夜会(3)
その後は怒涛の勢いで日々が過ぎて行った。
あの日、翌日には本当に団長の屋敷に引っ越していて、あっという間に一緒に住む生活が始まった。
とはいっても、団長と平騎士ではそもそもの仕事内容も時間も全く異なる。
朝は早く出て夜は遅くに帰って来る団長とはすれ違いも多い。それでも、チラッとでも毎日顔を見られる生活というのは幸せで、最近はニヤニヤして過ごしている自覚がある。
そんな中で夜会が2週間後に開催されることが決定した。
―――――――
「苦しくはないですか?」
「は、はい。」
この日は絶対に朝からお休みを頂いてください!と念を押された夜会当日。
早朝からメイドさんたちにたたき起こされ、団長に挨拶をする間もなく(団長は深夜帰宅のため別室だった)お風呂へ押し込まれた。
そのままあれよあれよと全身を磨かれ、色々なクリームを塗りこまれ……
貴族令嬢って本当にすごい。
これを毎日、とは言わなくても夜会の度にやっているのだろうか。
ほとんど身を任せていただけなのにヘトヘトである。いつもテキトーにまとめている髪は艶々に光っているし、いたるところに切り傷のあったはずの肌も信じられないほどにしっとりすべすべしている。
「す、すごい!」
感動していると、メイドさんたちにふふふと笑われた。
「奥様は普段ほとんど手をかけられませんから。磨きがいがありますわ。」
「本当に。せっかく奥様を迎えられたのに、飾り立てられないなんて!」
「今日までのうっぷん、晴らさせていただきますわよ!」
口々に言いながらどんどん化粧やら何やらを進めていく。
飾り立てがいのない騎士で申し訳ない、そう思って謝れば、いいえ!と強めに返される。
「私たちは奥様の騎士姿のファンですから!」
「そうですわよ!第二唯一の白薔薇!麗しい男装の麗人!大好物です。」
「第一の方々ももちろん憧れですけど、奥様は庶民の星なんですよ。今や巷は奥様のシンデレラストーリーで持ち切りです。」
「え?し、え?」
白薔薇だのシンデレラだの色々と聞きなれない言葉があり、思わずどもってしまう。
「番であることをひた隠しながらも団長を支え、隣国間者を捕縛するために涙をのんで婚約者の存在まで認めた健気な女騎士。金獅子の至宝にして溺愛する奥様、ということで庶民憧れの的となっております。」
「っ!!!」
絶句した。もう本当に絶句だった。
あの噂に尾ひれも背びれもついて違う生き物に成り変わったようだ。
いっそ別人の話だと言われた方がまだ信じられる。
いろんなショックで固まっているうちにどんどんと着付けが終わったらしい。
「「「完成です!やりきりましたわ!」」」
そう言われ、ハッと鏡を見れば、別人がそこにいた。
「ぅわぁっ!す、すごい!」
そこにいたのはがさつな女騎士ではなくしっとりした貴婦人だった。
白髪は一部を肩から流し、残りは後ろで複雑に結い上げられている。真珠をあしらった繊細な髪飾りがそこに飾られ、光を受けるごとに髪の艶を引き立てるように輝く。
ドレスは薄いベージュを主体にしたシンプルなもので裾の広がりも少ないが、光沢があり動くたびに繊細な光を反射している。
首元から手首まではマントのように長いレースで覆われ、全体に金糸で繊細な刺繍が施されている。
色味を抑えた中で、両耳と胸元に飾られたオパールが深い輝きを放っていた。
こ、これは…
全体的な色合いは明らかに誰かを彷彿とさせるもので。
何も言わずともその存在を主張しているように感じられて、思わず顔が赤くなってしまう。
と、部屋の扉がノックされた。
「シイラ、支度は……」
そう言いながら入ってきた団長は驚いたように目を見開いて動きを止めた。
団長は普段の騎士服ではなく夜会用の煌びやかな軍服へと変わっている。白を基調にしたマントにベージュのベストにはそれぞれに金糸で繊細な刺繍が施されている。肩章や胸飾りは第二騎士団団長を現すものだがブレードや袖のカフスにはダンデリオン家の家紋が入っている。
シイラのドレスと対になるようなそれだが、胸元を飾る宝石はアクアマリンへと変わっている。
童話の王子様然とした色合いにも関わらずいつか見たように後ろで撫でつけた髪型がどこか野性味を加えていて、つい見とれてしまった。
ホウっと呆けたように見惚れていたが、不意に団長に目を逸らされて我に返った。
み、見つめすぎたかな?
口を開けて呆けた顔を晒してしまったかもしれない。でもそうなっても仕方ない程に恰好いいのだ。しょうがない!これは不可抗力!
そんな風に開き直っていると、目を逸らした団長が口元を覆って俯いてしまった。
しまった、これは本格的に間抜けずらを晒してしまった。
せっかくメイドさんたちが頑張ってくれたのに、表情で台無しにしてしまうとは!
「だ……ラ、ライオネルさん?」
思わず団長と呼びそうになるのを堪える。ここは私室。団長のお屋敷。プライベート。心の中で魔法の言葉を繰り返す。
「いや、すまない、ちょっと…」
そう言ったままこちらを見ない団長に、だんだん不安が募ってくる。
どうしよう。団長ならスマートに「似合っている」とか言ってくれると思ってたんだけど。
社交辞令すら出ないほどに酷い出来だっただろうか。以前花音様にはサラッと誉め言葉を掛けていたのを思い出してちょっと泣きそうだ。やっぱりああいう可愛らしい感じが良かったのだろうか。
そんな風に思っていると、メイドさんたちから「んん”っ!!」という強めの咳払いが聞こえた。
それに少しビクッと肩を揺らした後、団長がゆっくりと顔を上げた。その顔がどことなく赤い気がするのは自分の自惚れだろうか。
「…よく似合っている。本当に。……情けないな。こんな時にうまい例えのひとつも出てこないなんて。」
そう言って、クシャっと自分の髪を掴む。その仕草を追うようにして見上げた団長の耳が赤いことに気づいて、釣られるようにぶわっと自分の耳から顔まで真っ赤になった。そのまま耳をするっと撫でられる。
「本当に、綺麗だよ。他の奴に見せないといけないのが惜しいくらいに。……このまま家にいてはダメだろうか?」
小声で呟かれ、反射的に「はい」と言いそうになったのを、再び「んん”」というメイドさんたちの咳払いで止められた。
それに少し困ったように苦笑した団長がスッと手を差し出す。
恐る恐るそこに手を伸ばすと、サッと手を握らた。
「今夜は絶対に側を離れないこと。それと、これだけはしっかり付けさせてくれ。」
そう言われて右手の薬指にスルッと指輪をはめられた。
「!これっ」
「番隠しでないものをはめさせて欲しいと言っただろう?順番が色々と違ってしまってすまないが、改めて、俺と結婚して欲しい。婚約指輪として、受け取ってもらえるかい?」
そう言って右手の薬指にはまった指輪は金環に小さなオパールがついた美しいものだった。
「~~~!!はいっ!もちろんです!!」
泣いてしまわないよう、頑張って顔に力を込めたせいで変な顔をしていたかもしれない。
それでも団長は何より嬉しそうに笑ってくれたから。
もう指輪を見る度に苦しい気持ちになることはない。
シイラ左利きです。剣を持つときに邪魔にならないよう指輪は右手のままにしました。




