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どこか遠くで獅子が哭いてる。



呼ばれたような気がしてシイラはゆっくりと目を開けた。

背中にガタガタとした激しい揺れを感じる。


「う"っ」


グラグラするような眩暈を感じ思わずうめいた。


「あれ?もう起きちゃった?本当に熊用だったのかなあ。帰ったらあの薬屋、問い詰めないと。」


声のした方を見上げると、アルバート殿下が馬車席に窓枠に捕まるように片腕を伸ばして座っている。

自分が寝ていたのは馬車の床のようだ。両手と両足が紐で縛られている。

かなりの速度で駆けているか馬車の揺れは激しく頭や背中にダイレクトに振動が伝わる。

意識を失う前のことは、どうやら夢ではなかったらしい。


「どうして?」


「それは君を攫ったこと?ロイドのこと?それともその体調のことかな?」


睨みつけるとアルバート殿下、否、アルバートが子どものように無邪気な顔で訊ねてきた。

とぼけたふりをしているのだろうか?

隣国に来ないかと話していた穏やかな王子の顔とはまるで別人のようだ。無邪気を装う残酷な子ども。そんな風に見える。

なんとか縄が抜けないかともがいてみるが、キツく縛られているせいか、それとも上手く力が入らないせいか、一向に解ける様子はない。

ぐらつく眩暈や酷い脱力感はあの紅茶のせいだろうか?


「怖いなあ。僕は毒なんて盛ってないよ。眠り薬だって言ったでしょ?その体調は君自身のせいだから、僕に当たらないでよね。」


「え?」


「番隠し、とっちゃったんでしょ?僕に言われて。急に外したから反動が来てるんだよ。長くつけっぱなしにしてたでしょう?」


意識を失う前、匂いを追えなくなる、という言葉を頭の隅で聞きながらどうにかそれを外した。身体が倒れ込むのを利用して床に放ったが、それも計画のうちだったらしい。

自分の短慮が腹立たしい。どうして裏をかく、という事が上手くできないのか。



アルバートはそれだけ言うと窓の方を見た。その眉間にしわが寄る。


「う~~、酔いそう。馬車の振動ってほんと困るね。……いいや、君と話している方がまだ酔わなそう。」


独り言のように呟くと再びこちらを見下ろし話し出した。


「“番隠し”はさ、僕が作ったんだ。もともとは獣人の弱体化を図る物だったけど、獣性を抑えるっていう思わぬ効果が出てさ。試しに“番隠し”なんて名前で売ったらけっこう流行ったんだよね。まあすぐに気づかれちゃったけど。龍人ってほんと、勘がいいよね。」


“番隠し”を買いに行った時、どこにも売ってなかったのはそのせいか。

そんな危ない物ならちゃんと説明して欲しかった。

店主の注意事項を無視したことを棚に上げて心の中で毒づいた。


「ねえ、君たちの言う獣性ってなんだと思う?」


「え?」


「本能だっていう奴もいるけど、それは違う。僕は魔力だと思ってるよ。

人間にも獣人にも魔物にも等しく魔力はあるんだ。それをどう使うかが違うだけ。

人は文明に、魔物は瘴気に、そして獣人は肉体にそれを使ってる。僕の仮説だけどね。」


何が言いたいんだろう?

正直、魔力の話などどうでもいい。それよりなんでこんなことをしているのかを知りたかった。


「関係ないって顔してる?ひどいなあ。君の体調の話じゃない。

君のその状態、僕たちは“魔力暴走”って呼んでるんだ。抑え込んだ魔力が一気に解放されて暴走すること。君たち獣人は肉体にその魔力を使っているから、反動もまた肉体に返るんだよ。

君は今自分の魔力で自分の身体を中から傷つけてる状態って感じかな。」


わかった?

そう言って小首をかしげるアルバートに舌打ちする。


「どうでもいいわ。それより、ロイド卿を撃ったの?」


「あ、そっちだったんだ。そうだよ。彼の剣鞘に魔晶石を付けておいたんだ。双子の魔物から採った魔晶石でさ、お互いに引かれあうの。面白いでしょ?

僕の魔銃で片割れを放てば狙わなくてもロイドの剣鞘目指して飛ぶ仕掛け。本当は腹部を貫通する予定だったのに、君が邪魔したおかげでずれちゃった。ほんと、余計なことしてくれちゃって。」


「どうしてそんな!」


兄のように慕っていたのではなかったのか。

シイラの声に五月蠅そうに目を細めた。


「もう用がなかったからだよ。昔から本当に五月蠅い奴でさ。兄上馬鹿で僕にも兄のようになれってそればっかり。だから大好きな兄上を人質にして、聖女誘拐の実行犯にしようとしたんだ。で、失敗したから用済み。」


「そう仕向けたのはあなたでしょう?」


すると、アルバートはシイラを見つめにんまりと不気味に笑った。


「だって、聖女よりいいもの見つけたんだもん。」


「え?」


「君だよ。シイラ・ローゼン。“金獅子”の番だ。」






短いですがアルバートがよくしゃべるので一回切ります。

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