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ラビオリ・フィッチャー



ラビオリ・フィッチャーは第2騎士団団長の執務室で大きなため息を吐き出した。


なぜいい年した野郎の恋愛相談なんかしているのか。

ただでさえ、姪っ子がワニ野郎に言い寄られて気分が悪いというのに、これ以上の恋愛事など御免だ。


ライオネルの無茶な要望を思いだし脱力するようにダラーっとソファに背中を預ける。

急に運び込まれた重症患者の手術を終えたばかりで身体は休息を欲していた。


「あ!ラビオリ先生っ!ここに居たんですか!急いで戻ってください!」


治療院の若手医師が息を切らして駆けてきた。


「なんだ?急変か?」


ラビオリが視線だけ動かして聞く。


「いえ、龍王様がお呼びです。」





人払いをした重症部屋にはピリリと肌をさすような鋭い空気が充ちていた。

龍人特有の覇気であるそれは、戦闘職の騎士ならまだしもラビオリのような一般獣人には少々きつい。


「陛下。お待たせして申し訳ありません。」


「ラビオリ。術後に悪いな。」


そう言って佇むのはこの城の主にして龍王ゼファニロス・ドラゴニア。

その後ろに隠されるように立っているのは王妃クレアスティーネだ。


「いえ。」


ラビオリが臣下の礼をとると龍王はひらひらと手を振った。


「いい。楽にせよ。こやつが一命を取り留めたそうだな。そたなら医師団の手柄だ。大義だったな。」


龍王はそう言うとベッドに横たわるロイドに視線を落とした。


「腹部の傷はやはり魔銃か?」


「はっ。微かですが腹部に魔晶石の痕跡が見られました。報告された経緯から考えても恐らく間違いないかと。」


「そうか。…………意識が戻るまでどれくらいかかる?」


「明日、明後日になるかと。出血量も多かったのでしばらくは眠っているでしょう。」


ラビオリの言葉を聞くと龍王は大きなため息を吐き出した。


「………………本当に、やるのか?」


それを聞くこと自体したくない、といった表情で苦々し気に自分の後ろにそう問う。


「はい。必要なことですから。」


それに迷いなく答えたクレアスティーネはスッと龍王の横に並ぶと、瞳を見つめながらその手をそっと取った。


そういえば、何故ここにクレアスティーネ様がいるのだろう?


龍王は苦虫を噛み潰したような顔でしばらく抵抗していたが、やがて根負けしたように大きく息を吐いた。


「ラビオリ。ここでのことは他言無用だ。」


龍王の言葉に込められた圧を感じてラビオリの背中に冷や汗が流れた。

少しでも破れば間違いなく殺されるだろう。


「ハッ」


なんとか短く返事を返す。


クレアスティーネが龍王の手を離しベッドの横に立った。

金色の瞳が真剣な色をしてロイドを見つめる。

その背後から抱きつくように腕を回した龍王は低い声で囁いた。


「よいか?必要最低限、最っ低限でかまわぬ。手も翳すだけだ。触れなくてよい。」


「はいはい。」


必死でいい募る龍王に苦笑したクレアスティーネは、そのままロイドの腹部近くに手をかざした。

ホワッと仄かな白い光が現れる。


「……治癒魔法」


人族の中でも失われつつある珍しい魔法だ。

白い光を当てていると土気色だったロイドの顔色が徐々に戻ってくる。


「クレアスティーネは我と出会う以前、聖女であったからな。だが立場を追われ国を出た。」


クレアスティーネ様は少し前に龍王様に見い出された番だ。龍王の番が人族であったことに衝撃が走ったが、まさかそんな立場にあったとは。


「故に、我は今後もティーネに力を使わせるつもりはない。」


わかってくれるな。

そう言う龍王に、ラビオリは頭を下げた。

正直、医に携わる者としては喉から手が出る程欲しい力だ。

しかし、獣人はもう長らく魔力に頼らない生活を続けてきた。それは医療も例外ではない。患者を救うのは稀有な魔力ではなく多くの経験と積み重ねた知識であることをラビオリは知っていた。


「……ううっ」


やがてロイドが呻き意識を取り戻した。


「目覚めたか。」


すかさず龍王がクレアスティーネを引いて自身の後ろに庇った。


「……ここは?……っ、龍王陛下」


しばらく視線をさ迷わせていたが、龍王の姿を認めると驚いて目を見開いた。


「我が城の治療院だ。聞きたいことがある。お前を撃った者に心当たりは?」


龍王の問いに苦し気に顔を歪めたロイドは、目を閉じ覚悟するように口を開いた。


「……恐らく、アルバート王子です。」



「なっ?!」


ラビオリは思わず声を上げてしまった。報告ではロイドが助かったことを感謝していたと聞いた。

それが、何故?


「……龍王陛下。私はあなた様に謝罪しなければなりません。」


「聖女の件か?」


龍王が静かに聞いた。


「それだけではありません。」


急に話して息が切れたのか、ロイドは一度言葉を止め、空気を求めるように深呼吸をする。


「私はアルバート王子の命令で、この国に番隠しを持ち込み、広めようとしました。」




「番隠しだと?」


ラビオリは思わずロイドの言葉を繰り返した。

番隠しは少し前にドラゴニアで流行ったカップル向けのアクセサリーだ。

獣性抑制剤に近い効果が得られるが、つけ続ければ徐々に身体を衰弱させるという悪質な物だったため、龍王の命で使用を禁止し回収させた。

しばらく体調不良を訴える者たちを診ていたラビオリにとってもそれは苦々しい代物だ。


アルバート殿下の命とは?


ラビオリがロイドの話を掴みかねていると突然、バタンと重症部屋の扉が開かれた。


「陛下、緊急のご報告です。アルバート・フォン・パピノリアが城内より逃走した模様。同時に第2騎士団所属シイラ・ローゼンも姿が見えません。」


ノックもなしに押し入って来たのは第1騎士団団長のクラバットだった。

敬礼の姿勢で矢継ぎ早に報告を行う。


「また現場に番隠しが落ちていたと報告があがっています。」


そう言って見せられたのは小さな指輪だった。


「番隠し?まさか、ローゼンが……」


ラビオリの呟きを龍王が拾った。


「まさか、とは?」


「いえ、ローゼンは先日の討伐中に突然発情期を迎えたようなんです。それで重傷を負ったのですが、治療に使った獣性抑制剤を常用したいとか何とかバカなことを言っていたので……」


「討伐中に、だと?!」


それまで冷静に報告を聞いていた龍王がラビオリの言葉に大きく反応した。


「最初の発情期か?!」


「は、はい。おそらく。」


「重症とは?!」


「腹を魔物の爪で切られたのです。」


龍王の剣幕に押されながらも何とか返事を返す。


「ッチ!ライオネルはどこだっ?!!」


龍王が大声でクラバットに尋ねる。


「ハッ、ライオネル・ダンデリオンは単身で追跡を開始した模様です!」


単身で?あの冷静な騎士団長が?

なにあったのか、聞く間もなく龍王が命じた。


「クロダインに伝えろ。シイラ・ローゼンは人質となっている可能性が高い。第2騎士団は即刻ライオネルを追いかけろ。クラバット以下第1騎士団はその援護と国境警備兵への連絡を。」


ピリピリと肌をさす程度だった室内の圧は、もはや全身を突き刺す程の痛みへと変わっている。


「アルバート・フォン・パピノリアの捕縛を命じる!生死は問わん!人質だけはなんとしても生きて救い出せ!!」









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