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金獅子の番
シイラをそう呼んだアルバートはそれを確信している様子だった。
「……どういう意味?」
「とぼけなくてもいいって。つがい隠し、僕が作ったって言ったでしょう?
埋め込まれた魔晶石の反応と、君たちの態度。確信したのは夜会の後だけど…わかりやすいよね、君たち。」
「なんのこと?」
「白は幸運の色、だっけ?」
「……」
それは団長から言われた言葉だ。シイラの宝物にしようと決めた、あの夜の。
そんな場合じゃないのにカァっと顔が赤くなった。
「え、ちょっとその反応やめてくれない?こっちが力抜けるんだけど。」
「わ、わざとじゃないわよ!」
顔を見られないように首だけでプイっとそっぽを向く。
「なお悪いと思うよ。」
「うるさい。盗み聞きしてる人間に言われたくないわ。」
「不本意だ。君たちが勝手に始めたんだろ?僕はダンスが終わったからパートナーを変わるために将軍を呼びに行っただけ。」
「絶対うそ!こっそり茂みに隠れて聞き耳たててたんでしょう?王子ともあろうものが、サイテー。」
「……君、ちょっと真面目にやってくれないかな?」
「大真面目よ。」
軽口を叩いていないとまともな思考ができないのだ。
治まったと思った眩暈は再び襲ってきて、視界を揺らす。身体の中を炎が渦巻いているように熱くて仕方なかった。
「はあ。もういいよ。喋りすぎて疲れてきた。」
アルバートが脱力するように息を吐き出す。
「よくないわよ。そもそも団長は私が番だなんて知らないし、平民の平騎士ひとり誘拐したところで何の得にもならないでしょう。……何を企んでるの?」
シイラが問い詰めると、アルバートは急にその顔から表情を失くした。
「……龍を殺す方法って知ってる?」
「え?」
今までの人をからかったような態度が鳴りを潜め、まるで自問するかのように淡々と語り出す。
「龍だよ。君たちの王様。最強の支配者にして大陸の覇者。龍人から見たら人も獣人もアリみたいなものだろうね。…………僕はずっと、アリが象を殺す方法を探していたんだ。」
「どういうこと?」
龍王様を殺すためにこんなことをしているのだろうか?
シイラを攫うこととそれがどう繋がるのか理解できない。
からかってるの?
でも……冗談を言ってるようには見えない。
むしろその顔は真剣で、アルバートの本音を語っているように見えた。
「君の番、ライオネル・ダンデリオン。“金獅子”と呼ばれる将軍の“咆哮”。僕はあれが欲しい。」
「え?」
「“咆哮”の本当の力は士気の向上なんかじゃない。狂戦士化だよ。」
「そんなわけないでしょう。」
シイラは間髪入れずに否定した。第二騎士団であるシイラは何度もライオネルの“咆哮”を聞いてきたが狂戦士化などしたことはない。いつも背中を押し、自分たちを立ち上がらせてくれる力だ。
「本気の力じゃないからだよ。“金獅子”が本気で咆えれば何万人もの狂戦士を生み出せる。群がるアリが象をも倒すように、龍殺しだって成せる。」
「あなたの勘違いじゃない?」
そう言いながらも、数刻前の光景が頭をよぎった。
『今だってギリギリの量なんだ。』ラビオリの声が蘇る。
団長は獣性抑制剤を飲んでいた。おそらく長い間。
もしかして、団長が獣性抑制剤を飲んでいた理由は番がいらないからじゃなくて―――
「どうだろうね。」
アルバートはシイラの言葉に肩をすくめてそう言ったが、確信を持っているようだった。
「龍王様を殺してどうする気?ドラゴニアは服従なんてしない。」
ドラゴニアの騎士は誇り高い者達だ。例え最後の1人になろうと抵抗するだろう。
「…………別に要らないよ、獣の国なんて。」
「えっ?」
―――――ドンッ
突然、それまでとは違う揺れが生じ、ゴロっと床を転がった。
馬車が急停止しガタガタと感じていた振動が止まる。おかげで眩暈が少し治まった気がする。
「!!何事だッ!!」
アルバートがいら立ったように御者に向かって怒鳴った。
「わ、わかりません!!急に馬たちが怯えだして!!いくらやっても動かないんです!!!」
御者の悲鳴のような声と馬たちの嘶きが響いた。
「ッチ!境までは?」
「も、もう目の前ですっ!」
突然、バサリと音がしてシイラの視界が黒く染まった。マントをかけられたらしい。
次に足の縄が切られる。
チャンスとばかりに思いっきり蹴り上げたが、あっさり掴まれてしまった。
「やめておいた方がいいって言ってるでしょ?まともな力、入らないくせに。
ああ、そうだ、念のため。獣化なんてしない方がいいよ?それこそ魔力暴走が一気に悪化する。君に死なれると困るんだ。」
アルバートの声がした後、グイッと身体が引かれ立たされる。
「うっ!」
急に起き上がったことで眩暈が強くなった。ぐらりと倒れ込みそうになるのをなんとか堪える。
勝手に息があがり、高熱を出した時のように身体が重い。
カチャリと音がして背中に冷たい感触が押し付けられた。
「出るよ。とっとと歩いて。」
魔銃を突き付けられているらしい。
「死んだら人質の意味がないんじゃないの?」
「腕の1本や2本、無くても支障はないよ。」
カチッと背中の銃を揺らされる。そのまま追い立てられるようにして馬車を降りた。
マントの隙間から辺りを窺う。
暗い夜の森は不気味なほどに静まりかえっている。少し先には蜃気楼のように月の光を揺らめかせる壁が見えた。
「そのまま進んで。」
「?この先は境よ?」
「そうだよ。魔境を通るんだ。」
「なっ!」
アルバートの言葉に息を飲んだ。魔境は汚染区以上に魔物で溢れていると言われ、誰も入らない。人も獣人もそれは同様で、だからこそ不可侵とされる領域だった。
「死ぬ気?」
「まさか。人間はもう何年も前から魔境に侵入してる。純度の高い魔晶石は魔境でしか採れないからね。」
「まさかっ!」
シイラが驚きに声を上げた時、
夜空に獅子の咆哮が響き渡った。




