夜会(2)
謁見を終え退室した後、何故か団長に手を引かれている。
どこかに行きたいのだろうか?
城内はそんなに詳しくないので助かるが、手を繋がなくてもちゃんと付いて行くのに……。
「団長?」
前を向いたままズンズンと歩を進めていた団長がピタリと止まった。人気のないこの廊下はどこだろうか?
「…………龍王様の言っていたことは、本当なのか?」
「え?」
キョロキョロ辺りを見回していたら、急に硬い声で聞かれた。
「あわよくば、と。」
「ああ!あるにはありますが、それほど大事ではありません。」
ささやかな手紙や陰口で傷つく程、柔ではないのだ。ふさわしくないというなら、これから頑張るだけだ。むしろ発破のように受け止めている。
そんな事を説明していると、グイッと身体が引かれて抱きしめられた。
「シイラ」
職務中に団長が私の名前を呼ぶことはない。職場ではいつもローゼンだ。
だから、名前で呼ばれたということは今は職務外なのだろう。
「ラ、ライオネルさん?」
最近やっと呼べるようになってきた名前を呼んでみる。ちなみにライルでもいいと言われたが、愛称呼びは未だにハードルが高い。
「自分が情けない。シイラがそんなことを言われていたことに気付きもしないで浮かれていたなんて。」
自嘲めいた声が耳元で聞こえてはぁ、とため息が肩を擽った。
落ち込んでいるのだろうか?
「本当に大丈夫ですよ?休日に通う形なので少しずつですが、執事さんにお邸のことや貴族のマナーなんかも教わっていますし……ライオネルさんに近づく努力はむしろ楽しいので。」
後半はゴニョゴニョとした小声になってしまったが、ちゃんと聞こえたらしく、抱きしめられる腕に力がこもった。
その背中にそっと腕を回して自分からも抱き締めてみる。少しでも元気が出るといいのだが。
「……仕事に戻りたくないな。」
「え?」
小声で囁かれた言葉はよく聞こえなくて聞き返す。と、身体が離され思いのほか真剣な表情で見つめられた。
「迷っていたんだ。蜜月を過ぎたとはいえ、まだ結婚もできていない。色々とすっ飛ばした自覚もあるから、少しゆっくり行かないと、と思って。それに、一度君を迎えてしまえば、本当に、騎士はおろか結婚式すら難しいことにしてしまいそうで……。だが、それで君が害されているとなれば、そんなことは言っていられない。」
話が見えなくて思わず首をかしげてしまう。
「一緒に住まないか?」
「!!」
言われた言葉に驚いて声が出なかった。
いつかは、と思っていたことではあった。蜜月休暇を終えて、若干フラフラになりながらも寮に戻った時、リコリスからはもう戻ってこないかと思っていたと揶揄われた。その言葉に「まだ早い!」と返した時から、でもいつかはそうなったらいいな、と思っていた。
休日に団長の屋敷に通って、一緒に過ごしながら少しずつマナーや内向きのことを教えてもらう。そんな日々を重ねていけばそのうち……
黙ってしまったことを拒否と受け取ったのか、団長の表情が少し翳った。
「いや、だろうか?」
不安そうに聞かれて慌てて首を振る。いやなわけではない。むしろ憧れていたことだ。ただ…
「そんなことありません!ただ、私まだマナーとか全然で、その、上手く振舞えるかどうか…」
「そんなことは気にしなくていい。屋敷にいるのは私と使用人たちくらいだ。誰も口うるさく言ったりしない。それに、そういったことを覚えるのであれば、余計に一緒に住んだ方が早いだろう?龍王様が夜会を開かれるなら、ダンスの練習なんかも必要になるし。」
「あ、そうですよね!」
ダンス!それは全然考えていなかった。団長の婚約者としてお披露目されるなら、当然ダンスも踊らなくてはいけない。体を動かすのは得意な方だが、果たしてダンスとなるとどうだろうか…。
そこまで考えていると、団長が「いや」と首を振った。
「言い訳でしかないな。なんとか理由を付けてでも、君を自分の家に連れ帰りたいんだ。ひとりで寮に帰したくない。どうか、俺と一緒に住んでくれないだろうか?」
あらためて懇願され、真っ赤になる。そんな風に言われて、断れるわけがない。自分だって憧れていたのだから。
「はい。私も、一緒に住みたい、です。」
そう返事を返せばもう一度ギュッと抱きしめられた。
「ありがとう。……今日中に必要なものを纏めといて。大きなものは後で運ばせるから、お気に入りの物やすぐに必要な物だけで構わない。明日仕事が終わったら迎えに行くから。」
「は、はい。」
思った以上に早い話の展開にびっくりしつつも頷く。
団長は熟考はするが決めたら行動は素早い。仕事でも、プライベートでもそれは変わらないらしい。
リコリスにまた揶揄われそうだな。
そう思いつつも心はポカポカと温かい。
いつかは、なんて期待が思った以上に早く叶ってしまい若干不安もあるが
龍王様と王妃様に感謝、かな。
なんであれ夜会の話が一緒に住むきっかけをくれたのだから。




