表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

第一話

はじめに。

主人公は近世のヨーロッパに近い魔法のある異世界から現代日本へ転生したという設定のため、作者本人は異世界転生ものだと思っておりますが、これは異世界転生ものじゃないと思われましたらコメントにてご指摘お願いします。

 我が人生、素晴らしきかな。魔法という摩訶不思議な術の溢れるこの世界に生まれし魔女、エレノア・フィロ=ソフィーア。その道は我ながら素晴らしきものであった。師に恵まれ、友に恵まれ、弟子に恵まれた我が人生、今や何の後悔の念も無い。たったひとつ、我が弟子達の行く末が気になるところではあるが、皆素晴らしき魔法使い、魔女へと成長した。今更わしが心配する程でもなかろうて。今際に立って思うのはただそれだけ、本当に良き人生であった。ああ、泣くな我が弟子達よ。わしはただ神の御手の中へと還るだけ、何も悲しい事は無い。別れは人の世の常、このばばあもただの人なのだ。人であるのなら、死ぬが運命。だから泣いてくれるな、可愛い我が弟子達よ。

 別れの時、最期の時。さらばだ、わしの愛した世界よ。長い長い時を生きた魔女は今この世界を去る。わしの可愛い弟子達よ、どうか幸せで。そう願って、最期の一眠りに就いた。そのはずだった。

 耳をつんざくような喧騒に意識を引き戻される。閉じた瞼を開けば目に痛い程の光が飛び込んできた。

 わしの知る言葉に、目の前の光景を表す言葉は無い。天高くそびえる大きな塔が立ち並ぶ合間にごった返す人々。人々が集まるものと言えば日曜の市場。それを上回るほどの人、人、人。誰もが俯いて、暗い顔をして、どこかへと無理やり歩を進めている。記憶にある一番の人混みよりも騒々しい、その癖して活気が無い。辛気臭いとでも言えばいいだろうか。とにかく目の前の人混みは皆一様に疲れ切っている。はて、わしが住んでいた町はこんなものだったか。こんな高い塔がいくつもある町ではなかったし、そもそも町に住む人数を上回る数の人間はどこに隠れておったんじゃ。それに、豊かさこそなかった小さな町ではあったが、それでも人々は明日をより良いものにするべく前を向いておった。それが今目の前を歩む人々はどうだ。太陽の下を歩いておると言うのに俯いて、暗い顔をして。

 最期の眠りに就いたかと思えば、変な所に来てしもうたものじゃ。わしの住んでいた町とは大きく違うこの街は一体何処じゃ。そもそもわしは人の寿命を迎えたはず、神の御手の中へと還ったはずなのじゃ。それが何故、目を覚まして何処かもわからぬ場所にいるのか。わしは死んだ、それならばここは死後の世界と考えるのが普通じゃろう。つまりここは天国か、地獄か、そのどちらかであろう。そう考えるならばここは地獄か。地獄ならば行き交う人々が辛気臭い顔をしているのも納得出来ると言うもの。人々を救うためにと魔法を使い、薬を作ってきたが、そうか、地獄か。神がそう決めたのならば仕方あるまい。わしに出来る事は受け入れる事、ただそれだけ。だがわしは魔女じゃ。人助けを生業と生きてきた魔女。地獄に堕ちてしもうたが、生前の仕事は続けさせて貰おう。

 町の中心にあった広場よりも広い交差点を人々の群れと共に進む。あちらへ行こうとする者あれば、こちらへ進もうとする者あり。人の数あれば、目的地も人の数だけある。人々はこの地獄で何を目指して歩んでおるのだろうか。すれ違い去りゆく人を目で追ったその先、歳若い娘が何かに躓いて転ぶのが見えた。どこぞの商家の奉公人だろうか、主人と思しき中年の男に酷く責め立てられている。転んだのなら助け起こしてやればよかろうに。随分と器の小さな男じゃ。

「どれ、若いの。派手に転んだようだが立てるか? 怪我はしておらんか?」

 手を差し伸べれば、きょとんと瞳を丸くして慌て出す。

「すみません! 大丈夫です!」

「早くしろ愚図!」

 手を差し伸べるでも無く、心配するでも無く、転んだ若い娘に浴びせるのが暴言とは。生前住んでおった町にも狭量な商人はおったものじゃが……。流石は地獄、ここまで狭量な心の持ち主が居るのも地獄だからで説明がつく。世の人は、かような所まで堕ちたか。

「そこの者。この娘の雇い主と見受けるが……、その暴言目にあまりある。奉公人は大事にせよ、でなければ寝首を掻かれる程の恨みを受けるぞ」

「はぁ?」

 何を言っているんだこの婆さんは、そんな顔をしてわしを見た禿頭。わしがばばあなら貴様はじじいじゃろう。わしからすれば禿頭のじじいでもだいぶ若いがな。

「うむ、怪我はしておらんようじゃな。そのような踵の高い靴では歩き辛かろうて。足元に用心せよ、気をつけねば今の様に転んでしまうぞ」

 娘っ子を助け起こして、服についた砂埃を払ってやる。膝程の丈もない短いスカートは黒、いささか短過ぎる気がせんでもないが喪にでも服しておるのだろうか。喪に服しておる娘を働かせ、暴言を吐くとは。

「あ、ありがとうございます。助かりました」

「行くぞこの愚図空!」

「は、はい!」

 振り返ることもせず歩を進める禿頭の背を追って、娘は慌ただしく走り去って行った。その途中振り返ってこちらへ頭を下げたように見えたが、それもほんの一瞬、直ぐにごった返す人の波に揉まれて見えなくなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ