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---コホン。
すぐ側で咳払いがしてハッと我に返った。
私ってば何をっ!!
クラバット団長の存在が頭から飛んでいた。
パッと腕を突っ張り団長から離れようとした、が、
あれ?
びくともしなかった。
逆に引き寄せられてその胸に再び顔を埋めることになる。
「邪魔をするな。」
団長の低い声がすぐ頭上で聞こえた。
先程までシイラの耳元で甘く聞こえていた声と同じはずなのに、怒気をはらんだその声は全く別物に聞こえた。
「無茶いうな。お前がっつり撃たれてるからな。ローゼン君もその様子じゃ治療が必要だろう。」
クラバット団長の呆れたような声がしてハッとした。
そうだ!怪我!!
肩から出血していたはずだ。いくらその後の衝撃が大きすぎたからってこんな大事なことを失念するなんて!
もう一度顔を上げようとすると、頭の後ろを優しい手つきで撫でられ阻まれる。
「頼むからここにいてくれ。今は誰にも君を見せたくない。」
懇願するような声で囁かれ一度落ち着いたはずの心臓が再び暴れ出した。
それでも怪我が心配なのも確かで、どうしたらいいか戸惑っているとバサッという音とともに何かが後頭部に掛けられた。
「ほら、それ被せとけばいいだろ。」
視界の端に見えた黒い布はさっきまでアルバートに掛けられていたマントだ。
「………はぁ。」
何かを飲み込むようにして、団長が大きくため息を吐きだした。
その時、また複数の羽音がして団長を呼ぶ声が聞こえ出す。
飛行部隊が到着したのだろう。
クロダイン副団長やベイルの声も聞こえた気がするから、第二騎士団も一緒だろうか。
アルバートはどうしたんだろう。
ふとそう思ったが、団長の匂いと視界の暗さに釣られて、忘れていた眠気が急激に襲ってくる。
報告を…
そう思いながらシイラの瞼は完全に落ち切った。
懐かしい夢を見た。
自分は小さな教会に寝ていて、すぐ側には院長や友達が寝転んでいる。
薬品の匂いが鼻をついて、次にガヤガヤと人の話し声が聞こえた。
足早に通り過ぎる人の足音。
シイラが身を起こすと、入口近くにいた人影が近づいてきた。
あのマントは騎士だろうか。鎧を着こんでいるその人は背が高く、逆光で顔がよく見えない。
「気が付いたのか。大丈夫かい?」
柔らかい声で聞かれて頷いた。
包帯が巻かれているわりに身体はどこも痛くなかった。
あんなに殴られたりぶつかったりしたわりに、骨の一つも折れていなそうだ。
頑丈にできていてよかった。
シスターだったらきっと死んでいただろう。
そこまで考えてパッと顔を上げた。
「シスターは?!!」
あの人はどうなったのだろう。シスターが開く授業を毎回揶揄って、ふざけて冷やかした。それでも、自分たちはみんなシスターが好きだった。困ったように笑いながら、しょうがないわね、なんて言って許してくれる。
孤児の自分たちを馬鹿にすることなく接してくれる数少ない人だった。
「大丈夫。シスターは無事だよ。今は別の場所で保護されている。」
ここにいないことを少し不思議に思ったが、無事だと聞いてホッと息を吐いた。
「破落戸たちも倒されたから安心するといい。」
「あなたが倒してくれたの?」
シイラが聞くと騎士は少し困ったように笑って首を振った。
「龍王様がきちんと裁いてくれたよ。」
「りゅうおうさま」
それは地方にいる孤児にはとても遠い存在だった。この国の王様だということは知っているが、それだけだ。別の世界の人だと言ってもいい。
それよりシイラには目の前の騎士の方がよっぽど強そうに見えた。
「あなたも悪い奴を倒してくれる?」
「……うん。しっかり倒すよ。安心して。」
そう言って、シイラの頭にポンっと手を置いた。
シイラの白髪はいつも老人みたいだと揶揄われる。引っ張られることはあっても撫でられたことはなかった。
「君のおかげだ。ありがとう、小さな騎士さん。」
そう言って少しの間、優しく頭を撫でるとその手を上げた。
ビシッと音がしそうな動きで敬礼をする。
「勇敢な行動に心からの敬意と感謝を。」
背筋を伸ばして立つその姿はとても凛々しく見えた。
ああ、私はこの人の傍に行きたい。
その時、なぜか強くそう思った。
龍王様のところに行けばこの人に会えるのだろうか。
教会のステンドグラスに照らされて、金色の光がキラキラ光っていた。




