胸下からふわりと広がる美しいプリンセスラインのドレスは幾重にもドレープが重なり華やかだ。
「ライオネル・ダンデリオン、およびその番、シイラ・ローゼン。此度は隣国の間者捕縛によく貢献してくれた。余からも礼を言うぞ。」
龍王様の言葉に礼を返す。それにひらひらと手を振って頭を上げるよう促された。
「うむ。そなたらが並び立つ様はまさに白金。美しくも強固にこの国を守っていってくれることだろう。我がドラゴニア獣王国の誇る“金獅子”に、同じく誇るべき“番”が現れた。この慶事をみなと祝いたい。二人を祝福し、ここに正式なる伴侶として認めよう。」
そう言って龍王様がグラスを高く上げると、広間の貴族たちも同じようにグラスを掲げた。
正式な結婚式はまだであっても、龍王様直々にこうして認められ、社交界で承認を得た形になるため、この瞬間からシイラの身分は団長と同等してみなされるのだ。
とまっていた音楽がなり始め、歓談が再開される。こちらに向いていた人々の意識も徐々にダンスや歓談へと移っていく。
「これで正式なものとなった。あとはお前の守り方次第だな。」
龍王様が団長にそう声をかける。
「ありがとうございます。もちろん、文句など言わせませんし、あわよくば、など考えが浮かぶ隙を与えるつもりもありません。」
そう言ってシイラの腰を抱く。
龍王様の前で、と慌てているとクレアスティーネ様が鈴を転がしたように可愛らしい声で笑った。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。一緒にお茶会をした仲じゃない。夫の暴走に困ったら相談して頂戴ね。いい方法を教えるわ。」
お茶会といっても自分は侍女だったのだが…。
そう思っていると龍王様が慌てたようにクレアスティーネ様の側に行き肩を抱いた。
「ティーネ、口をきかないのはダメだ、止めてくれ。あれは本当に、精神が尋常じゃないほどに削られるんだ。我が国の国防に関わる、あれはダメだ。」
必死な様子でそう訴える龍王様にニコニコと笑って返すクレアスティーネ様。
あんな風になるには何年かかるだろうか。
そう思って団長をチラリと見上げれば、優しく見下ろす紫の瞳と目が合った。
「シイラに口をきいてもらえなくなったら、剣すら持てなくなるだろうな。」
そんな冗談を言う団長につい笑ってしまう。
「いや、冗談じゃないぞ。絶対、本気で言っているからな。そのドレスを見ればわかるだろう。聖女の時は少しも自分の色なんざ出さなかったくせに、独占欲全開だろうが。」
龍王様が小声で何かを言っていたが、団長に耳を塞がれてよく聞こえなかった。
綺麗なドレスを着て、番の隣で笑っている。
そんな幸福な夜が自分に訪れるとは思ってもいなかった。
子どもの頃に読んだおとぎ話の世界のようでどこか現実味がない。
それでもただ一つ確かなのは
自分の隣で笑うこの人が愛おしい。
その思いだけだ。
シイラが笑いかけたことに気づくと、ふっとその紫を優しく細めて笑い返してくれる。
その幸せをかみしめるようにゆっくり息を吸い込んだ。
胸元に寄せた右手にその紫と同じ色を認める。
そのことがどうしようもなく
幸せだ。




