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18



気づけば辺りはもう薄暗かった。

持ち歩いていた3個目の番隠しを付け直すし、そっと立ち上がって庭園を出る。


隣国か。


確かに、そこまで行ってしまえば団長に会うこともないだろうな。

望まれない番として、迷惑をかけることもない。


番隠しもこれで最後になってしまった。

団長が獣性抑制剤を飲んでいるなら、付ける必要はないのかもしれないが。



結局また団長のことを考えてる。


気持ちを吐き出すようにふぅっと息をつく。


こんな気持ちで隣国へ行っていいのか。




迷いながら寮の前まで歩いていくと、入口付近に人影があった。


「おう、シイラ!」


人影が手を挙げて呼ぶ。


「あっ、ベイル!」


こげ茶の短髪に色黒のベイルは夕方の薄闇に溶け込んで見えにくかった。


「いや~。なんてゆうか、ほら!お前、クロダイン副団長に謹慎言い渡されたって聞いたからさ。」


たぶん心配してくれたのだろう。

その手には度数の高めな酒が握られている。


「ああ。久々に重いのもらったよ。」


苦笑しながら自分の頭を指すとベイルがニカっと笑った。


「懐かしいな~。俺も最近はくらってないわ。」


「欲しければお願いしておくよ?」


「いや、いらんわ。」


ベイルが急に真顔になって手を振った。


「なによ。薄情な。」


「腹いっぱいだ。新人の頃は毎日のようにくらってただろ?」


「うん。そうだね。」


ベイルとシイラは同期だ。同じ試験を受けて合格したものの、入団式当日に女だなんだと言われ二人で殴り合いの喧嘩をした。

その後もライバル関係のようにお互い競ってはクロダイン副団長に拳骨を落とされてきた。

2人が小隊長になってからはそれも落ち着いたが、それまではシイラもベイルもたんこぶのない日の方が少なかった。


「まあでも、それがあの人の優しさだからさ。」


「うん。」


クロダイン副団長は冷徹でクールな印象に反し、面倒見がいい。あらゆる失敗やミスも拳骨ひとつで許して次に行け、と背中を押してくれる。

小隊長として上に立ってみて初めてその寛大さを実感した。団長とはまた違う大きな背中だ。


「明けたら戻って来いよ。」


「え?」


まるで隣国への話を聞いていたかのようなタイミングでそう言われ驚いた。


「何びっくりしてんだよ?お前がいなきゃ誰と討伐記録を競うんだ?まだ勝負はついてねえんだぞ。」


「討伐記録…」


シイラとベイルが新人の頃から競っているそれは、どっちが魔物を多く倒せたかという単純なものだ。


「こないだの討伐で俺が1つリードだ。」


「嘘つけ。倒れる前に倒したし、その後クラバット団長達が来たって言ってただろう。」


「う”、それは…」


ベイルがバツが悪そうな顔をして目を逸らした。

しばらく睨んで、ぷっと2人同時に吹き出す。


「こんなこと続けてるのがバレたらまた副団長に殴られる。」


「だなっ。俺の頭も危ういわ。」


ベイルが自分の頭を心配そうに抱えた。


「ははは。2倍に腫れたらリコリスに見せよう。」


「絶対やめてくれ。ただでさえリコリスは面食いなんだぞっ。」


慌てたように言うベイルがおかしくて、シイラはもっと笑ってしまった。

さっきまでの色々な気持ちが軽くなっていく。


「いい加減、リコリスに気持ち伝えたら?そろそろ本当に他に行っちゃうかもよ?」


「うっ、それは困る。けど……まだあいつに勝ててねえし。」


「勝利宣言だけは毎回してるくせに。」


あいつとは第一騎士団にいるリコリスの元カレだ。貴族子息の軽いやつで、リコリスに必死で言い寄ってきたくせに平民とは遊びだったと言って捨てた最低ゴミ屑野郎。


月に1度ある第一との合同演習で、ベイルは毎回そいつに手合わせを申し込んでいる。


「もう少しなんだよ。次は勝つ。」


「はあ。リコリスももうこだわってないと思うんだけどな。」


むしろ待っていると思う。こないだの番隠しの彼だって、本気じゃないからあんなに早く帰ってきたのだろう。そうじゃなきゃプレゼントが気に入らないなんて理由だけで相手を振ったりしない。


「それでもさ。俺はリコリスの“番”じゃねえから。いつか、また同じようになるかもって思っちまうだろ?だから、ちゃんと証明したいんだよ。」


そうだ。獣人の中で“運命の番”に出会えるものは少ない。ほとんどが違うと知りながら付き合い伴侶となるのだ。


「証明って?」


「決まってんだろ。リコリスに笑っててほしいって気持ちの証明だよ。この先もしリコリスに“運命の番”が現れても、俺に現れても、リコリスを泣かせないって気持ちは変わらない。どんな風になってもそれだけは絶対だ。だから、泣かせたやつは絶対にぶちのめす。」


少し照れくさそうにそう宣言して拳を突き上げるベイル。

真摯に相手を想える、その姿は私から見ても恰好いいと思う。


「ほんと、私の前じゃなくて、リコリスに言いなよ、それ。」


「わ、わかってるよ!!」


からかうようにそう言うと、むきになるベイル。せっかくの恰好よさが台無しだ。けれど新人の頃から、こんなやりとりは変わらない。


「ベイル………ありがと。」


気恥ずかしくて小声でそう言うと頭にコツンと酒瓶を置かれた。


「応。先輩方からの差し入れだ。今度倍返しで持ってこい、だと。」


「何倍になるのよ、それ」


そう言いながら涙が出るほど笑ってしまった。


リコリス(好きな人)に笑ってて欲しいといったベイル。

恋を知らなかった頃の自分なら、青臭いといって笑っただろうか。

けれどもう、そんなことは言えない。痛いほどにその気持ちがわかるから。


望まれないだとか、婚約者とか、色々なことがもういいじゃないかと思えてくる。

そうだ。自分だって団長に笑っていて欲しい。

幸せそうな姿が見たいのだ。それが例え自分にとっては辛いものだとしても、番の幸福を願わない獣人はいない。


(だんちょう)の幸せを見届けたい。


それに



きっと、ここにいたいのは団長だけが理由じゃない。









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