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ドクドクと心臓が早鐘を撃つ。

全身の血がものすごい速さで駆け巡っているような感覚がして立っていられない。


獣化し雪豹の姿になったシイラは地面に伏せるようにして倒れ込んだ。

必死に視界を上げれば、すぐ横で団長がアルバートに馬乗りになったところだった。


間に合った?


しかし赤く染まる(たてがみ)を見てそんな思いは吹き飛んだ。


―――団長っ!!!


今すぐに駆け寄って、その傷を確かめたい。

それなのに身体は動かず唸り声すら出ない。


魔銃に撃たれたのだろうか?

いったいどこを?


よく見れば毛で覆われた全身も所々煤けており小さな傷がいくつもあるのが見える。

あの爆発をまともに受けたのだ。無傷でいられるわけがない。


団長は血が流れ落ちるのもかまわず、アルバートを全力で押さえつけている。


だめっ、団長!血が!!


(たてがみ)がどんどん赤く染まるのを見て涙がこみあげてくる。


番が傷ついている、死んでしまう!!

腹の底から恐怖がこみあげて指が震える。


早く、早く止めないとっ!!!




その時、空にバサバサという羽音が響いて大きな人影が降ってきた。


「そこまでっ!」


鋭い声とともに、降り立ってきたのはクラバット団長だ。第一騎士団が到着したらしい。

その背中には鷲のようなこげ茶色の大きな翼が広がっており、羽ばたきとともに辺りの砂や小石を転がした。


「アルバート・フォン・パピノリア。龍王様の命です、獣人誘拐容疑で逮捕します。生死は問わないとのことでしたが、できれば尋問したいので生かしておいてください。」


前半はアルバートに、後半は団長に言ったのだろう。

複数応援が駆けつけているのだろう。遠くにバサバサと複数の羽音が聞こえ、他の隊員達もこちらに向かってくるのがわかる。


―グルル


獅子が拒否を示すように小さく唸る。


「いい加減、人型に戻ってください。それに、あなたの番が隣で死にかけてますよ?」


「っ、シイラっ!!」


クラバット団長の声に弾かれたようにアルバートから飛び退き、一瞬で人型に変わる団長。必死の形相でこちらに駆けよって来る。

後ろでクラバット団長が素早くアルバートを拘束している。それを視界の端に捕えながらも、意識はただ団長だけに向いていた。


団長


そう呼びたいのに、自分の喉からはヒューヒューという音しか出ない。

獣化したからといって、話せなくなるわけでもないのに、なんて体たらくだろう。

まるで泥沼に引きずりこまれるように眠気が襲い、瞼を閉じそうになる。


その時、グッと頭が持ち上げられたと思うと、大好きな香りに包まれた。


ああ、団長の匂いだ。


団長が頭を抱き上げてくれたようだ。

少しのぬくもりと、世界一安心できるその香りに、眠気に抵抗していたことも忘れ目を細める。

心地よさと安心感が一気に溢れ、心なしか鉛のようだった身体も楽になる気がする。

無意識にその身体にスリッと頭を摺り寄せて、鼻についた血の匂いに、ハッとする。


そうだ、怪我!

団長の怪我を確かめないと、


そう思ったからだろうか、眠気が引いて自分の身体が人型に変化するのがわかる。


「大丈夫かっ?!」


声をかけ続けてくれていたらしい。団長の顔は青く、表情は見たこともないほど必死だ。

頬は切れ制服はところどころ破けて煤けている。何よりその肩が真っ赤に染まっていてよっぽど重症に見える。


「…団長、肩がっ」


掠れて弱々しいものだったが、ようやく声が出た。

手当をしてください、そう言う前に首を振られ否定される。


「かすり傷だ。それよりっ」


そんなわけない。血がドクドクと流れ出ている気がしてシイラは力の入りにくい腕を伸ばす。

その腕をガシっと掴まれた。


「止血をっ」


必死で訴えると団長が痛みを堪えるような表情に変わった。掴まれた腕に力が込められる。


「どうしていつも、人のことばかりなんだ!!………頼むから、銃の前に出るなんてしないでくれ!」


団長に初めて怒鳴られた。

隊員たちと喧嘩をした時も、任務で失敗したときも、団長が声を荒げたことなどなかった。

初めて、自分に向けられたそれはに、怒りというよりも悲痛な懇願に近かった。

自分の腕を掴む大きな手が震えている。


「……団長?」


団長が泣いてしまう。


そんなわけないのに、なぜだかそう思った。


「……もう一度失うなんて、絶対にごめんだ。」


腕が離されたと思ったらグイッと抱き寄せられた。

視界が固い生地で覆われドクドクという鼓動が耳に届いた。

心地よいぬくもりが服の上からでも感じられる。


抱きしめられてる?


これは白昼夢なのだろうか。自分はいつの間にか眠気に負けてしまったのかもしれない。


ああ、いい匂いだな。


甘いのに爽やかでどこか懐かしい、そんな匂いがシイラを包み込む。


心臓は相変わらず早鐘を打っているのに、さっきとはまるで違うドキドキを伝えてくる。


恥ずかしくて落ち着かない

それなのにひどく安心して泣きそうになる。


夢でもいいかもしれない。


シイラがうっとりして目を閉じようとした、その時





「………好きだ。」




自分の願望が耳元で聞こえた。





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