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――――カランカラン
酒場のドアを開けると軽快な音が店内に響いた。
「おう、シイラ!おせぇじゃねーか!」
ジョッキを上げて迎えてくれる面々はもうすでに真っ赤だ。
護送の任務終わり、『復帰祝いだ。上等な酒をもって集合!』そんな伝達をベイルから受けとった。
「もうすっかりでき上ってるじゃないですか。」
「うるせぇ。まだまだここからだろう!」
「ブツは持ってきたんだろうな?」
「1週間分追加だからな。倍、いや3倍返しだぞ。」
次々に飛ばされる野次めいた先輩方の前にドンっと酒瓶を置く。
「「「こ、これはっ!」」」
「そうです。北の幻、“白のビーア”です。」
「「「「うぉぉぉぉおお!!」」」」
わかってるじゃねえか!そう言いながら騒ぐ先輩たちに混じって席を降ろす。
「で、どうしてもうでき上ってるんですか?」
「バッカ野郎!喝入れだよ!明日は第1との合同演習だろうがっ!!気合入れてくぞ、お前らっ!!」
「「「「「応っ!!!!」」」」」
おかしい。復帰祝いではなかったのか?
要するに理由は何でもいいから飲みたいのだろう。シイラもジョッキを上げる。
「シイラよ~、お前ぇ、団長と番なんだろ?隠してやがってこの野郎。」
ザーケルが面倒くさい酔い方をして絡んできた。
「んなぁ~にが、間者捕獲のため涙をのんで団長と聖女を支えた健気な番、だよ。そんなタマじゃねぇだろう。」
「う”、っゴホッ、ゴホッ、自分は一言も言ってません!」
思わずむせてしまった。そうなのだ。ザーケルに言われたそれは、謹慎中いつの間にか広がっていた噂だ。与り知らぬところで勝手に広まり、今では周知の事実と化している。
おかげで名前も知らない人からも、「応援してます!」やら「辛かったのね」だの声をかけられるようになった。
「本当ですね。つい昨日まで鍬持って農作業してたやつが。」
横からベイルも割り込んできた。農作業は謹慎中の奉仕活動だ。先日浄化した汚染区を開墾するとかで、2週間みっちり農作業に勤しんだ。
「剣より鍬の方が得意になったんじゃねぇの?」
「言ってくれたな、ベイル。ちょっと表で明日の前哨戦と行こうか?」
クイッと親指で表を指せばベイルが真顔で首を振る。
「いや、鍬で鍛えられた怪力で俺の繊細な腕を傷つけられたら困る。明日は何としても勝たないといけない、大事な身体なんだ。」
「ボッコボコにしてやるわっ!!リコリスとデートなんて、永遠にできない身体にしてやるから覚悟しなさいっ!!!」
シイラがガタッと立ち上がれば、周囲がなんだなんだと騒ぎ立てる。
デートだと?、あいつまた勝負する気かよ!、5手目で敗北に50!!、いや8手目まで粘るに80!!
「なんで負ける前提なんすか!!」
ベイルもガタっと立ち上がった時、
「6手目カウンターで勝利に100」
低い声が響いてテーブルに紙幣がトンっと置かれた。周囲の喧騒がピタッと止む。
「だ、団長!!!」
誰かが驚いたように声を上げた。
背中から甘い香りに包まれ、肩を抱かれる。
「みんな、盛り上がっているところすまないな。ローゼンは借りていくぞ。」
そう言うとシイラをひょいっと抱き上げた。
「だ、団長!離してくださいっ!!」
急に団長の顔が近づき一気に頬に熱が上った。慌てて抗議するがまったく聞いてくれない。
そのままスタスタと酒場の出口まで進むと、ふと思い出したように振り返った。
「ベイルフット、せっかく鍛えてやったんだ。負けたら減給だぞ。」
それだけ言ってシイラを抱えたまま出ていく。
一拍遅れてどわ~っと大声が沸わいた。
「だ、団長?」
横抱きに抱かれながらものすごい速さでどこかへ運ばれる。
長い足を駆使してスタスタと進む足に迷いはなく、一直線にどこかを目指しているようだ。
絶対に重いしお酒臭いしでこっちはいっぱいいっぱいだ。
「あ、あの、どこかへ行かれるなら自分の足で着いていきますのでっ」
「少し黙って。」
少し怖い顔をした団長は視線を前に固定したままそう言って歩き続ける。
なにかしてしまったのだろうか?
「だ、団長?」
不安になって小声で呼びかければ、ハッとしたように歩を止めて、はぁぁっとため息を吐きだした。
「すまない。怖がらせたいわけじゃないんだ。ただ、余裕がなくて。」
「余裕?」
「仕事を終わらせてきた。」
簡潔に、それだけ言われた。この2週間、団長は本当に忙しかったようでほとんど執務室に泊まり込んでいた。シイラも謹慎中だったので、顔を見られたのは、寮に帰るときにわざわざ遠回りして廊下を通る団長を覗きに行った時くらいだ。それも運任せなので1、2回しかない。
間近で見られたのは久しぶりだ。よくよく見ればその目元にはうっすら隈が浮かんでいる。
「お、おつかれさまです。」
「ああ。ありがとう。」
「………えっと?」
それならご自宅で休んだ方が、そう言おうとしたらグイっと引き寄せられて団長の肩口に顔が埋まった。いい香りがいっぱいに広がって背中がゾクゾクする。キュンと胸の奥が引き絞られるような感覚がして、耳元に心臓が移動したのかと思う程ドキドキと鼓動が跳ねた。
「仕事を終えたから、蜜月休暇に入ってもいいだろうか。もう少しも待てる気がしない。」
少し掠れたような声でそう言われ、思わず固まった。
蜜月休暇、ということは、つまり、そういうことで……
もういっそ気絶するんじゃないかと思うくらい、全身が真っ赤になる。勝手に手が震えて悲しくもないのに涙がせりあがってくる。
それでも、全然嫌ではなくて…
「ダメ、かな?」
懇願するような響きをのせて囁かれたそれに返事をすべく、シイラはグイっと首を伸ばした。
“運命の番”は必ず出会えるものではありません。生涯探し続けても出会えない者もいます。
しかし、もし出会ったなら、あなた方は何よりの幸福を得るでしょう。
ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。
読みにくい点も多々あったかと思いますが、いいねを押してくださった方もいて、とても励みになりました。誤字報告もありがとうございました。
ひとまずこれで完結ですが、本編の加筆・修正をしつつ番外編などを書いていければと思っています。
ありがとうございました。




