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第六話

「ほー……」

 退屈だったらこれを読め、そうエマに示された本のページをめくりながら中身をしげしげと見つめる。エマと同じ年頃に見える娘達が今の流行りらしき服に着飾った絵が所狭しと並んでいる。わしが生きておった頃も着飾るのに流行り廃りがあったもんじゃが、あの頃の服とは似ても似つかぬ。赤や橙、王侯貴族にしか纏う事の出来なかった黒や紫といった目に楽しい色。そして誰が思いついたのやら面白い形のものばかり。どちらが好みかと言えばもちろんこの絵の娘達の服装じゃな。わしの生きた時代は皆とにかく生きるのに必死じゃった。服の流行り廃りがあったと言うが、それも王侯貴族ら金持ちの話。わしら庶民には粗末な麻や綿の、染めすら出来ぬ簡単な服しか着ることが出来なかった。それが今や、民草も鮮やかに染められた贅沢な服を着ることが出来る。良い時代になったものじゃ。

 それで言えばこの本もじゃ。紙などわしら庶民の手に入るはずが無い代物、それどころか紙の存在を知らずに一生を終える者もいたのではあるまいか。わしの知っている羊皮紙とはまた違うものではあるが、庶民の手にも紙が渡るとはつくづく良い時代になったものじゃ。わしの魔法の師匠は羊皮紙ですら高いと、板を薄く切ってはそこに文字を書き記しておったからの。あれは乾燥すれば割れて書いてあったものが読めなくなる事も多かった、ばらばらになった板屑を知識と呼んで与えられても困る。師匠の下で直した薬の調合の木屑は数知れず。あれには若かったわしもほとほと困り果てたもんじゃえ。

 さて、本を堪能したあとはテレビとやらで暇つぶししようかの。リモコンとやらをどう使えばいいのかわからんが、触っているうちにわかるじゃろう。軽くて黒い、棒なのか板なのかよくわからんリモコンに触れてみる。数字が書かれたものと、赤いものと、別の文字が書かれた盛り上がりがある。適当にその盛り上がりを触ってみればへこむ事からここを触れば良いのだと、なんとなくだが理解出来る。押してもうんともすんとも言わぬリモコンと格闘することおよそ五分じゃろうか。四角い板切れのようなものがぱっと明かりを点した。ほう、この板切れがテレビと名の付くものか。動き出したテレビとやらは、いきなり一人で笑い出した。笑い出したと思ったのもつかの間、テレビは一人の男を描き出した。師匠がやっておった遠く離れた者の様子を水鏡に写し出す魔法に似ている。これもカガクという名の魔法の力か。

 カガクという魔法があるのなら、証明出来るだろうか。エマや、テレビが写し出す人々はわしの知らぬ言葉を話している。テレビや若い娘達の流行りの服を描いた本はわしの知らぬ文字を使っている。この街の、この国の言葉や文字をわしは知らぬはずなのだ。だと言うのにわしは人々の言葉の意味を理解し、己が操る事も出来る。人々の文字の意味や音を理解し、書くことも読み上げる事も出来る。生前のわしが使っていたものとは大きく違う言葉なのに。魔法か、魔法であるならばどんな術式を組めば良いのか。そもそも知らぬ言語を勉強無しに理解し読み書きが出来るようになる魔法があるのかどうかもわからぬ。カガクであれば、そんな魔法があるのだろうか。ここには、わしの知らぬものが溢れかえっておる。重ねた歳を数えることも飽きる程に長く生きた魔女のわしですら知らぬ事だらけとは。

 あの子は、エマは早う帰ってこんだろうか。まだ昼前、あの子が帰って来るまでどれほどあるかもわからない。独りとは、こんなに心細いものだっただろうか。知らぬ事があるというのは、こんなにも心細く感じるものだっただろうか。今のわしには、何処か焦る様な気持ちであの子の帰りを待つことしか出来なかった。


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