11
夜会の音楽が小さく聞こえてくる。
普段は暗い庭園はいたるところにランタンが垂らされ色とりどりの薔薇を幻想的に照らしている。
そんな景色の中をシイラは息を切らせて歩いていた。
あの後、花音様が夜会へ参加したため侍女の仕事は終わりとなった。
しかし何となくじっとしていられなくて夜会の手伝いを買って出たのだ。
幸い、裏方の仕事は山程ある。使用人たちは客のあらゆる要望に応え不備のないよう務めなくてはならない。
今も早めに夜会を切り上げた老紳士の忘れ物を急いで馬車に届けたところだ。
会場のホールまでの近道をしようと庭園を歩いていると、後ろから声がかけられた。
「おーい、そこのあんた。ちょっと頼みたいんだが。」
振り返ると3人の貴族子息たちが手招きをして呼んでいる。
何かトラブルだろうか?
「どうされましたか?」
近くに寄っていくと3人から強いお酒の匂いがした。よく見れば顔も赤い。
「うわ、マジで若いじゃん!」
3人のうちの2人が驚いたように声をあげた。
「ええ~~!マジかよ。絶対ババアだと思ったのによ。」
「そんな白髪頭してんなよ、紛らわしい。」
「いや~。さすが俺だわ。女の子見る目は間違いないわ。」
どうやら年齢を巡って賭けでもしていたらしい。
庭園を横切る姿を見ていたのだろう。こういう輩は関わらないに限る。
「あの、ご用事がないようでしたら失礼します。」
「まあまあ。ちょっとくらいいいじゃん。そんな怒んないでよ。」
どうやら賭けに勝ったらしい1人がにやにや笑いながら腕を掴んできた。
「よく見たら可愛いじゃん。夜会の給仕なんて大変だろう?俺たちと少し休憩していこうぜ。」
「おお?いいじゃん、いいじゃん。」
「お姉さんなんでこんな頭してんの~?俺負けちゃったじゃん~」
もう1人も同調し肩を抱えて、2人目は背中を押して、それぞれ茂みのほうへ誘導する。
3人目に至っては髪を束ねていた組紐を勝手に解いてきた。
「やめてください。仕事中なので失礼します。」
とんだ失礼な連中だが腐っても貴族だ。下手に退けて怪我でもさせたら後日何を言われるかわからない。
侍女に扮するという任務中に騒ぎを起こすのはよくないだろう。どうしたものか。
「何をしているんだ?」
急に背後から低い声がかけられた。
「え?」
3人が振り返る間もなく肩を引かれ、逞しい腕に囲われた。
金髪がランタンの明かりに照らされて仄かに煌めいている。
「「「ダ、ダンデリオン閣下!」」」
3人が驚きの声を上げる。と、紫の瞳が細められ、肌を刺すような殺気が突き刺さった。
「何をしている、と聞いているんだが?」
『金獅子』の殺気を受けた3人は顔を青くしてガタガタと震えだした。
尻尾があればおびえた子犬のように足の間に挟み込んでいたことだろう。
「見たところ、だいぶ酒が回っているようだな。今日は帰った方がいいんじゃないか?」
「「「は、はい!!!」」」
団長に言われ3人は逃げるように走り去っていった。
「大丈夫か?」
「は、はい。ありがとうござ…」
お礼の言葉は途中で止まってしまった。思った以上に団長の顔が近くにあった。反射的に両手を突っ張り離れる。
「す、すみません!」
慌てて頭を下げると、団長が苦笑したような気配がした。
「いや、無事でよかったよ。これは、君の?」
そう言いながら組紐を拾って渡してくれる。
「あ、はい。ありがとうございます。」
いつも一括りにして適当に丸めている髪は組紐が解かれサラサラと背中を流れる。肩を超す程に延びた髪は細いので束ねておかないとすぐ絡まってしまう。
「あ」
強く引っ張られたせいか組紐は半分ほどのところで千切れかけていた。
「そこのベンチで直した方がいいんじゃないか?」
そう言われ庭園のベンチに腰掛ける。
千切れている部分を切り離して端同士を結べばまた使えるだろうか。
組紐を直し始めると何故か団長も隣に腰掛けた。
「夜会の手伝いをしていたのか?」
「はい。今日は侍女の仕事が早く終わったので。」
「君は真面目だな。だが…庭園はああいった連中が羽目を外しに来る。気をつけなさい。」
「は、はい。すみません。……あの、団長はどうしてここに?」
パートナーはどうしたのだろうか?
「ああ、花音殿が今、アルバート殿下と踊っていてね。私はああいう場があまり得意じゃないから、少し息抜きに。さすがに龍王様のいるパーティーで事を起こしたりはしないだろうからね。」
団長にも苦手なことがあったのか。とても意外だ。
なんでもさらっとこなしてしまいそうなのに。
今夜はアルバート殿下を歓迎するための夜会だ。花音様もダンスに誘われ断れなかったのだろう。
「その…大丈夫ですか?」
婚約者が他の人と踊っている姿なんてやっぱり見たくないんだろうな。
自分が心配するのもおこがましいような気がしたが、気になって尋ねる。
「ん?ああ、苦手とはいえ何度か出ているから。大丈夫だよ。」
心配を違う意味に捕らえたらしい団長は微かに笑ってそう答えた。
その笑顔にドキンと胸が高鳴りそうになる。それを誤魔化すように髪を纏めて結び始めた。
「髪、そんなに長かったのか。いつも纏めているから。」
「あ、そうですね。放っておいたら伸びちゃって。まあ短くしたら老人に間違われそうですけど。」
ハハっと笑って言うと、団長が真剣な顔に変わった。
「誰かに言われたのか?」
「あ、いえ。そうじゃないですけど。昔からよく言われるので。」
シイラの白髪は孤児院でもからかいの対象だった。
婆さんみたいだ、短いとじいさんだ、など子どもの頃は散々言われたものだ。
「……私も人づてに聞いただけだが」
団長が、固まるわたしをじっと見つめる。
「この国では白は幸運の色と言われていたらしい。古い言い伝えだから、今でも知っている人は少ないが。」
紫色の瞳に白が映っている。
「だから、君はその色をもっと誇っていい。少なくとも俺は綺麗だと思う。」
真摯にそう告げる声を聞きながら
ああ、好きだ。
心にストンとその言葉が落ちた。
この人が好きだ。
番だからとか、強いからとか、そんなことは関係なしに。
憧れという言葉で誤魔化していたものが浮き彫りになる。
バカだな。
騎士団長で、侯爵家の嫡男で、聖女様の婚約者で。
叶わない理由がたくさんあるのに、この気持ちをもう否定できなかった。
“運命の番”というのも、自分の願望がそんな形で獣性に現れたのかもしれない。
『心の中くらい自由でいいのでは?』
レーナさんの声が聞こえた気がした。
その夜、右手に着けていた“番隠し”がひとつ割れた。




