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控えめに言って最悪だった。
シイラは自室に戻ってベットに突っ伏した。
目を閉じると昼間のことが嫌でも思い出される。
あの後、
アルバート殿下達と一緒に第2騎士団の訓練見学に同行した花音様。
花音様が行くなら必然的に侍女である自分達も一緒に行くことになる。
いつもの仲間の訓練なんて見学しても何も楽しくない。
まして、今は侍女姿なのだ。
普段からズボンを履き剣を振り回している自分のこんな姿、絶対見られたくない。
ザーケルには前一度見られたが、何が悲しくてわざわざ全員にお披露目しないといけないのか。
絶対後から揶揄われる。
シイラが女装してる、と仲間内で話題にされるに違いない。いや、元から女だけど。
仲良くなった侍女を紹介して!と頼み込まれる未来まで見え軽く絶望した。
案の定、訓練場がよく見える2階の見学席に入った途端、こちらを向いてあんぐり口を開けてる奴が何人かいた。
ざわざわと騒がしくなる前に団長が号令を発し、慌てて訓練に戻って行ったが、あれは完全にバレたに違いない。
まあもう少しすれば異動するのだ。数日揶揄われるくらいは我慢しよう。
そう思い気持ちを切り替えると、頭の中には今日見た団長の姿が浮かんでくる。
気持ちを自覚してから団長を見たのは今日は初めてだ。
何だろう…あんなに恰好いい人だったっけ?
いや、もとから恰好いいっていうのは知ってた、けど!
今まで訓練といえば剣術のほうに意識が向いていた。見惚れるのは剣筋や動き方だったはずなのに。なぜか今日は額に浮かぶ汗やら腕の太さやらに目がいってしまい、心の中で悶絶していた。
あの時間は仕事を忘れて見つめてしまった自覚がある。
はああああ。
あと半月。それまでに一生分の団長を見ておこう。
そうすれば、辺境でもきっと思い出とともに生きられる。
そう思って目を閉じた。
ふと、目を覚ますと辺りは薄暗かった。もう夜だろうか。
あのままベッドで寝てしまったらしい。夕飯も食べずに寝たせいか、身体を起こすと盛大にお腹が鳴った。
これは眠れそうにない。
そっと隣のベッドを窺うが、リコリスは腹の音にも気づかずすやすや眠っていた。
背中にブランケットを掛けてくれたのは彼女だろう。
「ありがとう、リコリス。」
起こさないようにそっと呟いて部屋を出る。
食堂は閉まっている時間だが、夜勤の騎士たち用に厨房は24時間稼働している。
ちょっとだけ、残り物を分けてもらおう。
今いる寮は城の敷地内にある別棟だ。第一騎士団の女騎士は城内に寝泊まりする部屋があるが、平民のシイラやメイド達は建物自体別れている。
第二騎士団にはシイラの他に女騎士がいないため詰所にも女用などはない。そのためメイド達の寮にシイラも一緒にいれてもらっているのだ。
暗い庭を通って城の裏側から厨房に入る。明かりはついていたが仮眠中なのか厨房内は誰もいなかった。
残り物とか、ないかなあ。
棚を漁っていると、廊下から話し声が聞こえてきた。
や、やばい。傍から見たら泥棒っぽい!
咄嗟にシンク下の棚に隠れた。やましいことはしていないのだが、夜中に食い物を漁っている姿を目撃されるのはちょっと……乙女の沽券にかかわる気がする。
と、入ってきたのは空の茶器を持ったレーナさんだった。
就寝前のお茶を片付けにきたのだろうか。
ホッとして棚から出ようとした時、レーナさんを追うように人が入ってきた。その姿を見て思わず身体が固まる。
「それで、本当にあなたが聖女を誘い出してくれるんだろうな?」
固い声でそう言う人物は間違いなくロイド卿だ。
「はい。聖女様はアルバート殿下との別れを惜しんでいたので、街の丘から見送りすることを提案しておきました。そこからなら馬車で通るときに見えるだろう、と言ったら嬉しそうに同意されましたよ。」
レーナさんが茶器を片付けながら淡々とロイド卿に説明する。
それを横で手伝いを装うように立ちながら声をおさえてロイド卿が尋ねた。
「じゃあ俺は先に帰国するふりをしてそこに潜伏しておけばいいんだな。」
「何と言って帰るつもりなんです?」
「それこそ、第一王子の容態が思わしくないらしいから、先に行って確認する、とか言えばいいだろう。あの方の容態はアルバート王子が一番気にしていることだからな。」
そう言って肩をすくめるロイド卿。
「わかりました。では、そのように。」
「ああ。頼むぜ。何としても聖女を連れて帰らないといけないんだ。」
「……私が裏切るかも、とは思わないのですか?」
「それ相応の報酬は提示したつもりだぜ?金だけじゃなくこっちの国での優先的な商売権。それも関税なしで、だ。正直金のほうがまだ可愛げがある。」
「商人の娘ですので。」
「まあその分、信頼できると思ってるよ。あんたは突然襲われて抵抗できなかった、と言えばいいんだし、たいしたリスクじゃないだろう?」
「まあそうですね。」
茶器を片付け終わったのか、カチャカチャという音が止んだ。
「……待て。」
ふと、ロイド卿がそう言って棚の方に近づいてきた。
一つ一つ確認するように棚の扉を開けていく。
シイラのいるところも開けられそうになった時、
「おーい、夜食ってまだあるかー?」
廊下から誰かの声が聞こえ、ロイド卿はサッと立ち去った。
「ここには置いてないようですよ。」
レーナさんもいつものように淡々と返事をしながら厨房から出ていった。
ど、ど、どうしよう。
まさか、レーナさんが裏切るなんて。
厨房の棚から抜け出すと一目散に寮にとって帰った。
空腹感などどこかへ飛んでしまった。
レーナさんはいつも真面目で、冷静沈着で、公平な人だった。
それなのに、なんで?
いや、理由は聞いたではないか。
確かにフォックス家は商人あがりの新興貴族だ。新たな商売先として隣国に目を付けたのか。
とあえず、団長に……。
そこまで考えてふと立ち止まった。
団長に報告したら、どうなるのだろうか。
レーナさんは確実に裏切者として捕まえることになるだろう。
花音様は……親しい人を亡くして誰も知らない世界に来てしまった彼女は、友人のように親しくしている侍女に裏切られることになる。
しかもその友人を捕まえるのは自分の婚約者だ。
そう。団長は……婚約者の友人を捕まえることになるのだ。
きっと団長は公正にしっかり対応してくれる。
でも、だからこそ嫌われ役だって厭わないだろう。
今ならまだ、間に合うんじゃないだろうか。
ふと、そんな考えが浮かんだ。
花音様がロイド卿に攫われることなく無事にアルバート殿下を見送れば。
ロイド卿が花音様を攫おうとしたことに、たまたま自分が気づいたことにすればいい。そこで誘拐を阻止してしまえば、レーナさんの関与は誰にも知られない。
レーナさんには後で話を聞く。きっと商売以上の理由があるのだろう。それでも、事が起きていなければやり直しはいくらでも利くはずだ。
先ほどの会話を聞く限り、アルバート殿下は花音様を攫う計画を知らないのだろう。
となれば、ロイド卿の協力者も多くはないはず。数人程度であれば制圧はそこまで難しくない。
シイラはそっと短剣を見つめ覚悟を決めた。




