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貴賓室の扉をノックすると中からどうぞ―という声が聞こえた。
失礼します、と断って入るとくつろいだ格好のアルバート殿下がソファに座っていた。
「シイラさん。こんな格好でお迎えしてしまって、すみません。」
照れたように立ち上がったアルバート殿下に首を振る。
「いえ。不躾な時間に訪問してしまったのはこちらです。すみません。」
そう言って頭を下げると席をすすめられた。
「調度お茶をお願いしたところなんです。よかったら一緒にいかがですか?」
「いえ、自分は。」
あまり長居はしない方がいいだろう。用件もひとつだけだ。
そう思い断るがアルバート殿下にシュンと悲し気な顔をされてしまった。
「…先ほどの件のお返事ですよね?お顔を見ればなんとなく答えはわかりますが…その前に1杯だけ付き合ってもらえないでしょうか?」
「……では、1杯だけ。」
罪悪感にかられそう言ってソファに腰を下ろす。
カップには甘い香りの紅茶が湯気を立ている。
一口含むと苦みも渋みも感じることなく香りだけがすっきりと残る。
流石、プロは違うな。
自分も散々練習したがここまで上手にはならなかった。
やっぱり自分には剣を振るうことの方が向いているのだろう。
ふうと息を吐いて切り出した。
「アルバート殿下、先程は不甲斐ない姿を見せてしまいすみません。頂いたお話ですが、やはり自分には分不相応かと。大変光栄でしたが、申し訳ありません。」
一気に言って頭を下げると、殿下はしばらく考え込むように俯きカップの紅茶を揺らしていた。
「…………ダンデリオン騎士団長」
ぽつりと呟くよう言われた名前にドキリと肩が跳ねた。
「先程泣いていらした理由は、彼なのではないですか?」
「ど、どうして」
わかったのだろう。
自分は何か言ってしまっただろうか。
こちらの動揺が面白かったのか、アルバート殿下がぷっと吹き出した。
「そんなにわかりやすく動揺されると、誰にでもわかってしまいますよ。」
「え?」
「訓練の見学時、熱心に見つめていたのでちょっとカマを掛けたんです。当たりだったようですね。」
にっこりと無邪気な笑顔で微笑まれて力が抜けた。
アルバート殿下は何も言えずに固まるシイラを見て笑っていたが、ふと気づかわし気な表情へ変わった。
「彼は聖女様の婚約者ですよね?このまま側にいるのは辛いだけなのでは?」
「それは…いえ、そうですね。辛くなるとは思います。でも、それも覚悟の上です。」
「伝えることすらできなくても?」
「はい。」
真っ直ぐにそう頷くと、アルバート殿下が苦笑した。
「ダンデリオン騎士団長は…」
「団長は何も知りません。これからも伝えるつもりはありませんから。」
ふう、と息をついてアルバート殿下が手元のカップをテーブルに戻した。
「ダンデリオン騎士団長が羨ましいですね。」
「え?」
「シイラさんに側にいてもらいたかった気持ちは本当です。本来は敵であるはずのロイドまで庇ってくださった、その真っ直ぐさは私にはないものです。」
「いえ、そんな…」
そう言おうとしてふと、違和感を覚えた。
あれ?
そういえば、アルバート殿下はなぜロイド卿を庇ったことを知っているんだろう?
事件の報告で知ったのだろうか。
しかし、詳細を聞いたであろうレーナさんもそれを知らなかった。
そもそもシイラが庇ったなんて、傍目にはほとんどわからなかったはずだ。
銃弾はロイド卿の腹部を貫いているし、引き寄せたのだって、倒れ込む直前だ。ロイド卿を狙った銃弾にたまたまシイラがかすった、と見るのが普通だろう。
シイラがロイド卿を庇ったとわかるのは、側にいた団長と
狙撃した犯人くらいだ。
シイラは顔を上げようとした。が、力が入らない。
頭がクラリと揺れて強烈な眠気が襲う。
「ああ、やっと効いてきた?」
アルバート殿下がそれまでと一変した口調で聞いてきた。
「獣人ってやつは本当、厄介だよね。熊用だよ?これ。人間なら即刻落ちるのに。」
剣を…
反射的に腰もとに手が伸びたが今は丸腰だ。
貴賓室を訪ねるのに武器を所持するわけにはいかなかった。
自分の腕を掴み傷口に爪を立てる。
痛みが生じればいくらか眠気を逸らせるだろう。
「なに…を?」
「ああ~、無駄な抵抗はしない方がいいと思うよ。血が出ちゃってるじゃない。僕獣の血は嫌いなんだよね。」
服についたらヤダなあ~。
アルバート殿下はのんびりした口調で言いながらこちらを見つめている。
頭に靄がかかるようにどんどん意識が遠のき、瞼が下がってくる。
「右手のそれ。」
「え?」
「“番隠し”でしょう?しっかりつけててくれて嬉しいな。おかげで君の匂いは追えないだろうし、安心して眠っててね。」
どういうことだ
そう言おうとしたが瞼は落ち切って、シイラの意識は闇に飲まれていった。
熊用なのでベイルにはよく効くのかな。




