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何事もなく視察を終えたシイラと花音を迎えたのは大量のプレゼントボックスだった。


「な、なにごと?」


目を白黒させ驚く花音に、レーナが説明する。


「明日の夜に夜会が開かれます。準備のためにダンデリオン様からドレスや装飾品が、クレアスティーネ様から化粧品や入浴剤、保湿クリームなどが届いています。」


以前言っていたアルバート殿下を歓迎する夜会だろうか。

レーナが一つ一つプレゼントボックスを開けて花音に見せていく。

ライオネルから届いたボックスには可愛らしい薄ピンクのドレスが入っていた。


「わあ!可愛い!!どうかしら?」


花音が取り出し自身にあててみる。少女のような可憐なドレスは花音の雰囲気にピッタリと合っていた。


「大変お似合いになりますよ。」


シイラの言葉に嬉しそうに破顔して何度も鏡を覗き込む。

白髪で背も高いシイラではあんなドレスは着られないだろう。


レーナが化粧品や保湿クリームを並べているのを見て、シイラも慌ててお手伝いに参加した。














―――――――――



「シイラはどうして騎士になったの?」


夜会の準備は朝から始まる。

貴婦人たちは一日かけて肌を磨きあげ、夜会に備えるのだ。

化粧なんてほとんどしたことのないシイラは完全に戦力外である。


レーナが手際よく花音を着飾っていく横で、完全に手持無沙汰になったシイラは短剣を取り出し一通りの型を反復し始めた。短剣の場合、レイピアのように大きく振ったりしないが、身体の一部のように自在に操れることが必要だ。


と、その姿が鏡越しに見えていたのか、花音が不思議そうに尋ねた。


「騎士になった理由ですか?」


「ええ。レーナに聞いたんだけど、この国では女騎士ってとっても少ないんでしょう?」


「そうですね。獣人は体力・腕力ともに男女差が激しいですから。」


ひと昔前までは騎士といえば男性だけの職業だった。しかし先代の龍王が妃の護衛に男をつけるのを嫌がったため、女騎士が生まれた、と言われている。


「それなのに、どうして?大変じゃないの?」



シイラはドラゴニア王国の北端にある小さな町の孤児院出身だ。

ある雪の日に孤児院の玄関前に籠に入れられ置かれていたらしい。


小さな町には働き口も少なく、孤児院出身者でまともな職につける者は少ない。

孤児院も首都からの寄付金と毎年のバザーでなんとか資金を稼いでいるような状態で、冬には毛布が足りず、みんなで身を寄せあって暖をとったものだ。


孤児院の院長は厳しい人だったが、シスターは優しい人で孤児のシイラ達に文字や算術、歴史なんかを教えてくれた。

みんなが大きくなったとき、ちゃんと働けるように、と。


しかしシイラが10歳になった頃、そのシスターが暴漢に襲われる事件が起こった。

東の魔境から来たという彼らはひどく飢えて殺気立っていた。

孤児院など略奪にはもってこいだ。

高齢の院長が頭から血を流して倒れ、シスターが目の前で襲われそうになるのを見てシイラは思わず暴漢達に噛みついた。


子どもの攻撃など暴漢達にはたいして効いていなかっただろう。

しかし、何度振り払われても蹴られてもシイラはその度起き上がり噛みついた。とにかく必死だったのだ。


数分の時間稼ぎにはなったのだろうか。

高く蹴りあげられ意識を失った後、目覚めると孤児院近くの教会で身体中包帯だらけになっていた。

院長や他の子ども達も側に寝ていたから一時的な診療所として教会が使われたのだろう。

辺りには騎士達が慌ただしく出入りしている。


と、1人の騎士が目覚めたシイラに気づき、近づいてきた。

シスターは無事なのか、男達はどうなったのか、矢継ぎ早に尋ねるシイラに、シスターは無事で別の場所に保護されていること、男達は騎士団で捕らえ首都に送られること等を丁寧に教えてくれた。


シイラがホッとして息を吐き出すと、ポンっと頭に手が載せられた。

『君のおかげだ。ありがとう、小さな騎士さん。』

そう言って頭を撫でると、ビシッと姿勢を正し敬礼した。

『勇敢な行動に心からの敬意と感謝を。』


その言葉で、シイラの未来は決まった。



久しく思い出していなかった懐かしい記憶が呼び起こされて、シイラは目を細めた。


「……私は孤児院出身なんです。なので大した仕事はないし、読み書きも算術も向いてなくて。身体を動かすくらいしか取り柄がなかったんです。」


詳しく話すのはなんだか照れくさくて、花音様にはそう言って誤魔化した。


「孤児院…………そうなのね。ごめんなさい、その……」


花音様が申し訳なさそうな顔で謝る。


「いいえ。特に気にしていませんから。」


そう言って笑顔を返すとホッとしたように表情を緩めた。


「私も自分の親は知らないの。ずっとおばあちゃんと暮らしてたんだけど、そのおばあちゃんも去年亡くなっちゃってね。それから、なんか、脱け殻みたいになっちゃって……なりたいものとか、やりたいこととか何もないまま気づいたら高2になってた。」


花音様は大切な人を亡くしたばかりで、自分の世界まで失くしてしまったのか。

まだ成人になったばかりのような少女にはどれ程心細いことだろう。


「あ、でもでも、今はそんなことないのよ。そりぁ最初はゲームの世界にでも来たのかと思って戸惑ったけど、色んな人が優しく助けてくれて、聖女ってゆう役割もできて。こんなこと言うと変かもしれないけど、元の世界にいた時より充実してるなぁって思うのよ。」


暗くなった雰囲気を感じたのか、首を振って花音様が明るく話す。


「聖女様、動かないでください。」


「あっ、ごめんなさい。」


レーナさんに注意された花音様はシュンとしながら鏡に向き合うと、やっちゃった、というように舌を出して目配せした。

そんな仕草にくすっと笑いがこみ上げる。

肩をすくませてそれに応えると、レーナさんにちらりと睨まれたので慌てて鍛練を再開した。


知っている人もなくたった一人でこの世界に連れてこられてしまった少女。

彼女がこれ以上、心細い思いをしないようにしっかり守らなければ。








レーナさんによって完成された花音様は本当に素晴らしい出来だった。

花の精のような姿に思わず見とれしまう。


客室まで迎えに来た団長も「とても可憐ですね。」と褒めていた。

かくゆう団長だって、普段の騎士服から正装に着替えていて見る者の目を奪う。

普段は下ろしている髪もすべて上げて後ろに流しているため、端正な顔と紫の瞳がよく見えた。

頬を染めながらも嬉しそうに笑う花音様と、そんな彼女を優しくエスコートするダンデリオン団長。


嫉妬する気もおきないくらいお似合いだわ。


夜会会場へ行く二人の背を見送りながらシイラが心の中でつぶやいた時、


「大丈夫ですか?」


そうレーナさんに声を掛けられ、驚いてしまった。


「え?」


何かしてしまっただろうか。

むしろ何も出来なかった気がするのだが…

戸惑う自分にかまわずレーナさんは続ける。


「いえ……ただ、溜め込みすぎるのはよくないので。

態度に出されるようなら問題ですが、心の中くらいは自由でいいのでは?」


なんのことだ、そう言わなければと思うのに、何も声が出なかった。





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